プロフェッショナルレタッチの現場

YKKのグローバルキャンペーン - 撮影とレタッチの連携で、ラグジュアリーブランドのシズル感を追求する

髙橋圭一郎(マッキャンエリクソン クリエイティブディレクター)
新井宏尚(ヴォンズ・ピクチャーズ レタッチャー)

プロフェッショナルなレタッチの現場とは、どのようなものなのだろうか? この連載では、レタッチカンパニーのヴォンズ・ピクチャーズが手がけた広告ビジュアルを例にとりながら、企画の段階から仕上げまで、どのようにしてビジュアルが作られていくのかをレポートする。第3回は、YKKのグローバルキャンペーンをケーススタディとして、撮影とレタッチの連携について取り上げる。

グローバルで使われる広告ビジュアルを日本から発信する

ファスナーやスナップボタンなどのファスニング商品のトップブランドとして知られるYKKは、グローバルで事業を展開しており、今回取り上げる同社のファスニング事業の広告は「WORLD-CLASS PERFORMANCE」をコンセプトとして、商品の品質・デザイン・機能など、あらゆる面で世界一流を追求する同社の姿勢を表現している。

ここに紹介するのは英語版の広告で、ビジュアルは全世界共通だ。このキャンペーンには4つのテーマがあり、「QUALITY=品質」では商品の耐久性、「DESIGN=デザイン」ではラグジュアリーブランドに相応しい高級感、「FUNCTIONALITY=機能」ではスポーツアパレルに必要とされる機能性、「SUSTAINABILITY=持続可能な社会」では原材料の安全性や環境への配慮を訴求している。

このキャンペーンは様々な国や地域で好評をもって受け止められており、日本においては繊研新聞社主催の第35回繊研流通広告賞の大賞を受賞している。

QUALITY

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Zippers made to last
日本語コピー:歴史に残るものをつくる。

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Amazingly tough zippers
日本語コピー:ラフなスタイルに、タフなファスナーを。

DESIGN

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Our craftsmanship, Unleashing your craftsmanship
日本語コピー:職人技をささえる、職人技があります。

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Our craftsmanship, Unleashing your craftsmanship
日本語コピー:美しい技術は、気づかない場所にある。

FUNCTIONALITY

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Testing the limit of buckle lightness, so you can test yours
日本語コピー:1gの重みを知るから、バックルを1gでも軽くした。

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A stretchable zipper designed to stretch records
日本語コピー:記録を伸ばすために、伸びるファスナーが生まれた。

SUSTAINABILITY

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Safely with you, always
日本語コピー:安全は、やさしさのひとつです。

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Putting a sustainable touch on what we create.
日本語コピー:自然とものづくりをつなぐ一手を。


YKKはもともと日本の企業なので、このビジュアルも日本から世界に向けて発信する形で制作されている。このグローバルキャンペーンを手がけた、マッキャンエリクソンのクリエイティブディレクター髙橋圭一郎氏に話を聞いた。

髙橋 YKKグループは現在73の国と地域で事業活動を行なわれており、この8つのビジュアルは各国・地域の広告、展示会、店舗、Webサイトなどで使われています。ただし場所によってメインで使用するビジュアルが異なっていて、たとえばヨーロッパでは主に高級ドレスとバッグのビジュアル、インドや中国や新興国では「丈夫で長持ち」を前面に押し出したジーンズとダビデ像のビジュアル、それに対してスポーツのビジュアルに関しては場所に関係なく幅広く使われるといった具合です。場所によってそういう違いはあるのですが、どのビジュアルもグローバルで使うものなので、パッと見ただけで意図がわかるように作っています。

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クリエイティブディレクター 髙橋圭一郎氏

制作にあたっては、シリーズ広告のように時間をかけて順番に作っていったのではなく、8つのビジュアルを同時にプレゼンし、すべての作業を同時並行で進めて、企画から納品まで約半年という短期間で仕上げなければいけなかったという。

髙橋氏が、8つの案件をどうやって回そうかと制作会社のプロデューサーに相談したところ、限られた時間と予算の下でクオリティの高いものを作るには、撮影からレタッチまでワンパッケージで1つの会社に依頼するのがよいということになり、ヴォンズ・ピクチャーズを紹介されたという。

髙橋 ヴォンズさんと仕事をするのは初めてでしたが、撮影からレタッチまで一括して、場合によっては映像編集や3DCGもお任せできるので、とても頼りになりました。他にもこういう会社はあるでしょうが、ヴォンズさんのいいところは、会社の規模がそんなに大きくないので、一人一人のスタッフの顔が見えること。チームをコンパクトにできるので、クリエイティブディレクターの立場としてはとてもやりやすかったですね。


撮影とレタッチの連携でラグジュアリーなビジュアルを制作する

YKKのビジュアルの中で特に難易度が高かったのが、ラグジュアリーをキーワードにしたビジュアルだ。ドレスやバッグがパーツごとに分解されて、ファスナーまでがバラバラになって宙に浮いているので、一見すると3DCGで作られたかのように見えるが、実はほとんどすべて写真で構成されているという。綿密な計算に基づく撮影とレタッチの賜物と言えるだろう。

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このビジュアルの英語のコピーは “Our craftsmanship, unleashing your craftsmanship”、日本語では「職人技をささえる、職人技があります。」という意味だ。つまり、ラグジュアリーブランドのものづくりをYKKのファスナーが支えているというコピーなのだが、実はこのビジュアルそのものが、細部までゆるがせにしないレタッチの職人技で出来上がっていると言っても過言ではないだろう。

ここからは、レタッチを担当したヴォンズ・ピクチャーズの新井宏尚氏も交えて、このビジュアルの制作過程を詳しく見ていくことにしたい。新井氏は、今回のチームのキーパーソンで、8点のビジュアルのうち7点を担当している。

髙橋 「ファスナーやスナップボタンは普段誰も気にしないもので、いわば脇役なんだけど、今回はそれらを主役に据えたい」というのが、YKKさんの担当者の方の意向だったので、それをクリアするビジュアルを考えるというのが、まず最初の大きな課題でした。ラグジュアリーのビジュアルでは、生地・糸・留め金などのパーツごとに分解して、一番手前にファスナーを持ってくることで、ファスナーが主役に見えるようにしています。

一見CGのように見えるのに実は写真、というのがこのビジュアルのポイントです。最大でB1サイズのポスターを作るので、ドレスの生地のテクスチャーや革の質感などはどうしても写真で表現したいと思いました。

こちらがプレゼン段階のカンプで、こちらが撮影用のカンプなんですが、撮影用のカンプを作る段階では本物のドレスやカバンを用意して、実際にそれを分解して、それを元に手描きでカンプを描き起こしています。このカンプを作ったことで、チームの中で目指すべき方向性が明確になったと思います。

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プレゼン用のカンプ

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撮影用のカンプ

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新井 髙橋さんがおっしゃるように、このビジュアルは写真でやるべきだと思いました。CGでもそれらしい形を作ることはできるんですが、布や革の質感まで作り込もうとしたら、写真よりも時間も手間もかかりますから。

今回は弊社で撮影からレタッチまで担当させてもらったので、撮影に立ち会うだけでなく、どういう方法で撮ればいいのかという撮影設計の部分まで関わることができました。実際に撮影するのが弊社代表の片岡だったので、片岡と僕とプロデューサーの麻生の3人で、撮影とレタッチを組み合わせて本物のシズル感を表現する方法論を考えていきました。

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レタッチャー 新井宏尚氏

最初はパーツを台に置いて別々に撮ろうとか考えていたそうだが、角度が合わせづらいので、テグスで吊って撮影することにした。各パーツの影の出方やパースの揃い方も含めて、できれば一発撮りでいきたいところだったが、それだと馴染みすぎてしまうのか、あまり分解図のように見えなかったという。そこで個々のパーツごとに写真を撮って、全体を撮った写真と組み合わせることにした。

パーツごとに撮影しておくと、それぞれの形やライティングの微調整がやりやすい。そうやって個々のパーツの存在感を浮き上がらせることで、分解図のような雰囲気や、CGのように見えるけど実は本物という、ちょっと不思議な感じを出すことができるようになった。

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全体を一発撮りした画像。合成用のリファレンスとして使用した

新井 撮影の現場では、その場で仮合成をしています。今回は特にパーツが多いので、ただやみくもに撮影しているだけだと、本当にこれでいいのかが分からなくなってしまう。そこで、僕の方でPhotoshopの画面を見ながら、このパーツはもう少し角度をつけて撮ったほうがいいとか、ここはちょっと少し光が足りないといったことを、フォトグラファーに伝えています。ディレクションというのは大げさですが、こういう合成を前提にしたビジュアルでは、レタッチャーが指示を出しながら撮影するほうがスムーズに進むと思います。

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撮影現場で仮合成した画像

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完成画像


グローバル広告ならではの難しさと面白さ

このように、レタッチャーとフォトグラファーとの連携によって撮影は順調に進んでいった。バッグはテグスに吊るすまでは大変だったが、一度位置が決まってしまえば、撮影自体は意外とスムーズだったという。しかし、それより撮影が難しかったのはドレスの方だ。

髙橋 バッグの方はカンプの時から仕上がりがなんとなく計算できましたが、ドレスの生地が立体的に重なっている様子は、実際に現場でやってみないと、最後までどうなるのかわからなかったですね。

新井 ドレスの方は透明のトルソーを用意して、縫製前の生地をそれに着せて撮影しています。透明なトルソーでもプラスチックの厚みがあるので、前身頃の裏地の部分はきちんと写らない。それをどういうふうに撮ろうかとか、悩みましたね。

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縫製前の生地をトルソーに着せて撮影した画像

裏地部分の撮影は結局、前身頃を裏返しにして、トルソーの背中に被せて撮影し、それをPhotoshopで変形することになった。本来なら、裏地の部分は少し影になっているので、光の当たり方が違う。そこで少し暗くなるように下からライトを当てているという。フォトグラファーとレタッチャーが現場で試行錯誤をしながら編み出した撮影方法である。

髙橋 撮影中はある程度ヴォンズさんにお任せして、僕はパーツの感じをじっくり見ていたんですけど、仮合成で全体像を見たときに、どうしてもファスナーが沈みこんでなかなか主役に見えてこないなという感じがありました。そこで、実物より少しだけファスナーを大きくしたり、ハイライトをいれるなどの工夫をしたんですが、やりすぎると嘘っぽく見えるので、ぎりぎりリアルに見えるところを新井さんに探ってもらいました。

新井 いちばん難しかったのは、ファスナーのエレメント(噛み合わせの部分)が一粒一粒バラバラになっているところです。透明なアクリルに付けて宙に浮かせたりしてみたのですが、結局うまくいかなかったですね。ファスナーの本体やスライダーは写真の素材で問題なかったのですが、エレメントがバラバラになっているところだけは、こちらからの提案で3DCGを使っています。

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撮影現場で仮合成した画像

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完成画像

ここではバッグとドレスのビジュアルを代表的な事例として取り上げているが、YKKのグローバル広告はいずれも、ビジュアルのアイディアとテクニックで見る人を惹きつける作りとなっている。最近の日本の広告はタレントを起用したものばかりなので、ここまでレタッチを駆使したビジュアルはなかなか珍しい存在で、レタッチャー冥利につきる仕事だったのではないだろうか。しかしその一方で気になるのは、日本人だけに向けて作っているわけではないので、このビジュアルで本当に海外の人にも伝わるのだろうか、という点だろう。

髙橋 僕はもともとアートディレクターなのですが、今回のように8つもビジュアルを考えて、それぞれ全部撮影して、レタッチして、という仕事は本当に久しぶりでした。優れたレタッチャーさんとの仕事は、技術だけでなく、絵心にも感心させられます。絵心のない人がレタッチすると、ライティングが嘘っぽくなったり、これは合成だなとすぐにわかってしまうものですが、新井さんをはじめヴォンズ・ピクチャーズのレタッチャーさんはすごく絵心があって、ビジュアル的な嘘があっても、きちんと本物に見えるっていうのはすごいなと思います。

海外の人にも伝わるビジュアルという点について言うと、僕は「ARCHIVE」という海外の広告雑誌をよく見るんですが、その雑誌には、言葉はよくわからなくてもビジュアルがすごく面白い広告がたくさん載っています。今回はそういう分かりやすいビジュアルを意識して、いわゆる日本の情緒的なトーンではなく、もっと主張が強くて、アイディアがはっきりしていて、コピーを全部読まなくても言いたいことが伝わるものを目指しました。

ただし、アイデア自体は理解されたとしても、国や地域によっては受け入れてもらえないこともある。たとえばダビデ像のカンプは、最初は上半身裸でジーンズのファスナーを上げているというものだったが、中東などは男性でも肌が出ているのはNG、石像でもダメだと言われて、急遽シャツと革のベストを着せることにしたという。

企業によっては、ヘッドクォーターの決定事項をそのまま各国に下ろすケースもあるだろうが、そうすると、その国の文化に合わない広告は使われなくなってしまう。YKKの場合は、今回のビジュアルをできるだけ多くの国や地域で展開するために、なるべくいろんな意見を取り入れようというスタンスだったので、各国・地域の担当者にカンプを全て見せてフィードバックをもらい、最終的に日本で取りまとめるという段取りを踏んでいる。

この記事の前半のほうで撮影用カンプを掲載しているが、完成画像とあまり違いがないくらいの完成度だったことをいま一度確認してほしい。グローバル広告の制作にあたっては、文化の違いによって思いもよらぬ理由でNGが出ることがあるので、撮影用カンプであっても、できるだけディテールを作り込んでおく必要があるのだという。


撮影現場で役に立ったPhotoshop CC 2018の「被写体を選択」

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ここで、今回の仕事で役に立ったというPhotoshopの機能を紹介しておこう。まず一つ目は、Photoshop CC 2018で搭載された機能「被写体を選択」。「選択範囲」のメニューの中に「被写体を選択」というコマンドがあって、これをクリックするだけで、人物などの被写体を瞬時に選択してくれるというものだ。

新井 撮影時の仮合成はスピードが要求されるので、切り抜きなども素早く行う必要があります。そこで役立つのが「被写体を選択」です。ダビデ像のビジュアルで実際にやってみましょう。石像と背景の白い壁はストックフォトですが、洋服はスタジオで撮影しています。

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「選択範囲」のメニューから「被写体を選択」をクリック

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即座に被写体が選択される

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左の状態から作られたマスク

新井 「被写体を選択」をクリックするだけで、このように人物だけを瞬時に選択できます。エッジはガタガタになってしまうところもあるので、本番の合成のときは直さないといけないのですが、仮合成はスピード勝負なのでこれで十分です。なんでもこの機能は、人工知能と機械学習を統合したAdobe Senseiの技術によって、画像の中のどこが被写体でどこが背景なのかを判断しているそうです。人物だけでなく、花とか動物とかモノでも大丈夫です。今後精度はさらに向上していくと思いますし、この機能ありきで、効率のいい撮影方法を考えてもいいと思います。

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完成したダビデ像のビジュアル


Camera Rawフィルターの「かすみの除去」「色温度」「粒子」

つづいてCamera Rawフィルターの便利な機能を紹介しよう。Camera Rawフィルターは5年ぐらい前からある機能で、とりたてて目新しくはないのだが、レタッチャーにとって実用的な機能がたくさんあるという。今回は「かすみの除去」「色温度」「粒子」を、男性が山を駆け下りるビジュアルで使用している。

新井 「かすみの除去」は、もやがかかったような写真をクリアにするための機能ですが、クリアな風景写真に対して「かすみの除去」をマイナス方向で適用すると、遠くの方が霞がかかったようになってきます。このビジュアルは、ストックフォトの風景写真にモデルさんを合成しているんですが、「かすみの除去」を使って遠近感を出しています。

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元画像

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Camera Rawフィルターの「かすみの除去」の数値をマイナスにする

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遠くの空と山に遠近感が出てくる

新井 それから元の素材がちょっと青すぎるので、色味はCamera Rawフィルターの「色温度」を使って、ちょっとウォーム系にしています。色温度を後から変えられるので、この機能は多用しています。

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Camera Rawフィルターの「色温度」でウォーム系にする

新井 そして「粒子」。デジタルカメラで撮るとノイズが少ないので、そのまま合成すると被写体と背景がどうしてもなじまないことがあります。そういうときは、Camera Rawフィルターの「粒子」を使っています。これだと粒子のサイズや粗さを変えられるし、「ノイズを加える」フィルターより規則性がなくて、ちょっと柔らかくできます。合成の時になじませやすいので重宝しています。

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元画像

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Camera Rawフィルターの「粒子」でノイズを加えた画像

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Camera Rawフィルターの「粒子」はノイズがランダムで柔らかくなる

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「ノイズを加える」のノイズ

新井 「ノイズを加える」でも、1回フィルターをかけてから拡大したり、ぼかしを入れたりすれば、似たような感じになるんですが、Camera Raw フィルターの「粒子」は、それが一発でできてフィルムの粒子っぽく出せる。10数年前は「フィルムの粒子を抑えてほしい」という指示が結構あったんですけど、最近はフィルムルックが流行っているので、逆に「粒子を加えてほしい」という指示がよくあって、そういう時にも使えますね。

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完成したビジュアル


優れたビジュアルを作るために必要なのは、レタッチの技術+αの要素

今回は撮影とレタッチの組み合わせによるビジュアル制作の舞台裏について詳しく見てきた。クリエイティブディレクターの髙橋氏が目指したのは、ぱっと見ただけで人々の目を引き、海外の人にも分かりやすいビジュアルで、しかも高度なレタッチ技術を必要とするものだった。

髙橋氏からの要望を受けて、新井氏は撮影に立ち会うだけでなく、どのような方法で撮影をすればよいのかをフォトグラファーと一緒に考え、撮影現場で仮合成をしながら撮影の指示を出し、そして本番の作業では持てる知識と技術力を総動員して、このビジュアルを完成に導いた。

新井 Photoshopの進化のおかげで、レタッチや合成がどんどん簡単にできるようになっています。われわれとしては作業効率が上がるという恩恵も受けているのですが、その反面、誰でもレタッチできるようになるので、レタッチャーの存在意義が薄くなるのではないかという危機感もあります。これからレタッチャーは、モニター画面の前で作業するだけではなくて、ディレクターやフォトグラファーと一緒になって制作プロセスにどれだけ積極的に関われるか、撮影現場で発生する問題をどのように解決できるかが大事なのではないか思っています。そういう意味でYKKさんの仕事はとても刺激になりました。

髙橋 さきほどの新井さんの説明にもあったように、「被写体の選択」や「粒子」など、そういうテクニック的な部分はどんどん自動化が進んでいます。そうすると、大事なのは絵心。どうしたらもっと本物っぽく見えるのかといった部分は、レタッチする人の絵心に依るところが大きいと思います。僕は、簡単なレタッチや合成だったら自分でやることもあって、ここは一発撮りのほうがいいのか、合成したほうがいいのかは、ある程度自分でも判断できるのですが、ヴォンズさんと一緒に仕事をする場合はその判断がすごく速くなります。それもやはり、レタッチャーさんの絵心に依るところが大きいと思います。

優れたビジュアルを作るために、レタッチャーに必要なことは何か。レタッチャーの新井氏は、撮影を含めた制作プロセス全体についての理解と問題解決能力だと言い、クリエイティブディレクターの髙橋氏は絵心だと言う。どちらにも共通するのは、レタッチの技術だけではなく、プラスアルファの要素が必要であるということだ。プロフェッショナルなレタッチャーと呼ばれる人は必ずや、それらの要素を兼ね備えているに違いない。

取材構成:Shuffle編集部 取材撮影:竹澤宏




写真:ヴォンズ・ピクチャーズ

ヴォンズ・ピクチャーズ VONS pictures

撮影、画像処理、3DCG、動画など、異なる技術を融合して広告ビジュアルを提供する制作会社。
https://www.vons.co.jp/

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