はじめに

過ぎ去った写真の歴史の中に未来を予測する

世界初の実用的な写真術「ダゲレオタイプ・プロセス」

世界の映像の歴史は、フランスにおいてルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが世界初の実用的な写真術「ダゲレオタイプ・プロセス」の開発に成功し、学会でそのプロセスを公開したと同時に幕開けします。

しかしその後、写真は、発祥の地フランスでは、趣味的、学術的、芸術的に開花し、一方アメリカでは、生産され、消費され、産業化し、最終的には、世界の映像全体に大きな影響を与えるまでに成長する、という全く異なった二つの道を歩き始めます。

写真産業とアメリカという国の独特な成り立ちの密接な関係

アメリカで写真が産業として発展していった理由の根本は、アメリカという国の独特な成り立ちと密接に関係していると言っていいでしょう。その理由の一つは移民です。人々は1600年代ヨーロッパからアメリカへと入植をはじめ、その数は途切れることなく増え続け、写真技術がアメリカへ渡ってきた1839年、1600万人だった人口は、1860年には3200万人にまで膨らみます。これは、入植がはじまって240年かかって到達した人口が、その後わずか20年で2倍に急増したことになります。

しかも、皮肉なことにこの1839年という年は、1843年まで続く記録的な大恐慌の幕開けの年でもありました。つまり、写真が広まろうとしていた当時のアメリカは、それまでに類をみない高い失業率にも関わらず、押し寄せる入植者で溢れかえり、新たな産業を切実に求めていたのです。

結果として、この記録的大恐慌の復興には1850年代半ばまでかかりましたが、それを力強く後押ししたのは産業革命、中でも交通網や通信の発展です。運河や鉄道が整備され、流通の時間とコストが大幅に改善され、1840年代末期から1850年 代にかけてのテレグラフ通信網の発達によってコミュニケーションはさらに活発なものとなり、これらのインフラの整備は産業の発展を一気に加速しました。商 いそのものが、個人事業や小さな共同事業から従業員を抱える専門業や卸問屋へと仕組みや形態を変化させていったのもこの頃です。

大恐慌と産業革命、最先端技術を研究する大学や研究機関の科学者たちの活躍

そして、大恐慌と産業革命が同時に進行していた当時のアメリカでその影響を真っ先に受けたのは、実は、最先端技術を研究する大学や研究機関の化学者たちでした。彼らの研究は、結果をまるで待ち構えたかのように速やかに産業へと反映されることになりましたが、写真もその一つに位置していました。

アメリカの化学者たちの研究はまた、世界的な写真の発展にも大きな影響を与えることになります。写真はフランスに産声をあげたのは確かでしたが、そもそも 写真を発明したニエプスもダゲールも素人趣味的な化学者で、その発明は技術的にも理論的にも即座に誰もが使用できるほど確立されてはいなかったのです。

これを技術的に改善し、理論として整理し、共有データとして蓄積して行ったのは、実はアメリカの光学や化学を専門分野に持つ大学や研究所に勤務する教授や化学者たちでした。彼らが改良したダゲレオタイプ・カメラやプロセス、化学データは即座にフランスやイギリスの研究者たちにフィードバックされ、ヨーロッパ の写真技術の改善に大きく影響したのです。

さて、こんなふうに出発した写真の研究は、ヨーロッパ、特に発祥の地であるフランスに目が向けられ、その産業の歴史については、私たちの生活に密接しているにも関わらず研究の対象となることはありませんでした。フランス写真の発展は、化学者や写真家の個人的な業績や活動が主軸になっているために研究対象が明確であること、そのため文献も容易にたどることができること。また、趣味的、学術的、芸術的な写真の開花は、そこに語に語を積むような言葉として体積が比較的生まれやすかった、ということがあります。

しかしその一方、産業としての研究は、対象が漠然としており、消費される写真という分野は語としての研鑽の対象となり得ず、アカデミックな分野からは一歩置かれたところにありました。「写真学 写真から映像へ ダゲレオ フィルム デジタル」は、そうしたこれまで語られることのなかったその写真産業の歴史の初期から今日までを、さまざまな角度から可能な限りつぶさに辿ってみようというものです。

「産業の歩み」と「人々の歩み」

写真は、短い歴史でありながら実に大変な密度で凝縮され、なお日々進化し続けており、この「写真学」は、果てしなく長くなることが十分に予測できます。 「写真学」ではこの大きな流れを「産業の歩み」と「人々の歩み」の二つに分類し、「産業の歩み」では産業としての骨格を、「人々の歩み」では化学者や写真家たち、企業家たちの歩みをたどってゆきます。

人は繰り返し現れる未来の扉の前にある「今」を生きています。あなたがこの「写真学」の中に、現在との符号点や、過ぎ去った歴史の中に未来を予測する何かを見出して下さることを期待しています。

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文筆家。著書に「撮る人へ」「写真家へ」「あなたの写真を拝見します」(窓社刊)、「写真のはじまり物語 ダゲレオ・アンブロ・ティンタイプ」(雷鳥社刊)がある。アメリカ在住。

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