人々の歩み

プロフェッショナルの登場 プランビー

第二章 1846−1855 ①

ダゲレオタイプを事業として成功させた人々

技術的に未熟なダゲレオタイピストが多かった初期に、像を得ることに成功し、ダゲレオタイプを事業として展開した成功者も少なからずいました。その一人がプランビー(John Plumbe)です。彼はエンジニアとして鉄道の開発に関わっており、広範囲にわたってこの国を旅し、1839年には増加する入植者をテーマにSketch of Iowa and Wisconsinを出版した多彩な才能の持ち主でした。そして1840年、彼はオハイオ州に鉄道のプロジェクトのため滞在し、この時、ダゲレオタイプを知ることになります。

先見の明のあったプランビーは、鉄道の記録に生かすことを考えダゲレオタイプに取り組んだだけでなく、ダゲレオタイプ・ギャラリーをボストン、ニューヨー ク、フィラデルフィア、ボルチモア、ピッツバーグ、アルバニー、サラトガ・スプリングスなどにチェーン展開し全国でその名を知られ、1846年春、ワシントンで開かれたナショナル・フェアーでは彼のダゲレオタイプが一同に展示され評判を集めました。

プランビーの画期的なアイディアがもたらした技術

プランビーはこの他にも画期的なアイディアを生み出しました。クライアントの、同一のイメージが複数欲しい、という要望に答え、技術者を雇用し、ダゲレオタイプから石版に複製する技術を編み出したのです。この技術はプランビー・タイプ(Plumbetypes)と呼ばれています。そして、この技法を用いてティツィアーノのビーナスを複製し、1845年から46年の冬にかけてワシントンで展示し、人々を魅了しました。また、絵画を複写する許可を得、複数の絵画をダゲレオタイプで複写し、リソグラフで複数製作して販売しました。彼はその他にもフィラデルフィアで出版社をはじめ、プランビーズ・ポピュラー・マガジン(Plumbe's Popular Magazine)を1846年から47年にかけて出版しています。

しかし、あまりにさまざまな職種を掛け持ちしたため、ダゲレオタイプに関するビジネスの支払いが滞り、多くのギャラリーが差し押さえとなりました。彼はアイオワに戻り、ゴールドラッシュに関わりましたがこれも失敗し、1857年に亡くなりました。

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写真:安友志乃

安友志乃 Shino Yasutomo

文筆家。著書に「撮る人へ」「写真家へ」「あなたの写真を拝見します」(窓社刊)、「写真のはじまり物語 ダゲレオ・アンブロ・ティンタイプ」(雷鳥社刊)がある。アメリカ在住。

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