人々の歩み

ネガポジ法のはじまり タルボット

第三章 ①

風景のスケッチから着想を得た、像の定着方法

1833年のある日、イタリアのコモ湖の湖畔で一人のイギリス人がスケッチブックを前に思案していました。彼の名はタルボット(William Henry Fox Talbot 1800-1877)。妻と共にここを訪れた記念に、何枚かのスケッチを残しておきたかったのです。オリーブといちじくの木立の連なるなだらかな丘はアルプスへと続き、両手を広げてもまだ余る湖は、秋の日差しに輝いていました。

しかし、どう試みても満足ゆくスケッチが描けず、タルボットはカメラオブスクラを持って出直すことにしました。翌日、昨日と同じ場所に腰をおろし、カメラオブスクラの上の薄紙に透過して見える光景をトレースするようにスケッチをはじめたのですが、筆圧に紙がずれ、描きにくいことこの上なく、更には、この圧倒するような光景と空気感を描き出すことは不可能である、と断念します。

彼はこの時、カメラオブスクラの上の像を眺めながら、光線の強弱によって像の鮮明さが異なることに気づくのです。化学薬品を用いれば、この像を定着することができるかもしれない。タルボットはこの時、ネガポジ法の着想を得ると大急ぎでアイディアをメモに取り、イギリスに戻って像を定着させるためのさまざまな実験にとりかかります。これは、ダゲールがダゲレオタイプの発明を公開する6年前、ニエプスとダゲールが同じように像の定着を研究していた時期と重なるのです。

像定着の研究を行き詰まらせていた問題点

タルボットは1839年1月、フランスのダゲールがダゲレオタイプによって像の定着に成功したと発表したことを知ると、あわてて同じ月の末に、自分も同じように像の定着のための実験を行なっていたのだと、ロイヤル・ソサエティ・オブ・ロンドンにおいて主張し、研究の解説を行ないました(ロイヤル・ソサエティ・オブ・ロンドン=ロンドン王立協会は、現存する最も古い科学学会)。しかし、この中でタルボットは具体的なプロセスについては何も示さず、その努力を説明したに過ぎませんでした。

実はこの時、タルボットは彼の前の世代で像の印画に挑戦したデービー(Humphry Davy 1778-1829)やウエッジウッド(Thomas Wedgwood 1771-1805)らに立ちはだかったと同じ問題に行き詰っていました。彼らはダイレクト・コンタクトによって像を得たのですが、当時、印画専用のペーパーはまだ開発されておらず、特に感度が低すぎたことから、像を恒久かつ鮮明に残すことは困難だったのです。

タルボットが考案した画期的な印画紙

タルボットが詳細を明かしたのはそれから三週間後のことになります。この公表の中でタルボットはネガポジ法に最も重要なことはペーパー(印画紙)である、としています。それによると、まずはじめに、毛羽のない、表面がスムーズな最高級のライティング・ペーパー(筆記用の紙)を準備し、それを薄い食塩水に浸し、柔らかな布で塩水を拭きとって乾かし、片面に硝酸銀水溶液をブラシで塗布してから火にかざして乾燥させる、とあります。

塩水を染み込ませた上に硝酸銀水溶液を塗布することで、紙の表面で塩化銀が合成されたことになるのですが、この印画紙は非常に使い勝手がよく、特に植物の像を印画するには最適で感光面に葉っぱを乗せ、太陽光の下で感光させると数分で静脈(原文直訳*葉脈の意味として使用と思われる)と周辺まで完全に印画できる、としています。

ここでポイントとなるのは塩水の濃度で、カメラオブスクラから透過して見るような不鮮明な像を定着させるには、濃い目の塩水を使用し、硝酸銀水溶液をブラシで塗布し、乾燥させるという工程を何度も、必要とされる感度に仕上がるまで繰り返すこと、としています。つまり、塩化銀の濃度を上げることで感度が上がる、というわけです。

タルボットの編み出した方法はこの時点ではまだ多くの改良の必要がありましたが、感度の異なる印画紙をそれぞれ同時に、しかも大量に準備しておくことができるという点に置いて、非常に画期的でした。太陽光によって作用する塩化銀を使用すれば、実際の明るい部分は暗くなり、暗い部分は明るく印画紙上に残ります。このタルボットの考案、これが後にネガティブと呼ばれるもののはじまりです。

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