
撮影を楽しむスペシャリストたち
写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。
Vol.09
遠藤文香が持つ作家性と世代の関係性
▼今回のSPECIALIST
遠藤文香(えんどう・ふみか)

1994年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。自然をモチーフに人為の介入をデジタル加工で模し、自然と人為の曖昧な境界やアニミズム的自然観をテーマに写真作品を制作発表している。現在は東京を拠点に写真家として幅広く活動している。
10代の頃、買ってもらったカメラで写真を撮っていた時に感じた楽しさは、現実と見え方が変わる部分だったんです。
中野 『VOGUE JAPAN』で遠藤さんの作品を拝見した時、商業写真として切り口が非常に現代的で、新しいフォトグラファーが登場したと感じました。元々はグラフィックデザインを学ばれていたそ うですが、最終的に写真を選んだ経緯について聞きたいです。
遠藤 写真は好きでしたが、絵や映像など色んな方面に興味があり、ひとつに絞れませんでした。デザイン学科に入学したのも、幅広く学べるからです。最初はグラフィックデザインを学び、最終的には写真に戻ってきました。修了制作で発表した作品を色んな人が見てくださって、フォトグラファーとして仕事をいただけるようになったという経緯です。
中野 アカデミックな場所で学ばれていたから、意識的に表現することに長けていると思いますが、商業的な撮影と作品撮りのバランスはどうとっていますか?
遠藤 難しいです。作品づくりには集中したいけど、お金もかかるので仕事も必要。まさにどうバランスをとるのか、模索している最中です。
中野 なるほど。作品きっかけで仕事にも繋がったというお話を聞くと、商業ベースでも作品のトーンを活かした撮影が多いのではないですか。
遠藤 ありがたいことに作家性を尊重していただける仕事も多いのですが、あくまで仕事という感覚です。ただ、それに否定的なわけではなく、仕事のフィール ドでは様々なクリエイターや被写体と関わることができるので、どちらも大切です。フォトグラファーとして片方だけでは成立しないだろうと思っています。
中野 ちなみに、商業的な仕事のリクエストで「それはちょっと…」というケースもありますか?
遠藤 ありますね。スタジオでこういうライティングでお願いしたいと言われて…。スタジオ経験がないので技術的に難しいなと。
中野 いずれはそういうオーダーに答えていこうという気持ちも?
遠藤 すぐにはできないと思いますが、ライティングを任せられる方が入ってくださるならやってみたいです。
中野 遠藤さんの作品は、撮影手法が作家性と紐づいています。その手法の原点には非常に興味があります。
遠藤 10 代の頃、買ってもらったカメラで写真を撮っていた時に感じた楽しさは、現実と見え方が変わる部分だったんです。リアルなものより、現実離れした世界に面白さを抱きました。
中野 その原点にグラフィックデザインで学んだ絵作りの感性が活かされているのですね。
遠藤 まさしくその通りです。影を消した平面的な画作りが好きなので、ずっとクリップオンストロボを使っています。
中野 仕事で人物を撮るときも非現実要 素を自分なりに演出するという意識はありますか?
遠藤 そうですね。先に絵作りの欲求があるから、実際の状況を撮るけど絵の中では違う世界を作りたい…。でも、それが正しいことなのかはわかりません(笑)。ポートレイトよりはファッション撮影の依頼が多いのは、そういう理由かもしれないです。
中野 いやいや、僕は絵作りが苦手なので、絵作りができる人はすごいと思います。ちなみに、絵作りのリファレンスとして、どんなことがあげられますか?
遠藤 自然など有機的なものは昔から好きです。シチュエーションとして街などの工業的なものには興味がなく、撮影も自然ロケが多いです。子どもの頃には東京に住んでいたので、夏休みに兵庫の祖父の家に遊びに行った自然体験は自分の原点なのかもしれません。

『Doves on the mountain(Kamuy Mosir 2021)』
中野 人物も有機的なものと捉えられると思います。その場合どんなイメージでアプローチされますか?
遠藤 どうでしょう…。私、いわゆる作られたポーズがめちゃくちゃ苦手で、どちらかというと、人物も動物的な面を撮りたいなと思います。
中野 ダンサーさんとか?
遠藤 撮ってみたいです!
中野 話は変わりますが、遠藤さんに伺いたかったことのひとつで、同世代のフ ォトグラファーを見た時、撮影のアプロ ーチとして「私たちならでは」だと思うことはありますか?
遠藤 私の世代はフィルムカメラブームで、丁寧に日常を切り撮るほっこりするような写真が好まれると思っています。 だからこそ、私は差別化しなきゃいけないという意識もありました。
中野 なぜフィルムカメラブームが起こったと感じますか?
遠藤 私たちの世代は、未来に希望を抱 けなかったと思うんです。大学でも目標や夢みたいなものを持っている人が少ないので、日常に幸せを見つけることでしか得られない感情があったし、小さな幸せに目を向ける風潮も強かったのかな。
中野 それはすごくSNS的ですよね。 個人的にそういう考えは日本特有だと思 っています。世界のアート市場を見ると、 そういう手の届く範囲を切り撮るような写真は卒業した人が活躍しているけど、 日本は逆に内向きでいる。
遠藤 世界に向けてポリティカルなことを表現するよりは日常の中に戻っていく、それは大学の修了制作で強く感じました。コロナで人と関わりが少なくなったからこそ、自分と向き合う機会ができたと思うんです。
中野 そういう意味で「エモさ」みたいなものが求められたのかもしれないです。遠藤さんは自分のやっていることをエモいと感じますか?
遠藤 今は切り離されていると思いますが、学生の頃はフィルムカメラでスナッ プばかり撮っていたので、絵作りは関係なくエモいから撮る感覚でした。
中野 変わったきっかけは?
遠藤 フィルム写真で個人的にいいなというものもあったけど、「思い出のひとつ」みたいな写真から抜け出せなくて、修了制作でクオリティを上げるために、機材を変えたことが大きかったです。
中野 どんなカメラに変えたんですか?
遠藤 ニコンのD850です。機材が重たくなったからスナップは撮れないですし、ちゃんと撮りに行くという意識にも変わりました。それからは、日常と切り離された写真を撮るようになりました。
中野 D850はいいカメラですよね。
遠藤 当時、大学の先輩から「高い機材を買うのは覚悟になる」と言われて。発売されたばかりの D850はとても高い買い物でした。他メーカーのカメラと比べて、ニコンの方が写真の重さを感じたので、それが私に合っていました。

『Ginza Magazine 2022年9月号 miumiu 』
中野 僕もニコンユーザーで、ちょっとした彩度やレンズの特性の違いなんですが、撮った時の抜け感やクセが魅力ですよね。遠藤さんはフィルムからデジタルに切り替えたわけですが、今、フィルムカメラを選ぶ人は撮った時に上がりがわからないという偶然性に刺激を受けているのかなと思っています。
遠藤 少しわかります。私も最初に被写体と向き合った時の感覚を大切にしていますし、細かいことを綿密に決めるとフレッシュさがなくなってしまう。
中野 遠藤さんは写真の加工もされますけど、その時は撮影時のフレッシュさは残っているんですか?
遠藤 そこは完全に別かも。作業が二段階あって、心が動くのは撮っている時だけ。その後は冷静に違う脳みそ使っている感じがあります。でも、加工作業は絵作りに絶対必要なんです。
中野 その考えはすごく良いなと感じま す。ポスプロに比重を置くことが嫌われる風潮があるけど、実際にはポスプロ作業で表現が豊かになりますよね。
遠藤 本当に好まれないですね。一発撮りがかっこいいみたいな。
中野 今の学生と話しても、「ポスプロって何?」くらいの認識で、自己表現にポスプロが入っていないようです。
遠藤 加工は慣れていそうですけど、自分の表現と紐づかないのですかね。
中野 最後に今後、仕事で撮影してみたいジャンルなどについて教えていただけますか。個人的には人物と向き合った写真集は見てみたいです。その被写体を遠藤さんがどう撮るのか興味があります。
遠藤 長い時間をかけて人を撮影したことはないから、私も興味がありますね。個人的にはヌードを撮りたいです。
中野 なぜヌードなんですか?
遠藤 人物はファッションで撮っていることが多いので、服を見せないといけないという仕事の感覚が強くなってしまいます。私、作品を撮っている時は没入系というか、時間や周りのことを忘れちゃうぐらいのめり込んでしまうんです。ただ、その瞬間は一番楽しいし、大切にしたい瞬間です。そんな感覚で人物を撮影してみたいです。
NAKANO’s COMMENT 有機的なモノへの憧れを写真表現で、感情的にも技術的にも発見した遠藤さんのバランス感覚は、 アートのみならず商業写真にも一石を投じるカウンターだと思います。これからの被写体との向き合い方が楽しみです。
スペシャリストに聞く6つの質問
Q1 業界を目指す人へ
作家活動をするとして、撮りたいものはすぐに見つからないと思います。いろんなモノを見て、撮ってみることが自分を知るきっかけになるので、日頃からそれを習慣づけるといいと思います。
Q2 被写体への向き合い方
シャッターを切る瞬間は、「ここだ!」って自分の心が動いた瞬間なので、撮影中はその瞬間を逃さ ないように、どんな被写体でもじっくりと観察するように心がけています。
Q3 影響を受けた人
学生時代、荒木経惟さんの作品集『花曲』を見たときに衝撃を受けたのを覚えています。被写体との距離感がとても近い作風だったので、ここまで寄り切った撮り方できるんだと思いました。
Q4 気になっていること
自分のことになってしまいますが、今年で30歳になるので、思い切ってワーキングホリデーでロ ンドンに行きたいと思ってます。自分が見知らぬ土地に行ったとき、何を感じてどのような変化を起こすのか興味があります。
Q5 撮影中のBGM
撮影中は意識して音楽を聴くことはないのですが、自然の中でロケ ーションを探す時などに坂本龍一やドビュッシーなどのクラシックを聴くことが多いです。歌詞があると余計なエモさが生まれそうなんです(笑)。
Q6 キーアイテム
ニコンD850。学生時代に買ったカメラを今も使っています。傷つきそうだなと思って買ったカバーのおかげか、今も現役です。ニコンは壊れにくいという話を聞きますが、実感しています(笑)。

撮影・インタビュー
中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

コマーシャル・フォト 2025年7月号
【特集】レタッチ表現の探求
写真を美しく仕上げるために欠かせない「レタッチ」。それはビジュアルを整えるだけでなく、一発撮りでは表現しきれないクリエイティブな可能性を引き出す工程でもある。本特集では、博報堂プロダクツ REMBRANDT、フォートンのレタッチャーがビジュアルの企画から参加し、フォトグラファーと共に「ビューティ」「ポートレイト」「スチルライフ」「シズル」の4テーマで作品を制作。撮影から仕上げまでの過程を詳しく紹介する。さらに後半では、フォトグラファーがレタッチを行なうために必要な基本的な考え方とテクニックを、VONS Picturesが実例を通して全18Pで丁寧に解説。レタッチの魅力と可能性を多角的に掘り下げる。
PART1
Beauty 石川清以子 × 亀井麻衣
Portrait 佐藤 翔 × 栗下直樹
Still Life 島村朋子 × 岡田美由紀
Sizzle 辻 徹也 × 羅 浚偉
PART2
フォトグラファーのための人物&プロダクトレタッチ完全実践
講師・解説:VONS Pictures (ヴォンズ・ピクチャーズ)
基礎1 フォトグラファーが知っておくべきレタッチの基本思想
基礎2 レタッチを始める前に必ず押さえておきたいポイント
人物レタッチ実践/プロダクトレタッチ実践
ほか