撮影を楽しむスペシャリストたち Vol. 12 新津保建秀の写真との向き合い方

写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。

新津保建秀(しんつぼ・けんしゅう)

東京藝術大学大学院美術研究科博士課程修了。主な作品集に『記憶』(FOIL)、『\風景』(KADOKAWA)など。関連書籍に『HillsideTerrace 1969-2019』(現代企画室)など。
Web:http://kenshu-shintsubo.com

世界を見ていく時に心の中に生まれるものを、
フィルムという素材に落とし込んでいく。

中野 新津保さんのキャリアの初期は商業フォトグラファーからという認識であっていますか?

新津保 初めはクライアントワークではなく、20代前半の時期に、8ミリフィルムで映像を撮ったり、コラージュを作ったりしていました。26 歳の時、こうした制作の中で掴んだものを未だ会ったことのない人々に届けてみたいと思い、一念発起して写真の仕事を始めました。

中野 映像から写真にはすんなりスライドできるものですか?

新津保 8ミリで撮る中で、対象を捉える瞬間の感覚のようなものは掴んでいました。

中野 それは人との距離感みたいなことでしょうか?

新津保 人ももちろんなのですが、それも含めた世界を見ていく時に心の中に生まれるものを、フィルムという素材に落とし込んでいく時の感覚です。

中野 撮影に関するスキルは独学で学ばれたのですか?

新津保 はい。最初は多くのスキルを習得するよりは、その時撮りたいものに適した機材と技法をマスターすることを目指しました。その後は、実際の仕事の中で走りながら覚えていきました。

中野 新津保さんの作風は、20 年以上のキャリアできっと変化があると思います。その変化における過程を紐解きたいです。

新津保 スタートがそのような形だったので、クライアントワークと並行しながら、作品の制作は継続的に行なっていました。例えば、2012 年に上梓した『\風景』という写真集のアイデアは2002年頃に思いついたのですが、フィールドワークと制作に10年くらいかかっているんですよ。その期間で、例えば音楽家や小説家、ジャーナリスト、起業家、研究者、建築家、プログラマといった写真以外の分野の人たちとの交流が生まれたんです。そうした中で、取り組むプロジェクトや方法も変化していきました。

中野 なるほど。仕事の場合、編集者やクライアントなどから求められるリクエストに対して、その作風は商業的な要素と反発しないのでしょうか?

新津保 むしろ大きく助けてくれます。例えば、小さなアイデアをひとつの作品やプロジェクトにまとめていく背景には、リサーチや実際の制作過程で出会った人たちとの対話や議論があります。それらはクライアントワークでの、複数のプロフェッショナルな人たちとの仕事と重なる部分がかなりある気がします。

©SHINTSUBO Kenshu, Courtesy of the artist and Mizuma Art Gallery

中野 ちなみにご自身のキャリアの中で転機になった撮影は覚えていますか?

新津保 音楽家の渋谷慶一郎さんと相対性理論のアルバム『アワーミュージック』で写真を撮影し、アートワークを研究者の池上高志さん、デザイナーの田中良治さんと制作した時です。昨年、20代の人がこれに触発されたという写真をSNS 経由で送ってくれたのですが、その写真が、14 年前に撮影した当時、心に描きファインダーの中に探っていたイメージそのもので非常に驚くと同時に、深い感銘を受けました。海に放った手紙を入れた小瓶への応答が、長い年月を経て突然届いたかのようでとても心に残る仕事となりました。

中野 新津保さんの撮影において、最も重要なシーンはどのタイミングなのでしょうか?

新津保 その撮影をどこで行なうか、そこにどんな人と赴くかといった全体の要素を考えつつ、その中に、予期せぬ小さな偶然が起きた時が重要なシーンであるように思います。

中野 被写体とのコミュニケーションはどの程度取るんですか。

新津保 その撮影の中で目指すことをなるべく丁寧に説明したり、その人が今考えていることを想像したりします。

中野 近年、表現の場が写真展などに移っているのはどんな意識からですか?

新津保 「写真展をやるぞ!」という気持ちではなく、作品がある程度溜まってくると展示の機会がやって来るような気がします。

中野 作品撮りを積み重ねる意識は大切ですよね。

新津保 そうですね。これまで、沢山のスタジオマンや学生の方たちから作品撮りのポートフォリオを見せてもらったことがありますが、一番多いのは既存の商業写真や写真家のスタイルのトレースをしているものです。これは技術的な練習の一歩としては有益かもですが、個人的にはそうした中に唐突に入っている、中途半端で異質な写真がとても気になります。そこに、写真や映像として表れる以前の、その人自身のオリジナルな問いの芽がある気がするからです。

中野 創作や表現に対しての関心はいつ頃から芽生えたのでしょうか?

新津保 小学生くらいから漫画や絵を描いていたのですが、通学の途中でみた風景から受けた感じをなんとか形にできたらと思っていました。

中野 アウトプットでいうと、カメラはデジタルとフィルムどちらがメインでしょうか?

新津保 今はデジタルが多いですね。画素数が高過ぎないカメラが好みで、異なるメーカーの2,400万画素ぐらいからのものを3台使用しています。機種によって撮影のリズムが変わるので、現場の空気感や自分の感覚に合わせて使い分けています。

commmons × ATAK × みらいレコーズ
Artwork:新津保建秀+池上高志 D:田中良治(Semitransparent Design)

中野 今の若い子たちの間では、フィルムユーザーが増えてきていますが、それに関してはどう思いますか?

新津保 フィルムカメラはブラックボックスなので、想像の中で、撮れているかもしれないイメージと対話する過程が人気の要因なのかなと思います。ライカのデジタルカメラも、わざわざ背面モニターを廃しているモデルもあったじゃないですか。少し時間を隔ててイメージと対峙する、そんな欲求が高まってるのではないでしょうか。

中野 なるほど。思いがけないものが撮れるといった偶然性が魅力だと聞くことが多かったのですが、写真とじっくり向き合う面白さも流行の理由なのかもしれませんね。

新津保 デジタルでも偶然は起こりますからね。中野さんは写真のどこに価値を見ているのでしょうか?

中野 僕は偶然性よりも自分が創造したビジュアルに価値を置きます。自分が表現したかったものは、結果でわかると思うんです。なので、自分の理想をビジュアルに落とし込んでいく作業が好きなんです。もちろん、偶発的に撮れた写真の愛おしさはわかりますが、心揺さぶられるというほどではないんです。

新津保 僕は明確なゴールというより、目の前と想像力の中の時間を、行ったり来たりする中で少しずつ見えてくるイメージに惹かれます。

中野 それはとても新津保さんらしい回答ですね。ちなみに、商業において写真を撮るときメジャーであることや、マイノリティであることは意識しますか?

新津保 メジャーなものとマイナーなものが互いに作用しあった両方の要素を含んだものは意識しています。単純な形で一方に偏ってしまっているものは退屈に感じます。

中野 ただ突拍子のないことをやって、それを新しい表現だとするのは違いますし、商業においては裏付けが必要ですからね。なので、技術を蔑ろにしてはいけないと思っています。

新津保 さっきまで撮影をしていたのですが、今日のスタジオマンの人が普段全く露出計を使わないと話してくれて興味深かったです。

中野 最近はそういう人が多いですね。

新津保 ただ、露出を探る中で主観から離れて客観的に光を捉えることができますよね。写真において太陽の光を手がかりに対象を観察することは、絵や彫刻、建築などでのデッサンの修練に近いように思います。

中野 露出は写真において重要な情報ですからね。新津保さんの写真も露出に注目して見ると、光の捉え方が独特なことに気付きます。

新津保 露出がオーバーの時の、像が壊れる寸前の状態に惹かれます。制作していた8ミリの映像の多くも、その状態を繋げて見せていましたね。

中野 破綻するかしないかを1回試した方がいいのかもしれませんね。環境やツールの限界を理解することで、表現できる幅が広がりますから。

新津保 そうですね。その上で、写真を通して、目の前の、計ることのできる時間と想像力の中の時間を行き来することが自分のスタイルかもしれません。

中野 現在の作風は、そういった行為を小学生の頃から繰り返す中で生まれてきたものだったのですね。

NAKANO’s COMMENT
常にご自分と向き合いながら撮影してこられた新津保さん。限界を見極めながら写真と対峙した結果、得られたものが自己欲求の具現化である、と解釈させていただきました。写真との向き合い方の大いなるヒントになる言葉だと思います。

スペシャリストに聞く6つの質問

Q1 業界を目指す人へ
デザインや写真など、関心を持っている分野の歴史を、時間をかけ、腑に落ちる形で俯瞰しておくと良いでしょう。個人的には、エルンスト・H・ゴンブリッチの『美術の物語』をおすすめします。

Q2 被写体への向き合い方
外見や衣装、メイクなど表面的な情報だけではなく、その人がふと発した言葉や、その場所から伝わってくるものとか、レンズで捉えることが難しいものに心を向けるように注力しています。

Q3 影響を受けた人
10代のときバルテュスという画家が描く絵に感銘を受けました。中学校を卒業した直後に買った画集は、模写をしたりして、この人の対象の見方を考えました。今もたまに見返します。

Q4 気になっていること
娘と同じくらいの世代の人達のイメージとの関わり方です。「10年経ったらお父さん達の仕事はないかもね」なんて言われますけど、彼女らが大人になったとき、社会とイメージの関係がどのようになっているのかを考えます。

Q5 撮影中のBGM
撮影中はボサノバを流すことが多いです。現場が穏やかになるような気がするんです。僕の撮影スタイルだと、緊張感のある現場よりも、ボサノバくらいのリズム感が漂っていると撮影しやすいんですよね。

Q6 キーアイテム
愛用している画用木炭と9B のグラファイトクレヨンです。スケッチブックと合わせて持ち歩いているんですけど、散歩した時とか、外で描いたりしています。文房具は大好きで世界堂には何時間でもいれますね。

撮影・インタビュー

中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/


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出演 加藤マニ/三戸建秀/Shuma Jan/ヒガテツヤ

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Kroi「Method」 木村太一(ディレクター)・西田賢幸(カラリスト)・内田誠司(DIT)

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