アーティスト・乃紫がCanon EOS C50とコラボレーションして生まれた新曲 「プラチナ・キス」。今回、どのような形でコラボレーションが進められ、現場ではどのような撮影が行われていたのか。アーティストサイドと、撮影を担当した雪森るな氏の撮影サイドの両面から、そのプロセスを紐解いていく。
Side/noa(ARTIST)
音楽の始まりは写真から。
ビジュアル化して、その映像に音を重ねていく。
Q:今回、キヤノンEOS C50とのコラボレーション企画のオファーを受けた時の第一印象はいかがでしたか?
乃紫 こういった企画は初めてだったのでとても嬉しかったです。実はコンデジのIXYを3台買い換えながらずっと愛用しているほどのキヤノンユーザーなので、驚きと喜びがありました。音楽を始める前から写真が好きで、キヤノンのカメラにはずっとお世話になってきました。
Q:それは運命的ですね。今回リリースされた楽曲「プラチナ・キス」にはどんな想いを込めましたか?
乃紫 久しぶりのウインターラブソングで、“情景が浮かぶ曲”にしたいと思って作りました。キヤノンとのコラボでMVが作られることがわかっていたので、映像化した時に「情景が浮かぶような曲にしたい」と考えていました。
Q:制作アプローチは普段と変わりましたか?
乃紫 実は今回のオファー前から「プラチナ・キス」という曲自体は作り始めていたんです。お話をいただいた後、複数の候補の中から映像との相性が一番良いと感じたのが「プラチナ・キス」でした。みなさんが聴いた時に、自分の過去の冬の恋愛を思い出すような、感情移入してもらえるドラマシーンが似合う曲になったと思っています。
Q:今回のMV撮影で印象に残ったことはありますか?
乃紫 一つは監督もカメラマンも同世代の女性だったことです。女性らしい感覚と、男性と女性で視点が異なる部分があることも印象的でした。
Q:撮影で特に印象的だった場面はありますか?
乃紫 コンテを組んでいただく前に、「プラチナ・キス」はこういう曲で、こんなストーリー展開が欲しい、バンドの演奏シーンとバランスよく出したいという要望はお伝えしました。演奏シーンでは「プラチナ・キス」という曲名にちなみ、ラスサビで“銀の紙吹雪”を降らせたいとお願いし、天井の高いスタジオだったので、スタッフさんが上から紙吹雪を降らせてくれたんです。そこにライティングやカメラワークが相まって、仕上がった映像を観た時、その美しさに驚きました。今までの撮影も映像はプロに任せるという形でやってきたんですけど、この映像が出てきた時には、本当にいいカメラで撮っているんだなというのが伝わりましたし、夜の街を歩くドラマシーンでは特にフレアの入り方が素晴らしく、撮り方の工夫・プロの技術を感じました。
Q:作品全体を通した“こだわり”を教えてください。
乃紫 私は “ビジュアルが先” のタイプです。写真を撮ったり、映像のイメージを作ったりした上で曲を書くことが多く、MVやジャケットを含めた世界観を一つの作品として作ることを大切にしています。
Q:ビジュアルから曲が生まれるというプロセスについてもう少し詳しく教えてください。
乃紫 コロナ禍の前は友人とカメラを持って撮影に行ってポートレイトを撮っていたんです。 私が被写体だったり、友人を被写体だったり。コロナ禍で外出ができなくなった時、手元にはたくさんの写真データだけが残っていることに気がつきました。「誰かに観てもらいたい」と写真だけをSNSに投稿していた時期もあったんですけど、そこに音源をつけて映像にしたら楽しい…という遊びの感覚から、たまたま音楽を始め、それが今MVを作る源流になっていますね。
最初に持ったカメラもキヤノンで単焦点のオールドレンズを付けて撮影したり、玉ボケ表現に挑戦したり。そのうち「こういう写真をジャケ写やMVのサムネイルにしたら面白いんじゃないか」という発想から曲作りが始まったんです。 私の場合、ビジュアルがすごく重要で、そこにイメージがないと歌詞が書けないんです。
そういうイメージが先にあるから、曲もちょっと影があり、若い人たちのネガティブな部分のようなものが出た曲になるのかもしれません。今回の「プラチナ・キス」も、夜と光で“叶わなかった恋愛”をビジュアル化して、その映像に音を重ねていく——そんな作り方でした。 私は、ビジュアルの世界観を表す手段として音楽を始めたので、もし最初から音楽だけでスタートしていたら、たぶん続けていなかったと思います。
楽曲を作る中で、歌詞を書くことが一番得意で、好きな工程です。歌詞の要素となるいろんなアイデアは日常のあらゆるものからインプットし、それをアウトプットすることの繰り返しです。人と話して、雑誌を読んで、映画を観て、心に響いたことや印象的だったものをスマホのメモに箇条書きで残しています。「プラチナ・キス」の場合も、去年の冬に書き留めていたメモを引っ張り出してきて、歌詞に取り入れました。
Q:活動が注目される中で、考え方の変化はありましたか?
乃紫 一人で全部やるのではなく、「人に任せること」の大切さを感じるようになりました。ビジュアルも音楽も、チームで作ることでより良い作品が生まれると思っています。もちろん自分の伝えたいことはきちんと伝えないといけないけれど、実際に今回のように思いを映像化するというのは、一人ではできません。私は曲もたくさん作らなければならない立場なので、そこを役割分担しながら、より良い作品を世の中に出せると感じています。音楽もビジュアルも映像も全部ひっくるめて、チームで作り上げていくという環境にいられることを、とてもありがたく思っています。
Q:普段はどんな写真を撮っていますか?
乃紫 以前はオールドレンズでポートレイトをたくさん撮っていましたが、最近はコンデジで気軽に撮ることが増えました。平成っぽい質感が出るのが好きで、自然な“レトロ感”を楽しんでいます。 SNSに載せているのはほとんどカメラで撮った写真です。普段からなるべくコンデジを持ち歩いているんです。
Q:今後挑戦してみたいMV表現は?
乃紫 CGや水中撮影など、映画のような撮影方法に挑戦してみたいんです。ビリー・アイリッシュさんの、家が水で満たされていくMVのような世界観にも憧れています。
今はまだそこまで実現できていないと思いますが、これまでずっと自分がやってきたことをさらにスケールアップさせるという意味で、曲作りからビジュアル、ライブの世界観づくりまでを含めて、「乃紫というアーティストはこういう世界観の中で生きていて、同じ時代を生きているファンと一体となる」。そんなムーブメントを起こせるようなクリエイターとして認知されたいと思っています。商品だけでなく、世界観そのものを提供する。そういうものを同世代のアーティスト、映像や写真のプロたちと一緒に実現できたら、きっと楽しいだろうなと思います。

シンガーソングライター。大学時代に音楽制作ソフトに触れたことがきっかけで楽曲制作を始め、2023年から本格的な音楽活動を開始。 “かわいい”の価値観をポップかつ批評的に歌う「全方向美少女」(2024年)はSNSで急速にシェアされ、その勢いは日本のみならず海外にも及び、現在SNS総再生回数は 19億回を超えている。 作詞/作曲やアレンジ、アートワークなどを一貫してセルフプロデュースするクリエイターであり、クールな感性で熱いムーブメントを生み出している。
乃紫 全国ツアー『noa live tour 2026』開催決定 https://noa.fandomu.club/news/detail/146
Side/Luna Yukimori (CINEMATOGRAPHER)
光で年月の経過を表現したドラマパート
演奏パートでは画面内をだんだんグリッターに
雪森 事前にアーティストの乃紫さんと監督の松岡さんとの間で、世界観やストーリーが綿密に練られていたので、その世界観を表現するために自分がどのように携わればいいかを考えました。「プラチナ・キス」は、“叶わない恋”というビターでひとクセある内容になっていたので、ただ起こった事実を写すだけの再現VTRにならないよう気をつけること。もう一つ、監督の意図として曲が進むにつれて光がどんどん飽和していくという表現が根幹にあったので、最初は暗い場所から徐々に光の数を増やしていき、前半と後半でどのように差を付けていくかがポイントでした。もちろん、乃紫さんの「好き」のニュアンスもうかがっていたので、それを軸にして考えました。
Q:リファレンスを受け、今回のアプローチで普段との違いはありましたか?
雪森 今回はEOS C50がコンパクトでハイスペックなシネマカメラであるということもあり、その性能を生かしきるために、「いかにミニマムなチームで撮影できるか」という点に思考を割きました。通常だと照明技師とともにアングルと光を決めて画を作りますが、今回はDOPの私と撮影助手2名の計3人で撮照を行っています。少人数ゆえに綿密に意識を共有し、撮影することができたのが今回のMV撮影のキモ部分だったかなと思います。曲のテーマが恋愛でしたが、「演者、監督、カメラマンが全員女性のチーム」だったこともあり、特にディスカッションしなくても「こういう感じだよね」「あ〜」という、なんとなくわかりあう感覚もありました(笑)。ただ、少なくとも私は監督自身のビジョンにシンパシーを感じていたので、きっと性別関係なく撮影しやすかっただろうと思います。
私自身は少し前に映画を撮らせていただいたこともあり、「お話を撮る人」というイメージで見られることもあるのですが、どちらかというとビューティ系やファッション系の広告など、女性らしい感性のある世界観を作ることが多いんです。今回、「乃紫さんが一番美しく見えるのはどんな時だろう」と考え、ドラマパートでは手を握ろうとしても避けられてしまったり、かと思えば二人で楽しそうだったり…と象徴的になる対比のシーンを明確に描くことを重視しました。



Q:今回のライティングの方向性を教えてください。
雪森 今回はドラマシーンと演奏シーンで2パートあり、撮影日も分かれていました。演奏シーンは徐々に照明の数が増え、画面内をだんだんグリッターな感じにしていくというコンセプトがあったのでそこは忠実に表現しつつ、現場の状況に合わせて少しアレンジしています。ドラマパートの撮影日はあいにくの雨でした。一日の中で、物語の主人公になる男女が過ごした多くの時間を演出しなくてはならなかったので、擬似的に太陽光を作れる室内のシーンでは、監督と「この場所は昼が良いよね」「ここは夕方が良い」「カフェなら休日の昼間っぽく」など、登場人物の背景を考え、バリエーションが伝えられる画を作ることに注力しました。
Q:機材という意味でEOS C50、またRF F1.4 L VCM シリーズへの印象はいかがですか?
雪森 少人数での撮影ということもあり、EOS C50の取り回しの良さは圧倒的でした。実はキヤノンのシネマカメラを使うのが初めてだったんです。思い出すと、学生時代に写真をきちんと勉強し始めてから「母ローン」を契約して、初めて手に入れた一眼レフがEOS-1D X。当時はDSLRムービーのまさに萌芽期で、大学在学中にはEOS 5D Mark Ⅲで映像を撮っていました。それがキヤノン機材で最初に映像を撮ったタイミングです。あくまで動画を撮ることのできる一眼レフだったので、初めてのシネマEOS操作には不安もあったのですが、迷いも違和感もなく使用できましたし、撮影しているうちに段々と手に馴染んできましたね。
レンズの絞りはほとんどのシーンで開放のf1.4で撮ったのが特徴かもしれません。夜のビルシーンでは、背景のビルの玉ボケを表現したいという監督の意向もありました。演奏シーンも多くは開放寄りですが、ドラマパートは状況説明的にしっかり見えた方がいい場合にf4またはf5.6に絞っています。AFも一定の光量があれば問題なく追ってくれますし、人物の顔のみを選んで「顔や瞳のみ」にフォーカスし続ける機能もあり、演奏シーンで顔の前に手やマイクが入る状況でもイメージ通りなフォーカスをずっと粘ってくれました。逆に意図したアウトフォーカスを狙う際は被写体追尾機能を制限したりして調整しています。



Q:メインになった焦点距離はありますか?
雪森 ドラマパートを撮る時に使いやすかったのは35mmです。ヒキが足りない時は自分の足で引き、ヨリが欲しい時はしっかり寄れました。35mmを選択して足で稼ぐ、というのは普段の現場でも多いので重宝しました。演奏シーンはマルチカム撮影で、固定の三脚では24mmでヒキの広い画を作りながら、2台のジンバルには85mm、50mm、35mmあたりを載せて、その中でヨリ・ヒキが共存できる組み合わせをアレンジして撮影しました。
このRF F1.4 L VCMシリーズはC50を余すことなく生かすことができる組み合わせだと思います。AFがよく効くのも大きく、このサイズ感だとドキュメンタリーやMV、ウエディングなど、撮り直しがきかない現場でワンオペでジンバルに載せていても信用できる。レンズの鏡筒の長さが揃っているため、レンズチェンジする際もリバランスにほとんど手間がかからない。同径だから1枚のフィルターを各焦点距離で共有することもできる。小型軽量かつレンズが同規格である時点で、このカメラはジンバルに載せたワークフローを想定して、少人数でも対応可能にするよう設計されたことを感じます。このカメラとレンズのセットがあると、「今から映画を撮ってみたい」「頑張ってどんどん海外の賞に応募しよう」という若い人の選択肢にも入るカメラだと思います。最初からこのクオリティに触れられるのが良い時代だなと思いました。これも「母ローン」とかでいける可能性がありますよね(笑)。


Q:今回、カラーグレーディングも担当されました。
雪森 LogやRAWで撮影した状態からノーマライズすると、それだけで色が「じゅわっ」と出てくる感覚があり、その部分が良いなと思いました。色の出方もすごく素直。スキントーンで表すならば、肌の内側から色づくような血色感が再現されている感じといいますか。センサーが良く、ちゃんと色を捉えているんだろうと感じます。
特に過去の回想シーンは、ブラックミストフィルターを付けて、光を幻想的に作ったり、夢の中や水の中のような、どこか現実感の無い雰囲気に仕上げられればいいと思っていたので、グレーディング時もそこを損なわないよう気をつけました。
全体のトーンは、シアン系の色味が最後に印象に残ったらいいなと。私の中に乃紫さんがぽつんと深海にいるイメージがあって、そういうイメージを残したままグレーディングを進めました。編集時は監督と一連で映像を見ながら、前後のシーンとの繋がりを踏まえて、ここはコントラストを強くとか、マゼンタが強いとか、ハイライト抑えたい、みたいなディスカッションをしながら一緒に作っていきました。
Q:今後、挑戦したい撮影があれば教えてください。
雪森 撮影を終えて、完璧に満足できたことってまだ一度もないんです (笑)。いつもいくつかの後悔を抱えていて、何が足りなかったのかを考えています。それでも、広告は見るのも撮るのも好きなので、今後もずっと関わっていきたいです。そして、観終わった後の「読後感」がある作品を撮れたら幸せです。お話にもまた挑戦したいですね。脚本やディレクションを勉強して自主制作するのも、ひとつの目標です。

主にコマーシャル映像や広告写真の撮影を手がけ、映像表現と写真表現の両分野で活動。自然光とスタジオライティングそれぞれの特性を生かした印象的なライティングとアングル選択の判断力に定評があり、国内外の広告作品や映画制作に携わる。ビューティー系の撮影を得意とし、アートディレクターとしても活動。デザイン、レタッチやグレーディングなど、担当する作品ごとに変動し、分野は多岐に渡る。
DIRECTOR/松岡優(まつおか・ゆう)
1988年生まれ。2011年 電通クリエーティブX 企画演出部入社。2025年 電通クリエイティブピクチャーズ カントク所属。リマーカブル・ディレクター・オブ・ザ・イヤー ファイナリスト。JAA広告賞デジタル広告部門JAA賞グランプリ。BOVA一般公募部門審査員特別賞。アニメーションも得意とする。猫とお酒と、藤子・F・不二雄と、スター・ウォーズが好き。
使用機材:EOS C50
オープン価格(実売554,400円) ボディのみ












