『瀧本幹也 写真前夜』刊行記念&石田真澄×瀧本幹也トークショーレポート

2023年3月30日発売の『瀧本幹也 写真前夜』。

98年のデビュー直後から、写真界を常に牽引してきた写真家・瀧本幹也の幼少期におけるカメラとの出会いから、師匠との関係、自分の表現を目指すうえでの苦悩や、それを乗り越えてきた過程、そして自分の表現を築き、守る術とは。

今まで明らかにされることのなかった瀧本氏の“あの写真ができるまで”のストーリーとともに、余すことなく語られている。ここでは、刊行を記念して銀座 蔦屋書店で開催された瀧本氏と写真家・石田真澄氏とのトークショーの一部を抜粋してお届けする。これから写真業界や広告業界を目指す人、それ以外でも仕事で悩みがある人、何か物足りないと感じている人。脱却のヒントがここにあるかもしれない。

これからの写真界を担う 石田真澄の写真前夜
──今回、ゲストに石田真澄さんをお招きした理由のひとつに、偶然にも4月7日に公開になったポカリスエットの撮影でご一緒されたというご縁があったんですよね。
瀧本 そうなんです。もともと、すごく生き生きとした写真を撮られる方だなという印象があって、撮影の際話してみたらお若いのにすごく堂々としていて面白い方だなと。
──まずは石田さんの作品のご紹介から。こちらが2018年に出された初めての写真集からの作品ですね。
石田 はい。高校時代に撮りためていた写真を、大学入学後、18歳の頃に写真集にまとめました。昔から広告や雑誌が大好きで、16歳の頃には写真を仕事にしたいなと意識していました。ただ、自分が撮影する側にはなれないだろうと思っていて、広告代理店や出版社に入社すべく大学受験をしました。
「light years – 光年-」より
──長い時間をかけて被写体と関係を築いて撮られて作られた写真集も多いですよね。
石田 夏帆さんの写真集は2年半ほどかけました。撮影場所も2人で決めて、2人だけで行くこともありました。ただ友人目線のスナップ集にはしたくないっていうのは夏帆さんとも話していて。距離感は確かに近いけれど近くなりすぎない、仕事と遊びの中間くらいをずっと狙っていました。

瀧本 その距離の取り方は石田さんにしかできない。撮り方のスタイルが変われば、写るものも絶対に変わってきます。広告の仕事だとどうしても人数が多くなるし、CM だと100人以上になることもあります。でも“ プライベート感を大事に” なんて言われるわけです(笑)。ただ撮影環境を考えることもわりとフォトグラファーの仕事ではあるので、何を最優先にすべきかをまずは見極める。そこで思い切り振り切ることが大事だと思っています。

石田 瀧本さんの場合、よくご一緒されているタレントさんだとコミュニケーションが取れている状態からスタートできるので、ほかの現場より安心感があるということもありますか?

瀧本 確かにそれはありますね。ただ、そういう場合でもやっぱり一定の距離感はありますね。僕の性格的にタレントさんに限らず、あまり身近になりすぎずに、一歩引いて社会と接しているというか。客観的に観察するように世界を見ていることが多くて、それは写真にも反映されていると思いますね。広告仕事となると、肩に力が入って真面目に撮りがちですが、思いきってぶっ壊してみるようにしています。表現の軸さえぶれなければ、違和感が印象に残り、観る側にとって強いものになる。実際に撮っている時は「こんなに壊していいのかな」と不安になりますけどね(笑)。
夏帆写真集『おとととい』(SDP 刊)より
ポカリスエットの現場で見えた 若者が夢を持てる理想的な仕事
石田 ポカリスエットの撮影では、グラフィックとムービーのどちらも瀧本さんが撮影されていました。これまでの撮影ではグラフィックとムービーはチームが分かれていたので、すごく新鮮でかっこよかったです。瀧本さんがカメラを換えるえると、周りのスタッを提示できるような本になるといいなと思ったんですよね。

瀧本 僕も最近でこそ両方を撮影することが増えてきましたが、これまでムービーの現場にグラフィック班として入ると“ 写真は簡単に撮れるでしょ”という風潮は根強くて、酷い扱いを受けることもある。そんな時は頭にきます(笑)。

石田 巻ける時間と思われているところがありますよね。一応、仕事を引き受ける前にちゃんとグラフィックの時間が確保されているか確認はしますが、当日いきなり変わることもザラです。
──『写真前夜』の中にも、何度かそういうエピソードが出てきました。それこそデビュー直後のHonda INTEGRA のお仕事とか。
瀧本 まだ現場を見てもいないのに、「ムービーが押しているから先にグラフィックを撮ってくれ」と言われて、「そんなことは絶対できない」と怒りましたね。新人だからとか関係なく、物申すところはきちんと物申していいと思うんですよ。結局、結果がすべてなので、多少揉めたとしても半月もすれば忘れてしまう。だったら言いなりになってつまらない写真を撮るよりも、いい写真を撮って多くの人の記憶に残した方がいいんです。先ほども言いましたが、表現において何を一番優先するかということさえぶらさなければいい。
誰にとっても都合の良い意味での“正解” は決まっていて、仕事はどうしてもそこからスタートするけど、僕はそういった通例を1回外して考えるようにしています。仕事を続けていくと、ゴールの絵が浮かぶようになります。でもイメージが湧いたということは、過去の記憶の引き出しを開けただけだから、まずはそこを目指さないようにするのがスタートなわけです。そうしていかないと、どこかで見たことのある写真になってしまいますしね。自分がどうしたら写真を楽しめるか、どういう写真を撮りたいか、から考えると、もっと自由になれます。
『瀧本幹也 写真前夜』より
石田 ポカリスエットの仕事で一番印象的だったのは、瀧本さん、田中嗣久監督、クリエイティブディレクターの正親篤さんが本当に楽しそうだったことなんですよね。学生時代から仕事をしていますが、この世界に入って良かったなと思う瞬間が、いわゆる“大人の人たち” が楽しそうに仕事をしている姿に出会えたことなんです。ちゃんと仕事に夢が持てるというか、自分もそうでありたいと思えるから。

瀧本 どちらかというと部活や文化祭をやっているような感覚に近いものもありますよね。もちろん仕事ではあるけど、作り手が楽しんでいる気持ちってやっぱりできあがったものにもにじみ出るから、そう言ってもらえてすごく嬉しいです。写真だけに限ったことではないけど、やり方や捉え方を変えることで、仕事とはいえ楽しく面白くできる。『写真前夜』はそんなヒントを提示できるような本になるといいなと思ったんですよね。

石田 『写真前夜』はそこが書かれているところがいいんですよね。撮り方や方法は参考書や技法書、Web でいくらでも調べられるけど、撮影のエピソードや温度感みたいなところってなかなか知ることができないし、それこそアシスタントについて、現場を見ないとわからない。私は誰のアシスタントにもついていないですが、今回私も瀧本さんの後ろでメイキングを撮っていたからこそ感じられた温度感があって、そういう部分って今まで文字にされてこなかったことですから、学生の時にこの本があったらきっと読んでいたと思いますね。
坂本龍一氏から教えと 広告の明るい未来のために
── 瀧本さんは間違いなく、日本でも屈指の多忙な方のお1人ですが、それでもいつも凪のように穏やかです。モチベーションはどのように保たれているのでしょうか。
瀧本 もちろん機嫌の良くない時もありますよ(笑)。ただ、20代の頃よりはだいぶ気持ちの余裕が出てきたのかもしれませんね。当時は仕事の本数もたくさんやっていて、それでも毎日というほど夜中まで飲みに行っていたし(笑)。ストレス解消の方法がわかってきたというのもありますね。ストレスのない仕事なんてないじゃないですか。ただ、不満をうまく転換する術を学んだというか、マイナス要素をプラスに持って行けばそれが表現にもなっていくことに気づいて、コントロールできるようになった。
 先日亡くなられてしまいましたが、坂本龍一さんには20代の頃から本当にお世話になっていて、よく一緒に仕事させてもらっていたんですが、その頃に坂本さんに言われたのが「20代は仕事を選ばず、とにかく忙しくした方がいいよ」ということだったんです。そうすると30代くらいで自分がやるべきことが見えてくるからと。それを実践していたんです。
──瀧本さんはこれからの写真文化に対してはどう考えていらっしゃるでしょうか。
瀧本 少し暗い話になってしまうかもしれませんが、カメラがどんどん進化して、写真は誰もがうまく撮れるようになりました。これからはAI が発達して、さらに簡単なことになってしまうと思います。だからこそ僕が師匠である藤井保さんの写真を見た時に感じたような、心をグサッと刺されるようなインパクトが必要になってくると思います。自分なりの、人間的な部分というのかな。AI ではなくその人にしか撮れないようなものがのってくることが、大事だと思っています
── まさに、『写真前夜』の初めての打ち合わせの時に、瀧本さんがおっしゃった「最近では広告がノイズになってしまっているのが残念。広告はもっと憧れるものだったし、これからもそうでありたい」という言葉が軸になっていました。
瀧本 “ 事情だけでできている”CM や、スマホでもスキップしたくなる広告が本当に増えてしまいました。事情がないものなんてもちろんありませんが、それでも心を打つものは必ずできると信じていますし、広告業界を目指すのであれば、絶対にそれを目指すべきです。

※この記事はコマーシャル・フォト2023年6月号から転載しています。

瀧本幹也

1974年愛知県生まれ。1998年より広告写真をはじめ、コマーシャルフィルムなど幅広い分野の撮影を手がける。また映画撮影や自身の作品制作も精力的に行ない、写真展や写真集として発表している。

石田真澄

2017年初個展「GINGER ALE」を開催。2018 年初写真集『light years – 光年-』を刊行。その後、様々な雑誌や写真集、ドラマ・映画のスチール撮影、広告など幅広い撮影を手がける。

瀧本幹也 写真前夜

瀧本幹也 写真前夜

A5判/224P /2,500円+税/玄光社刊