ライカプロフェッショナルストア東京にて4月20日まで開催中の高橋秀行写真展 「3,776.12」。作品制作について、高橋氏に話を聞いた。
子供の頃、新幹線の窓越しに初めて富士山を見た時の感動と衝撃。
それから時間が流れ、パーソナルワークのテーマに富士山を選んだ高橋秀行氏。
過去には、作家達の作品モチーフとして、時には信仰の対象として、
多くの人の想いや願いが込められてきた日本の象徴。
様々な視点、撮影手法を駆使し、今まで誰も見たことがない富士山に挑んだ。
-撮影開始は2018年だそうですね。
6年1ヵ月の間、時間を作って富士山に通い続けました。撮影総データ量は18TBほど。そのうち作品として仕上げたのが496枚。
写真展と写真集では、その一部を発表しました。富士山を撮るのは本当に難しいです。でも、すごく面白い。
-感じている難しさとは?
まず、自然ならではの難しさがありますね。入念に下調べしても、絶対に想像通りにはなりません。広告撮影では準備や光の作り方で8割方コントロールできますが、この撮影ではどんなに準備しても、8割方裏切られますよ(笑)。
そして難しいといえば、やはり被写体の圧倒的な強さ。油断すると「富士山に撮らされた写真」になってしまうし、過去多くの写真家や画家、クリエイターが挑んできたモチーフでもある。既視感や過去の名作と対峙しながら、シャッターのタイミング、画面構成、色作りなどで「高橋秀行の富士山」を目指しました。
-タイトルも印象的です。
撮り続けている最中も、言葉にならない思い、全体の方向性やタイトルを悩んでいたんです。ヒントを求めて、いろんな文献を紐解いてもしっくりくる言葉が見つからない。そこで、White Designの後 智仁さんに作品を観てもらい、決まったのが「3,776.12」です。
一般的に富士山の高さは3,776mと認識されていますが、小数点以下まで知る人は少ないですよね。しかも富士山の高さは今も変化しているそうなんです。それを知った時、しっくりきた。「3,776.12」は、無機質な数字ながらも「一般的な富士山」とはひと味違う視点や、撮れば撮るほどアイデアが生まれ、アップデートされていく感覚など、僕が富士山を撮り続ける理由を的確に表していると感じたんです。タイトルが決まった後は、全体の方向性も自ずと定まりました。
ー写真展でのセレクトポイントは?
写真展で特に意識したのは「色」ですね。富士山の廻りは、世の中に存る可視域の色が全て詰まっているのでは…と思うほど、色彩が豊かです。その豊かな色を自然光だけで捉え、表現することに挑戦しています。改めて作品を見返すと、やっぱり広告写真家らしさが出ていますね。
ー広告写真家らしさとは?
さっき、色を意識したと言いましたが、そこには色彩以外の要素も含まれているんです。「色」という言葉には、人の表情を表す「顔色」や、色気、なまめかしさを表す「艶」という意味も含まれていますよね。山の「顔色=表情」、「艶=シズル感」が伝わる写真を、無意識に選んでいると感じています。表情やシズルは広告に欠かせない要素だし、広告ビジュアルを生業にしている者らしいなと。
他には、各作品のタイトルのつけ方。今回は全作品にタイトルをつけました。作品解釈は自由にしていただきたいのですが、タイトルを通して鑑賞者の視点をある程度固定した方が、作品解釈のガイドにもなるし、意図が伝わりやすいですよね。アートの世界と違って広告写真では、メッセージを「伝える」ことは必須だし絶対的なミッションです。パーソナルワークであっても、メッセージを届けたくなる。それは作品制作において、短所にもなり得ますが、それは広告写真家としての性だし、長所にもなり得ると考えています。そういう意味でも、広告写真家でもある「高橋秀行の富士山」をお見せできているのかなと思います。
ーシリーズは継続されるのですか?
最近は対象を広げて、樹海なども撮影しています。これまでは富士山に会いたくて通い続けていましたが、今は富士山をより深く知るために、その周辺とも対話を始めたような感覚ですね。
変化という点では、良い意味で肩の力が抜けてきました。余裕を持って、視野を広くしないと撮影ポイントや瞬間を見逃したりしますから。意気込んでカメラを構えても、実は僕の後ろにもっと魅力的な世界が広がっていた…なんてこともある(笑)。振り返ることで、一方向しか見ていなかった自分にも気付けます。基本的なことですが、広告でもパーソナルワークでも、写真家が広い視野と多方向への視点を持たないと納得いくものは撮れません。この作品を通して、改めて多くのことに気付かされていますね。これからも、富士山を被写体に、あがき続けていきます。
たかはし・ひでゆき
福井県出身 日本大学芸術学部写真学科卒業。博報堂プロダクツ フォトクリエイティブ所属。
近年では、富士山をはじめ、日本固有のモチーフをコンセプチャルな視点から捉える撮影を精力的に行なっている。
ニューヨークフェスティバル グランプリ、日本経済新聞広告賞 グランプリ D & AD 受賞 など賞歴多数。2020年には写真展 「カラス」 を開催。
写真集 「3,776.12」
フォトグラファー:高橋 秀行
アートディレクション&クリエイティブディレクション:後 智仁(White Design)
判型:A3変型 300部限定
価格:13,200円
販売:ライカプロフェッショナルストア東京
写真集「3,776.12」は後智仁さんが写真をセレクト、デザインをした。写真展会場にて販売中。
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