撮影を楽しむスペシャリストたち Vol.11 大和田良に聞く作家を取り巻く業界の実状

写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。

大和田良(おおわだ・りょう)

1978年仙台市生まれ。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration : 50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011 年日本写真協会新人賞受賞。著書多数。最新刊に『Behind the Mask』(スローガン)。東京工芸大学芸術学部准教授。

アートって多くの人に向けたものに見えるじゃないですか。
でも、実はコレクターやギャラリスト、美術館のディレクターなど、特定の少数に向けているとも言えます。

中野 大和田さんが作家としてフォトグラファーを志したのはいつ頃でしたか? 

大和田 学生だった頃、大学の教授で細江英公という写真家がいまして、細江先生は国内で芸術としての写真の地位を支えてきたような存在で、写真というメディアが持つ芸術性について情熱的に伝えてくださる方だったんです。 

中野 写真が持つ力や可能性ですね。 

大和田 写真とは二次元的なものに捕らわれることなく、人が考えていることを表現したり、ツールとして社会との繋がりを実現できたりもする、誰もが扱える自由なメディアなんだと。なので、商業的な写真の役割以前に、芸術や学問としての写真の捉え方の方が身近でした。 

中野 今でこそ誰もがスマホで写真を撮り、SNSで世界中に発信できる時代ですが、そんな風に写真と人の距離がぐっと近くなったことを予見するような授業だったのですね。当時の大和田さんはどんな表現をしたいと考えていましたか? 

大和田 学生時代は作家になる意識は薄かったです。どちらかというとエディトリアルやファッションなど商業的な領域に興味がありました。ただ、色々な写真を見ていくうちにアートにも携わりたいという意識が芽生えてきました。卒業後は両方やってみたいと思い、プロダクションで出版社と仕事をしながら、作品撮りもしていました。そんな時、スイスのローザンヌで開催された、芸術写真のワークショップに参加できる機会があり、世界各国、同世代のフォトグラファー 50 人くらいと話をしたんです。やっぱり国ごとに状況も違うし、写真には色んなアプローチがあるんだと気付き、その足でロンドンの出版社へ売り込みに行ったのですが、日本人だからと面白がってくれて仕事をもらえるようになったんです。 

中野 海外で出会ったフォトグラファーたちとどんな違いがありましたか? 

大和田みんな、作品がどんなレベルでも自信だけはありますよね。作品ってある種のおこがましさが必要で、自信がないものを出すのはギャラリーやコレクターに失礼なんです。 

中野 謙虚に振る舞ってしまいがちな、日本的な感覚と反している部分ですね。 

大和田 作品への意識についてのマインドセットはローザンヌで学びました。さらに、海外で仕事をしているうちに、日本の造形美を遺していかないとダメだという想いもでてきて、盆栽の作品撮りを始めたのですが、その作品はさいたま市の協力を得て、海外で大々的に発表できる機会をいただくことができました。 

中野 盆栽って海外でも広く認知されている文化ですからね。 

大和田 ギャラリーとも定期的にブレーンストーミングを重ねたおかげもあると思います。ギャラリストが「君のこの作品には可能性を感じる」といったアドバイスやリクエストをくれるんです。撮りたいものを撮れるのが作家ですが、継続していくためには同時に今撮るべきものが何かを考えないといけないんです。 

中野 作家とギャラリストの関係を知ると、やっていることはアートなんだけど、アサインメントみたいな性格もある。それに、ギャラリストのキュレーションが非常に明確なんですね。 

大和田 ヴォルフガング・ティルマンスくらい有名になれば何を撮ったっていいですけど。そこに至るにはギャラリーと二人三脚というか。 

中野 本来は自己表現とキュレーションのバランスが大切で、アートでも客観性が必要不可欠。それらを勘違いしがちな人ってたくさんいそうです。

大和田 表現という言葉尻だけ捉えると自由だと思いがちですが、それで続けられるのは少数の天才だけ。むしろ、雑誌でポートレイトを撮ってほしいと依頼される方がよっぽど自由というか。 

中野 商業写真だと成果がわかりやすいですね。ある程度リクエストもありながら、表現の幅も広い。アートの世界だとその枠が難しい。 

大和田 むしろ狭いんです。アートって多くの人に向けたものに見えるじゃないですか。でも、実はコレクターやギャラリスト、美術館のディレクターなど、特定の少数に向けているとも言えます。彼らに刺さらないと、美術館には収蔵されないし、コレクターにパトロン的な役割を果たしてもらうことも難しい。SNSで何十万人が見ていても関係ないんです。そういった業界の仕組みは外からはわからないので、学生たちには授業で伝えています。海外の作家たちを見ても、アートストラテジーという売り込みの戦略を立てることに時間をかけているんです。 

『ECHO』

中野 アートストラテジーという言葉は初めて聞きました。そういうディスカッションは結構あるんですか。 

大和田 結局、作品の価値を伝えられなかったら意味がないので、そこに対して集中して議論しますね。 

中野 日本でアートストラテジーを立てましょうということは聞きませんね。 

大和田 マーケットが少なく、ビジネスとして成り立ってない印象があります。ただ、国内のアートシーンでも、そういった戦略を意識しているキュレーターやギャラリストは多くなっているかと。 

中野 ちなみに、マーケット指標みたいなものはどこでわかるのでしょう?

大和田 クリスティーズなどのオークションサイト、大きなアートフェアの傾向を見ていくと今年は彫刻だ、ビデオアートだといった具合でわかると思います。 

中野 作家志望の若い子は増えているじ ゃないですか。その子たちは、SNSで好きなフォトグラファーを見つけて影響を受けるけど、それ以前の先人たちに影響を受けたというのは全然ない。そういう意味で、写真史が急に無くなってしまった感覚もあるんです。

大和田 SNSで見る写真、そのお手本になっている写真家、さらにその前の写真家…とルーツを追っていくと、文脈や歴史といった、なぜこのイメージに達しているかの理由は必ずある。でも、みんなそこまでは深掘りしないんです。 

中野 大和田さんは学校でも割と技術的な授業を取り入れてらっしゃる、その意図はどこにあるんですか。

大和田 技術的な部分、知識としての歴史もそうなんですけど、身につけているものが多いと、突然何かと結びつく瞬間があります。ひらめくには相当な準備がないといけないので、技術や知識といった僕が与えられるカードは、広く学生に伝えたいと思っています。それが彼らの記憶や経験、育ってきた環境と結びついて、新しい作品が生まれると思います。 

『Chateau Mouton Rothschild 1978 』

中野 今後、こういう作品が増えていくかもしれないという予兆はありますか? 

大和田 AIや3DCGを取り入れたミックスメディアの作品でしょうか。CG 的な方向性になるのか、リアルな方向になっていくのか、それとももっと抽象的な方向にいくのかわかりませんが、そういった流れはあると感じます。

中野 AIを使った作品づくりを突き詰めていくと、撮影も不要になる。フォトグラファーの定義も変わってくるのでしょうか? 

大和田 テクノロジーは使い方次第だと思います。つまり、その作品が写真だと思われるか思われないかが問題だと思うんです。極端な話、AIで生成していたとしても、それが写真に見えるなら写真なんですよ。さらに、写真を知っている写真家がプロンプトを書いて生み出しているなら、CGだけど充分に写真的な要素が残っていそうです。逆に、アニメーターが写真っぽいプロンプトを書いて作り出したCGは、多くの場合写真に見えない気がするんですよね。 

中野 デザイナーがレタッチをやり始めた時もそういう問題はありました。写真をわかっているレタッチャーと、CG畑のレタッチャーだと写真の扱いが違う。 

大和田 どこか変みたいな。その違和感がないぐらい写真みたいなCGを生成AIで描き出すのは、写真家がやる仕事だと思います。それに、個人的にはテクノロジーをどう使うかの問題は若い人たちが切り開く道だと思うので、僕のゼミでもAIをどう使うといった議論の時間は積極的に作るようにしているんです。 

中野 大和田さんはミックスメディアとして、テクノロジーを作品づくりに取り入れようとは思わないんでしょうか? 

大和田 ギャラリーと共に作り上げる作品、コレクターが求めている作品を作るのが、写真家としての僕の仕事のひとつだと思っていて、そこを飛び越えたいという考えはないですね。若い学生たちは、もう本当に振り切っていく自由性はあると思います。写真に見えなくても、それが受け入れられるワークスペースやギャラリーを探せばいい。僕が今いる場所では、僕は写真をやるべきで、写真という状態を残しながら作品づくりを進めていきたいなと思っています。

NAKANO’s COMMENT
「作家」というジャンルがいつの間にか写真表現として一人歩きしていたように思います。「アート ストラテジー」の大切さは商業写真にも通ずるテーゼだと思います。今後ますますアートとしての写真、作家活動においては客観性が大事になると痛感しました。

スペシャリストに聞く6つの質問

Q1 業界を目指す人へ
まずは好奇心を持ってほしいです。ひとつひとつを丁寧に深掘りして調べ、時間を忘れるぐらい写真にのめり込むことができないと、今の写真業界でやっていくのは難しいです。

Q2 被写体への向き合い方
根底にあるのは、人の好奇心に常に向き合うということ。例えば、盆栽の作品だったら、その歴史や造形、コレクターが何に興味を持っているかを考えます。その好奇心が作品に繋がっています。

Q3 影響を受けた人
2004年に東京オペラシティでヴォルフガング・ティルマンスが個展を開いたんですけど、衝撃的でした。かなりラフな展示で、画一的な様式に捕らわれない、写真の自由さを感じた瞬間でした。

Q4 気になっていること
高校3年生の子どもが留学をしたいと言っているんですけど、今は円安だからその費用感が気になっ ています。個人的には北欧がいいなと話しているのですが、イマイチ反応は良くないですね。個人的な話ですみません(笑)。

Q5 撮影中のBGM
現在撮影している作品があるのですが、毎回ジャズピアニストのグレゴリー・プリヴァを聴いています。撮影のタイミングが違うと自分の意識が変わってくるので、同じ音楽を聴くことでマインドの変化をリセットするんです。

Q6 キーアイテム
HUAWEI FreeClip。これは最近気に入っているオープンイヤーのワイヤレスイヤホンです。ノイズキャンセリングのイヤホンだと音だけの世界になるので、環境音がしっかり聞こえる方が作品撮りには集中できます。

撮影・インタビュー

中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

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出演 加藤マニ/三戸建秀/Shuma Jan/ヒガテツヤ

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