撮影を楽しむスペシャリストたち Vol.03 KEI OGATAの表現とディレクション

撮影を楽しむスペシャリストたち

写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。

Vol.03
KEI OGATAの表現とディレクション

▼今回のSPECIALIST

KEI OGATA(ケイ・オガタ)

1977年に渡米。写真家アルバート・ワトソンのアシスタントを経て独立。国内外の『VOGUE』『GQ』誌等の他、国内外の大手企業の広告写真や映像を手掛け、第一線で活躍。APAアワードの金賞等、受賞歴も多数。
no-2.co.jp/kei_ogata

自分のスタイルは表現するのではなく、
自然と出てくるもの。

中野 オガタさんの作品を見ていると影の使い方が独特で、漆黒に近い濃度で表現していることが多く、アメリカ的だなと感じます。僕はロンドンで撮影をしていたので、やや濃度の薄いヨーロッパ的なライティングが多いんです。

オガタ 若い頃からアヴェドンやペンといったフォトグラファーに惹かれていましたし、物事を白黒はっきりさせたい性格だったりするので、どちらかと言うとアメリカ的な感性なのかもしれません。海外で修行するとなった時も、ファッションをやるならパリかロンドンを選択したと思いますが、当時は全体的に写真というものを俯瞰して見てみたいと考えていたので、ニューヨークを選びました。

中野 オガタさんがフォトグラファーとして活動を始めたのはいつぐらいの時期なのでしょうか?

オガタ ニューヨークに行って助手をしながら勉強をして…。フリーになったのは1980年1月です。独立してまもなく『GQ』から初仕事が入り、これで軌道に乗れると思いきや3ヶ月くらい仕事がなくて。そんなに甘いものではないと痛感しました。

中野 とはいえ、当時から『Harper’s BAZAAR』の撮影もされていましたよね。

オガタ 『GQ』や『マドモアゼル』などCondé Nastの仕事が認められたからだと思います。

中野 ワトソンは当時からスタジオを構えていたと思いますが、オガタさんも撮影で使われていたのですか?

オガタ 彼は大きなスタジオを持っていましたが、1日に何本も撮影を入れていたので、助手が使う隙間はありませんでしたね。だから、彼がヨーロッパロケに行っている時、こっそりモデルを呼んで撮影をしたんです。錚々たる人気モデルたちに来てもらいましたが、彼女たちはワトソンを紹介してくれるものだと思っているわけです。当日、僕が撮影するとわかった途端に「なんだ、お前なのか…。」とガッカリされました(笑)。助手として働いている期間は本当に忙しく、1年しかついていなかったのですが、体感としては3年に及ぶような濃密な時間を過ごさせていただきました。

中野 フォトグラファーとしてはうらやましい環境です。80年代から活躍されていたオガタさんですが、今に繋がるライティングのセンスにはすごく興味があります。ニューヨーク仕込みという土台がありながら、個性も加わりつつ変化していると思うのですが。

オガタ ライティングの流行は、時代の空気感に大きく影響されますよね。例えば、80年代だったらリングライトやオープンヘッドなどの硬い光でシャドーをつけて…みたいな。ライティングの流行を考える上で個人的に面白いのは、今の時代にリングライトを使ったり、日中シンクロといったライティングをする若者がいること。ファッションも流行り廃りが繰り返されると言いますが、それと同じですね。

『RITZ』掲載作品
『流行通信』掲載作品

中野 今、アナログブームでもあると思いますが、このムーブメントをどう御覧になっていますか?

オガタ フィルムで撮影をしている若い子は、アナログが「かっこいい」と言うけれど、推測するに「時間がかかるけど、ひとつひとつを大事にする」そんなプロセスを魅力的に感じるのでしょうね。もちろんフィルムのトーンが好きということもあるのでしょうが。やっぱり生まれてすぐデジタル環境に触れていると、情報のスピードが速すぎて振り返る場がないんだろうと。そういう意味で、アナログだと仕上がりを見て「もうちょっとこうした方が良かった」という振り返りの機会がありますから。若者がアナログ撮影に興味を持つことは嬉しいですし、いろんな手法について知ることはフォトグラファーを目指す人にとって良いことだと思います。ただ、僕みたいに長年撮影していると、そういう流行に“なるほど”と思う反面、手法は“何でもいい”と思うようになりました。最近はiPhoneも良いかな…と(笑)。

中野 外側はあまり問題ではないということでしょうか。逆説的な質問になりますが、フォトグラファーにとって必要な素養は何だと思いますか?

オガタ 助手としてワトソンの撮影を見て気が付いたのは、結局は技術じゃないということです。ファッション撮影があると、撮影前にワトソンは必ず洋服をチェックしていました。その上でモデルと「この洋服をどう着たらいいか、どう動いたらいいか」と長い時間をかけてコミュニケーションを取るんです。詳細な話は離れている助手の僕たちには聞こえません。やっと始まったと思えば、意外にもあっけなく撮影が終わってしまう。面白いのは、撮影は簡単なんだと勘違いした僕がフリーになり、いざ撮影してみると上手くいかない。なぜかって、ワトソンがモデルと話していた肝心な部分がすっぽりと抜けているからです。モデルは服を着てただ動いていたわけではなく、ワトソンと洋服を魅せるために話をして一緒に作品を作り上げていたのです。

中野 シャッターを切る前から撮影が始まっているとも言えますね。被写体との向き合い方はとても重要です。

オガタ また、自分が何を感じているのか、周りの人はそれを見て何を感じるのかを考えることも大切なことです。例えばファッションなら、その洋服を見て、これを着る女性が街中でどんな風に歩いていたらかっこいいのか。ポートレイトなら、この人にはどういう生い立ちがあり、何を大切にして生きているのかなど。自分なりに色々考えることから面白い写真は生まれると思うんです。

中野 ビジュアルに説得力を持たせる手法として高い効果がありそうです。

オガタ 昔、大きな失敗をしたことがあります。雑誌の企画である業界のトップたちを集めて撮影する企画を任されたのですが、期待に応えようと、考えすぎてしまって。驚かせてやろうと、黒バックに穴を空けて顔だけ撮影し、合成写真を作ったんです。現場では不安の声もあったのですが、「これでOKだ」と我を通してしまい、出来上がったビジュアルをアートディレクターに見せたら「お前はわかっていない」と言われました。世界で活躍する人達を一同に集めた意味がない、みんな一緒に写っている写真が欲しかったんだと。結局、その写真はボツになってしまいました。自分のスタイルでみんなを驚かしてやる、なんて考えは本当にチープで、自分だけで撮影しているわけではないのです。これは、僕の中にずっと残っている戒めです。

中野 それがきっかけで撮影に対する向き合い方も変わったのでしょうか?

オガタ 日本に帰ってしばらくの間は変わらず我を通していましたね(笑)。若い頃は、自分がどう思うかだけを優先してしまい、独りよがりな写真になりがちです。僕が思うのは、自分のスタイルは表現するのではなく、自然と出てくるものだということ。何も言われなくても被写体に真っ直ぐ向き合おうとするのは僕の個性で、スタイルなんだと。制約の多い広告の現場でも、ライトを選んだり角度を調整するのは自分。代理店やクライアントの意見を聞いて、みんなで一緒に頑張ってやっていれば自分らしさが出るんですよ。

中野 ちなみに、広告のディレクションではどんなアプローチをしますか?

オガタ 広告の場合、必ず狙いがあるのでその趣旨を被写体に説明して、「どう思う?」と相談しながら相手がどう思っているのかを引き出す。そうすると「私はこういう方がいいと思う」と返ってきたりしますから、それを受けてまた他のスタッフに相談するんです。クライアントの要望と違う内容になることもありますが、それが採用されることもあります。みんな目的に向けて頑張っているので、自分がチームプレーの交差点になることを意識しています。

中野 キャストも含めてクリエイティブの領域に引き込んでいるのですね。

オガタ そうですね。デジタルになってからはヘアメイクやスタイリストも気付いたら直してくれますし、クライアントにも「同じモニターで見ませんか?」と声をかけます。クライアントも目が肥えていますし、何より話が早い。そういう意味で僕にとってデジタルはありがたいです。現場でワイワイするのは楽しいし、みんなで一緒に作ろうとする意識がないと、いい仕事ができませんから。

中野 映画『パリの恋人』でフレッド・アステアとオードリー・ヘプバーンの踊りながら写真を撮っているシーンが思い浮かびました。テクノロジーの時代だと言われますが、撮影は技術ではなく、何よりも被写体を含めたコミュニケーションが大切なんだと、本当に原点に立ち返る気持ちです。

NAKANO’s COMMENT
ニューヨークが原体験のオガタさんと、ロンドンが原体験の自分。お互いの陰影、黒のこだわりと違いをお話しできたのはとても興味深かったです。被写体との向き合い方は、まるで合気道の範士の様で、凄いな…と思わず聞き入ってしまいました。

スペシャリストに聞く6つの質問

Q1 業界を目指す人へ
今の時代、作品をSNSで拡散すればチャンスは生まれますが、その反面、その人が何を訴えたいのかが注目されると思うので、フォトグラファーにはより作家性が必要になってくると感じます。

Q2 被写体への向き合い方
自分のイメージはあるけれど、それは一旦横に置いて、この人が最大限に活きるのは何かを考えます。その人になりきる、相手の立場に立つと言うとわかりやすいかもしれません。

Q3 影響を受けた人
ワトソンの下で働く前、ウィリアム・シラノの助手をしていました。彼は天才的な人で、写真では一番影響を受けていると感じます。技術も撮影方法も、自由に、何でもアリなところが目から鱗でした。

Q4 気になっていること
コロナ以降、広告業界も大きく変化しました。フォトグラファーもその変化に対応しなくてはいけません。ただ、ネガティブには捉えていなくて、新しい価値観を模索する時代だからこそ、若い人には多くのチャンスがあるはずです。

Q5 撮影中のBGM
現場では被写体とのコミュニケーションを重視したいので、基本的には撮影中に音楽はかけないようにしています。ただ、音楽がないとやりにくいという方もいるので、その場合は低音で流すようにしています(笑)。

Q6 キーアイテム
ライカ M3。撮影時にフレームの外側まで見えてしまうレンジファインダーカメラは、世界がどうなっていて、自分が何を切り取ろうとしているかがわかります。使っていて飽きない素晴らしいカメラです。

撮影・インタビュー

中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。
VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージ
シャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

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