ColorEdgeはアーティストにとっての眼。なくてはならない大事な道具 TELYUKA × 小島勉

写真・動画:茂手木秀行 取材協力:バリューマネージメント株式会社/寺田倉庫株式会社

CGなのに本物の女の子のように見えると話題の3DCGキャラクターSaya。最近ではCGの枠を超えて、写実絵画のようなアート作品としても注目を集めている。Sayaはなぜ美術界にデビューしたのか? 展示プリントを制作した小島勉氏も交えて、Sayaの生みの親であるTELYUKA(テルユカ)に、アート作品の舞台裏について詳しく話を聞いた。

Sayaの平面プリント作品《空間のはざま_光》

まるで人間のような実在感のヴァーチャルヒューマン

人間そっくりに作られた3DCGのことをヴァーチャルヒューマンと呼ぶが、Sayaもその一種である。あまりにも人間によく似ていることから「不気味の谷を超えた」と話題になるほどで、その実在感は群を抜いている。

そんなヴァーチャルヒューマンSayaが、平面のプリント作品として新たに命を吹き込まれ、アートとしてお披露目された。作品が発表されたのは、超絶技巧による写実絵画や立体作品を集めた「脅威のリアリズム」という展覧会で、広島県竹原市の古い町屋を会場として開かれた。

作品を出品したのはSayaの生みの親、CGアーティストの石川晃之氏と石川友香氏。2人は夫婦でTELYUKAというユニットを結成し、Sayaにまつわるプロジェクトの中心メンバーとして活躍している。そして、展示プリントを制作したのはトッパンのプリンティングディレクター小島勉氏。3DCGと印刷という異業種の組み合わせだったが、3人とも作業用モニターとしてEIZOのColorEdgeを使用していたことから、コミュニケーションは非常にスムーズだったという。

そこで今回は、この3名による座談会をお届けすることにしたい。鼎談のテーマは、Sayaが備えている実在感を平面のプリント作品でどうやって再現したのか。そして、その過程でColorEdgeはどのような働きをしたのか。

左から石川晃之氏、石川友香氏、小島勉氏
「脅威のリアリズム」展が開催された旧松阪家住宅

鼎談の取材は「脅威のリアリズム」の会場となった旧松阪家住宅で行なっている。この建物は江戸時代から続く豪商の邸宅で、古い箪笥や掛け軸などの家財道具がそのままの状態で残されており、何十年も昔にタイムスリップしたかのような部屋で座談会が行われた。

なお、この「脅威のリアリズム」展について補足しておくと、本展は竹原市の歴史的建造物を活用した社会実験「竹原アートプロジェクト2022」の一環として昨年秋に開催(2022年10月29日〜12月13日)。この実験は、町並み保存地区のあちこちにアート作品を展示して、訪れた人に町を回遊してもらおうという試みで、竹原の町を活性化して歴史的建造物を残すことを目的としているという。

竹原アートプロジェクト2022

竹原アートプロジェクト2022

竹原は江戸時代に製塩業で繁栄した町だが、製塩業を営んだ旦那衆は私財を投じて建物や教育に力を注ぎ、まちづくりに貢献してきた。現在の町並みが安芸の小京都と謳われる所以である。本イベントはその精神を現代のアートで表現すべく実施された。
期間:2022年10月29日〜2023年1月31日
場所:広島県竹原市 たけはら町並み保存地区、他
主催:バリューマネジメント株式会社
後援:竹原市、他
企画協力:寺田倉庫株式会社

「竹原アートプロジェクト2022」における「まちなかアート」の展示について(1分20秒)
超絶技巧の「脅威のリアリズム」展でSayaのアート作品を発表
──座談会を始める前に、みなさんには「脅威のリアリズム」の展示をご覧いただきました。まず最初に、その感想をいただけますか。
石川友香(以下、友香) こういう歴史のある建物で作品が展示されるのは初めてなのでワクワクしています。展覧会のテーマはリアリズムですが、どの作品も建物との相乗効果によって、すごい存在感でこちらに迫ってくる感じです。
玄関の間に設置された大型絵画、松尾奈保《冀求》
近未来的なデザインの石黒賢一郎《Injection Device》(左)と同《ユウキ》(右)

石川晃之(以下、晃之) 見て楽しむだけでなく、作品の背景を知ってさらに楽しめる。そんな展覧会ですね。オーソドックスな写実主義の絵画だけでなく、金属で出来た本物そっくりの昆虫、近未来的なアニメキャラクターのような胸像など、いろんな作品が集まっていて、それぞれの作品の裏側を知りたくなりますね。

小島 江戸時代から続いている建物なので、空間自体にリアリティがあるし、その空間にアートが配置されているという演出が素晴らしい。普通のギャラリーでは体験できない特別な展覧会だと思います。

   
──作品の展示場所は玄関、座敷、居間など、建物の空間すべてを活用して展示されていましたが、TELYUKAさんの作品《空間のはざま_光》は炊事場の一角に飾ってありました。
友香 展示場所は主催者の方にお任せしたのですが、作品にぴったりの場所を選んでもらったなという気がします。大きな明かり取りのガラス戸が近くにあって、作品自体の構図も画面の外から光が差している。まるで現実空間の光が作品の中に差しているようです。

晃之 ガラス戸の向こうには中庭があって、こちらには土間や畳の間があり、まさに「空間のはざま」というべき場所。Sayaのいる作品世界と展示空間がものすごく馴染んでいる感じです。
炊事場に展示されたTELYUKA《空間のはざま_光》。隣には明治天皇の肖像画がある
  
──本日は特別に、会場にColorEdgeの4Kモニター「CG2700X」を持ち込ませてもらって、Sayaの画像を表示しています。プリントと4Kモニターで作品をご覧になって、いかがでしょうか。
晃之 私たちもふだんColorEdgeは使っているのですが、このCG2700Xは見え方がかなり違いますね。27型の4Kは画素がギュッと詰まっているので、かなり精細に見えます。

友香 けっこう瑞々しく見えますね。2Kだと見えていなかった色やトーンが見えるようになって、女子的にはちょっと恥ずかしい感じがするぐらい、いろんなものがよく見えてきます。
ColorEdgeの4Kモニターを持ち込んでSayaの画像を表示

小島 プリントの方は、ハーネミューレ フォトラグメタリックというドイツ製のペーパーを使用しています。メタリックという名前はついていますが、ぎらっとした感じではなく、穏やかな光沢です。この紙は最終的にTELYUKAさんに選んでいただきましたが、いかがでしたか。

晃之 3種類くらいのテストプリントの中から選ばせてもらいましたが、一目見た時からこの紙が気に入りました。

友香 しっとり感が際立っていて、モニターで見るのとはまた表情が違いますね。肌の感じが人間の肌に似ていて、Sayaの色っぽさをうまく出してもらえたなと感じます。

小島 この紙でテストプリントしたとき、これだなという手応えがありました。メタリックなのに程よいテクスチャーがあって、立体感を強調しやすいので、この絵と合うだろうと思っていました。TELYUKAさんもこの紙を気に入ってくださったので嬉しいですね。

この記事の動画

超絶技巧の3DCG「Saya」から生まれたアート作品の舞台裏(13分14秒)
油彩画や彫刻の実在感に迫るようなCGのプリントを作れないか
──ここからは作品のメイキングについてお聞きしていきたいと思います。まずSayaのプロジェクトについて概要を教えてください。
友香 最初は2人の自主制作として始めたのですが、その時から、どうやってCGとしての実在感を出すのか?をテーマとしていました。

2015年にSNSでちょっとした話題になって、それからいろんな企業や大学から声をかけていただいて、今では様々なコラボレーションに取り組んでいます。最初は1枚の静止画だったのが、動きがつき、声で会話できるようになり…と成長を続けて、最近では対話AIを搭載するまでになりました。
石川友香氏

友香 今回の展覧会については、以前から面識のあった広島市立大学芸術学部の石黒賢一郎先生から声をかけていただきました。いちど本格的な平面作品をやってみたいと思っていたので、ちょうどいい機会でした。

今回の展覧会にはリアリズム系の作品が集まっていますが、油彩画や彫刻などが醸し出す実在感にはかなわないというか、ものすごく強い憧れがあります。CGのプリント作品でもなんとかそれに迫るようなものを作れないかと思い、知り合いの凸版印刷の方に相談をしたという経緯です。その時はまだ小島さんを存じ上げていないんですが。

小島 僕は以前からSayaのことは知っていて、今回の話が僕のところに回ってきた時は、驚くと同時に嬉しくて、ちょっとテンションが上がりました。

最初にTELYUKAさんにお会いしたのは8月でしたか。そのとき、先ほどからキーワードとして挙がっている実在感についてお話をうかがったのですが、打ち合わせが終わってからもずっとその言葉が気になって…。

紙に落とし込む時にどうすれば実在感が出るのかとあれこれ考えて、絵柄に合いそうなプリント用紙をいくつか選んで、さきほどのメタリック系の紙の他に、マット系、半光沢系と、合計3種類の紙を提案させてもらいました。

晃之 紙によって表情が全然違うのはすごく面白いですよね。今回そういう領域に踏み込めたのは、Sayaの新しい可能性だなと思います。

リアリティの追求で3DCGと印刷に共通するもの
──実在感というキーワードをもう少し掘り下げたいのですが、たとえば油彩画は近くで見るとディテールはないのに、離れたところから見ると本物っぽく見えますよね。いったい実在感はどういうところに宿るのでしょうか。
晃之 重さを感じるかどうかがひとつ大きなポイントかなと思います。CGの世界って重力もなければ、空気もないし、時間の流れもないので、何も考えずに作るとどうしても軽く見えてしまう。だからこそ、作る人のそれぞれの感覚で重さの要素を足してあげないといけない。わかりやすい例で言うと、汚しを入れるとか、ですかね。
石川晃之氏

小島 なるほど、そこは印刷とも共通するところがありますね。印刷では、たとえば肌の色はイエローとマゼンタが主成分で、そこに対してシアンが濁しの成分として入ります。僕はその濁しの入り方がリアルさにつながるというふうに考えていて、言葉を変えればノイズ感ですかね。それがTELYUKAさんの言う実在感につながるのではないかと思います。

友香 ノイズって目に見えないものですが、だからこそ大切なんですよね。CGアーティストの場合、最終的に技量の差が出るのはノイズの部分だと思っています。

小島 僕はむかし化粧品のポスターの仕事をしていたことがあって、女性の肌のレタッチもよくやっていました。女性の肌はツルツル、スベスベにするのがいいと思われがちですが、一番難しいのはノイズをうまくコントロールして、リアルな質感を残しつつ、ナチュラルで綺麗な肌に見せることなんです。その点、Sayaの肌はとてもナチュラルで、データの作り方が巧みだなと思いました。

晃之 そんなところまで印刷のプロの方に見られていたなんて、ドキドキものですね。

小島 肌の色も、光を受けている部分と影のあたりとで色相が違っていて、微妙な揺らぎがある。こういうところがすごく血が通っている感じがして、紙に出す際にそのあたりのニュアンスを大事にしたいなというのはありましたね。

友香 肌の色をどの方向に転がすのかってすごく難しくて、私の好みとしては黄色かピンクなんですが、実在感を出すためには少しブルー寄りなのかなと思ったりもして、とても悩んだところです。

小島 光の色温度の差がうまい具合に肌に写り込んで、すごくリアルだなと思います。

ColorEdgeはアーティストにとって眼のようなもの
──ここまでの話をまとめると、実在感の表現で大事なのは汚しだったり、ノイズだったり、色の揺らぎだったり、どれも繊細かつ微妙なさじ加減が必要なものばかりです。そのような作業には、やはりモニターの性能が大きく物を言うのではないでしょうか。
小島 その通りだと思います。僕は今回のプリントを作る際に、ここにあるのと同じCG2700Xを使って作業をしましたが、色やトーンの微妙な調整がとてもやりやすかった。画面で見た感じと紙での出力がほぼ同じように見えて、インクジェットのニュアンスがモニター上で再現されるんですよね。
小島勉氏

晃之 CG2700Xはモニターに顔を近づけて見ても、ピクセルを見ている感じがしません。コンピュータの画面というより、実在するものを肉眼で見ている感じに近いですね。

小島 画素ピッチが0.155mmと狭いので、肉眼では一つ一つのピクセルを識別できないんだと思います。

友香 作品を作っていたときに、この4Kモニターがあればなあと思いました。2Kモニターとは精細さや見え方が違いますし、フォーカスもずいぶんと違う。2Kだとちょっと曖昧だったところがクリアになって、奥行きを強く感じるというか、Z軸の感覚が違ってきます。ここまで情報量が違うと、今後のCGクリエイターにとって4Kモニターは必須になるでしょうね。

小島 TELYUKAさんがColorEdgeのユーザーになられたのはいつごろですか。

晃之 ちょうどいまから10年ぐらい前ですかね。そのころ私たちは映画のVFXの仕事をやっていました。業界全体にカラーマネージメントという考え方がなかったので、各スタッフのモニターの色がバラバラで、3DCGと実写の合成で色を合わせるのが大変でした。

最終的には、とある実写映画に参加したとき「VFXのスタッフは全員ColorEdgeを導入してください」と言われて、必要に迫られて導入したのですが、みんな同じモニター、同じ色で見るようになったので、作業効率がすごく良くなった。今ではColorEdgeが映像業界の共通言語になっている感じです。

小島 今のお話を聞いていて、どこも同じだなと思いました。僕の働く印刷業界でも、以前はモニターの見た目は重視されていませんでした。昔の職人はみんな、CMYKの数値を見れば最終的な仕上がりの色を想像することができたので、モニターには重きを置いていなかった。それが、20年くらい前からデジタルデータでの入稿が増えてきて、カラーマネージメントが重視されるようになりました。

ColorEdge CG2700X(手前)
 
──どの業界もカラーマネージメントとColorEdgeは深い関係にあるんですね。それでは最後の質問になりますが、みなさんにとってColorEdgeとはどういう存在でしょうか。
小島 ColorEdgeはアーティストにとって眼のようなものだと思います。僕はアーティストではありませんが、ColorEdgeを通してアーティストと同じものを見ることができる。TELYUKAさんとは今回初めてお仕事をしましたが、ColorEdgeという共通の眼があったからこそ、これだけ精度の高い作品作りができたのかなという気がします。

友香 そうですね。ColorEdgeを通じて情報をやりとりできたので、共同作業はスムーズだったし、小島さんのこだわりと私たちの想いがうまく共鳴したような気がします。今回、Sayaのアートを立ち上げることができたのは、ColorEdgeのおかげだと思います。

晃之 カラーマネージメントの知識はもちろんあったほうがいいんでしょうけれど、制作者としてはやはりクリエイティブに集中したい。そういう問題は誰かに任せたいし、機材で解決できるのならその方がいい。クリエイターだったら道具に投資するべきだし、ColorEdgeはその期待にきちんと応えてくれるモニターだと思います。
座談会の終了後、竹原の町を散策した3人。写真は高台から町を一望できる西方寺にて
EIZO ColorEdge CG2700X

EIZO ColorEdge CG2700X

2022年9月20日に発売された27型カラーマネージメント液晶モニター。27型のColorEdgeで初となる4K解像度(3,840×2,160)を実現したほか、USB Type-Cケーブル1本のシンプル接続で、画面表示、USBハブ機能、PCヘの給電、Ethernet端子経由で有線LAN接続を使用できるドッキングステーション機能を搭載している。キャリブレーションセンサーを内蔵しており、画面の色調整は自動的かつ定期的にモニターが行ってくれる。Adobe RGBやDCI-P3をほぼ再現する広色域で、映像制作用のHDR表示にも対応している。