撮影を楽しむスペシャリストたち Vol.10 三吉ツカサに聞くプロのライブフォトグラファーとは

写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。

三吉ツカサ(みよし・つかさ)

1980年生まれ。東京都出身。15歳の頃からライブカメラマンとして活動を始める。2011年、写真家のマネージメント事務所 Showcase Management設立。同年、写真販売サイトShowcase Prints開設。多くの写真集を発行し、自社で運営するWebサイトでは毎年数冊の写真集を制作し発売している。

バンドが持つ世界観、音源を自分なりに理解して曲ごとに世界観を決めて撮影しています。

中野 ツカサくんには、ぜひライブフォトグラファーを取り巻く現状について聞いてみたいと思っています。コロナ禍で沢山のライブが中止になったけど、それを経てライブフォトグラファーを志望する人が増えてきているように感じます。そもそもツカサくんがライブ写真をやろうと思ったきっかけは?

三吉 15 歳くらいの時、初めて生のライブを見たんですけど、すげぇカッコイイと衝撃を受けて、すぐにバンドに撮らせてくれとお願いしました。

中野 10 代の頃の初期衝動から始まった仕事をずっと続けられているのはすごいことだと思います。当時、ライブ撮影で苦労したことはありますか? 

三吉 やっぱり技術的なことが大きかったです。特に小さなライブハウスは照明 が暗いから上手く撮影ができない。でも、それで悩んだくらいかな。 

中野 ツカサくんはライブ写真をプリントして販売する「Showcase Prints」という試みを行なっています。BRAHMAN を中心に色んなバンドのライブに帯同をして撮影、それを写真集やプリントの形で販売していますが、そのシステムを始めたきっかけについて教えてください。同じようなことを他のフォトグラファー でやっていると聞いたことはありませんよね。 

三吉 まずはプリントを販売するところからスタートしました。BRAHMANと自分の関係でいうと、ライブ撮影のギャランティーは発生していなくて、旅費を出してもらう代わりにバンドとして必要な写真は一括してサプライしています。 

中野 最初からですか??

三吉 そうですね。次第にバンドの Web ページの掲載写真が頻繁に入れ替わるようになり、撮影点数も増えてきたので、自社パブリシティを許諾してほしいと相談したところ、「ずっと撮ってきてくれたからいいと思うよ」という言葉をいただき、プリント販売をスタートすることができました。 

中野 プリントは受注生産ですか?

三吉 そうですね。オンデマンドプリントも技術が上がってきていますし、無駄が少ない。プリント販売を10 年くらい続けていますが、その過程で写真集にしてみようと思い、書籍も販売するようになりました。

中野 買う人にとってはハードルが下がりそうですね。 

三吉 認知度もずいぶん上がりました。 

中野 アーティスト写真も同じような形で撮影を?

三吉 アー写はバンドからではなく、レコード会社から発注があるのでギャランティーが発生しています。 

中野 なるほど。ライブ写真の軸とは、別に置いているわけですね。 

三吉 同じような形で the HIATUSの撮影もしていて、彼らの時もBRAHMANと同じように、自分から撮影をさせてくれとアプローチをしました。仕事を待っているだけじゃつまらないし、撮りたいバンドと一緒に旅ができれば楽しいですから。 

中野 ライブ写真を撮りたいフォトグラファーにとっては理想的ですね。ちなみに、ファンからの反響が大きいライブ写真はどんなものが多いのですか? 

三吉 ギャップのある写真でしょうか。例えば、強そうな人が優しく見えるなど、表にでない雰囲気の写真は反響があります。この手の写真は長らくツアーを一緒に回っていないと撮影できません。

BRAHMAN 写真集 『天下 てんげ』 表紙カット

中野 世に出ているライブ写真は、バンドがヒーローやヒロインとして象徴的に写っている写真が多いので、「Showcase Prints」独自のコンテンツとして需要が高まりますね。 

三吉 写真チェックはあるので、好き勝手にやるわけではありませんが、バンド側とも密に話ができるので、摩擦はほとんどありません。 

中野 レコード会社を挟まず、バンドとコミュニケーションができる関係は発明ですね。ちなみに、バンドと良好な関係を築けたのはどうしてだと思いますか?ライブ写真をフィールドにしたい人の初期衝動はツカサくんの感覚に近く、バンドの近くにいたい。ただ、次のアプローチができずにもがいている人は多いだろうと想像できます。 

三吉 バンドとの距離の詰め方が大切だと感じます。自分の場合、バンドが持つ世界観、音源を自分なりに理解して曲ごとに世界観を決めて撮影しています。バンド側も自分たちの音楽に向き合ってくれると感じるし、それが信頼につながると思います。 

中野 確かに、アルバムのコンセプトに寄り添っているのは写真を見るとわかります。演者を写す部分と、空気を写す部分のバランスが絶妙だと思うし、どこから撮っているのかわからない写真が目を引きます。 

三吉 いつも見た人が驚くようなビジュアルを撮影したいという思いはあります。個人的には、演者の顔がわかりやすく映っていない写真で勝負したいですね。1枚の中にライブの空気感やコンセ プトが入っているような。また、フェスの場合は、そのフェスにはどういう意味があって、どういう意思で続いているかを考えます。ARABAKI ROCK FEST.にBRAHMAN が出演した時、「満月の夕」を演奏したんです。その時は、携帯のアプリでどこに月が出るかを調べ、ボーカルが手を前に出すアクションに満月がぴったりと重なる角度を探して撮影をしました。 

中野 なるほど。ライブ写真ではあるけど撮りたいイメージは事前に持ってい て、それを技術的に解決する術もキャリアの中で形成されているわけですね。ライブ撮影の際、会場の見ておきたいポイントはどこですか? 

三吉 導線の広さは写真に直結するから確認はします。これは非常に大切なのですが、お客さんの邪魔にならないポジションがどこかは事前に頭に入れておく必要があります。フォトグラファーにとっていい写真を撮るのは大切だけど、お客さんの邪魔になればライブを作るチームの人間としてナシだと思っています。

中野 演者の用を得るという観点は確かに大切ですね。

三吉 自分もライブスタッフの一員だという振る舞いも大切です。例えば、演者の方って、外からの見え方は意外とわからないんです。自分の場合、外から見た時にどう写ったか、良かった点や悪かった点を率直に意見します。

中野 外部のフォトグラファーでそこまで関係が作れているのは面白いことですね。若いライブフォトグラファーから悩み相談を受けることはありますか?

三吉 ありますけど、悩んでる内に諦めてしまう人が多いんですよね。

中野 確かにそういったことは良く聞きます(笑)。カメラの性能が上がることで、環境への適応やシャッターを切る手軽さが高まりましたが、技術を充分に活用できていない人も増えましたよね。技術を活用してこそ、新しい写真が生まれるのに、あくまで受動的な部分が多いというか。

三吉 ライブ写真で一番難しいのは露出ですけれど、そこのハードルがすごく下がったと思う。でも、そこで終わっているというか。

中野 逆に、ツカサくんがライブ撮影のインプットとして参考にしてるものはありますか?

三吉 過去の自分の写真かな。セルフリピートになるのは相手に失礼だし、絶対にやらないよう意識はしています。

中野 なるほど。最近のライブは舞台照明がLEDに切り替わり、表現の幅が広がりましたが、その分撮影側にとっては、光量不足や逆光などの問題が出てしまうので、技量が試されますよね。

三吉 リアルタイムでトラッキングしたデータで作ったCGを紗幕にプロジェクターで投影する技術があって、映像としてはすごく面白いけど、モーショントラッキングセンサーのおかげでスチルは撮りにくいから工夫が必要といったケースもあります。ただ、こういった照明技術の進化も、長く付き合っているチームだと事前に話をする機会があれば対処はできます。ライブフォトグラファーとしては、バンドのプロダクションミーティングに入れる関係を築くことが大切です。
そうすれば、自分が撮りたいもの、どうしたらいいライブ写真が撮れるかという意見を伝えることもできる。

中野 ライブ撮影は一見入り口が広いように思われがちですが!初期衝動だけでは越えられない壁が立ちはだかっていますね。

三吉 ただライブハウスに足を運んで撮影したというのは、入り口ですらなく、きっかけに過ぎないと思います。音楽に対する熱量と演者との関係値の構築、表現や技術に対する意欲が必要ですね。

記事制作協力 : 山田悟史

スペシャリストに聞く6つの質問

Q1 業界を目指す人へ

美意識を持って、どういうビジュアルを撮りたいか考えることが大切。独りよがりではダメですが、そういうマインドがないと無色で特徴のないライブ写真になってしまうと思います。

Q2 被写体への向き合い方

アーティストだけではなく作品に対してもきちんと向き合って、「自分はこう解釈をする」と咀嚼しておくのは大切です。正しいかどうかは別で、そういう思いがなければいい写真は撮れません。

Q3 影響を受けた人

久保憲司さんのライブ写真には影響されています。『ROCKIN’ONJAPAN』で初めて彼の写真を見た時、とてもダイナミックで、こんな表現の仕方があるのと衝撃を受けました。

Q4 気になっていること

AI 技術の進化です。表現に関してというよりか、業務の効率を促進してくれる可能性に期待しています。例えば、写真のセレクト作業ですね。粗選りだけ自動で行なってくれれば、その分他のことに時間を使えるので。

Q5 撮影中のBGM

ライブ撮影なので、常に演奏が流れていますが、撮影に集中していると耳に入ってこなくなります。曲の世界観は事前に聴き込んで把握しているので、その分、今、目の前で起こっているエモーションを大切にしていますね。

Q6 キーアイテム

「東北ライブハウス大作戦」という復興支援プロジェクトで作られたラバーバンドです。自分も参加していて、とても想い入れが強いプロジェクトなので、ライブ撮影をする時は必ず着用するようにしています。

撮影・インタビュー

中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993 年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUEのイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするフ ァッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CDジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/


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出演 加藤マニ/三戸建秀/Shuma Jan/ヒガテツヤ

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Kroi「Method」 木村太一(ディレクター)・西田賢幸(カラリスト)・内田誠司(DIT)

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