caretta studio gallery 丸谷嘉長「about moon」

電通クリエーティブキューブ FACTORYカレッタスタジオ「caretta studio gallery」で開催された

丸谷嘉長による写真展「about moon」。女優 大谷麻衣とのセッションから生まれたポートレイト作品だ。

丸谷氏は、これまで仕事だけでなく作品でも多くの女優たちのポートレイトを撮影してきた。

大谷麻衣とのフォトセッションは、この「about moon」で3回目。作品撮影で、同じ被写体を複数回撮影するのは珍しいという。

撮影に至った経緯には、真摯に作品制作を続ける撮り手の思いが詰まっていた。

INTERVIEW  丸谷嘉長
ーーー撮影のきっかけは?

丸谷 この「about moon」は、写真展開催用に撮影した作品ではないんです。大谷麻衣さんとは、雑誌で撮影したご縁で、2回ほど作品撮影をしたことがありました。その時は、僕も参加している作品発表サイト「Negative Pop」への掲載を前提にした撮影だったこともあり、純粋な作品撮影とも少し違う感覚だったんですよ。

どこかで、彼女を撮りきれていない感覚があったのかもしれません。1年ほど経ってから、今度は純粋な作品として、続編を撮ることになったんです。

大谷さんは昭和の女優さんのような雰囲気を持っていて、陰か陽か…月か太陽かでいったら、陰であり月のような存在だなと。そして彼女が社長を務める事務所名が「月の羊」でもあった。そこで、月がイメージとして浮かびました。
 
――― 具体的にはどんな撮影でしたか?

丸谷 とてもシンプルで、メンバーは大谷さん、照明、ヘアメイク、僕の4人だけ。持参したレンズも1本だけです。

テザー撮影もせず現場で写真を確認もしないので、ただただお互いの信頼関係で成り立っている撮影でした。それがとても心地良かったです。


 
――― 生っぽさが印象的な作品です。

丸谷 撮影後のレタッチを入れていないんですよ。多少暗部を締めたりはしていますが、彼女の美しさをそのまま活かしています。その結果、生っぽい写真になったのかもしれません。

でも、生っぽさを狙ったわけでもないんですよ。背中を向けた作品は、女性としての美しさを表現したかったのですが、単に背中を撮ると生々しくなってしまう。そこでヘアメイクさんの提案で、黒く塗ることになりました。でもそれが結果的に生っぽく写ったんですね。

この「about moon」を撮影して感じたのは、性別や年齢、見た目に関わらず、美しいものはやっぱり美しく撮れるということです。飾り気のない海で撮ったとしても、やっぱり美しい。元々、大谷さんは心が美しい人なのだと思うんですよ。

いろんな感情をたくさん抱えながらも、それも全部ひっくるめて自分だ、と認めて表現できる。今日まで生きてきた自分を全部を出してくれるんです。


 
――― その美しさを引き出すためにどんなアプローチをしましたか? 

丸谷 夜の海の静けさを考えてもらいました。音や視覚といった現象での静けさではなく、もっと内面的な世界です。とても感覚的ですが、大谷さんの考える「夜の海の静けさ」とは、とても自由な世界なんじゃないかと想像したんです。

でも、僕から「自由にしてください」とは伝えず、「大谷さんの心の中にある夜の海の静けさって、何ですか?」と問いかけて、彼女自身が表現してくれました。
 
――― ステートメントには、映画「月の輝く夜に」でのセリフ“満月の輝く夜に、奇跡が起きる…”が引用されていました。 

丸谷 奇跡というのは、少し大げさですけどね(笑)。夕景で撮りたいと考えていた時に、途中まで雨が降っていたんですよ。でも、突然晴れて、陽の光がバーっと出た。

そんな良い偶然が起こったんです。光は計算ではなく、良い偶然によって後光のように光が差し込んでいる絵が撮れました。
HM:佐藤寛 L:松本祐一(GRIP 10BAN) Model:大谷麻衣
 
――― 最後に写真展を終えての感想をお聞かせ下さい。

丸谷 毎月いろんな方の作品をプリントで観られるのは良いですね。写真は広告原稿やページ素材としてだけではなく、メインにもなり、作品としても成り立つ。それを改めて確認できました。

作品を展示することは、ある意味恥をかくことでもあるし、客観的に見返すと反省ばかりです。仕事では、クライアントのために心血を注いで写真を撮りますが、作品は誰のために撮るのか。自分のためになっているようで、実は恥を上塗りするだけな気もする。

それでも、やっぱりすごく大切なんですよね。作品は、撮影中は全くそんなつもりはなくても、作者が世の中をどう見て、どう生きているのかがクリアに見えてきます。思ったようにいかず、傷つくこともあるかもしれませんが、そこから立ち直るためにまた写真を撮る。その繰り返しです。

突き動かすのは、承認欲求ではなく、写真への憧れがなんですよね。それを実践する人が増えたら、写真は絶対になくならないですよ。

※この記事はコマーシャル・フォト 2023年8月号から転載転載しています。

丸谷嘉長 まるたに・よしひさ
神奈川県出身。赤坂スタジオ勤務のち富永民生氏に師事。作品サイト「Negative Pop」に参加。カウンタック写真部所属。
camera-marutani.com