写真を楽しむスペシャリストたちVol.08 後 智仁に聞くデザインとアートの定義

アートディレクター、キュレーター、編集者など写真を扱うクリエイターに、フォトグラファー中野敬久氏が取材を行う連載企画。
それぞれのフィールドにおける写真の役割や、求められているフォトグラファー像などを聞くことで、写真業界に対する理解度の向上を目指していく。

後 智仁(うしろ・ともひと)

1971 年生まれ。1991 年武蔵野美術大学短期大学グラフィック科入学。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科編入。1995 年博報堂入社。2008 年 WHITE DESIGN 設立。クリエイティブディレクター、アートディレクターとして活躍中。 近年では、広告やブランディングにとどまらず、ファッション、建築、ディスプレイ、アートと活動の場を広げている。

中野氏が組んだセットを使用して、本人が iPhone でリモート撮影し、中野氏がセレクト。

中野 後さんは、学生時代から写真への興味が大きかったのでしょうか?

 好きか嫌いかというより、写真に強い影響を受けやすい世代だったように思います。“ 事件はすべて写真から起こる ” というか。今はいろいろなメディアから影響を受けるんだろうと思うのですが、自分の頃は動画はテレビと映画、スピードが速くてセンセーショナルなメディアは、写真という感じだったんです。 

中野 その中でも、この1枚といった写真は覚えていらっしゃいますか?

 例えば、マイケル・ジョーダンとスパイク・リーの2ショット写真を使用したデザインのNikeのTシャツ。大きな人と小さい人が一緒に立っているだけなんだけど、モノクロ写真の表現力の強さが印象的でした。当時好きだったスポーツとカルチャーがひとつになっている非日常的なインパクトを感じました。 

中野 当時、写真はカルチャーと密接な関係にある存在でしたよね。 

 そうですね。海外のファッション雑誌を見て、この写真やばい!みたいな衝撃を受けることもありました。もっと若い頃には、浅井慎平さんの写真集『アメリカ』はかっこよかった。アメリカに行ったことがないから、写真でしか知ることができませんし、1 枚 1 枚から漂ってくる空気感に惹きつけられました。 

中野 仕事でフォトグラファーをキャスティングする時、写真のここを見ているというポイントはありますか?

 写真のディテールよりも、意志のあるフォトグラファーと仕事をしたいという考えがあるので、フォトグラファーの意志が今回の企画に合っているかどうかでキャスティングは決めています。結局、セレブリティでもブツでも風景でも、写真って現場で変わっていくものじゃないですか。セッティングされた場所があり、そこにフォトグラファーと被写体がいて、撮影がスタートしてしまえば少しずつ変化が生まれていく。だから、キャスティングについては、メンバーが企画に合っているかを考えています。 

中野 事前に決めたものではなく、変化することを想定してキャスティングをするわけですね。

 写真は “ ひとつの事件の結果 ” だと思うんです。事件が起きていることが重要で、それがあると魅力的な写真が撮影できる。 

中野 ハプニング込みで、キャスティングするみたいな。 

後 そうですね。例えば、ポートレイトだけどブツ撮りのフォトグラファーをキャスティングするとか。フォトグラファーにも一緒に悩んでほしいんです。 

中野 その中で、具体的なリクエストはどのぐらいされますか?

 逆に「どうしたい?」と聞きますね。クライアントに提出したカンプのまま撮影するのは嫌なんです。写真は魅力的であるべきなのに、ゴールが決まっていると魅力的になるとは思えない。最後まで誰が優勝するかわからないレースの方が盛り上がりますよね。 

中野 素晴らしい考えですが、実現のためにはクライアントをしっかりと握ることが必要ですよね。クライアントとはどんな関係性を作っているのでしょう?

 クライアントやタレント事務所には、企画の前にスタッフをプレゼンすることが多いんです。 

中野 珍しいパターンですね。 

 課題を解決するには、こんなチームで挑まないといけないとプレゼンをするんです。写真の技術的なことより、根本の問題を解決すべくどう動くのかという話に移っていけば、会議にも熱が出てくる。例えば、セレブリティの笑顔を撮りたいなら、今までの写真の中で一番いい笑顔を目指すべき。その笑顔を引き出すために、どうするかをチームとして考えるようになるんです。 

中野 クライアントも巻き込んでいくわけですね。 

 遠慮する人もいますが、一番仕事の成功を望んでいるのはクライアントなので、一緒に解決し成功を目指しましょうというスタンスです。 

中野 ちなみに、キャスティングする上でトレンドは重視されますか?

 仕事だと誰が撮っているかも成功する要因のひとつだと思うので、意識しているかもしれません。 

中野 続いては、アートとしての写真に関してどう思っているかお聞きしたいです。ご自身でアートの世界に踏み込んだ時に、アート市場での写真の立ち位置について気づきはありましたか?

 例えば、写真と絵を比較して見ると、写真ってポップなメディアだなと思うんです。でもそこがかっこいい。逆に言うと、絵には重たさがあるんです。 

中野 それこそ写真の歴史は 100 年ほどですから、絵の歴史と比較すると、おっしゃるような印象の違いがありますね。 

 「季節や気分で変えていいじゃん」と思わせてくれる、そんなスタンスが魅力的ですよね。 

中野 後さんはアートの定義をどう考えますか?

 大きな定義として、デザインは問題解決だけど、アートは問題定義だと思います。写真としては同じだけど、役割が違う。シンプルな白いコップに猫の絵が描いてあり、そのコップをかわいいと感じる。でも、白いコップ自体がかわいいワケではない。これがデザインで、行為をした時点で何かを解決しているんです。けど、アートは何も解決してない。社会的に何かを啓蒙する、絵や写真を見た人に何かを気づかせるために存在する非日常的な存在。そういう違いはあると思います。または、アートの主語は自分という個人なのに対し、デザインの主語は問題を解決したいクライアントという違いもありますね。 

中野 「アートは問題定義」というのはとてもわかりやすいキーワードだと思います。アート写真を撮りたいと思っている人へのアドバイスなどありますか?

 抽象的ですが、その写真が事件になっているかを考えると良いのではないでしょうか。写真で問題提起するのであれば、それが見る人によって一種の非現実性を持ってないと機能を果たさないと思うんです。 

中野 なるほど。目の前のものを撮影するのは一種のノンフィクションですが、 そこに違和感を与えることでアートになりうるわけですね。 

 そうだと思います。ただ、ドキュメンタリーにしたいのか、フィクションにしたいのかなど、アーティストにとってのバランスは色々だと思います。写真というメディアは、受け手が見ている世界と同じ世界を切り取っているので、多くの人にとって共有しやすい、独自の面白みがありますよね。絵よりも距離が近いとも言えます。 

中野 事件性がひとつの要素とすると、アート写真を定義することの難しさと同時に可能性も感じてきますね。 

後 確かに今は、スマートフォンで誰でも撮影できるので、事件という意味でカジュアルな方が今っぽいのかもしれません。カジュアルで事件をどんどんとストックしていくみたいな。逆に質問なのですが、僕らの時代はこの雑誌で撮りたい、そこから仕事が広がっていくみたいなモデルがありましたよね。色々な媒体の影響力の変化があった今、広告フォトグラファーより、アーティスト志望の方が増えてきているのでしょうか。 

中野 確かに雑誌という発信の場は減りましたが、代わりにInstagramを中心としたSNSでの発信は増えていて、そこから仕事に繋がるケースもあります。なので、アーティスト志望が増えているとは一概に言えないですね。とはいえ、海外から日本に来ている方のほうがメディアの使い方が上手く、ガツガツしている印象はあります。 

 韓国や中国では才能のあるフォトグラファーは、チャンスが来たタイミングでお金を使って宣伝をし、ビジネスに乗り出すという大胆さがあるように思います。またニューヨークだとアーティストより、誰がキュレーションをしているかで話題になるんですよ。日本のアート界は、写真や絵の展示も一種のカルチャーイベントとして存在しているように感じます。 

中野 確かに、日本ではアートとビジネスは正反対の感覚がありますし、アートイベントとしてのタッチポイントが少ないんでしょうね。 

 だから見る側もアート写真として見ているという意識が希薄ですよね。キュレーターがもっと文化人として認められるような土壌があると変わってくるのだと思います。 

中野 そういった変化がアートとしての写真の価値を高めるための課題にもなっているんですね。

(上)講談社 『群像』/(下)高橋秀行 『3,776.12』

D=後智仁 P=TAKAY ST=長瀬哲朗 H=TAKAI M=YUKA HIRAC
D=後智仁 P=高橋秀行

上:ファッションブランド「New Manual」と雑誌『群像』の実験的コラボレーション連載企画のために撮影。ヴィンテージをテーマに写真と文学が誌面でぶつかり合いアート的事件を起こせないか? とを考えて TAKAY さんと町田 康さんをはじめ色々な作家さんと取り組んだもの。(25年9月に書籍化予定)
下:高橋秀行さんが長年撮りためた富士山の写真を1冊にまとめた写真集制作の依頼をうけ作った写真集「3,776.12」のポスター。今までに見たことがない富士山というテーマに新しい風景写真集を作るべく高橋さんと頑張りました。(後)

NAKANO’s COMMENT
写真と向き合った時に意識せざるを得ない「アートかコマース(商業)か?」(90年代に AD マーク・アスコリにも問われたことがあります ) を常に意識されてきた後さんだからこそ浮かび上がる “ 問題定義がアートである ”、という発想には写真の普遍性を改めて見直すきっかけになりました!

Q1 写真の好きなところ
芸術性とコンビニエンス性のバランスがとてつもなくいいメディア。素晴らしいフォトグラファーなら、ひと言話してシャッターを切った瞬間に理想の絵ができあがる。これってすごいことですよね。

Q2 最近気になるフォトグラファー
若いフォトグラファーの中にも素晴らしい人はたくさんいますが、国外のフォトグラファーが日本で活躍してきているので、彼らに負けじと世に出る機会が増えるといいなと思っています。

Q3 業界を目指す人へ
センスや素質って全部嘘だと思っていて、どれだけシャッターを切ってきたかで勝ちが決まるのではないでしょうか。デザインも10枚作る人より、1,000枚作った人の方が上手くなります。

Q4 衝撃を受けた写真
冒頭の写真以外だと、ウィリアム・クラインの写真集『ニューヨーク』ですかね。ドキュメンタリー写真なのに、演劇や夢の世界を見ているようで。すごくかっこよかったです。

Q5 フォトグラファーと出会う場所
最近、持ち込みがすごく少なくなったこともあり、気心の知れたフォトグラファーと仕事をすることが増えましたね。初めましての人との現場となるとちょっと緊張しちゃうんですよ(笑)

Q6 キーアイテム
コレクションしている帽子です。ファッションって自分を表すキャンバスのひとつだと思うんですけど、T シャツより帽子を集める方がブツ感があって楽しいんですよ。

撮影・インタビュー

中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/



特集「LEDライト最新活用術」&別冊付録「CM・映像 キャメラマン&ライトマンファイル 2026」。

巻頭特集ではフォトグラファー福岡秀敏が俳優・田中麗奈をLEDで撮り下ろし。さらに倭田宏樹、森山将人、川村将貴、須藤絢乃による現場事例や機材検証を通して、LEDライティングの実践的な活用方法を解説。「Aputure LED 4機種 実践検証」ではCOB型、パネル型、スポット型、ストリップ型という異なる光源を用い、静物撮影で検証。光の質や質感表現の違いを比較しながら、LEDライトの特性を具体的に探る。撮影と解説は中村雅也氏が担当した。

【広告特集】King & Prince「STARRING」のクリエイティブ

2025年12月24日発売のKing & Prince 7thアルバム「STARRING」。本企画では、収録曲それぞれを“架空の映画の主題歌”に見立て、1曲につき1本の特報映像を制作するという前例のないプロジェクトを徹底取材。本編は存在しないにもかかわらず、長編映画を想定した設計で10本の特報映像とポスターを制作。さらにレッドカーペットイベントや映画館での上映会まで展開するなど、アルバムの枠を超えた大規模なプロモーションとして構築されている。特報・ポスター制作全体のプロデューサー加藤諒氏をはじめ、3人の映像監督、アートディレクター、フォトグラファーが参加。企画設計の背景と制作プロセスをそれぞれの立場から語る。

【好評連載】
フォトグラファー生存戦略 Vol.36 小暮和音×黒田明臣「退路を断った行動から生まれた転機」
ゼウスのスチルライフマジック 高井哲朗 vol.60 イメージセンサーで描く未来の風景
長山一樹流 違いを生み出すコマーシャル・ポートレイト 第13回 建築とポートレイト
写真を楽しむスペシャリストたち 中野敬久 Vol.12 小髙美穂が考える写真の“今”
GLAY CREATIVE COLLECTION 2024 – VOL.21 TAKURO 4th SOLO ALBUM「May Love Guide Your Way」
Create My Book -自分らしいポートフォリオブックを作る- vol.19「ブツ撮り 記憶を感じさせる写真」金村美玖

ほか