
撮影を楽しむスペシャリストたち
写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。
Vol.13
木村和平の作風を構成する要素
▼今回のSPECIALIST
木村和平(きむら・かずへい)

1993年福島県いわき市生まれ、東京都在住。ファッションや映画、広告の分野で活動しながら、作品の制作を行なう。主な個展に、2022,23,24年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS)、主な写真集に、『袖幕』『灯台』(共に aptp)、『あたらしい窓』(赤々舎)など。今秋に新作写真集を刊行予定。
インスタグラム:https://www.instagram.com/kazuheikimura/
仕事はみんなで意見を出し合って作るもの、作品制作は誰にも邪魔されずにワガママにやり切るものと棲み分けしています。
中野 木村さんの代表的な作品はモノクロ特有の郷愁感がなく、クライアントワークも非常にモダンな色彩感覚だと感じています。静けさがありながらも尖っている部分、光と影のバランスが素晴らしいのですが、写真はモノクロから始めたのでしょうか?
木村 いえ、始めて5年くらいはカラーネガで撮影をしていました。ある時、ファッション撮影の仕事でモノクロの提案があり、撮影してみたらモノクロフィルムの方が自分には合うと感じて、それがきっかけとなりました。
中野 普段から仕事の経験を作品に取り入れるように意識しているのですか?
木村 今となっては、仕事でチャレンジをさせてもらい、作品に応用することは多いかもしれません。以前は作風を守りたいという意識が強すぎて、自分向きではないと判断した仕事はお断りしていた時期もありました。
中野 初めてのモノクロ撮影で感じた魅力をもう少し深堀りしたいです。
木村 それまでカラーで撮ってはいましたが、僕は色という情報を重要視していなかったことに気づきました。モノクロで撮ることで、自分なりに写真を考えやすくなったということもあります。
中野 逆に、モノクロを撮り始めてからのカラー撮影はいかがでしたか?
木村 良い反動が起こって、自分の色についてより深く考えるようになりました。暗室作業を勉強して自分でプリントをするようになると、それまで現像所で作られた色を自分の写真の色だと誤認していたことにも気づきました。今ではカラーでも以前と比べ、やりたいことが増えたと感じています。
中野 モノクロの場合、コントラストが高く、濃い表現をするフォトグラファーが多い中、木村さんのモノクロ写真は良い意味でサラッとしている。不思議な色彩感覚がモダンだなと感じました。
木村 そこは明確な意思があります。モノクロといえば森山大道さんなどが思い浮かびますが、僕はいわゆる硬い写真が好みではなく、スカスカの眠いプリントを作りたいと思っていたんです。
中野 最初からこの感じは見えていたんですね。
木村 そうでしたね。すぐには成功しませんでしたが、イルフォードの3200を無理やり感度400ぐらいにして日中に撮影し、自分の焼き方で現像してみたら、かなりイメージに近い仕上がりになりました。今でこそ自分の作風として受け入れられていますが、最初は暗室のワークショップの先生にも苦言を言われました(笑)。それに、モノクロ写真集の『灯台』という作品は、年代が上の方から「モノクロならもっと黒を締めた方がいい」という反応もありましたから。
中野 薄いプリントを作るためには逆算が必要なので、光の設計図がきちんとできていないと難しそうですね。
木村 ゴールとしての理想像はありますが、最初は知識も能力もないので探り探りでした。今はある程度、目測ができるようになったと思います。

中野 ライティングに関してはどのように考えていますか?
木村 照明については、正直まだまだスキル不足でして…、今でも太陽を基準にしています。
中野 自然光での撮影が自分のスタイルとして、クライアントにはどのぐらい要求は伝えますか? このシチュエーションじゃないと撮れないみたいな。
木村 多くの方は、僕が自然光で撮影すると知っているので、それを活かした撮影を依頼してくださるので助かっています。ただ、広告などで初回の仕事だと、僕が普段どう撮影しているのかを知らない方も多いので、基本的には依頼していただいた段階で、お伝えするようにしています。その上で、スタジオ撮影が必要なら照明さんを入れてもらうなどして対応していますね。でも、自分で選択できるなら自然光での撮影を希望します。例え雨や曇りでもその時にしかできない表現があると思うので。
中野 ロケーションもご自身で選ばれるのですか?
木村 許されるのであれば選びたいです。ロケーションのストックはたくさんありますし、散歩中にこのロケーションだったらこんな撮影が合いそうだ、みたいなことは日常的に考えています。
中野 どのような雰囲気のロケーションが好みでしょうか。
木村 バブル期くらいに建ったクラシックなホテルが好きで、最近の作品のロケ地はほとんどがホテルです。気になるホテルは泊まりに行きますし、旅行に行く時もホテルの雰囲気を優先することが多いです。
中野 色と光、そしてロケーションと語っていただきましたが、作品づくりの際のワークフローも知りたいです。
木村 日頃撮りためた写真を編集して着地点を見つけていくパターンと、戦略型というかコンセプトに合わせて集中的に撮影するパターンがあります。最近は、後者が多く、普段の生活ではあまり写真を撮らなくなりました。
中野 キュレーターとの意見交換はするのでしょうか?
木村 意見をもらうことはありますが、全体像がわかるくらいにまとまってから見てもらうことが多いですね。
中野 作品のテーマはどんなところから着想していますか。
木村 完全に自分のことです。過去を掘り返してアイデアを膨らませていく、みたいなやり方でしか作っていません。『袖幕』というバレエをテーマにした写真集を例にすると、姉がバレエをやっていたこともあり実家の家族アルバムには写真がたくさん残っていて、見返している過程で着想を得ました。外の世界を語るのが苦手という理由もあります。
中野 なるほど。見る側からすると、ご自身を掘り下げた上で、外部との関わりが見えるというか、私的ではあるけれど、外部との関係性を考えられてアウトプットしていると感じました。
木村 ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。

中野 ちなみに、デジタルでも撮影はされますか?
木村 最近は撮影します。デジタルの必要性があるなとは感じていたので、研究はしているんです。各社様々な一眼レフやミラーレスを試してみましたが、今のところ富士フイルムの GFX 50S に可能性を見出している段階です。仕事では8割強がフィルム撮影を依頼されていますが、デジタルを試してみると作品でもデジタルじゃないと撮れないものがあるとわかってきました。とはいえ、まだまだ自分のものにできていないかなといった感じでしょうか。
中野 写真の流行り廃りに関しての個人的な肌感覚なのですが、今までセンスが重視された時代だったのが、技術の時代になってきてると感じています。半径数メートルのセンス、みたいな武器での勝負から、また技術の時代に戻ってきているんじゃないかと。
木村 そうかもしれませんね。年代によっては若者のフィルムブームが新鮮で不思議かもしれませんが、僕らの世代だと特別なことでもない。若手の俳優さんがフィルムで撮影しているのを見て、その影響で若い子たちがみんなフィルムカメラを買うみたいな流れもありました。フィルム撮影にのめり込んでフォトグラファーを志していた人の中でも、頑張って続けている人は生き残っています。そこには結局、技術が必要だったんじゃないかなと思います。
中野 木村さんの場合、近年の写真を拝見すると、仕事と作品の関係が非常に良いバランスになっていると感じます。
木村 バランスはやっと良くなってきたと思います。やりたい仕事しかしたくない時期は、自分に制限かけていましたけど、今では仕事と制作の脳みそは分けています。お話ししたように、作品は自分の背景で作っているので、当然仕事には持ち込めないじゃないですか。ある時からそこに気づいて、仕事はみんなで意見を出し合って作るもの、作品制作は誰にも邪魔されずにワガママにやり切るものと棲み分けしています。今では仕事もすごく楽しんで撮影しています。
中野 仕事撮影ならではの楽しみ、というのはどんなところでしょう?
木村 被写体やスタッフの方々との関わりですかね。僕は社交的なタイプではないのですが、写真をやってなかったら狭いコミュニティから広がって人と関わることも少なかっただろうと思います。撮影そのものよりは、その場で出会って話して撮ってみたいな一連の行為が、人間としての成長にも繋がりますし、その経験が作品づくりにも大きな影響を与えるはずです。
NAKANO’s COMMENT
作品の印象そのままの木村さん。ある意味、確信的に一般論と相対した結果、得られた質感はやはりとてもモダンな写真に昇華されたと思いました。ご自身の成長と写真の成熟を重ねられていた部分は大いに共感します。
スペシャリストに聞く6つの質問
Q1 業界を目指す人へ
僕自身、業界を目指そうとして今に至るわけではないのですが、周りを見ると写真を撮り続けている人が残っているんですよね。だからまずは続けることが大切になると思います。
Q2 被写体への向き合い方
前もって調べないようにしています。相手によっては「何も知らない」と感じる可能性もありますが、初めましての関係で撮り始める方がイーブンだし、コミュニケーションがしやすいんです。
Q3 影響を受けた人
映画監督のミヒャエル・ハネケですかね。彼の映画は “ 不穏、不気味 ” などと言われがちですが、僕が初めて作品を観た時は、素直な物語の作り方をされていると感じて感銘を受けました。
Q4 気になっていること
とても個人的なことにはなりますが、“ 物を置く ” という行為です。古物が好きで、棚や机に配置する時にどう置くのかをずっと考えているんです。一度置いては場所を変えてみて、と数時間経っていることもあります(笑)。
Q5 撮影中のBGM
音楽は好きですが、自分から撮影中に流すことはあまりありません。撮影以外の作業中には気分に合わせて色々流すのですが、撮影中にいい具合に聞き流せる音楽のチョイスって難しくて…。必要な場合は他の方にお任せしています。
Q6 キーアイテム
自分の暗室で現像する時に使っている1分間を測れる砂時計です。アナログ時計だと秒針が動く音が気になってしまうんです。砂時計だとサラサラと時を刻む空気が、自分に馴染む感じがあるので愛用しています。

撮影・インタビュー
中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

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