2021年05月21日
博報堂プロダクツ フォトクリエイティブ事業本部が「五感を揺さぶる究極のシズル表現」をコンセプトに2019年に立ち上げたシズル専門撮影チームdrop。そこに所属する5人のフォトグラファーがdrop初となる映像作品「1/2」を制作した。ストーリー、タイトル、絵コンテ、撮影を手掛けたメンバーに制作に関する話を聞いた。
P:島村朋子・岩切浩三郎・辻徹也・大津央・大木謙一 Dir:吉田真也・杉本奈々恵 演出+音楽:米内華子 L:斗舛武史(技師)・村上竜太(チーフ)・矢野浩司・萩原伸博・佐藤友和・松本竜司・伊藤拓・右近碧土 衣装:安藤穂果 HM:杉野智行・今井千尋 フード:上條雅恵 Cas:中尾みち雄・神戸典子 DIT:斎藤大輔(マックレイ) グレーディング:浦田淳 ・石井幹也 音響効果:桐山裕行 AD:諸橋裕子 D:佐藤翔吾・和久津桃絵子 C:原田絢子 車両:宮本照雄(宮本運輸)・酒井航太郎(タイレル) 動物プロダクション:エムドッグス 機材協力:アーク・システム+レイ マックレイ事業本部 撮影アドバイザー:亀井友吉 Pr:高橋秀行・百々新 製作著作:博報堂プロダクツフォトクリエイティブdrop
drop Webサイト
https://photocreative.jp/drop/#/
シズル撮影チーム”drop” オリジナル短編動画『1/2』
https://www.youtube.com/watch?v=FewDjKm0ZxY
シズル表現 × ハイクオリティ映像 × ストーリーで共感、欲求、発見を喚起する
博報堂プロダクツ フォトクリエイティブ事業本部dropチーム ⼤⽊謙⼀
──初映像作品制作の経緯は?
大木 dropはシズル表現に特化したフォトグラファー集団として「五感を揺さぶるシズル表現」を目指してきました。これまではスチルが中心でしたが、最近では映像撮影に関するお問い合わせをいただくようになり、もっと多くの方にdrop独自のシズル映像を見ていただこうと作品を制作することになりました。
その第一弾として、drop所属の5人のフォトグラファーが話し合いを重ねて、企画コンテやストーリー制作、撮影を行ない生まれたのが、この「1/2」です。全く異なる個性を持った5人が試行錯誤しながら、「映像は連続写真だ」をコンセプトに、見る人の心の琴線に触れるような映像を目指しました。
──ストーリーがあるシズル映像作品は珍しいと思いました。
大木 「1/2」では、1つのストーリーを5人のフォトグラファーが各パートごとに分担して撮影していますが、当初はメンバーが個々に撮影したオムニバス形式のシズル映像作品を作ろうと考えていたんです。普段我々が広告制作の現場で撮影しているようなハイスピードカメラや特機を使って、それぞれの得意分野を活かしたシズル映像を作ろうと思っていました。しかし、今回はdropの映像作品第一弾ということもあって、プロのテクニックを見せるだけでなく、我々dropが考えるシズル表現とは何か、を多くの人に伝えられる映像にしたいと考えたんです。
5人で話し合いを重ねる中で、多くの人に共感してもらうために、「日常」をテーマに据え、ストーリーを通してメッセージを伝える映像に挑戦することになりました。
一般的にシズルと言えば、飲料の飛沫や泡、料理の湯気や質感の表現などを思い浮かべますが、dropが目指すのはそれらの代表的なシズル表現だけではない、「五感を揺さぶる」シズルです。
例えば、ビールを美味しく見せるための泡や液体で見せるイメージカットは綺麗だし、表現としてもかっこいい。でも、「美味しそう!」と人の心を動かす表現や瞬間はそれだけじゃないはず。蒸し暑い真夏の夜、煙が立ち込める焼き鳥屋で出されるキンキンに冷えたビールを日常的な視点でおさえたカットにもまた、感情を揺さぶるシズルがある。
「1/2」では、記憶の中にある日常のワンシーンとリンクするようなストーリーや設定を作ることで、より感情を揺さぶるシズル映像を目指しました。
そこで僕らが選んだのが一般的な家庭の食卓風景でした。キッチンや食事の風景は、どの世代でも共通して持っている普遍的な記憶です。その風景にノスタルジックな雰囲気を載せることで、食べ物シズルだけではなく、親・家族・街・実家で過ごした日常や時間、実家に帰りたい、家族に会いたい など、欲求が湧き上がってくる。こういったいろんな欲求や感情を喚起させることこそがdropの考える『シズル』です。
さらにそこに僕たちの撮影技術やアイデア、最新機材を加えて、ハイクオリティな映像を目指しました。
──Phantom Flex4Kで撮影された振り向きざまに舞う鰹節や倒れる花瓶など、のハイスピード映像には興奮しました。
大木 日常の中に、ちょっとしたハプニングを仕掛けて物語を展開しています。ハプニングを起こすだけでは、「五感を揺さぶる」映像にはならないので、最新の撮影技術を使って、驚きや発見の要素を入れたかったんです。
落下して割れる花瓶と飛び散る水、湯呑みを落としてこぼれるお茶など、普段の生活でも起こりうる何気ない事柄 。日常の一瞬もハイスピードカメラで注目すると、そこには肉眼では見られない「不可視の世界」が広がっていました。
その一方で、最新機材とは真逆のアナログな撮影手法も取り入れています。広告撮影ではロボットアームや特機を使うような場面も、有機的なカメラワークを目指してファントムを手持ちしていたり、ハプニングを起こすきっかけになる猫の存在を猫自身の視点で表現したり。説明的ではなく、感覚で観られるようにアイデアを入れ込んでいます。
──タイトル「1/2」に込められた意味は?
大木 5人で案を出し合って生まれたタイトルです。WebやYouTubeを通じて、海外の人にも見てもらいたかったので、記号のような普遍的なタイトルを考えました。
作中では、夫婦が夕食用に焼いたサンマを猫に奪われてしまい、夫婦は残った1匹のサンマを仲良く分け合って食べます。一方でネコは、奪ったサンマを仲間と分け合って食べている。
結局、夫婦の食べる量は半分になってしまったけれど、家族や仲間と分け合って食べることで食事の楽しさは倍になった タイトルにはそんな意味を込めています。
今後も「1/2」のようなストーリーのある映像やテクニックを存分に活かしたシズル映像など様々なアプローチでdropの映像作品を作り、全世界へ向けて発信していきたいです。
1日がかりで12シチュエーションを撮り切った
撮影は2月中旬、一軒家のハウススタジオを借り切って行なわれた。日常のワンシーンからなるストーリーなので、古民家を意識したスタジオをセレクト。シチュエーションごとにキッチン、リビング、庭などを使って最大4つのセクションで同時に撮影を行なった。映像コンセプトのひとつである、「日常の中の不可視な世界を可視化する」ためにPhantom Flex4Kを導入。その他RED EPIC、ソニーα7 III、α7 SIII、ソニーDSC-RX0 Ⅱ、富士フイルム X-T4をチョイスしている。また、ハイスピード撮影は大光量が必要となるため、ARRI 18KW HMIを使用した。
映像で子供時代の台所の記憶を呼び起こす 島村朋⼦
島村 作品冒頭の台所での料理シーンや、食卓シーンはできるかぎり、平穏に淡々とした映像を狙って撮影しました。このシーンは、ハプニングが巻き起こるシーンにつなげるパートなので、作品全体の見せ所であるハプニングシーンとの緩急がしっかりと見えるよう意識しました。
また、昔ながらの台所での平穏な日常シーンでは、観る人の記憶を呼び起こさせる役割を担うパートでもあります。どこかで見たことがある台所の雰囲気や台所の匂いなんかを思い起こしてもらえたら嬉しいです。
撮影では料理だけにフォーカスするというより、台所に立ってる湯気や人の動き、窓から差し込む光など、ちょっとした気配が出るようにしています。今回は古い台所特有のキッチン周りの暗さを演出するために「ありのままの世界の光」をライティングで整えています。
手持ちカメラで、猫の視点を再現する 岩切浩三郎
岩切 サンマを盗んだり、本を倒して花瓶を落としたり 、ハプニングを起こすきっかけである猫の視点を担当しました。ここでは、猫自体は見せず、フレームの動きだけでネコの存在を感じさせるパートです。
まず、猫を感じさせるアングルを作ることができるカメラを選ぶところから始まりました。このようなシーンを撮る場合、よくGoProが使われますが、独特なワイドレンズや色味から見た人にGoProだと先入観を与えてしまうかもしれない。そこで、ソニーDSC-RX0 Ⅱをチョイスしました。
猫の視点を再現するには、ジャンプする前に溜めを入れるのがポイントです。実家で20年くらいネコ飼い続けていたので動きをよく見ていたことも活かされているかもしれません。ステディカムでは見せられない有機的な動きを表現できました。
ハイスピードで不可視の世界を捉える 辻 徹也
辻 花瓶が落下し、炸裂するシーン。誰でも、ものを割ってしまった経験があると思います。日常で起こりうる事象を、Phantom Flex4Kを使うことで、気づかなかった美しさを捉えることができました。このシーンの撮影は個人的に、とても楽しく、好きなジャンルでした。僕は「すごいものを、すごく撮ること」が好きなので、広告写真の世界に入ったんです。今回で言えば、Phantom Flex4Kの目が、日常の事象に、深みや美しさの発見を与えてくれました。ものが破壊される瞬間はとても美しい。白ホリスタジオの中で様々なライティングを構築して作る「すごいもの」とは違う楽しみがありました。
水の動きや落下する花瓶の動きはそれだけで作品になりうる世界。でも今回はこの物語のワンシーンとして組み込まれ、サラッと流れるように撮れていたところが、良かったと思っています。
2000コマ/秒で卵が割れる瞬間を撮影 大木謙一
大木 料理中のシーンで卵の殻にヒビが入る瞬間をハイスピードで捉えたカットです。スタジオの庭にステンレスの板を設置して、キッチンのイメージで撮影しました。
殻にピキピキっとヒビが入る瞬間は、僕が考えていたよりずっと高速で、1000コマ/秒で撮影しても、ヒビが入る現象を面白く捉えきれていなかった。そこで、本番カットでは2000コマ/秒まで上げ、感度もISO2000まで引き上げて撮影しています。
光量を稼ぐために太陽光の他、近距離でHMIの光を入れて撮影しています。超高速で写真を撮る感覚でグラフィカルな映像を撮れたと思います。
卵を割ることなんて日常的なことだけど、ヒビが入って白身がどろっと出るその瞬間は、なかなか見られるものじゃない。まさに不可視の可視化ができたカットだと思います。
作品クライマックスの非日常ファンタジー ⼤津 央
大津 花瓶が割れた音に反応して、台所の妻が振り向いて鰹節をぶちまける。鰹節が舞う中、カメラはやかんに向かって突進する。撮影場所は同じ台所ですが、島村担当の日常パートに対して、こちらはハプニングからの非日常的シーン。作品全体の中でも異色なパートです。撮影現場も鰹節まみれという非日常空間で、楽しんで撮りました(笑)。
一瞬、時間が止まったように見せて徐々にやかんにフォーカスが合い、最終的にはヤカンの湯気にピントが合い、くっきりと見える。こんなことは日常ではありえないし、視点の持ち主もわからないカットです。他のシーンでは、ハイスピードで不可視の世界を見せていたけれど、このカットは絵作りそのものも非日常。作品全体を通して、日常がキーワードになっているけれど、話し合う中で皆、どこか非日常を撮りたい節があった。それを集約したカットだったのかもしれません。僕らなりのファンタジーとして描きました。
※この記事はコマーシャル・フォト2021年6月号から転載しています。