FEATURE

正田真弘 「笑いの山脈」

芸人のおなじみギャグをセットアップで撮影する。正田真弘が9年間にわたって取り組んできたテーマが写真集「笑いの山脈」としてまとめられた。広告・雑誌の仕事など、一貫してポートレイトにこだわってきた正田が芸人の命とも言えるギャグと正面から対峙して採集した写真集だ。


正田真弘_01.jpgぼんちおさむ 2020年9月 撮影 ウェスティンホテル東京


INTERVIEW shoda masahiro

─お笑い芸人を撮ろうと思ったきっかけを教えてください。

正田 NYから帰国して間もなく、ふと見た雑誌で谷啓さんのかっこいいポートレイトを拝見して、「ガチョーン」を撮りたいなと色々と具体的なイメージが湧いたことがありました。広告の仕事も増え始めた頃に、雑誌『ケトル』で正田真弘写真劇場という写真の連載ページを頂けることになって、最初は芸人ではなくアーティストや文化人を撮っていました。

そんな時に谷啓さんの訃報のニュースを聞いて、谷さんの「ガチョーン」が撮りたかったなと。帰国後は日本でしか撮れない写真を求めていたこともあって、芸人の芸を写真で残したい想いが強くなり、連載は“芸人と名作ギャグ”がテーマになっていきました。


正田真弘_02.jpg萩本欽一  2021年12月撮影 来るビル(萩本企画オフィス)

─撮影する上で決めていたことはありますか。

正田  広告写真を長い間撮っていると、どうしても綺麗に整える癖がついています。その癖をいかに振り払えるのかを意識していました。撮影のルールとしては4×5でフィルム10枚だけ撮る。あとはどこで撮るのかだけは決めておいて、現場で芸人さんに「今までこういう人を撮って来ました。今回こんなシチュエーションで撮りたいです」と説明するぐらい。

スタジオに書割をセッティングしたこともありましたし、劇場の楽屋でそのまま撮ったこともあります。自分の中でいろんなブームがあるし、芸人さんのスケジュールなどによって、撮れる環境も変わってくるので、そこはその時やりたい方法と照らし合わせながら取り組んでいました。

インタビューもなく、10枚撮るだけなので、芸人さんにしてみれば「もう終わり?」とキョトンとされることもしばしばありました。


正田真弘_03.jpgゆりやんレトリィバァ 2021年11月撮影 個人宅(中目黒)


正田真弘_06.jpg蛙亭 2021年6月撮影 代々木パークスタジオ


─被写体はどうやって決めていますか?

正田  こちらが撮りたいと思っても相手の気持ちがあるので、巡りあわせではありますが、できればテレビだけで活躍している方よりも劇場に立って日々芸を磨いている人を撮りたいと思っていました。

最初はギャグの方が中心でしたが、『ケトル』が休刊になって連載が『QJWeb』(クイック・ジャパンWeb)に移行した頃から、いわゆるコント師も撮るようになっていきました。


正田真弘_07.jpgジミー大西 2014年3月撮影 スタジオフォボス


─この企画をやってみて感じたことはありますか。

正田  みなさんに共通することですが、全身全霊で放つギャグを僕一人で受け止めるので感動します。テレビカメラやお客さんがいるのが普段の状況なのに、目の前にスチールカメラしかない中で何回も演じることは、芸人さんにとってしんどいと思うので、常に頭の下がる思いで撮影していました。

みなさんブレずに芸を磨き続ける姿は、自分の人生やフォトグラファーの活動に照らし合わせると学ぶところが多いです。芸人という生き方に命を懸けている。

こんなに強く生きられるものかなと。今の世の中、これだけ本気で生きている人たちはいない。生半可な気持ちで向き合ってはいけないなと。

正田真弘_04.jpg雑誌連載時は写真のみの掲載だったが、写真集にはそれぞれの芸人について正田
氏が想うことを綴った文章も添えられている。


─写真に添えられた文章も自分で書かれているのですね。

正田  いつどこで撮ったのかと、自分がその芸人に対して思うことを書きました。お笑いマニアではないですし、文章には時間がかかりましたね。

調べ尽くした上で、自分の言葉で書けるところまで至らないと上っ面な言葉になってしまいますから。 その労力があった分、とても純度の高い本になったと思います。


─写真集のデザインにもこだわったと聞きました。

正田 真面目な図鑑のようにデザインして欲しいとお願いしました。何十年後かに本棚からふとこの本を手に取った人がいることを想像するのも写真集を出版するロマンのひとつです。

今の時代の芸人を知らない未来の人が見ても相当じわじわ来る面白い本になったんじゃないかなと思っています。

この写真集をきっかけに広告以外の人にも正田真弘という存在を知ってもらう機会になればと思うので、自分でも楽しみです!

撮影を続けるうちに写真家は変化していった
正親 篤(アートディレクター)

僕が写真集のお手伝いをする際は、そこに自分なりの解釈を加えて増幅させる場合と、
作家の思いをストレートに形にする場合があります。
今回の正田さんの写真集は後者を選びました。


9年間深い思いで撮り続けてきた正田さんの気持ちに乗っかって、
それを高い純度で形にしようと考えたんです。

正田さんとはこれまで広告でたくさん一緒に仕事をしてきましたが、
今回は撮影の段階で一切関与していないので、発注と受注の関係が逆になりました。
写真を見ていくと同じ企画でも正田さんの気持ちの変化を感じます。


初期の頃はセットアップして自分の思い描いた世界に芸人さんを置いて撮っているように感じました。様々な状況を用意したり、子どもを映り込ませたり、照明機材をわざとフレームに入れるなどの試行錯誤が見られます。

終盤になると芸人さんの魅力をどう引き出すかに注力し、
いろんな事情はあったにせよ背景も白バックなどシンプルになっていきます。

撮っていくうちに人間そのものに対する興味が深くなっていったのではないでしょうか。

「芸人のギャグ・コント」というその人しか持ちえないものを写真に残すという軸は変わりませんが、撮影方法はその場で面白いと感じたところに迫っていくようになった。

昆虫採集のように芸人さんを集めていたんだけど、途中から昆虫に針を刺すようなことをやめたんじゃないですかね。

その結果、写真がどんどん生々しくなっていきます。僕個人としてはそうなってからの写真の方が好きなんです。



正田真弘_05.jpg

正田真弘「笑いの山脈」
本体価格:6,000円+税
仕様:手製本A4変型糸かがり/184P
AD:正親 篤
寄稿:長嶋 有
欧文タイトル:佐久間裕美子
正田真弘Webサイトで先行発売後、7月4日から太田出版で発売。総勢55組合計76名の芸人ポートレイトを収録。




正田真弘(しょうだ・まさひろ)
1977年生まれ。東京造形大学デザイン科卒業後、石田東氏のアシスタントを経て渡米。2009年帰国した以降は、グラフィック広告、テレビコマーシャル、雑誌など、幅広いジャンルの作品を数多く手がける。2016年に作品集『DELICACY』を上梓。現在もNHKの番組セットを無人で撮影しアーカイブするなど、プロジェクトが進行中。
nnvv.jp


※インタビュー記事はコマーシャル・フォト2022年8月号から転載しています。


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