2023年01月19日
市橋織江が写真集「サマー アフター サマー」を発表。 長野県の松本地域をひと夏かけて巡った写真に加え、 イラストレーションとのコラボレーションにも挑んだ意欲作だ。
INTERVIEW
松本広域連合(以下、広域連合)は、観光PR等の広域行政を専門とする公共団体で、ライフスタイルなど地域のより深いところにあるものを伝えるため、2022年2月に渡部さとる撮影のフリーマガジン「da・da」を制作。続く第2弾として、市橋織江撮影の写真集「サマー アフター サマー」が完成した。
何を撮るのかは全てお任せ
――この写真集には松本の観光名所がほとんど写っていません。もともとどのような依頼だったのでしょうか。
市橋 広域連合からの依頼は、何を撮るのかもそうですし、どうまとめるのかまで全てお任せするというものでした。「とにかく観光の匂いを感じないものにして欲しい。松本に暮らす人や観光業の人が考えつかないものを撮ってください。そして市橋さんにとっても新しいチャレンジになるものを作ってもらいたい」と言われました。
――観光PRの撮影としてはかなり踏み込んだ依頼ですね。
市橋 これまでも「いくつかポイントを押さえてもらえれば、後はお任せします」ということはありましたが、ここまで任せてもらえたのは初めてですね。「観光名所を撮るか撮らないのかもお任せします」というスタンスに驚きました。
でもそこまで任せてもらえるなら、自分がその場で感じたものを撮って素直にまとめればいいと形が見えたので、それで困ることはなかったです。むしろ、やりがいのあるお話だなと感じました。 唯一難しかったのは許可取りまで全ての責任を負わなくてはならない点ですね。行政の仕事として多くの人の目に触れるので、使用許諾を必ず取らなくてはなりません。「写真集に載る可能性があります」と説明してサインもらうために企画書と許可証を持ち歩いていました。ただ実際撮り始めると膨大な量で、撮影に集中できません。そこで、極力人を撮らないようになりました。
――撮影場所が広範囲にわたっています。どう撮っていったのですか。
市橋 松本地域には8自治体(松本市・塩尻市・安曇野市・麻績村・生坂村・山形村・朝日村・筑北村)あると聞いたので順番に回ることにしました。これによって地域のバランスも取りやすくなりました。
今日は麻績村を撮ると決めたら、アシスタントの車で村の端で降ろしてもらって、そこからぐるっと好きに回って、大体撮れたなと思ったらピックアップしてもらう。車を乗り降りした場所の時間と住所を記入したボードを撮影して、ベタを見ればどこから始めたのかがわかるようにしました。どう巡ってどこでシャッターを切ったのかは私の記憶の中だけにあることですけど。
撮影が終わるたび、地図を広げてベタ焼きを見ながら撮影した場所を確認しました。あまり撮れていない場所があれば、もう一度足を運んだり。5ヵ月間で6回以上松本に通いました。
松本地域を舐め尽くすように撮った
――地域を回っていく中で何を撮ろうと考えていましたか。
市橋 松本地域は山に囲まれた土地で自然と人の営みが共存している素敵な場所です。ただ村の奥に入っていくと、ほとんど畑か田園で景色もそう変わりません。そうなると朽ちているものに目が留まるんですよね。廃墟や動かなくなった車などがたくさんあるんですよ。味があるというか、撮りたくなるモチーフではあるのですけど、そういうものよりも、生き生きとしたものを撮って、松本で暮らしている人や興味を持った人に喜んでもらえるものにしたい。そこは意識していました。
これまでいろいろな場所を巡って写真を撮って来ましたが、ここまで日本の特定の土地を舐め尽くすように撮ったことはなかったので、かなり貴重な体験でしたね。
フリーマガジンから写真集に
――撮ってきた写真をどうまとめようと考えたのでしょうか。
市橋 写真を見て感じたのは、何かを松本から連れてきているなと。そういう写真の周りにうようよしている“気配”みたいなものをぐっと凝縮した本になればいいなと思いました。
もともと40ページのフリーマガジンを作る依頼だったのですが、撮り始めた段階で、かなりのボリュームになるなと感じましたし、それで収まるような取り組み方ではなかったので、写真集としてまとめさせてもらうことにしました。それでも撮ってきた写真をかなり絞っています。
――タイトルを「サマー アフター サマー」にした理由を教えてください。
市橋 造語で深い意味はないですけど、カタカナがいいなと思って。回っていた時の印象も撮ってきた写真も夏のイメージが強かったので、サマー アフター サマーに。“タイム・アフター・タイム“という言葉から連想しました。
写真とイラストのコラボレーション
――ADの外山夏緒さんのイラストレーション(以下イラスト)とのコラボレーションも大きな特徴です。どのような経緯で外山さんにお願いすることになったのですか。
市橋 私の写真にはグラフィカルな視点があるのではないかと感じていました。もしかすると写真にイラストや文字を載せることで面白くなる写真なんじゃないかとも思っていて、いつかやってみたいと考えていたんですね。
外山さんは「気仙沼漁師カレンダー2022」でデザインとイラストを担当してくれて、その時のコラボレーションがすごく楽しかったので、この企画にも合うんじゃないかと思っていたのです。
――外山さんは撮影にも同行していたのですか。
市橋 外山さんも一緒に松本に行きましたが、私が撮っているところを見ているというよりも、スケッチしたり気になったものを写真に収めてイラストを描いたりなど、同じ場所にいてもそれぞれ別のものを見ているという感じでした。
――本としてまとめる際にも2人でかなり話し合っているのですか。
市橋 外山さんとは空間や気配の感じ方が近いのか、方向性がブレることがないんです。そこで、まずは思い切り好きに描いてもらって、それを見て「この空間は見せたいからイラストを載せないで欲しい」とか、「ここはがっつり載せてほしい」など少しずつ修正しながら、お互いに遠慮することなく意見交換できました。写真が組みあがった段階で、外山さんから「写真だけで完成されているので、イラスト載せるのをやめませんか」という提案もあったりと、行ったり来たり、いろんな方向を考えました。 広域連合の担当者は写真のセレクトやデザインに関しても一切任せてくれました。私と外山さんのたった2人だけで考えたものを世に出していいのだろうかと不安になったくらいです。
結果的に外山さんのイラストが加わったことで、本としても新しいものになったなと思います。もはや写真集とは言えないぐらいコラボしているので、表紙にも「挿絵・外山夏緒」と併記させてもらいました。 広域連合から依頼された企画をきっかけに、このような新たな試みができたのは、私自身の仕事の取り組み方を考える上でも意義があったと感じています。
市橋織江 「サマー アフター サマー」
本体価格2,000円+税/B5判/128P/AD:外山夏緒
2月14日~26日、新宿北村写真機店 6F SpaceLucidaで市橋織江写真展『サマーアフターサマー』を開催。会場で写真集の先行発売実施。その後、3月10日に玄光社から発売。
genkosha.co.jp/https://amzn.to/3H2tR6P
スペシャルサイトでは林響太朗ディレクションの映像も公開中。https://spsum.matsu-toco.com/
いちはし・おりえ
写真家 1978年生まれ。広告写真、グラフィック、エディトリアルなど多分野での撮影を手掛ける。TVCM など シネマトグラファーとしても活動し、映画「ホノカアボーイ」「恋は雨上がりのように」、ドラマ「雨の日」「オリバーな犬、 (Gosh!!)このヤロウ」などで撮影監督を務める。また写真集や写真展での作品発表も行い、主な写真集には 「TOWN」「Gift」「PARIS」「BEAUTIFUL DAYS」「SHIBUYA-KU」など。