アートディレクター、キュレーター、編集者など写真を扱うクリエイターに、フォトグラファー中野敬久氏が取材を行う連載企画。
それぞれのフィールドにおける写真の役割や、求められているフォトグラファー像などを聞くことで、写真業界に対する理解度の向上を目指していく。
Vol.07
榎本卓朗が狙う自然な表情
▼今回のSPECIALIST
榎本卓朗 (えのもと・たくろう)
宮崎県生まれ。東京工芸大学芸術学部デザイン学科を卒業後、博報堂に入社。2016 年に ENOAD 設立。最近の主な仕事に大製薬「カロリーメイト」、「ボディメンテ」、「ポカリスエット」、キリン「キリンビール 晴れ風」、「淡麗グリーンラベル」、「午後の紅茶」、映画「THE FIRST SLAM DUNK」、アキタフーズ「きよら」など。主な賞歴に、東京 ADC グランプリ、東京 ADC 会員賞、ACC グランプリ、TCC 賞など。

ラジオの周波数がピタリと合うような瞬間があるんです。
中野 榎本さんの絵コンテを見ると、すごく丁寧で絵心のある方だと感じるのですが、フォトグラファーにはどのくらいの精度のラフを提示するのでしょうか?
榎本 ラフの時点で作り込みすぎてしまうと、そこをゴールとして、ラフに合わせていくワークフローになってしまいがちなので、なるべく手描きのラフでイメージを共有するようにしています。「大枠の中で自由に考えてください」という僕なりのメッセージでもあります。
中野 ラフはあくまで余白を持たせた設計図ということですね。最近の作品で印象的だったのは、門脇麦さんを起用した「ボディメンテ」の広告写真。漫画を描いている一枚写真の画角が面白いなと思いました。フォトグラファーっぽくないアングルが気になりました。
榎本 フォトグラファーの杉田知洋江さんに、描くことに没頭している力強い瞬間を撮りたいとお願いした作品です。構図やポーズなどある程度はラフで描いていますが、杉田さんが広角レンズを駆使して迫力のある写真にしてくれました。
中野 現場では榎本さんも細かなディレクションをされるのでしょうか?
榎本 そうですね。漫画を描いているシーンだとわかるように、液晶画面など必要な要素を画面に収めつつ、熱心に描いている雰囲気を出すための手の位置、背景の照明の明るさなど、杉田さんと協議しながら進めていきました。
中野 撮影現場において、榎本さんなりの演出を注入するのに必要なポイントはどこにありますか?
榎本 光や、被写体の一瞬の表情ですかね。撮影に集中しているフォトグラファーが見逃してしまうところを、僕が俯瞰してこぼさないようにするイメージでしょうか。些細な表情の違いですが、なるべく嘘がない雰囲気をどれだけ作れるか意識しています。
中野 その一瞬の表情を狙うのが難しいんですよね…。
榎本 本当に難しいですよね。感覚的な言い回しになってしまいますが、ラジオの周波数がピタリと合うような瞬間があるんです。現場で「あっ! 今の表情!」って言うと、アシスタントの子が慌ててテザー画面を戻してくれます。
中野 楽しそうな現場ですね(笑)。
榎本 笑いながら、楽しい雰囲気でやることが多いです。緊迫した場だと被写体にもストレスがかかると思うので。
中野 しかも、一瞬のリアリティという高いハードルを追い求められると、余計に神経を使うかもしれませんね。
榎本 なるべく被写体の気持ちを理解するために、事前に自分で立ち位置に入ってみることも。それがどこまで効果的に作用しているかはわかりませんが、とにかく自然なものを目指そうと心がけています。
中野 「ボディメンテ」のようにシチュエーションが決まっていると、被写体も役を下ろしやすそうですが、「キリンビール 晴れ風」のような広告だとアプローチの仕方が変わってきそうです。
榎本 「晴れ風」は、いわゆるニコパチとはちょっと違うんです。自然体に見えるように、一瞬の力が抜けた時の感じを狙っています。顔の角度が数ミリ変わるだけで、印象もガラリと変わるから本当に不思議ですし、そこが写真の奥深さだと思います。
中野 写真として欲張りすぎていないという点で、「晴れ風」の広告写真は驚きでした。ピンもやや甘く、照明にも適度な雑味を感じられる、あくまで自然な表情を狙っていることがすごく伝わってきました。
榎本 そこはやっぱり杉田さんの力量が大きいです。自然に見えて、実はかなり複雑なことをしているんです。被写体に合わせて、夏っぽい光や秋っぽい光を使い分けて、スタジオで再現してくれています。テストシュートとは違って、本人が入ると意外と合わない時もあるので、臨機応変に対応できるフォトグラファーは本当に頼もしいです。
中野 カメラ目線の広告となるとリアリティの付け方は難しいですよね。視線って人や物に対して向くものですけど、カメラ目線の時点ですでにフィクションの中にあるというか。
榎本 そうですね。演出の中で限りなく自然な表情を引き出したいわけですが、スタジオだと目の前にたくさんの人がいて、シャッターが切られる度に良い悪いを査定されているような気持ちになるんじゃないかと。だから、現場的な要素をなるべく被写体の視界から遮断するように心がけています。
中野 榎本さんのクリエイティブの根幹にあるものが段々とわかってきました。ちなみに、ディレクションをする上で、写真や映像などビジュアル面で参考にしているものはありますか?
榎本 参考にするものは、特にありませんね。ただ、関連しそうなことをひとつ思い出しました。子どもの頃から映画やドラマが好きだったのですが、なぜかエキストラが気になっていたんですよ。エキストラの動きや表情が嘘くさいと冷めて見るのを止めちゃうことも。嫌なガキですよね(笑)。だから、「嘘くささ」みたいなものに敏感で、幼少の頃から感じてきたことの延長線でディレクションをしているのかもしれませんね。
中野 榎本さんが思い描く、クリエイティブの中の自然さの原点がそこにあるのかもしれませんね。それが人の琴線に触れるような空気感を作っているのだと思います。
榎本 広告なので、人が見てどう思うだろうというポイントは強く意識しています。いくら雰囲気がいい写真でも強さが必要。でも、嘘くさくはしたくない。そんなギリギリの周波数をずっと探しているんです。
中野 フォトグラファーに現場で求めているものはなんでしょうか?
榎本 撮影のスキルがあることは前提として、やっぱり空気作りです。特にポートレイトの場合、被写体に自然体でいてもらうための、コミュニケーションや立ち振舞などが重要なスキルだと思います。また先述した通り、対応力も重要です。打ち合わせやテスト段階で良くても、本番では違ってくることも多々ありますし、それがクリエイティブジャンプに繋がる要素でもあるからです。
中野 臨機応変な対応力は、経験に基づくことが多いので、若手のフォトグラファーは苦労するかもしれません。
榎本 そのあたふたしながらの対応が経験となり、技術として身についていくのだと思います。
中野 ちなみに、榎本さんの周波数がハマる瞬間への気づきも色々な経験のたまものですか?
榎本 そうですね。やはり場数を重ねることが成長につながると思います。でも、いい写真の基準って難しく、撮影現場でいいと思っても、デザインにはめた時に違う感覚になる時もあるんです。今でも撮影中は、テザー画面を見ながら入れる予定のコピーを念仏のように呟いて、ハマる写真があがってくるのを祈っています。
中野 撮影中、フォトグラファーもデザインにはめた時のことを考えた方が良いと思いますか?
榎本 テーマやコンセプトとのバランスを見るのはアートディレクターの役目なので、良い写真を撮ることに集中していただいた方が良いですね。
中野 お互いを信頼しあってこその作り方ですね。
榎本 いい写真を撮るためにフォトグラファーだけではなく、照明さんや美術さんとも同じようにコミュニケーションをとります。広告も、映画でいう「○○組」みたいなチームでいた方が精度が上がると思っているんです。
中野 フォトグラファーも時代的にチームワークでやっている方が増えてきたので、いつかはそれがスタンダードになるのかもしれませんね。
榎本 撮影に関わるスタッフがどれだけ密なコミュニケーションを取れるかはすごく重要なことですからね。そういう意味で、僕が仕事でお願いするフォトグラファーは固定されていると思います。
中野 若手のフォトグラファーから営業されることもありますよね?
榎本 ブックは拝見しますが、海外モデルばかりのお洒落な写真にはちょっと困ってしまいます。広告志望であれば、例えば好きな商品を、自分なりのテーマで撮った作品を見せていただく方が僕にとってはわかりやすいです。気づいていなかった商品の新しい魅力を引き出せるかもしれないので。タレントさんがいなくても、商品そのものを強く見せる広告写真は究極です。まずは商品を魅力的に写す、そのものらしさを追求してみるといいと思います。
大塚製薬 カロリーメイト 「とどけ、熱量。」

瀧本幹也さんの写真事務所で初めてこの写真の紙焼きを見た時に、あまりの美しさに息を飲んだ記憶が今でも蘇ります。写真に対する見方が変わり、自分の中で目指す広告表現の「座標」が生まれるきっかけになった思い出深い仕事です。(榎本)
NAKANO’s COMMENT
常に観る側の琴線に触れるような表現を生み出しているように思える榎本さんの作品は、たくさんの人に届けるための試行錯誤の結果から生まれるものだと感じました。日常の中に潜む感動の共通項を見出す表現力には写真にも同じことが求められると腑に落ちました!
スペシャリストに聞く6つの質問
Q1 写真の好きなところ
仕事で扱う写真に面白さを感じます。僕が思い描く理想のビジュアルをフォトグラファーが軽く越えてくる瞬間。それが醍醐味でもあり、写真が絵を越える瞬間だとも思います。
Q2 最近気になるフォトグラファー
ナイトカメラマンの竹本宗一郎さん。最近、映画関係の仕事でご一緒したのですが、お話がとても面白く、地球の凄みを感じる写真をたくさん撮影されていて、その姿勢と作品に感銘を受けました
Q3 業界を目指す人へ
広告は見た人に共感してもらう媒体なので、日常の中で共感するであろう何かを
写真で表現してみたらいいかもしれません。ごく身近なものに立ち返ることで新しい視点が生まれることもあります。
Q4 衝撃を受けた写真
学生の時に見た、上田義彦さんのサントリー烏龍茶の広告写真。葛西薫さんの余白の効いたデザインに、安藤隆さんの「16のときの本」というコピーがスッと置かれている。カッコ良すぎ!!!
Q5 フォトグラファーと出会う場所
SNS をやっていないので、メールでポートフォリオを送ってくださることが多いです。また、お願いするフォトグラファーの方が割と固定されているので、誰かの紹介ということもあまりないです。
Q6 キーアイテム
絵コンテを描くための iPad と、誤操作防止のハンドカバー。アプリはProcreate を使っています。ずいぶん昔の型ではあるのですが、故障しないのでずっと使い続けています。

撮影・インタビュー
中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

特集「LEDライト最新活用術」&別冊付録「CM・映像 キャメラマン&ライトマンファイル 2026」。
巻頭特集ではフォトグラファー福岡秀敏が俳優・田中麗奈をLEDで撮り下ろし。さらに倭田宏樹、森山将人、川村将貴、須藤絢乃による現場事例や機材検証を通して、LEDライティングの実践的な活用方法を解説。「Aputure LED 4機種 実践検証」ではCOB型、パネル型、スポット型、ストリップ型という異なる光源を用い、静物撮影で検証。光の質や質感表現の違いを比較しながら、LEDライトの特性を具体的に探る。撮影と解説は中村雅也氏が担当した。
【広告特集】King & Prince「STARRING」のクリエイティブ
2025年12月24日発売のKing & Prince 7thアルバム「STARRING」。本企画では、収録曲それぞれを“架空の映画の主題歌”に見立て、1曲につき1本の特報映像を制作するという前例のないプロジェクトを徹底取材。本編は存在しないにもかかわらず、長編映画を想定した設計で10本の特報映像とポスターを制作。さらにレッドカーペットイベントや映画館での上映会まで展開するなど、アルバムの枠を超えた大規模なプロモーションとして構築されている。特報・ポスター制作全体のプロデューサー加藤諒氏をはじめ、3人の映像監督、アートディレクター、フォトグラファーが参加。企画設計の背景と制作プロセスをそれぞれの立場から語る。
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ほか