2013年05月24日
「八重の桜」のセッションは、エグゼクティブ・プロデユーサー内藤愼介氏と、VFXプロデューサー結城崇史氏が登壇し、まず番組の背景について内藤氏が語り、つづいて結城氏が映像制作の舞台裏の解説を行なった。さらにセッションの冒頭では、「八重の桜」にちなんで3月9日・10日に会津若松市で行なわれた「鶴ヶ城 プロジェクションマッピング」の映像が上映された。
鶴ヶ城プロジェクションマッピング
大河ドラマの今
内藤愼介 (ないとう・しんすけ)
NHK制作局 「八重の桜」エグゼクティブ・プロデューサー。1957年徳島県生まれ。81年NHK入局。主なプロデュース作品は、連続テレビ小説「オードリー」「どんど晴れ」、大河ドラマ「天地人」(エランドールプロデューサー賞)、金曜時代劇「春が来た」、連続ドラマ「真夜中は別の顔」「女将になります!」「ブルーもしくはブルー」、特集ドラマ「シェエラザード」「生き残れ」「さよなら、アルマ〜赤紙をもらった犬〜」等多数。
内藤 こんにちは。NHKの内藤と申します。今日は、現在放映しております大河ドラマ『八重の桜』の舞台裏ということで、同席の結城のほうから、映像制作のノウハウについてお話をさせていただきますが、その前に少し、私達が直面している課題についてお話をさせていただきます。
今の時代、私達の番組制作は、従来のように「どういう作品であれば皆様に見ていただけるのか」だけではなく、「映像に何ができて、何をすべきなのか」も考えていかねばならないと思っています。
今回のドラマの舞台となる会津は、八重の生きた時代、幕末にすべてを失った町です。そこから人々が再び立ち上がる姿を描くことで、今の時代に合ったメッセージを伝えることができるのではないか、そんな風に発想しました。
このドラマをきっかけに、多くの方々が福島に目を向け、足を運ぶようにならないか。そのためには地元の方々を中心に、多くの人を巻き込むような、「祭」を起こすことが大事だと考えています。今見ていただいた映像にありました鶴ヶ城(会津若松城)のプロジェクションマッピングは、そのチャレンジの一つです。
さて、私の話はこれくらいにしまして、ここからは結城のほうから、制作に関するお話をさせていただきたいと思います。
イメージボードの重要性
結城崇史 (ゆうき・たかふみ)
NHK ドラマ番組部 『八重の桜』 VFX プロデューサー。レコード会社でロサンゼルス駐在中にCGの制作に携り、コーディネーター、プロデューサーとして、CM、テレビ、映画、ゲームのCG・VFX を手がける。東京電機大学未来科学部研究員、ドラマ 『坂の上の雲』 VFX プロデューサー、Inter BEE アジア・コンテンツ・フォーラムのディレクターを務める。
結城 『八重の桜』で、視覚効果に関するプロデュースを担当しております結城です。私のほうからは、作品のイメージをどう形にしていったのか、その一端をご紹介できればと思っています。
ドラマ作りの準備は、「イメージボード」を描くところからスタートしました。作品世界をイラストで起こすということです。これには、イメージを固めると同時に、監督やビジュアル関係のスタッフから、脚本家に至るまで、作品に関わるスタッフの間で世界観の共有を図ろう、という狙いがありました。
単に共有するだけでなく、化学反応を起こすことができれば作品世界はより深まる。そのためにイメージボードが大きな力になると考えたのです。
ここからは、これまで放送した主に前半の部分で、イメージボードがどんな役割を果たしたのか、完成映像やメイキングと一緒に見ていただけたらと思います。
イメージボード(左)と 完成映像(右)
八重の生まれた家である会津の山本家と、磐梯山が見える象徴的な桜の木、さらには松平容保公の行列のシーンなどが描かれています。こうしたイメージが実際にどういう形で本編の中で映像化されているかにも注目いただければと思います。
こういったシーンを作り出していく上で重要なポイントが、スケール感のある、力のある絵を作っていくということとが一つ。もう一つが、これまで大河ドラマでは見たことにない絵を作るという点です。
そういった意味でわかりやすいのが「追鳥狩(おいとりがり)」のシーンです。追鳥狩とは会津独特の軍事演習のことです。ただし、その様子は、絵巻物と文章で残っているだけで、詳しいことはわかりません。そこで大きな役割を果たしたのが、イメージボードでした。
追鳥狩のシーン
完成映像
演出スタッフとも、このイメージボードを見ながら話を進めていくことで大人数の兵士が、会津の広大な自然の中を駆け回るイメージが固まっていきました。ただしこういった時に注意しなければいけないのは、我々が描いた追鳥狩のイメージが、そのまま事実のように語られる可能性があるということです。ですから、時代考証に始まって、細かな調査や検討を重ねました。そういった考証をする際にもイメージボードは大きな役割を果たしたと感じています。
VFXを前提とした撮影シーン
結城 今度は「VFX」に関する話をしたいと思います。八重の桜では、例えば佐久間象山邸の再現に力を入れました。内部には「反射炉」という、当時の先端技術を取り入れた炉があるのですが、その炉の前で、象山や吉田松陰、勝海舟といった幕末の偉人達が議論を交わしています。その様子を映像化することが、当時のリーダーが、世界とどんな距離感を持っていたかを、象徴的に描くことができると考えたからです。
佐久間象山邸のシーン
セットの作成は、3Dデータの作成と並行して進めます。そうすることで、撮影時にどの角度まではカメラを振っていいのかといったことを割り出すことができるからです。
同じく画像合成に力を入れたのが「松の廊下」のシーンです。これまで何度も映像化されてきた廊下ですが、今回のようなアプローチで、廊下の内側から外の様子が見えるように描いたのは、初めてではないかと思います。それもあって、視聴者の方々から非常に多くの反応をいただきました。
図を見ていただくとわかるのですが、実際にセットを組んだのは廊下の部分のみで、そこに3DCGを合成してシーンを仕上げています。
ただし、この方法ですと役者さんも、放送されるまでどんなシーンを演じているのかわからない。松の廊下を想像しながら演じないといけないので役者のみなさんも大変だったと思います。
松の廊下のシーン
松の廊下の3Dデータ
合成シーン
完成映像
難しい部分もあります。イメージボードを描くことで、さらにはVFX技術によってさまざまな表現ができることで、例えば監督さんのイメージは際限なく広がっていきます。「こういう絵も作りたい」「こういう表現もできるのではないか」といった具合です。だからといって現実の事情‥‥例えばスケジュールや予算などの都合もあるわけで、そこをうまく摺り合わせていくのはなかなか大変な作業です。
そんな中で、監督も我々も力を入れたのが三条大橋のシーンです。会津を出立した松平容保が、いよいよ京都に入るシーンです。通常、こういった橋を渡る表現は“ありモノ”のセットを使い、人物中心の映像にするのですが、監督から、引いた絵で橋全体を見せたいという提案がありました。ドラマの中でも、歴史的にも大変重要なシーンだから橋全体をしっかりと見せたい、というわけです。そこでVFXを使った処理を前提に、撮影を行ないました。実際に容保の行列が通ったのはグリーンバックの布を張った駐車場なのですが、3D映像と合成することで、狙ったとおりのシーンができあがりました。
三条大橋のシーン
三条大橋のイメージボード
三条大橋の3Dデータ
考証用に用意した資料
撮影シーン
ちなみに容保らが、京都御所で孝明天皇を前に行った「天覧の馬揃え(軍事行進)」のシーンも、VFXを前提に撮影を行なっています。
京都御所の撮影では4KのREDを使って撮影をしています。御所の敷地内でのレールの使用が禁じられていたため、このような黒いマットを敷いて撮影しました。足もとが砂利のため、どうしても揺れてしまうのですが、その揺れをおさめるために、スタビライザーを使うだけでなく、4K映像を撮っておいて画像処理する方法も使ったというわけです。
京都御所の撮影風景
これらのVFXのシーンは、タイトなスケジュールの中でさまざまな工夫をしながら撮影、編集を行なったものです。従来のドラマではなかなかできなかったことが、ある程度実現することができた。ここで編み出した工夫は、おそらく今後のさまざまなドラマの撮影等に、フィードバックされていくのではないかと思っています。
大河ドラマで「南北戦争」が描かれた理由
結城 もう一つ、この八重の桜で、力を入れたシーンがあります。それが第一話の冒頭のシーンです。イメージボードとともにご覧ください。
第一話冒頭のシーン
ここで描かれているのは、アメリカの南北戦争と戊辰戦争、そして当時のボストンの様子です。なぜ、会津の物語で南北戦争なのかと疑問に思う方もいらっしゃるかと思うのですが、八重が生きた時代が、激しく動き始めた世界の中の一つの出来事であるというとらえ方をしたいと考えたからです。
これは番組のメッセージとも大きく関わってくるのですが、ここで再びマイクを内藤に戻して、内藤からそのあたりのご説明をさせていただきたいと思います。
内藤 実は、幕末という時代は、あのリンカーンが登場する南北戦争の時代と重なります。黒船が来たすぐ後に、アメリカでは南北戦争が行なわれていたのです。そんな見方を持つだけで、幕末という時代のとらえ方は変わってくるのではないでしょうか。世界の歴史の中の日本、その中の会津、そこで必死に生きる一人の女性。我々がどんな風に作品をとらえているのかを表現するために、南北戦争のシーンは欠かせないと考えたのです。
その中のあるシーンで、リンカーンが周囲の人々にこんな風に話しかけます。
「我々はすべてを失った。残った我々ができることは、夢を持って前に進むことだ」
これは、八重が生きた時代の会津にも、今の時代にも通じるメッセージなのではないかと思っています。
映像の果たす役割
内藤 冒頭にも申し上げましたが、今我々が考えているのは、『八重の桜』をきっかけに、会津、福島の皆さんと一緒に、日本を元気にしていこう、という点です。
例えば、現在、我々は「はるか」という名前の新種の桜を作って、その苗を福島から全国へ、さらには世界へ送るというプロジェクトに取り組んでいます。10年、20年経って桜が咲くということには大きな意味がある。桜は散り際こそが美しいとおっしゃる方もいらっしゃいますが、私は、咲いているところのほうがより、ポジティブで素晴らしいと思っています。日本列島を駆けのぼる桜前線が、美しさだけでなく、元気をつなげていく。そんなイメージを思い描いています。
最後にもう一つだけご紹介したいことがあります。ドラマと関連して、さまざまな形で福島をはじめとする東北を紹介しているのですが、そこでは多くの子供達に登場してもらっています。子供達は、大変な境遇の中でも大人達のやさしさに触れながら、地元に根を張っていこうと考えています。彼らが大人を信じている様子を見ながら、もう一度、我々にできることを考えていこうと強く感じました。
ドラマの中では、八重が「ならぬものはならぬ」と語ります。これは会津の伝統的な思想なのですが、作り手の我々もその言葉に勇気づけられています。今、本当になすべきことを忘れていないか。常にそれを考えながら、映像制作を行なっていければいいなと考えています。
そろそろ時間となったようです。長い時間おつきあいをいただき、今日はどうもありがとうございました。
取材:小泉森弥