SPECIAL SESSION 刻んでおきたい名作コピー120選

副田高行×安藤 隆

アートディレクターの副田高行さんが企画した書籍 「刻んでおきたい名作コピー120選」と企画展「時代の言葉。 コピーライターがつくった新聞広告名作120選。」に参加した コピーライターの安藤 隆さん。2人はサン・アドの先輩・後輩として 40年以上も共に広告制作に携わってきた。 25年続いたサントリーウーロン茶をはじめ、 一緒に作った広告やお互いの魅力についてなど、 広告にまつわる様々なことを語り合ってもらった。

撮影:浜村多恵

新聞広告は時代性を感じる

副田 安藤さんは企画展に行かれたのですね。

安藤 観てきました。コピーライターに焦点をあてた展覧会という試みに可能性を感じました。解説文をコピーライター本人が書いているのも面白いんじゃないですか。何が書いてあるのか読みたくなります。

副田 実際の新聞広告を観ることで、その可能性や面白さを再認識してもらいたいと考えています。

安藤 僕は新聞広告の仕事に時代性を感じていました。若い頃は新聞を開くたびに「時代を代表するすごい広告に出くわすかもしれない」とどきどきしていました。

副田 僕がサン・アドに所属していた1980年代は新聞広告が広告の中心でした。特にお正月広告は毎年キャンペーンテーマを発表していて、今もその頃の新聞広告を鮮明に覚えています。

――サン・アド時代、副田さんと安藤さんは一緒に仕事することもあったのですか。

副田 当時の僕は仲畑貴志さんとの仕事が多かったのですが、安藤さんはすごく面白いコピーを書く人だと思っていました。仲畑さんはザ・コピーライターというか、物をちゃんと売るためのワードをピシッと出して、そこにユーモアもあるので、誰も太刀打ちできません。 安藤さんのコピーはそういう最適解を見出すタイプではなくて、不思議な人物というか、予想もつかないものを読まされている感覚になるのが、新鮮でした。安藤さんは僕のデザインをどう思っていたのですか。

安藤 僕はポップアートが好きで、ポップアート的なコピーが作れないかなと考えていました。サン・アドのデザイナーで最もポップアートに近そうなのが副田君だった。葛西(薫)君にももちろんできると思うけど、副田君の風貌も含めた「異端の者」感に期待しました(笑)。

――お2人で手掛けた仕事で印象深いものをお教えてください。

副田 サントリーレゼルブですね。有名なのは「タノシイ マイニチ、ニコニコ ワイン。」ですけど、驚いたのは「おさらがもらえる、なんとかワイン。」。クライアントも商品も本来その「なんとか」がなんなのか、商品名を覚えてもらうために試行錯誤している。それを「なんとか」と名乗らないまま企画を通してしまった。今改めて見ても広告史に残るコピーだと思います。

安藤 谷山雅計さん(現TCC会長)にも「安藤さんのコピーで一番いいのは『なんとかワイン』です」と言われましたね。副田君のデザインがまた、大人気の小林麻美さんを起用しながら、面白広告のビジュアルに放り込むようなやり方で斬新でしたね。

副田 当時は見る人がびっくりするものを作りたいという気持ちがありました。このコピーを綺麗な書体で組んだら負けだと、書店で見つけた無料で使えるフォント見本帳から1文字ずつ拾って並べています。

安藤 当時、副田君はいわゆるヘタウマな広告を作るのに熱心でした。それまでのウマウマに対してヘタウマという価値観の登場が、自分たち自身の下克上のようで新鮮だった。副田君と僕の、お互いのヘタ志向が出会ったんじゃないかなと思います。

おさらがもらえる、なんとかワイン。サントリーレゼルブ(1983)
AD=副田高行 C=安藤 隆 P=冨永民生

言葉と絵の見事な掛け合わせ

――安藤さんの代表作、サントリーウーロン茶の広告について、当時の副田さんはどう思っていたのですか。

副田 お茶を買って飲むというのは、今では当たり前ですけど、当時、ウーロン茶という商品自体、誰も知らない頃ですよね。 安藤 この広告に関わった当初は日本人がお茶にお金を出して買う時代が来るとは思っていませんでした。

副田 ある意味で日本人の生活習慣を変えた広告かもしれません。

安藤 あの企画はサントリーに自主プレゼンしたのですが、副田君を誘ったら「忙しいから」と断られました。

副田 それだけじゃなくて「安藤さん、自主プレはやらない方がいいですよ」とも。酷い後輩ですよね(笑)。

安藤 それで葛西君に声をかけたら、パッと案が出て、ズバッと印刷してプレゼンと相成りました。

副田 その行動力がすごいですよね。当時の中国と日本は国交途上でした。そんな国を舞台に、日本人にも共感できるアジアの美を描いていました。葛西さんという美しいグラフィックを作るADがいて、そこに安藤さんのコピーと上田義彦さんの写真が加わる。ウーロン茶はものすごい奇跡と偶然が重なって出来た広告だと思います。

安藤 それまで欧米の広告を下敷きに、そういうものだと作ってきました。それが中国へ行ったら、道も畑も家も人も似ているけど全然違う。中国面白いぞという感覚にどきどきして、息がつまりそうでした。

副田 コピーは現地に行く前に決まっているんですよね。

安藤 決まっているけど、現場でコピーを変えることもありました。葛西君の作るパーフェクトなデザインに、副田君と仕事したおかげで見つけたヘタヘタ?なコピーを組み合わせたことで、面白い広告になりました。

副田 確かにあれだけの壮大なビジュアルに普通のコピーだったらつまらなかったかもしれないですね。「ユーはいいなあ」「あの人は、どうしてきれいなんだろう」だからいいんですよ。そこがグラフィック広告の醍醐味だと思います。 眞木 準さんの「一語一絵」という言葉を借りれば、言葉と絵の見事な掛け合わせ。コピーライターとADが無垢な状態で向き合って、新しいビジョンを模索する。それはある意味クリエイティブの理想の姿だと思います。

安藤 副田君のデザインは、一緒にレゼルブを作っていた頃とは変わってきましたよね。いつからかシンプルで端正なデザインが多くなってきたというか。

副田 きっと大人になったんですね(笑)。アイデアから発想して、自分の美的センスを昇華させて仕上げるのがデザイナーの本質だと思うのですが、僕はなにもしていない。表層的なこれ見よがしなデザインはしない。本質的な簡単デザイン。

安藤 デザインをしたいのではなく、目の前の商品やコピーと向き合ってきたから、「何もしていない」と言えるのだろうね。ただ若い頃の副田デザインを大好きだった者としては、あの頃のやんちゃが懐かしいね。

副田 広告は自己表現の場ではないから、特殊過ぎることでいろんな企業の広告ができなくなりますから、ある意味、広告のADとしては正しい道を歩んできたんじゃないですかね。

安藤 また副田君と仕事をする機会があれば昔の副田君のデザインを無理やり引き出そうと思っています。

「副田君とならポップアートみたいなコピーが書けると思った」安藤

あんどう・たかし
1945年大阪府生まれ。1968年立教大学法学部卒。1973年サン・アド入社。1974年ホンダシビックCVCCの広告でTCC新人賞受賞。1982年副田高行氏とサントリーワインレゼルブの広告で出会う。1983年サントリーウーロン茶を始める。他の仕事としては村田製作所を20年ほど。

安藤 隆の広告

顔を洗う水と、飲む水は、 別でありたい気もする。 サントリーミネラルウォーター(1983)
AD=鈴木利志夫 I=五辻 盈
未来はカラダの奥にある。 サントリーウーロン茶(1990)
AD=葛西 薫 P=上田義彦
そとはピ―― なかはムラタ 村田製作所(1996)
AD=小塚重信 P=藤井 保

「『なんとかワイン。』は広告史に残るコピーだと思います」副田

そえだ・たかゆき
1950年福岡県生まれ、東京育ち。アートディレクター。スタンダード通信社、サン・アド、仲畑広告制作所を経て、副田デザイン制作所設立。40年以上にわたって、様々な企業のグラフィック広告、ロゴデザインに携わり、現在も作り続けている。

「刻んでおきたい名作コピー120選」

「刻んでおきたい名作コピー120選」

本体2,200円+税/A5判/328P/企画・監修・AD:副田高行
1980年代から2020年代まで、日本人の心に残る広告コピー、キャッチフレーズを作ってきた6人のレジェンドコピーライター(安藤 隆・一倉 宏・岩崎俊一・児島令子・前田知巳・眞木 準)がセレクトした名作コピー120本を紹介。さらにコピーライター自身や所縁の人物による作品解説も掲載する。 www.genkosha.co.jp/gmook/

コマーシャル・フォト2024年5月号

【特集1】
Lifestyle Photography 「ライフスタイルフォト」を考える
ふとした日常のワンシーンを切り取り、人物やプロダクトの魅力を伝えるライフスタイルフォト。
この特集ではライフスタイルフォトを撮影するフォトグラファーとクリエイターがどのようなことを考えながらビジュアルを設計しているのか、作品と合わせてその思考を探っていく。

兼下昌典 / 金子美由紀 / 上澤友香 / 元家健吾 / 山本あゆみ / 小野田陽一 / 角田明子

良品計画 無印良品 クラシコム 北欧、暮らしの道具店
中川正子が撮る暮らしの気配

FEATURE 01 中森 真「endura」
FEATURE 02 金子親一「READYMADE」
FEATURE 03 尾身沙紀「Wanderlust」