口から矢を放つ、テープで口を塞がれながらもギラギラとした視線を送る…、
怪しい雰囲気たっぷりな男性たち。でもどこかシュールで、クスッとさせる。
この「HOUSE」は、ファッション・広告を中心に活動する若井玲子が、
イギリスと日本での生活を経て制作したパーソナルワークだ。
制作意図と作品作りについて話を聞いた。
―ご自身の体験をもとに作った作品だそうですね。
イギリスと日本、2ヵ国それぞれのシェアハウスで生活してみて、ある違和感を感じたんです。
イギリスにいた時はあまり意識していませんでしたが、帰国した途端、日本の男性たちの女性への接し方に疑問を持つ場面がとても増えたんですよ。
生活習慣や文化、言語の違いはもちろんありますが、日常でのちょっとした会話の中で、外見のことを言ってきたり、ジロジロ見たり、女性はこういうもの、と決めつけていたり、必要以上に近づいたり。
イギリスのシェアハウスでは、そういったことで不快に感じたことはなかったんです。
どちらも同じように、男女数名での共同生活の場だけど、こんなにも違うんだなと。
たとえば、日本でのハウスメイトに毎日マメに洗濯する人がいたんです。
ある時、彼が「奥さんがいたら、自分で洗濯しなくてもいいのになあ」とつぶやいたのを聞いて
「えっ! 家事=女性の仕事と思っているの?」とすごく驚いたんです。
ちょっとした会話ですが、モヤモヤすることが少しずつ溜まっていって。
こういう違和感や不快感は、誰しも経験があると思うんです。
それは、女性に限ったことじゃなく、男性でも、「男らしさ」を求められたり、男性=一家の稼ぎ手という考え方がまだまだ残っていますよね。ジェンダーの問題も根強く残っていて、皆がどこか生きづらさを感じているけれど、深く疑問を持たず「こういうものだ」と、我慢してやり過ごしてきてしまったんじゃないかって。
イギリスにいた頃、人種差別も受けたし日常的にデモに遭遇したり、人権や生き方について考える機会が日本にいる時より増えたんですね。不当なことには怒っていいんだと考えるようになったんです。NOを唱えないと何も変わらないですから。
日本でも、ここ数年でかなり意識が変わってきましたが、社会の構造ともリンクしていて、意識を一気に変えるのはまだまだ難しいですよね。私自身にだって、性差別意識みたいなものが染み付いていると思うし…。
個人的な体験からではありますが、男女差別や人権に興味を持ち、本を読んだり学んだりするうちに、社会の仕組みや、日本全体の意識に疑問を持つようになったんです。それを写真でどう表現したらいいのかとずっと考えていましたが、細かくディレクションをすることで、写真作品にまとめることができました。
ー実際の撮影方法は?
ムードボードを作って、登場人物のストーリーまで決めてチームで共有した上で撮影に臨みました。
ファッション撮影にしては、ストーリー設定が細かいので、「演劇でもやるの?」と聞かれたほどです(笑)。
目指したのはクスッとさせるマンガ的な表現です。笑える要素がないと、辛い・怖いだけの作品になってしまうし、直接的な表現だと、嫌なことを思い出す人もいるかもしれません。たくさんの方に見ていただきたいので、ポップな雰囲気を意識しています。
フォトグラファーとして独立したての頃は、仕事を得るための作品撮りが多かったのですが、それを続けているだけでは、ダメなんですよね。もちろん、仕事を意識するのは大事だし、写真の流行を掴むことはとても大事です。
でも、流行や仕事のことばかり意識していると、流行が変わる度に写真を変えることになって、自分の写真ではなくなってしまうんですよね。
フォトグラファーにとって大事なのは、自分の視点を持つことだと思っています。
自分が感じていることは、他の人にとっては、それほど重要なことじゃないかもしれません。それでも、世の中に対して自分の視点で、メッセージを伝えていくしかないんですよね。興味があるものをテーマにしたり、意見の提示したり、この「HOUSE」でいえば、私自身の心も傷ついたので気持ちや考えを整理する意味もあったかもしれません。
大学時代、十文字美信さんが教鞭をとられていて、「自分の軸をきちんと作りなさい」と仰っていたんです。
その言葉が今もすごく印象に残っています。
今の自分の視点で作品を作ることが、自分の軸を育てていくことにつながっていくのだと思います。
わかい・れいこ
多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。
都内スタジオ勤務後、フォトグラファー宮原夢画氏に師事し、2014年独立。
2017年から2年間イギリスに滞在。
www.reikowakai.com
ST:MAYU SUZUKI
Hair:AYA
Make up:KOTOMi
Model:TAKETO・TAIKI・DAIYU AKIMOTO(BAZOOKAmgmt)
コマーシャル・フォト2023年 6月号記事より