
撮影を楽しむスペシャリストたち
写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。
Vol.04
川島小鳥が求める偶然性
▼今回のSPECIALIST
川島小鳥(かわしま・ことり)

写真家。1980年東京生まれ。早稲田大学卒業後、沼田元氣氏に師事。2006年第10回新風舎平間至写真賞大賞受賞、2007年写真集『BABY BABY』発売。2010年『未来ちゃん』で第42回講談社出版文化賞写真賞を受賞。
kawashimakotori.com
偶然性を大切にしていて、
常に思いがけない写真を撮りたいと思っています。
中野 以前、男性アイドルグループのカレンダーで小鳥さんと僕とで両極端なコンセプトの撮影をしたのですが、小鳥さんならではの被写体との距離の取り方が印象的でした。
川島 中野さんが「王子様サイド」、僕が「プライベートサイド」みたいな撮影ですよね。真逆のトーンでした。
中野 小鳥さんは商業的な媒体でも、わりと作家的な立ち位置で撮られると思うんです。撮影時に人物との距離感やディレクションで意識していることがあればお聞きしたいです。
川島 『BABY BABY』を出版した2007年頃は、「こういう表情をしてほしい」というくらいは伝えていました。最近は全てお任せしているって感じです。中野さんはどうですか?
中野 僕の場合、スタジオでセットアップされた世界観に被写体を迎えることが多いので、テストシュートをしてから意図を伝え、その中で自由にやってくださいという感じなんです。作った世界から逸脱させることはあまりしませんが、川島さんの場合は逸脱するのを狙っていたりしそうです。
川島 確かに狙っているかもしれないです。ハプニング性というか、思いがけないものを撮りたいと思っています。
中野 そのために演出していることってありますか?
川島 小道具を使うことがありますね。シャボン玉を持っていって、遊んでいる中で生まれる偶然性を狙ったり。
中野 確かに物があった方がいい時もありますよね。人に食べさせたりするのも好きなイメージがあります。
川島 食事シーンも多く撮りますね。
中野 僕は食事シーンの撮影が苦手なんですよ。食べる瞬間ってとてもいい表情をしますが、変な顔も出てきてしまう。被写体にそういうカットを見られることにすごく抵抗があるんです。
川島 なるほど。僕はフィルム撮影が多く、セレクトしてから相手に見せるので、あまり意識したことがなかったです。
中野 食事シーンをバチっと撮影できる人は才能があると思うし、川島さんは食べる時の表情を演出として切り取る上手さがあるというか。小道具は被写体のイメージで選ぶのでしょうか?
川島 被写体のイメージや撮りたい雰囲気に合わせて用意します。洋服も決められるなら決めたいですね。
中野 偶然性を切り取りたい反面、しっかりとディレクションされた世界観も作りたいタイプなんですね。
川島 そうですね。ただ、作り込みという意味では苦手なので、ロケでも偶然性が入り込む余地は欲しいです。
中野 ちなみに東京だとロケ地にどこを選びがちですか?
川島 裏路地っぽいところです。ただ、ロケハンも苦手だから最近は撮りながら一緒に場所を探していくかも。やっぱり自分も驚きたいですし。

中野 「ハプニングと世界観の演出」、2つのキーワードが浮かんできますが、小鳥さんの作品が生まれるきっかけについて興味があります。幼少期に今の作風に通じるものが好きだったという原体験はあるのでしょうか?
川島 中学生の時に、映画監督のウォン・カーウァイの作品に感銘を受けました。ストーリーに心酔したわけでなく、映像の面白さや美しさ、こんな世界に住みたい共感というか…。
中野 確かに小鳥さんの作風とは共通点があると感じますし、10代の頃から持ち続けていた感性と、ウォン・カーウァイのショッキングな色彩の世界と通じ合うものがあったのですね。実は、僕にも近い体験はあって、18歳で渡英した際、向こうでのフランス映画ブームに影響を受けたので、映画の世界の人になりたいと思ったことはあります。リュック・ベッソンとかジャン=ジャック・ベネックスとか、80年代後期から90年代頭のフランス映画を観て、ヨーロッパ志向になりました。その影響は今でも感じますし、例えば渋谷川付近で大規模な工事をしていた時期はあそこでたくさんロケをしました。外国人目線というか、どこかヨーロッパの空気を感じたんです。それとは対照的に、小鳥さんの選ぶ裏路地はある意味、アジアチックだと思うんです。
川島 そうですね。ちょっと最近はマンネリ化していますけど、日暮里とか下町界隈が好きです。喫茶店もよく使います。
中野 小鳥さんが師事されていた沼田元氣さんから影響を受けたりは?
川島 沼田さんは僕がスタジオに勤めていた時に「照明を教えて」と言われて。
中野 逆なんですね(笑)。
川島 そうなんです(笑)。僕は沼田さん独自のファンタジーっぽい写真がすごく好きだったんです。「ファンです」とお手伝いさせてもらって。『BABY BABY』を本にする前、簡単にまとめた写真をたまたま沼田さんが見て「すごくいい」と初めて褒めてくれました。沼田さんは「撮っている人は偉くない。被写体がいいから、写真もいいものが撮れただけ」と言うんです。僕自身、その言葉は当時から記憶に残っています。
中野 フォトグラファーが個性を出すのではなく、被写体の個性を引き出しなさい。ということだと思うのですが、フォトグラファーはどこに個性を持てばいいのかという迷いはありませんでしたか?
川島 映画って監督が表現したい世界を俳優が引き出してくれるものだと言われますけど、映画監督にとっては、どんな俳優と出会うかが大切というような意味だと思うんです。そういうミューズみたいな人って10年に1人出会うかどうかで、僕の場合は『BABY BABY』の女の子や未来ちゃんなんだろうと。
中野 小鳥さんの世界を体現してくれる被写体に出会えるかが重要ということですね。一般的に小鳥さんは「かわいい」という世界観の申し子というイメージもあります。僕の場合、求められる写真に「かっこいい」というキーワードがあることがほとんどなので、女性でもかっこよくハマれる人のほうが相性がいいですね。それに実は、「かわいい」の概念があまりわからず、例えばジェーン・バーキンの写真もかわいいより、かっこいいと思っちゃうんですよ。イギリスでフォトグラファーを志していたからか、日本の写真は見てきていなくて、木村伊兵衛さんを知らなかったくらいですし、向こうには「かわいい」という意味の言葉がない。英語の「kawaii」が生まれたのもそういう理由だと思うんです。川島さんの中で、このかわいさに惹かれるという基準値はありますか?
川島 ジェーン・バーキンやアンナ・カリーナは好きでしたね、あとカヒミ・カリィも。でも、かわいいはもうちょっと歳をとってからわかってきたかも。
中野 影響を受けたとおっしゃっていたHIROMIXもガーリーフォトブームの火付け役ですが、今見るとかっこいい寄りです。川島さん自身、かっこいいものを撮ろうとしていたのが、かわいくなってきた感じですかね。
川島 でも「かわいい」って上から目線じゃないですか。未来ちゃんを撮影した時も、単なるかわいいにはしたくないと思っていて、もっと対等、もしくは上みたいな感覚なんですよ。かわいいは難しいし、奥が深いかもしれません(笑)。
中野 作品のテーマはどんな風に探しているんですか?
川島 ふっと降りてくる感じはあります。台湾で展示会を開く機会があり、現地に行ったらその雰囲気に魅了されて、何か撮りたいと思いました。3年ぐらい通ってロケハンなどをした後、台湾に住んでる日本の方に相談してオーディションを開いたんです。
中野 まるで映画を作るように、写真も全部ディレクションをしているように感じます。
川島 中野さんは作品作りについてどう思われていますか?
中野 色んな案件を仕事として撮影していくので、ディレクションというより、セッティングの箱をどんどん作っていく感じです。映画的ではなく、どちらかというと点で捉える感覚。自分のことを“記録係”だと言っているんですけど、撮影した写真を記録して、それを見た人の記憶に紐づけばいいと思ってます。その記録作業が楽しいんです。
川島 僕は撮っている時に予想外のことが起きたりすると楽しいです。性格的に内にこもりやすいし、写真って嫌でも外と関わるものなので大変なことなんですけど、自分の思い込みを外す一言を急に言われたり、ひとりでは起こらない出来事が撮影の楽しさに繋がっているんだろうと。
中野 フォトグラファーならではの刺激ですよね。そういったものがあるから、続けていけるのだと思います。
NAKANO’s COMMENT
中学生の頃から、沢山の映画に影響を受けて虚構に身を預けた川島小鳥さん。持ち続けていたその感性は写真撮影にも投影され、今や虚構と現実を写真で切り取る姿は、まるで卓越した映画監督のようにも思えました。
スペシャリストに聞く6つの質問
Q1 業界を目指す人へ
僕らの頃と違い雑誌も少なくなっていますが、写真を続けることが大切だと思います。僕も大学生の頃から撮り続けていますし、好きで続けていれば見える景色が変わる瞬間があると思います。
Q2 被写体への向き合い方
受け身な性格なので、被写体にリードしてもらうことが多いです。時折神がかっている人がいて「ここで撮りませんか?」と提案され、結果それがとてもいい写真になることもあります。
Q3 影響を受けた人
HIROMIXや荒木経惟の写真集は高校の時によく見ていました。2人の語り口を見ると、写真でも物語的なもの、個人的なものは伝えられるんだと思い、面白さを知ったのを覚えています。
Q4 気になっていること
デジタルカメラが気になります。ずっとフィルム撮影だったので、スタイルの幅を広げる目的です。6、7年ずっと探しているんですけど、しっくりくる機種が見つけ出せてなくて…。今後も色々と試していこうと思います。
Q5 撮影中のBGM
積極的に音楽はかけない方ですが、ケースバイケースです。以前「恋」がテーマの撮影があったとき、野宮真貴さんのカバーアルバム「或る日突然」を無限リピートしていたら「しつこい」と言われました(笑)。
Q6 キーアイテム
ニコンF6。ニコン最後のフィルムカメラで、当時はAFの速さや、耐久力の高さに惹かれて購入しました。雪の中でも全然壊れません。とはいえ、劣化はしますし、アクシデントもあるので、これが5代目くらいです。

撮影・インタビュー
中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

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