
撮影を楽しむスペシャリストたち
写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。
Vol.06
半沢克夫が追い求めてきた人の魅力
▼今回のSPECIALIST
半沢克夫(はんざわ・かつお)

福島県生まれ。音楽、雑誌、広告での活動の他、映像撮影や監督なども行なう。また、ライフワークとして風景や旅の写真でも独自の作品を自由な切り口で発表し続けている。現在は鎌倉市在住。写真集、受賞歴、展覧会多数。
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結局、ポートレイトでもファッションでも広告でも、
被写体の魅力を探すのがフォトグラファー。
中野 半沢さんといえば、20代でインドに渡り撮影されていましたよね。写真との出会いからお聞きしたいです。
半沢 親が福島で果樹園をやっていたんだけど、俺は家を継ぐのが嫌だったからとりあえず東京に出て、同年代の連中が大学に行っている4年間は自由に遊ぼうと決めたわけ。飲食店や水商売で働きながら日本中をヒッチハイクの旅をしてた。そろそろ何か考えなきゃなというタイミングで、下宿先の隣に住んでいた人に「何か仕事ないですか?」と尋ねたら、「写真でもやれ」と言われたのきっかけ。
中野 フォトグラファーの方ですか?
半沢 柏原 誠さんという車専門のフォトグラファーで、当時、写真に興味はなかったけどカッコ良さそうだから「写真やります!」なんて言って。
中野 経歴だとアシスタントになる前に現像所で働いてらっしゃいますよね。柏原さんのアドバイスですか?
半沢 そう。写真の知識がないからまずは現像所で働きながらプロの写真を見て、それでも出来そうならフォトグラファーになれと紹介してもらった。
中野 実際に働いてみて、当時はどのように感じましたか?
半沢 1年間プロの写真を見て、簡単だなと思ったよ(笑)。後々に気付くんだけど、舐めてかかっていたから10年くらいで習得する技術も数年勉強すれば出来ると勘違いをしていたんだね。現像所を辞めた後は、スタジオマンとして働いて、その後は柏原先生の下についた。先生の元では車の撮影をするから、そこで技術的なことはほとんど覚えて。
中野 その段階では本格的に人物撮影は行なっていなかったんですね。
半沢 先生の下について3年くらいかな、人を撮りたいと思うようになって、一か八か海外に行くことにしたんだよ。欧米の同じ世代の若者たちはどこに行くんだろうと調べたら、どうやらインドが多いみたいだと。「先生、僕ちょっとインドに行ってきます」と伝えたら「いいよ」と送り出してくれて。当時は26歳で、子どもも生まれていたから、ここで自分の写真が見つからなかったら辞めようと思っていたんだよね。
中野 思い切った決断ですね。インド生活はどうでしたか?
半沢 行ったはいいけど、人を撮ったことがないから、何をしていいかわからなくて、最初の2ヶ月はヒッピーと似たような生活をしていたな。色んな人達と話している中で、「究極の写真は何だ」って話になったの。みんなの意見を聞いていたら、「やっぱり人間の顔だよね」ということになり、そこからどういう人の顔を撮るかと考え、俺は「ビューティフルピープル=美しいと思う人」の写真を撮ろうと決めた。人間だけをひたすら正面から撮ると決めて5ヵ月間、北から南に旅をしながら撮影をしていたけど、1日歩いて撮りたいと思う人ってそんなに居ないんだよね。
中野 インドの人たちのありのままを撮影するドキュメントではなく、半沢さんが感じた被写体の魅力を切り撮るポートレイトということでしょうか。
半沢 そうだね、事実を撮るつもりはなく、自分が思う美しい、感動を撮りたいと思っていたから。もちろんカッコ良いも入っていたり。
中野 半沢さんのマインドと被写体の美しさがマッチしないと駄目なんですね。
半沢 当時は歴史が感じられる人に魅力を感じていたから、チベット人とかインド人とかを撮影していたね。撮り続けると度胸もついてくるし、お互いの呼吸が合えば言葉が分からなくても撮影出来ると分かってくる。
中野 半年間の猛特訓を終え、帰国してからはどういった活動をしたんですか?
半沢 インドの写真をブックにして営業したけど、広告の人には相手にしてもらえなかった。「こんな写真じゃ仕事にならない」みたいな門前払いで、だけど幸運にも『ニューミュージック・マガジン』がその写真で特集を組んでくれたんだ。
中野 そこからアーティスト撮影の道に踏み入れていくんですね。
半沢 最初に撮影したのはジョー山中。たまたま喫茶店に入って撮ったんだけど、インドで条件が悪い撮影には慣れているからなんてことはなく、逆に斜光がいい感じだったんだよね。そこから編集部に気に入られて、20代はずっとアーティスト撮影をやっていたかな。


中野 広告撮影の方はどういった経緯で始めたんでしょうか。
半沢 トム・ウェイツの写真をアートディレクター原 耕一さんが気に入って誘われたのがきっかけ。原さんとの撮影でADCの最高賞を取ってね。その影響から広告の仕事が来るようになった。
中野 広告を撮るようになって、何か不安要素はありましたか?
半沢 当時、KDDとかNTTの広告はドキュメントっぽい仕事が多くて、アフリカにゴリラを撮りに行ったり、トリニダードトバゴにカーニバルを撮りに行ったりしていた。イメージ広告っていうのかな。ただ、あれだけインドで撮影をしていたから基礎は出来ているし、車の撮影で身につけた技術もある。何でも上手く撮れると思っていたし、これまでの経験がいい具合に混ざり合ったんだろうな。
中野 過酷な環境の中で美しいものを見つけた時の衝動で撮影されていたけど、広告では最高の段取りの中で美しいものを撮ることになる。そこのジレンマは?
半沢 ないね。結局、ポートレイトでもファッションでも広告でも、被写体の魅力を探すのがフォトグラファーだから。ミュージシャンの撮影でやっていたのは、「カッコ良い、かわいい、綺麗、面白い、エロい」5つのチャンネルの中でどれがいい? と聞くこと。カッコ良いが選ばれれば、その人のカッコ良い所を見つけて撮影する。相手も喜ぶし、分かりやすいよね。
中野 半沢さんが撮り始めた頃って今よりもアーティストとの距離感が近い気がします。80〜90年代を迎えると、事務所やレコード会社があったりで、壁が出来るじゃないですか。今はSNSがあってまた近くなってきている部分もある。
半沢 70年代はライブでも楽屋に入れたけど、90年代ぐらいから冒頭の曲しか撮れないといった制約が出来て、楽屋も入れなくなった。
中野 距離感に合わせて撮影スタイルも変わりましたか?
半沢 距離感というのは、俺の問題よりも相手の問題なんだ。大御所になると懐も深くなってくるし、俺が追い込めば相手も乗っかってくる。キース・リチャーズなんか、ジャックダニエルとマルボロを持ってスタジオに入ってくるんだけど、モジャモジャ頭で眠そうな顔をしていてさ。俺は「キースをキースにするためにどうしたらいいんだろう」と考えるわけ。そこで、大げさに「キース!!! イエイ!」とか言っていると、そのうち彼も乗ってくる。ポートレイトは相手が撮られたいと思う瞬間にシャッターを押せば、相手も乗ってくる。やっぱりシャッター音が気持ちいいタイミングで入ると相手も安心するし、音でノせていかないと。それを繰り返して、間の写真を探す。キメの写真も撮るけど、抜けのある瞬間を見逃さないように撮影するのが大切だよね。
中野 今の若い子は、スタートがデジカメなのでシャッター音の魅力が分からないまま写真を始めるわけで、その子たちの写真を見て感じることはありますか?
半沢 若い子のことは知らないけど、息子(半沢 健氏)の仕事を見るとシャッターチャンスの違いを感じる。写真がダメというわけではなく、それが面白いと思うし、魅力もあるよ。
中野 彼らが魅力的だなと思っている部分はなんだと思いますか?
半沢 温かいっていうか、優しい、面白がっている感覚はある。俺たちは真剣にカメラと向き合ってきたけど、あいつらは楽しんでいる姿勢がある。
中野 完成されたものを嫌と思うような感じもありますね。今のアナログブームも、予測できないものが起こったことがいいみたいなことがあります。
半沢 俺もそれは楽しいと思うけどね。
中野 仕事になると意図するものがまずあって、そこからプラスアルファしていく作業だと思うんですよ。でも、その子たちは最初からズレたいみたいな。
半沢 インプットされたのが違うんだから、それは仕方ないよね。俺が若い子たちに言えるとしたら、「とりあえず後追いは止めろ」ということ。俺もそうだった。目の前に篠山紀信さんとか、森山大道さんみたいな大きな山があるわけ。
中野 ミュージシャンみたいですね。
半沢 生まれが昭和20年で、前の世代と新しい世代の境目だったんだよ。本当に、前の時代は大きい! だから自分で探すしかないぞってね。
NAKANO’s COMMENT
数多くのロックスターとセッションしてきた半沢さん。ご自身の写真との邂逅のお話、インドへの旅や音楽を通して人に魅了され、真摯に写真を通して人間の魅力を表現する力に圧倒されました。そして半沢さんならではの優しさが、被写体の瞳にも宿っています!
スペシャリストに聞く6つの質問
Q1 業界を目指す人へ
「AIに負けるな、リアルを撮れ。」と言いたいね。写真はフォトグラファーの視点で切り取られるわけで、そればっかりはAIには真似出来ないことだから、その力をしっかりと身につけてほしい。
Q2 被写体への向き合い方
俺にとっての撮影は被写体の魅力を撮ること。魅力を引き出す方法は、ライティングだったり、言葉だったり。相手とセッションしながら魅力を探す。これって大きく言えば「愛」なんだよね。
Q3 影響を受けた人
インディアンのポートレイトを撮影したエドワード・S・カーティス。彼の写真には人間の尊厳が映っている。フォトグラファーとしてはやっぱり相手の尊厳を考えるのは必要なことだと思う。
Q4 気になっていること
見ていたくなる広告がもっと増えるといいな。今でもそういった広告がたまにある。いくら金をかけて、現場ですごいと盛り上がっても、広告は我慢して見てもらうものだから、自分たちの狭い世界だけで満足してほしくないね。
Q5 撮影中のBGM
軽快なテクノとかハウスのようなノリやすい曲が好きかな。リズムがある方が相手が乗ってきてくれると思う。もちろんBGMがなくていい時もあるけど、カッコ良さを望まれる撮影ならあった方が撮りやすいかな。
Q6 キーアイテム
息子に買ってもらったソニーのミラーレスで10年くらい使っている。気軽にシャッターを切れるのが楽しいよ。散歩とかその辺にちょっと出掛ける時は持ち歩くようにしていて、心が惹かれた瞬間は撮影しているね。

撮影・インタビュー
中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

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