
撮影を楽しむスペシャリストたち
写真業界には数多くの撮影ジャンルがあり、それぞれの分野で活躍するスペシャリストたちがいる。
この連載では、フォトグラファー中野敬久氏が毎回気になるスペシャリストにインタビューを行ない、その分野ならではの魅力や、撮影への向き合い方を聞くことで、“撮影を楽しむ”ためのヒントを探っていく。
Vol.08
Takayのグローバルな撮影キャリア
▼今回のSPECIALIST
Takay(タケイ)

1996年渡英、英ファション誌『i-D』でキャリアをスタート。各国のモード誌やファッション広告、CM 撮影等グローバルに活動。
主な出展歴:NY メトロポリタン美術館”Men in Skirts 展”、世界12都市巡回”Jean Paul Gaultier 展” 等多数。
主な写真集:2020年伊/Damiani 社より刊行された『Fluence:The continuance of YohjiYamamoto』は、米/The New York Times “Best Art Books of 2020” に選出。2022年にはAkio Nagasawa Publishing より『In Praise of Shadow』を刊行。
2020年よりYohji Yamamotoのショーのディレクションも務める。2024年、活動の拠点を東京に移す。
ファッションフォトとドキュメンタリーの間みたいな写真を目指していたんだろうな。
中野 ロンドンでのアシスタント時代振りだから、27年越しの再会だね。
Takay 96年前後だったよね。知り合いの繋がりで会ったのが初めて。懐かしくなったよ。
中野 元々は外苑スタジオ出身だよね。やっぱり海外に行く前に、スタジオ勤務で技術を学ぼうと?
Takay 大阪写真専門学校(現:大阪ビジュアルアーツ・アカデミー)を卒業するタイミングで海外に行こうと思ったんだけど、先輩からとりあえずスタジオマンをやってプロの仕事を経験した方がいいと言われたのがきっかけで。
中野 ちなみにどういうきっかけで写真を始めたの?
Takay 高校を卒業してしばらく経った頃かな、80〜90年代のカルバンクラインやフォルクスワーゲンといった広告ビジュアルを見て、ファッションフォトグラフィーというものがあると知って、試しに勉強してみようくらいの気持ちで、専門学校に入学してみたんだけど、僕とは意識の違う生徒ばかりで、木村伊兵衛写真賞や太陽賞などのドキュメンタリー写真の賞をとるために勉強している人が多かったんだ。
中野 ファッションを撮りたい人は少なかったんだね。
Takay ドキュメンタリーの世界も新しい発見ではあったけれど、学校の近くに『i-D』や『THE FACE』といった海外の雑誌が売られていて、そういうのを見ているとファッションフォトの本場であるロンドンに行きたいという想いが強くなっていった。
中野 その想いを原動力にスタジオマンを経て渡英したと。当時はビザを取るために語学学校に入る人も多かったよね。
Takay そこに色んな人が集まってて、今でも交流のある人が多いよ。段々と思い出してきた。
中野 ロンドンでは最初にノーバート・ショーナーについたんだっけ?
Takay ロバートの撮影はちょっと手伝ったくらい。その時に若松さんという日本人のヘアメイクさんがいて、紹介されたのがショーン・エリス。ショーンのアシスタントとしては1年間くらいいて、その後はフリーで何人かのアシスタントを経て『i-D』から仕事をもらうことができた。それが98年かな。

中野 ロンドンにいた頃、このコートを着て外で走り回っている作品を見せてもらって、それがすごく印象的だった。今の作品と言われても納得できるくらい、Takay を感じられるような1枚だったよ。『i-D』でデビューした時の写真も同じくね。
Takay 黒と白が際立つハイコントラストなモノクロ写真が好きだったんだろうな。学校に通っていた頃もトライ-Xをいかに増感現像するかに熱心だった。
中野 学生時代に意識していたこととか覚えてない?
Takay あまり覚えてないけど「グレーより黒が締まる」みたいな感覚はあったかな。それに、ファッションって作り物ではあるけど、リアルなものを撮りたい意識はあった。ストリートキャスティングをして、スタイリングした服を着て撮ってもらうのはすごく好きだったし、そういう意味でファッションフォトとドキュメンタリーの間みたいな写真を目指していたんだろうな。
中野 ロンドンで活躍しながらもニューヨークとか他の国でも撮影していたね。
Takay ロンドンだけじゃなく、フランスのクライアントから呼ばれることが多くなるんだけど、次第にそっちのエージェンシーからの依頼が多くなってきて、そのエージェンシーのヘッドオフィスがニューヨークにあったから向こうの仕事も増えた。15年くらいロンドンを拠点にしていたけれど、最後の3年くらいはパリやニューヨーク、イタリアといった国での撮影がほとんどで、結局拠点をニューヨークに移したんだよね。
中野 ニューヨークはどうだった?
Takay 10年いたけどマネービジネスの街だと感じて…。やっぱり心も体も削
れる(笑)。
中野 そうなんだ(笑)。
Takay ヨーロッパっぽいエッジの効いたものが欲しいとレファレンスを出してくるけれど、落とし込むところはマス的というか。コマーシャルの仕事はもちろん、雑誌でもガチガチだったし。スタジオに5日間缶詰になってマシーンみたいな気分で撮影したこともあるよ(笑)。
中野 そういった仕事もやらなければいけないけど、作品性がある仕事とのバランスはとりたいよね。
Takay それで言うと、ニューヨークに行く前に鍛えられた仕事があった。5年ぐらいアルマーニの撮影をさせてもらったんだけど、そのときのAD の仕事のやり方は影響を受けたかも。5日間くらいブックされてイタリアに行くんだけど、現地についた日にスタジオでプレライトをするんだよね。同じ日にモデル、ヘアメイク、スタイリストがいて、実際にメイクをして服も着て何カットかリハーサル撮影をする。本番前日に、テスト写真をAD がアルマーニの担当に見せるんだけど、次の日には全部ダメだったからメイクもライトも変えてくれという指示がくる。すごく大変だったけど鍛えられた。
中野 どんなスキルが身についた?
Takay 例えば、要望を瞬時に捉える力。スタジオにはすごい量のリファレンスがボードに貼ってあるんだけど、それを自分で消化して、モデルに合わせてライティングをする。見てもらって「NO」だったらすぐに変えるみたいな。もちろん俺は最初からベストだと思って撮っているんだけどね。
中野 すり合わせのコミュニケーションと、それに応える対応力だね。
Takay AD が「今回は決めてるところと、気を抜いているところの中間がほしい」みたいなことを言うの。だから、俺は撮影中に「OK !」とか言って撮り終えた振りをして、モデルが気を抜いているところでシャッターを押す。そんなこともしてた。

中野 海外のコマーシャル業界が求めるものの変化って、日本に比べて早いと思う?
Takay 早いんじゃないかな。ニューヨークなんか特に。今だとインフルエンサーが重宝されるし、アジア系のセレブリティやスタッフが活躍しているって話は聞いてる。
中野 確かにクレジット見るとすごい多いよね。その後、日本にはいつ頃帰ってきたの?
Takay 日本で個展を開催した翌日くらいに緊急事態宣言が発令されてしまって、個展も延期になったからニューヨークに帰ろうかと思ったけれど、向こうもパンデミックで混乱していた。その時は東京で仕事もあったから延泊している内にズルズルと日本に留まるようになったという感じ。
中野 日本を拠点に移してみて、海外との違いはどう感じた?
Takay 海外だと競争率も高いから、撮影日ギリギリまで引っ張られるんだよ。
1週間くらい前にやっと正式オファーが決まるとか、引っ張ったあげく急にバラしになるとか。他にも1週間後にLAに来てくれと急に言われることも多くて、仕事のやり方が日本とは全然違う。
中野 逆に海外のいいところはある?
Takay ヨーロッパだと決まるまでは大変だけど、一度決まると結構長く付き合いをしてくれる感じがするかな。ニューヨークは一度撮影しても、次があるかわからないという印象。ただ、ニューヨークでの大きな仕事は流石に世界の中心なんだという感覚はあった。当時のフレグランス広告がワールドワイドでバイアウトになると、ゼロがひとつ違う金額をもらえたし、夢はあったよね。
中野 今ではファッション以外にポートレイトも撮っているよね。その遍歴の中で自分が変わってきたなって思った部分はある?
Takay 被写体の人や服の良さが出せるライティングの引き出しは増えたし、そういった技術面の成長は実感している。
中野 その良さって、何なんだろうね。俺のイメージだけど、スマートな人が肩で語るみたいなダンディズムがTakayイズムなのかなと思ってる。並々ならぬ洋服への演出がないと、自分の写真にならないという考えが強い気がするんだよ。しかも、学生時代からその点は確立されている。粒子感のこだわりも独特だし、日本のフォトグラファーならこうは撮らない。黒の表現もその奥に何かある、そこで終わりじゃない雰囲気があるよ。
Takay そうまで言われると嬉しいけど、主観的なものだからあんまり意識はしていないかな。ただ、それって自分の得意な写真を突き詰めてきた結果なのかもしれないね。
NAKANO’s COMMENT
アシスタント時代から27年ぶりにお会いしたTakay さん。当時見せていただいた学生時代の作品から現在に至るまでフィクションとノンフィクションをファッションというフィルターを使って撮影するスタイルはブレることなく進化を続けていました。
スペシャリストに聞く6つの質問
Q1 業界を目指す人へ
海外に行きたいと思うなら、絶対に行った方がいいです。
今はスマホがあってなんでもわかって発信できる時代だけれど、フィジカルを国外に置くことで確実に視野は広がると思います。
Q2 被写体への向き合い方
やっぱり、被写体の一番かっこいいところを切り取りたいと心がけて撮影に臨んでいます。
そのために、A 案が合わなくてもB 案でいくといった引き出しを増やすことが重要ですね。
Q3 影響を受けた人
フォトグラファーの中川貴司さんです。
学生時代の先生でもあり、『BOY』という写真集を出されているのですが、そのポートレイトがとても好きで、大きな影響を受けました。
Q4 気になっていること
ここ数年、アート業界がクラッシュしているという話をよく聞きます。
アート作品が全然売れないそうで、それには色々な要因があるのでしょうけど、危機感を感じますね。
今後どう変わっていくのか気になります。
Q5 撮影中のBGM
BGM は基本的にかけるようにしていますが、選曲は被写体に合わせています。
事前に調査するといったレベルではありませんが、こういうのが好きだろうな、こういうのは嫌だろうなといった想像で選んでいますね。
Q6 キーアイテム
PENTAX67です。学生時代から使っているので、壊れて買い替えなどはしていますが、やっぱりしっくりきますね。
主に作品撮りなどフィルム撮影を行なう際は、このカメラを使うことが多いです。

撮影・インタビュー
中野敬久(なかの・ひろひさ)

1993年渡英。ロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで、写真、映像を学び、スタジオにて数々のアシスタントを経験後、帰国。VOGUE のイタリア版メンズファッション紙「L’UOMO VOGUE」をはじめとするファッション誌や国内外の俳優女優、アイドル、ミュージシャン、文化人など枠にとらわれないポートレイト撮影で、広告、CD ジャケット、雑誌など幅広い媒体で活動中。
https://www.hirohisanakano.com/home/
https://www.instagram.com/hirohisanakano/

コマーシャル・フォト 2025年7月号
【特集】レタッチ表現の探求
写真を美しく仕上げるために欠かせない「レタッチ」。それはビジュアルを整えるだけでなく、一発撮りでは表現しきれないクリエイティブな可能性を引き出す工程でもある。本特集では、博報堂プロダクツ REMBRANDT、フォートンのレタッチャーがビジュアルの企画から参加し、フォトグラファーと共に「ビューティ」「ポートレイト」「スチルライフ」「シズル」の4テーマで作品を制作。撮影から仕上げまでの過程を詳しく紹介する。さらに後半では、フォトグラファーがレタッチを行なうために必要な基本的な考え方とテクニックを、VONS Picturesが実例を通して全18Pで丁寧に解説。レタッチの魅力と可能性を多角的に掘り下げる。
PART1
Beauty 石川清以子 × 亀井麻衣
Portrait 佐藤 翔 × 栗下直樹
Still Life 島村朋子 × 岡田美由紀
Sizzle 辻 徹也 × 羅 浚偉
PART2
フォトグラファーのための人物&プロダクトレタッチ完全実践
講師・解説:VONS Pictures (ヴォンズ・ピクチャーズ)
基礎1 フォトグラファーが知っておくべきレタッチの基本思想
基礎2 レタッチを始める前に必ず押さえておきたいポイント
人物レタッチ実践/プロダクトレタッチ実践
ほか