INTERVIEW

Photoshopの伝道師ラッセル・ブラウンが語る〜モバイルアプリで切り開かれる新しい写真の楽しみ方

インタビュー:染瀬直人/通訳:遠藤悦郎/写真:林道子、染瀬直人

img_soft_1912max02_01.jpg ラッセル・ブラウン氏(アドビ シニアクリエイティブディレクター、インストラクター)

ラッセル・ブラウン氏は、アドビのシニアクリエイティブディレクター、インストラクターであり、Adobe Photoshopのエバンジェリストとして知られている。グラフィックデザイナー出身の彼はアドビにおいて35年に渡って、PhotoshopをはじめIllustratorなどのアプリの機能強化に携わってきた実績があり、米テレビ界最高の栄誉であるエミー賞を受賞している。

本国のAdobe MAXでも、ユニークなコスプレと軽妙なトークを交えてショーアップされた彼のセッションは大変人気がある。またチュートリアルやチップスを披露した数々のビデオは「ラッセル・ブラウン・ショー」として、Vimeoなどのオンライン上で公開されており、世界中で視聴されている。近年は世界各地を旅して、スマートフォンカメラによる新時代の”モバイルフォトグラフィー”のイメージを創り出すことに挑戦している。

img_soft_1912max02_02.jpg Adobe MAX Japan 2019の前日のプレカンファレンスとして、株式会社リコーの協力のもと、THETA Z1を使って、360度画像の撮影からステッチ、編集、SNS映えする画像生成まで、そのプロセスを体験しながら学ぶデザイナー/フォトグラファー向けの有料ワークショップが開催された。画像処理には、iPad Proとモバイル版Lightroom/Photoshopを使用

昨年末のAdobe MAX Japan 2019のために来日した際には、「ラッセル・ブラウン@MAX 360°写真&SNS映え画像作成ワークショップへの招待!」と題したイベントが開催された。これは昨年発売されたリコーの360度全天球カメラのフラッグシップモデルであるリコーTHETA Z1、iPad Pro、そして、モバイル版のPhotoshopやLightroomのアプリを利用して、撮影から、ステッチ、画像処理、そして、Instagramなどのプラットフォームへの公開に到るまで、一貫したワークフローを学べる内容であった。THETA Z1は、静止画の撮影において、12bitのDNG(RAW)データに対応しており、幅広い画像調整が可能なVRカメラだ。

このワークショップの終了後に、単独インタビューに応じてくれたラッセル氏に、スマートフォンカメラやモバイルアプリによって進化していく新しい写真の楽しみ方や可能性について、お話を伺った。

img_soft_1912max02_03.jpg 「スター・トレック」のミスタースポック、「パイレーツ・オブ・カリビアン」の海賊など、毎回、ユニークなコスプレで登場するラッセル氏の今回のワークショップにおける扮装は「アクアマン」

img_soft_1912max02_04.jpg ワークショップの翌日に開催されたAdobe MAX Japan 2019では、3D/ARのブースで、ラッセル氏自らアドビの新アプリAdobe Aeroを使ったARのデモが行なわれ、好評だった

クリエイターにインスピレーションを与えるのが使命

──はじめまして。私は写真家を経て、360度のコンテンツをつくったり、YouTube Space Tokyoで360ビデオのインストラクターをしてきました。今日はとても楽しいワークショップをありがとうございました。

ラッセル どういたしまして! 今日のセッションは、あなたにとって何か収穫がありましたか?

──リコーTHETA Z1を使った360度パノラマ画像のステッチから画像処理のすべてを、iPad Proで行ないました。iPad版のLightroomやPhotoshopの新しいワークフローも体験できたのは有意義でした。

ラッセル それは、よかった!

──ところで、ラッセルさんは「チョットマッテクダサーイ」や「マダマダアリマース」など、日本語のフレーズを沢山ご存知ですが、それはどちらで覚えたのですか?

ラッセル 私はこれまでに鎌倉、浜松、名古屋、大阪、京都、高山、そして、福岡など、数えれば20回以上に渡り、日本各地でPhotoshopを中心としたセッションを行なってきました。一週間に及ぶ長期のワークショップを開催したこともあります。その間に、少しずつ、覚えていったのでしょう。

──私は今年、アメリカのサンノゼとサンフランシスコのアドビのキャンパスにお邪魔しましたが、大変巨大で立派なオフィス・ビルでした。ラッセルさんは普段、サンノゼにいらっしゃるのですね?

ラッセル はい、そうです。私はサンノゼの本社におります。

──現在、携わっているミッションはどんなことでしょうか?

ラッセル アドビには大変長い年月に渡って勤めておりまして、今は自分のプロジェクトができることを、とても光栄に思っています。自分のやりたいことを、やらせてもらっています。

主にスペシャル・プロジェクトを手掛けていて、クリエイターの方たちに、 クリエイティブについてのインスピレーションを与えることが、私の使命なので、その中でアドビのいろいろな製品を使っていただけるように働きかけています。今日のワークショップは、私がアメリカでやっている活動の小さなサンプルという感じなのですが、願わくば、来年はもっと大きく、さらに印象的なイベントにできればと考えています。

img_soft_1912max02_05.jpg ワークショップの最中、リコーTHETA Z1で撮影のデモを行なうラッセル・ブラウン氏

モバイルフォトグラフィーの新時代

──今日の内容のような360度の全天球パノラマのワークフローを取り上げたワークショップというものは、これまでにも開催されたことはあるのですか?

ラッセル それは初めてですね。リコーの方とも面識があり、かねてから是非やりたいと思っていたのですが、それがついに実現したという感じです。

──ワークショップの開催について、意欲的だったのは、THETA Z1がDNG(RAW)データに対応したことが大きな要因でしたか?

ラッセル それは、とても重要なことですね。そして、ワークフローが、ポータブルなデバイスからデスクトップまで、これまでよりシームレスにつながる形に持っていけたのが大きいと思います。

ラップトップ・コンピューターも、もちろん重要なのですが、私はどちらかといえば、モバイルのポータブルなワークフローの可能性を伝えていきたいと思っています。小さなデバイスのクリエイティブな可能性というものが、もっと大きく育っていけばいいなと思っているのです。

例えば、Adobe Creative Cloudの存在も併せて考えた時、それには、ちょうど良い時期だと思います。モバイルのデバイスでつくりあげたものを、Creative Cloudにアップして、他のところでも使える。ただ使えるだけではなく、極端な話、手元のデータは捨ててもいい。クラウドの方には、ちゃんとデータがあって、それを活かすことができる。そういう時代なんですよね。

もちろん、今まであるDSLRを否定したり、置き換えたりすることでもなく、そういった新しいテクノロジーによって、より簡単にクリエイティビティを発揮できる可能性を広げることこそ、大事だと思っています。ハイエンドのカメラは、その時々で最高の状態で被写体をキャプチャーできる訳ですが、実はiPhoneのカメラの方がある意味、より創造性が高いと感じています。

img_soft_1912max02_06.jpg DNG(RAW)撮影に対応したリコーTHETA Z1について、プレゼンテーションを行なう株式会社リコーのTK Tone氏

img_soft_1912max02_08.jpg この日のワークショップでは、THETA基本アプリはもとより、モバイル内においてZ1のRAWデータのステッチを行なうために、YouIchi Hirota氏作成のサードパーティーのアプリ〜Z1 Stitcherを使用した(ワークショップの時点では、テストフライト版を使用したが、現在はApp Storeでローンチされている)

img_soft_1912max02_09.jpg THETA Z1で360度撮影を試みるラッセル氏。全天球映えするポーズをとるワークショップの参加者たちと共に

──最近、ラッセルさんが撮影や画像のプレビューをスマートフォンやタブレットでなさっている様子をYouTubeなどで拝見したことがあります。スマートフォンのカメラ機能を使って写真を撮影したり、編集したりすることで、これからの写真の世界には、どのような変化が起こるのでしょうか?

ラッセル それは、良い方だけに変わっていくと思いますね。例えば、スマートフォンカメラのイメージセンサーも良くなるでしょうし、解像度も上がっていきます。ソフトウェアだって良くなるでしょう。

私はファーウェイのカメラのファンです。これは携帯のカメラの市場においては、ベストじゃないでしょうか。ファーウェイのデバイスで撮った画像は、日中はもちろん夜間の画質も素晴らしくて、40メガに達する解像度もすごいですね。絞りがコントロールできたりとか、30秒までの長時間露光ができるとか、一眼レフカメラのような働きをします。その点はすごいと思いますね。本当にデジタル一眼の全てのパワーが、この中に入るようになってきたと思います。

一方でカラープロセッシングの領域、色に関するテクノロジーについては、アップルは他の追随を許しませんね。たとえ、低解像度であっても素晴らしい画像であると思います。ファーウェイで撮ったものは、頑張ってすごいプロセスをして、色が良くなりますけれども、その点においてはアップルにはかなわないでしょう。

──現在、ラッセルさんが普段、使用するカメラは、そのようなスマートフォンのカメラということになる訳ですね?

ラッセル 完全にそうですね! デジタル一眼は自分の子供に全部あげちゃいました(笑)。私は年寄りなのでね。大人なので、持ち物は少なくしたいのです。もっとクリエイティブになりたい! 本当はただの怠け者なんですけれどね(笑)。

インターネット時代における写真の力とは?

──そういったスマートフォンのカメラは画像調整をするのに、十分なスペックだと思われますか? ディスプレイなどは、いかがでしょう?

ラッセル 私のインターネットのプロジェクトにおいては、もう十分ですね。昔は大きなプリントを手掛けていましたが、今は私の利用する媒体としてはInstagramやFacebookによってイメージを伝えることが、メインになっています。Facebookの投稿に”いいね”を貰わずに生きていけるかと思うくらい、それを励みに頑張っています(笑)。

──私は毎日、ラッセルさんのタイムラインに”いいね”をしていますよ!

ラッセル それは、ありがとう!(笑)。投稿に400くらい”いいね”を貰えたら嬉しいですね。ほぼ2000近く、”いいね”をもらった日がありまして、その時は、自分でもこの写真の一体何が特別で、そんなに評価されたのかな?と思ったりもしたのですが(笑)。

それでも、友達からの反応を見ることによって、自分の写真の能力が上がっていくものだと思いますよ。写真には人々の感情を引き起こす力があります。少々、カラーバランスが崩れていたとしても、語りかける写真というのは”いいね”を押させる何かがあると思いますね。色々なもののコンビネーションがうまくいった時、その力は本当にすごいものがありますよ。

──写真を発表する場というのは、従来からあるように写真集やギャラリーなど様々ですが、今は写真を公開する上では、やはりインターネットやSNSが圧倒的に重要だとお考えですか?

ラッセル もちろん、すごい高解像度のカメラで撮ったものを見せるのであれば、物理的なプリントはゴージャスですよね。それはアーティストがそれぞれどんな形で伝えていくか、どんな乗り物に自分のイメージを載せて人々に届けるか、選択の問題でもあると思います。

例えば、作家によっては、何週間もかけて、一つの画像をチューニングして仕上げていくということもあるでしょう。でも、私なら素晴らしい写真というのは、まさに1分で、あっという間に、できるものかなと思ったりもします。

──ラッセルさんの写真からは、いつも本当に高いクオリティを感じますけれど、そんなに短時間で仕上げているのですか?

ラッセル とっても短い時間でやっています! コンセプトが決まったら、すぐに実行して、アウトプットします。もちろん、それには良い時もあるし、悪い結果もあったりします。最近はほとんど全部iPadでやっています。

img_soft_1912max02_10a.jpg ワークショップでは、iPad版のLightroomにTHETA Z1で撮影したDNG(RAW)画像を取り込み、画像調整を試みた

img_soft_1912max02_11.jpg Lightroomでは選択範囲を指定して、特定の部分の調整を行なうことができる

img_soft_1912max02_15.jpg Photoshopに移行して、THETAを支えていたスタンドの底面の写り込みを消す作業などを施した

img_soft_1912max02_16.jpg RAW現像と修正作業が終了し、デュアルフィッシュアイの画像を、Z1 Stitcherでステッチした状態


360 Panorama Workflow for the iPad - Tokyo MAX

img_soft_1912max02_17.jpg ステッチされた画像は、リコーのTHETA+というアプリで、360度を活かした動きをつけて、アニメーション化した。完成した作品は、Instagramなどのプラットフォームに投稿して公開

img_soft_1912max02_12.jpg 自身のInstagramを引き合いに、セッションを進めるラッセル氏。ラッセル・ブラウン氏のInstagramのアカウントは、現在フォロワー数がおよそ1.6万人。クオリティーの高い写真が、連日のように投稿されている
https://www.instagram.com/dr_brown/

img_soft_1912max02_13.jpg ワークショップの終盤では、THETA Z1で撮影された素材を利用して、Adobe Aeroを使ったARのライブ・デモも披露された

──ところで、画像調整の傾向、好みというものは、お国柄によっても違いは感じられますか? US、ヨーロッパ、中国や日本などを比較してみると、いかがでしょう?

ラッセル インターネットの世界においては、最近はやはり、非常にグローバルな状況になっていますよね。私も中国やロシアやイタリアなど、様々な国の知り合いがおりますが、それぞれ良い写真がありますし、その良し悪しの価値観もグローバルなものになってきていると言えます。そのような点も含めて、インターネットの成せる技かなと思いますね。

新時代に求められる画像処理のワークフロー

──近年、Photoshopでは、「Adobe Camera Rawでの360度パノラマサポート」や、「360度対応ACRワークフローオプション」など、パノラマ関係の機能もかなりアップデートされていますが、それはユーザーの要望が、それだけあったからなのでしょうか?

ラッセル はい、パノラマのユーザーも多いですね。その方々のニーズに反応したものです。

われわれは、いつも車で言えば、どのタイヤが音を立てて軋んでいるか、ユーザーがどんなところを気にしているか、ということを注意深く見ています。ですから、問題が起きている、またユーザーが解決したいと思っている部分を見て、それに対して、なるべく応えていくようにしています。Creative Cloudになって、それが迅速に対応できるようになりました。何といっても、ソフトウェアのアップデートが早いですからね。

img_soft_1912max02_14.jpg インタビュー中も、サービス精神旺盛にカメラに向かって戯けた表情を見せてくれるラッセル氏

──それでは、最後の質問ですが、 これからのアドビの写真のアプリは、どのように進化していくのでしょうか? やはり、モバイルアプリが一層、充実していくのかもしれませんね?

ラッセル 例えば、これまでは写真を取り込む際には、DNGも含めて、必ずカメラロールを経由する仕様になっていたのですが、それが今回、Creative Cloudにダイレクトに取り込める機能が発表されました。

つまり、デジタル一眼レフで撮ったメモリーカードのデータを、スマートフォンを介して、DNGのRAW画像を直接Creative Cloudにアップできるようになったのです。それはアドビとアップルの双方の共同作業から可能になった機能です。撮影データはスマートフォンの中に留まらずに、そのままクラウドの方に流れていきます。そうすると、デバイスのメモリを食わない訳ですから、それはとても良いフローだと思いますね。

──どんどん自動化が進んでいくということですね。

ラッセル もちろんストレージをはじめとして、自動化に関しても進化していくと思います。そして、私にとっても、フォトグラファーにとっても、もっと簡単に手間いらずで、写真の画像処理が素早くできるようになっていくことでしょう。

──今日はワークショップでお疲れのところ、単独インタビューに応じていただき、どうもありがとうございました。

Russell Brown in Adobe MAX Japan 2019 #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA
筆者がTHETA Z1でワークショップ中に撮影した360度パノラマ画像。LightroomによるRAW現像処理と、Photoshopで底面の修正を施している


染瀬直人 Naoto Somese

映像作家、写真家、VRコンテンツ・クリエイター
2014年、ソニーイメージングギャラリー銀座にて、VRコンテンツの作品展「TOKYO VIRTUAL REALITY」を開催。YouTube Space Tokyo 360ビデオインストラクター。Google × YouTube × VR SCOUTの世界的プロジェクト"VR CREATOR LAB”でメンターを、また、デジタルハリウッド大学オンラインスクール「実写VR講座」で講師を勤める。「4K・VR徳島映画祭2019」では、アドバイザーを担う。著書に「360度VR動画メイキングワークフロー」(玄光社)など。VRの勉強会「VR未来塾」を主宰。
naotosomese.com

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