OTAMIRAMSのクリエイターに効く映画学

Vol.1 水曜日のカンパネラ『桃太郎』MVを完全解剖!

解説+デザイン:白玖ヨしひろ(OTAMIRAMS)
イラストレーション:平岡佐知⌘B(OTAMIRAMS)+白玖麗⌘R

アニメーション、デザイン、イラストレーション、音楽制作など、多方面で活躍するクリエイティブ・ユニット OTAMIRAMS(オタミラムズ)が、クリエイター視点で映画を読み解く連載コラム。映像作家のみならず、あらゆるクリエイターのインスピレーションを刺激します!

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「クリエイターに効く映画学」とは!?

はじめまして! クリエイティブ・ユニット、OTAMIRAMSの片割れ、白玖ヨしひろと申します。 映像作家としては、平井 堅『ON AIR』や、水曜日のカンパネラ『桃太郎』などのMusic Videoを制作しています。


平井 堅『ON AIR』


水曜日のカンパネラ『桃太郎』

この度、映像や写真を専門とする出版社、玄光社の編集マンY氏より、「摩訶不思議な映像を創るOTAMIRAMSが、映像作家のみならずクリエイター全般の創作活動にインスピレーションを与えられるような、抱腹絶倒な映画のコラムを書いてみては?」というお話をいただきました。 コラムに入る前に、小話をひとつ。

私は高校2年生の時に、当時交際していた恋人にフラれました。 失恋から逃避したかった私は、映画というメディアの中に入り浸ることとなりました。 そこから、いつか自分でも映像を創ってみたいと、漠然ながらも想いを馳せてから約17年が経った今、私たちもなんとか映像作家の端くれとして認知していただけるようになりました(一応、ビー・エヌ・エヌ新社刊行の『映像作家 100人+100』にも掲載されましたので…)。

そんな私が、星の数ほど存在する映画のザッピングを続けてきた結果、クリエイター視点で映画を読み解くためのテーマがいくつも生まれて来ました。 そこに当てはまる映画作品をご紹介していきながら、時には同時代のクリエイター諸氏と映画について語り合い、映像カルチャーの活性化を図っていこうというのが本コラムの趣旨でございます。

また、本コラムでは私が約17年間、メジャーからカルトものまで、狂ったように映画を観て来た中で、今振り返ってみても本当に面白かった作品だけを紹介していきますので、純粋に"DVDガイド"としてもご活用いただけます。 DVDをレンタルして観ている方は多いかと思いますが、このコラムでは多くの方々が"機会"がなければ、一生観ることがないかもしれないタイトル群をあえて優先的に挙げていくつもりです。(*中にはレンタルにないタイトルもございます!)。

そして、相方の平岡佐知⌘Bと私のオカンである(!)白玖麗⌘Rの描く、映画愛がデフォルメされたイラストレーションとともに、我々OTAMIRAMSワールド炸裂の痛快コラムをお楽しみください。

VHSからDVDへとメディアが移行し、たった"100円"で映画をレンタルできる仕組みを築いてくださった方々に感謝を込めて…。

水曜日のカンパネラ『桃太郎』 MVを作った映画たち

さて、これよりいよいよ本題に入りたいと思います。 記念すべき初回ということもあり、手前味噌ではありますが、我々の代表作である水曜日のカンパネラ『桃太郎』のMVを例に"映像演出の解体"を試みたいと思います。

水曜日のカンパネラは、ボーカルのコムアイがテクノなトラックに乗せて、ケンモチヒデフミさんの斜に構えたリリックをラップする、今をときめく音楽ユニット。 『桃太郎』は2014年11月5日(水曜日)にリリースされた、4thミニ・アルバム『私を鬼ヶ島に連れてって』の収録リード曲です。

映像制作にあたっては、「引き篭もりの太郎が、戦力外視されていたキジに奮起させられ、桃太郎として生まれ変わって、鬼ヶ島へと出陣する。 しかし、鬼たちを牛耳っていたのは太郎のお婆さんだった…」という、童話・桃太郎を一捻りしたストーリーを展開させてみました。

これから、『桃太郎』MVの劇中のシーンごとに、思い当たる映画の演出とマッチングさせていきます。 映画引用だけで作品を創り上げているワケではありませんので、すべてを紐解くことはできませんが、元ネタを可能な限り赤裸々に明かしてみようかと思います。

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▶︎ 00:01〜 | フラッシュ・バック

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | フラッシュ・バック
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まず、1つ目です。 『桃太郎』の冒頭では、いきなり主人公・太郎のフラッシュ・バック(回想)のシーンで幕開けさせることによって、この曲が終わるまでの約5分間への期待感を、鑑賞者にあおり惹き付けます。 その後も数箇所、印象付けたいシーンをフラッシュ・バックによって、意図的にインサートさせているので、ぜひ探してみて下さい。

そして、映画におけるフラッシュ・バックの代表的シーンといえば、ポール・バーホーベン 『ロボコップ』における"トラウマ・エピソード"ではないでしょうか。 『ロボコップ』では、主人公がロボコップと化す羽目になった過去が明かされる、極めて重要なシーンでフラッシュ・バックが用いられます。 劇中では、椅子に拘束された主人公が、数名の男に銃で撃たれる過去を思い出すたびに嘘発見器が反応します。スリリングな音響と相まって観ている人がトラウマになりそうなシーンです。 びっくりするけど主人公の過去は気になるという、鑑賞者の"怖いもの見たさ"の心理を巧みに利用した、素晴らしい演出です。

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ポール・バーホーベン『ロボコップ』

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▶︎ 00:07〜 | バード・アイ

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img_cinemastudies_youtube.png『桃太郎』 | バード・アイ
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フラッシュ・バックの後には、鬼ヶ島を見下ろした風景を挿入しています。 空から鳥の目で地上を見下ろすバード・アイ(鳥瞰)によって、この映像の舞台はどこなのかを鑑賞者にアナウンスすることは、古典的かつとても重要な演出技法です。 作品がエンタメ志向であるのならなおさらですが、「鑑賞者を映像世界に誘導し、安心して観てもらう」ことは、制作側の基本的なマナーといっても過言ではないでしょう。

ここでは、ガス・ヴァン・サント『サイコ』のバード・アイの演出を挙げたいと思います。 映画の冒頭、"街を一望し終え、次の舞台となる部屋に向かって浮遊移動していく鳥の視点"で鑑賞者を部屋の中へと誘い、スムーズに物語の中へとエスコートするオトナ・マナーを拝見することができます。 この作品は、アルフレッド・ヒッチコック『サイコ』のリメイク版です。舞台となるマンションを全部説明的にカメラが移動して、位置関係を丁寧に観せていく『裏窓』のオープニング・シークエンスも然り、ヒッチコック映画の導入部は、病的とも言える鑑賞者への配慮が映像演出によってなされています。

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ガス・ヴァン・サント『サイコ』 

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▶︎ 00:18〜 | ティルト・ダウン

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | ティルト・ダウン
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ここでは定番技法である、[ 空 → 地 ]にカメラアングルを下げていくティルト・ダウンに、バード・アイからの連続的なカットの役割として、視点を天から地へと誘導する役割を担わせました。 ティルト・ダウンは、ほかには”場面展開"や"時間経過"などのシークエンスの節目であったり、"不穏な雰囲気"を作るためにインサートされることが多いです。

ホラー映画のウェス・クレイヴン『スクリーム』での、"不穏な雰囲気"作りのシーンをそ〜っと覗いてみましょう。 この『スクリーム』は、一軒家を舞台としたほぼ密室劇で、不審者からのイタズラ電話によってストーリーが展開されます。 まるで、その電話主の視点ではないかと汲み取れるカメラ・アングルで、[ 不穏な夜空 → 舞台となる一軒家 ]へとティルト・ダウンが効果的に用いられ、冒頭からホラーならではの"不穏な雰囲気"が醸し出されています。

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ウェス・クレイヴン『スクリーム』

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▶︎ 00:25〜 | 儀式

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 儀式
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鬼たちが生け贄を差し出し、神と交信を図るシーンでは、これから異世界への結界を跨いでストーリーを展開させていくことを示唆しています。 ファンタジー映画などでは、儀式によって"選ばれし者"が神と交信できるのが"お決まり"なのです。

壮大なスケール感で展開されるメル・ギブソン『アポカリプト』では、干ばつに悩まされる国の王が、身分の低い村の部族の男たちを神に生贄として差し出し、その代償として神にお告げを乞います。 "選ばれし者"である主人公が処刑される順番が巡ってきた際に、神との交信が成立して日食が起こって命拾いでき、無事に次のシークエンスへと物語は継続されるのです。

国民的大ヒット作、新海 誠『君の名は』での"口噛み酒"のエピソードも、このモチーフに該当するのは言わずもがなです。

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メル・ギブソン『アポカリプト』

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▶︎ 01:15〜 | 時間制御

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 時間制御
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映像メディアは時間芸術の賜物で、時間軸を入れ子にしたり、ごちゃ混ぜにしたり、伸縮させたり、止めたりといった時間制御も、演出効果としての"表現"となります。 ここでは大胆に四季を巡らせ、約5分間しかない曲の間で1年間の時間経過をスキップさせたことにより、太郎の"修行の積み重ね"を表しました。

ロジャー・ミッシェル 『ノッティングヒルの恋人』では、恋人同士が離ればなれになってしまった後の時間経過を、市場を横移動するカメラの長回しで表現しています。 "どこか寂しげな主人公"が市場を歩いていく中で薄暗い冬が訪れ、そして明るい春が来て、最後には赤ん坊にカメラがフォーカスし、「結婚」や「家庭」といった希望に満ちた予兆を鑑賞者にもたらすことに大成功しています。 "失恋"における、世紀の名演出シーンと言えるでしょう。

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ロジャー・ミッシェル『ノッティングヒルの恋人』

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▶︎ 01:36〜 | ダンス

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | ダンス
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映画における身体表現は、どれだけ時代を経ても汲み尽くせない可能性を秘めた、究極のテーマの一つです。 これまで我々の祖先も豊作を祈願し舞ってきたワケで、感情を体現したダンスを観せられると、観ている側も同じく心が躍り出す…ということで『桃太郎』では、サビの途中から爺さんや婆さん、そして鬼たちを皆で踊らせて、観ている人を楽しい気分にさせようと企てました。

ダンス映画のド定番であるインドのボリウッド映画K. S. ラヴィクマール『ムトゥ踊るマハラジャ』の集団マサラ・ダンスは、映画史に残るダンス・シーンの金字塔です。 この映画に限らず、ボリウッド映画の"伝家の宝刀"であるダンス・シーンでは、カット割りの際に、(背景となる)場所は変化していくのですが、歌とダンスは地続きで途切れることなく完奏されます。 この特異性は、映像メディアならではのなし得る表現といえるでしょう。

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K. S. ラヴィクマール『ムトゥ踊るマハラジャ』

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▶︎ 01:48〜 | ティルト・アップ

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | ティルト・アップ
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サビ終わりに、一瞬ではありますが空のカットを入れて、時間と場所の区切りを付けています。 地面から空に向かってカメラのアングルが上がるティルト・アップは、"希望"の表象に使われることが多いです。

ここで挙げる映画のシーンは、ティルト・アップではなく、空のカットの効果的な使用例です。小津安二郎『秋刀魚の味』では、[ バーの室内での会話 → 天井 → 屋外の空画カット → 帰宅した家の中 ] といった、美しい"箸休め"のような空のカット使いの名人芸を拝めます。 また、まるで初期Perfumeにも似た、無機質なアンドロイド調の淡々とした演技や会話は、映像に特有のリズムを生み、鑑賞者を心地良いビートに"Ride On Time"させてくれます。

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小津安二郎『秋刀魚の味』

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▶︎ 02:12〜 | 伝達メディア

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 伝達メディア
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2バースめの冒頭では『桃太郎』のヒットを祈願し、"鬼ヶ島のラジオ局で『桃太郎』がヘビー・ローテーションされている"という妄想世界をアニメーション化しました。 ラジオに限らず、テレビ/映画/液晶ビジョン/電話…などなど、伝達メディアはひとつの場所に縛られることなく、劇中の離れた場所をスムーズに繋いでくれる重要なアイテムとなります。

ギャスパー・ノエ『カルネ』では、ラジオから流れる音楽を聴く、"職場の父親"と"自宅の娘"の同時間軸の2地点の様子を、互い違いのカット割りで照らし合わさせ、"親子の微妙な心の距離感"や"これから何か起こりうる不穏さ"を表現しています。 クリストファー・ノーラン『インターステラー』では、"五次元空間"と"未来(娘からすれば現在)"とのやり取りを、「本棚の本」というアナログメディアがやってのけるというアクロバットが展開されます。 人間の創造力の底なし具合に、讃歌を捧げたくなります。

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ギャスパー・ノエ『カルネ』

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▶︎ 02:37〜 | 成長ストーリー

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』| 成長ストーリー
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祖父母に散々鬼退治へと行くように云われ続けた引きこもりの太郎が、ラジオ放送から流れる『桃太郎』を耳にして虜になってしまい、鬼たちが夜な夜な集まる巣窟(クラブ)へ、非行ファッションに身を包んで出かけます。 親元を離れ、社交場へと足を踏み入れた太郎は、今までみたことのない光景や人に触れ、ひとつオトナへと成長するのです。

カーティス・ハンソン『8マイル』では、我らがエミネムが暴力/裏切り/貧困を乗り越えるため、ラップ・バトルで成長していきます。 成長ストーリーもの(とくに邦画)は、鑑賞者が主人公に自分を照らし合わせ、自分事にも当てはまりそうな問題をともに乗り越え、そして成長できるところに普遍的な中毒性があるのだと考えます。

私の親の世代では、石原裕次郎の映画を観た観客は"裕次郎"に、小林 旭の映画を観た観客は"マイト・ガイ"となって、みんな劇場から出てきては、肩で風を切って家路を歩いていったそうで…。 映像というメディアは座って観ているだけで、人の心をその気にさせてしまえる、時に危険性も兼ね備えた洗脳メディアでもあるのです。

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カーティス・ハンソン『8マイル』

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▶︎ 03:01〜 | 天丼

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 天丼
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何と、00:31 時点とまったく同じ展開がここで再来します。 お笑いで「天丼」と呼ばれる技は、映像でも頻出の技法なのです。 天丼は「あれ? 時間が巻き戻ったゾ!」的な、時間軸がパラレルになったような印象を与え、鑑賞者の脳にショックを与えます。 とはいえ、使いすぎは冗長になるので注意が必要です。

そして、天丼といえばこの名作。ロバート・ゼメキス『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3』における『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 1』のエンディング・シーンからの天丼芸は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 2』という映画を一本飛び越すという涙モノの壮大なワザです。 『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3』の冒頭は『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 1』のエンディングのクライマックス・シーンで始まります。 "ついさっき現在に送り返したハズの主人公が、また過去に還ってきちゃった"という目から鱗なオープニングで、シリーズを通して観ている鑑賞者の心を鷲掴みにしてしまいます。

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ロバート・ゼメキス『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3』

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▶︎ 03:12〜 | キーアイテムの譲渡

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | キーアイテムの譲渡
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少し意気がってみた太郎ですが、相変わらず引きこもり生活を続けています。 それに痺れを切らしたのが、戦力外扱いをされていたキジで、太郎に「召集令状」というアイテムを突き付け、彼を奮い立たせるきっかけを与えます。 お約束ゴト的に、キーアイテムの譲渡の役割を果たすのは、人間の相棒である動物のケースが多いです。

そこでここでは、チャック・ラッセル『マスク』の名犬マイロが大活躍するシーンを挙げたいと思います。 あるコトがきっかけで、刑務所に誤認投獄されてしまう主人公…。 そこへ駆けつけた忠犬ジャック・ラッセル・テリアのマイロが、ハイ・ジャンプで牢獄に侵入成功し、居眠り中の刑務官の胸元から鍵を獲得します。 その鍵を主人公に譲渡することにより、次のシークエンスへと物語を導くきっかけを主人公に与えます。

水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』の"目玉おやじ"も、「知恵」という大いなるキーアイテムを毎回鬼太郎に与えていると言えるかもしれません…。

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チャック・ラッセル『マスク』

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▶︎ 03:16〜 | 駆け出す

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 駆け出す
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「召集令状」のきっかけを機に、太郎の抑え切れぬ感情が爆発し、赴くままに駆け出します。 ここでは本当は、人間を人間たらしめる情熱をほとばしらせた走行シーンを描きたかったのですが、この先に山場を持たせたかったので、スーパー・マリオ走り程度でコミカルに済ませました。

実のところ、我々が目指したかった"駆け出し"演出におけるお手本のシーンが存在します。 Mr. 爆走映画監督石井聰亙が手がけたホームドラマ、『逆噴射家族』の小林克也演じるパパさんの約2分間における爆裂爆走シーンです。 人の心とは繊細なモノで、家族のことを想えば想うほど、家庭が崩壊していきます。そんな中、さらにパパはリビング下の地下に爺さんのための部屋を作ろうと穴を掘り出します。 しかし、穴を掘り進めた先に、シロアリの巣を発見してしまいます。 そして、会社に出社したものの、シロアリが気になって仕方なかったパパは、ついに爆発してしまい、会社を駆け出し家路を爆走するのです。 街を、電車内を駆け、自転車をブッ漕いで…ただひたすらに走りまくるエモーショナル全開な姿は、もはや言葉や台詞、モノローグなどの要素を必要とさせない画力がほとばしりまくりです。

最近の作品では、園 子温『地獄でなぜ悪い』での長谷川博己の発狂爆走エンディング・シーンが、脳裏に焼き付いて離れません。

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石井聰亙『逆噴射家族』

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▶︎ 03:44〜 | 怒濤のカット割り

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 怒濤のカット割り
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ここから太郎が鬼ヶ島へと向かうエンディングにかけて、怒濤のカット割りでテンポ・アップを図り、ラストまで鑑賞者が離れないように、しっかりと掴み続けます。 複数ヶ所の場所にいる登場人物を総出演させて、画面に活力を与えています。

短いカットの繋ぎ合わせで、瞬時に身支度を済ませてしまう映像マジックを観させてくれるのが、エドガー・ライト『ショーン・オブ・ザ・デッド』です。 普段から冴えない主人公が恋人にフラれ、いつもに増して怠惰感満開にTVゲームをしている…かと思いきや、突如わずか2秒の間に[ トイレ → 歯磨き → 着替え ]を済ませてしまいます。”時間支配の荒ワザ瞬間芸の極み"といえる、目の覚めるような編集によって、観る者をアッ! と驚かせてくれるのです。 オフ・ビートからのクイック・テンポによる緩急のワビサビを堪能できるシーンです。

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エドガー・ライト『ショーン・オブ・ザ・デッド』

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▶︎ 04:05〜 | 変身

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 変身
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爺ちゃんが、芝刈りの際に刈って飛ばした桃が、曲中の間で巡り巡って太郎のおデコにクリーン・ヒットします。 そのことがきっかけとなり、太郎は鬼と戦うことができる"桃太郎"に変身を遂げるのです。

B級映画界では「美しき映像」と称されている、ロイド・カウフマン『悪魔の毒々モンスター』での変身シーンを引き合いに出してみましょう。 いじめられっ子の主人公が、有毒廃棄物が入ったドラム缶に飛び込むハメになり、そこでの化学反応によって、悪を嗅ぎ付け成敗する"モンスター・ヒーロー"へと変身することになります。 主人公はやっとのことで家に帰り、浴槽で痛みに耐えようとしますが、次第に毛髪は抜け、皮膚はただれ、肉は膨張し、原 哲夫『北斗の拳』の雑魚キャラばりの異変症状に陥ります。 武内直子『美少女戦士 セーラームーン』などの華やかな変身シーンとはほど遠い、超低予算によるチープさすらも"味"にしてしまったその変身ぶりは、エンタメ度数の高い"迷"演出となっています。

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ロイド・カウフマン『悪魔の毒々モンスター』

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▶︎ 04:12〜 | 乗り物移動

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 乗り物移動
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桃太郎はクライマックスにかけて、戦力外扱いされていたキジに乗り、空を飛び移動します。 乗り物での移動は、作品の空間性に広がりをもたせるための最も手軽な手法の一つです。

このシーンは、ファンタジー映画の極みであるウォルフガング・ペーターゼン『ネバーエンディング・ストーリー』に、多大なる影響を受けているのかもしれません。 同作では、いじめられっ子の主人公の少年が、犬の頭部を持つ龍のファルコンに乗って、遠くの場所へ"無"との戦い方を調べるために、海を、山を、川を、そして大地を、颯爽と飛び越えていきます。 その空の移動シーンは、見るもの全てを童心(ファンタジー)の世界に還らせてくれます。まるで、各国の人形たちが歌って踊る、ディズニー・ランドの『イッツ・ア・スモール・ワールド』のトリッピーな体験のように。

宮崎 駿『千と千尋の神隠し』では、千とハクが銭婆に許しを得て湯婆婆のもとへ帰る途中、千がハクの正体を思い出し、そしてハクが自分の名前を取り戻す、というとても重要なシーンが描かれます。その時、千もまた龍と化したハクの上に乗って、空を移動しているのです。

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ウォルフガング・ペーターゼン『ネバーエンディング・ストーリー』

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▶︎ 04:26〜 | 叫ぶ

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 叫ぶ
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映像において、"叫ぶ"という行為ほど、ストレートに胸に突き刺さる上に、分かりやすい演出はほかにあるのでしょうか? 演者がカメラの先に居る鑑賞者に向かって叫んできた際には、絶叫は画面の境界線を越える破壊力をも生み出します。 『桃太郎』の終盤では、太郎がキジに乗って鬼退治に向かう自分を奮い立たせるかのように、上空で咆哮します。

ここでは、寺山修司『さらば箱舟』の小川眞由美の鬼気迫る絶叫ラスト・シーンを挙げると見せかけて、ドラマ『101回目のプロポーズ』の説明不要の名シーンの破壊力を共有させていただきます。 元婚約者を交通事故で失った過去をもつ浅野温子は、再びひとを愛することに臆病になっていることを武田鉄矢に告げます。 すると、告げられた武田鉄矢は突如、トラックの向かってくる車道へと飛び出し、轢かれそうになります。 間一髪のところでトラックは急停車し、そこでハイになった武田鉄矢のあの台詞がバーストされます。

僕は死にましぇん!あなたが好きだから、僕は死にましぇん。僕が、幸せにしますからぁ!!

CHAGE & ASKA『SAY YES』のあのイントロとともに繰り出されるこの武田鉄矢の名演技は、日本人のソウルに刻まれた、絶叫シーンの代名詞と言えるでしょう。

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野島伸司『101回目のプロポーズ』

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▶︎ 04:30〜 | 目的地

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img_cinemastudies_youtube.png 『桃太郎』 | 目的地
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物語は遂に、フィナーレを迎えます。 日本人にとっては、いにしえから語り継がれている昔話の不朽の名作『桃太郎』。 我々の2014年版『桃太郎』では、"鬼退治をする"という本来は最も肝心なシークエンスを、"逆に一切見せない"という選択をしました。 目的地をどう扱うか、という問題は映画のストーリーを考える上で、核となるテーマです。

ここでは、"目的地へと向かう"ということだけで、映画のあらましをほぼほぼ語れてしまえる超問題作、ジョージ・ミラー『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』をご紹介しましょう。 [ 行って → 帰ってきた ]の"行きて帰りし物語"の基本構造は、絵本でも多用されていてどこか単純な印象を受けがちですが、シンプルな構造ほど考え抜かれていないと成り立たないことは、実際に挑んだ者にしか分からないことだったりするワケです。

マッド・マックスは、肝心な映画のあらましを述べてしまいますと、「A地点〜B地点へと向かったら、C地点に行く必要が浮上したけれど、やっぱり元のA地点に爆走して戻ってきた」だけのお話です。 道中の苦労やどんちゃん騒ぎがまるで嘘だったかのように、怒濤の勢いで元来た道を戻るという驚きのファイナル・シークエンス。

それを含めた"冒頭からエンディング"までの間、1秒たりとも飽きさせることない、実に緻密に練られ考え抜かれたプロットは、名人ワザの"目的地芸"と言えるでしょう。

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ジョージ・ミラー『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』

今後の展開

皆さん、いかがでしたでしょうか? 初回ということもあって、"自作における映画演出の引用事例"を挙げつつ、我々が普段からいかにして映像を構成し、物語っているか…の過程の一部を紹介させていただきました。 今回はあえて、超メジャー級タイトルを多めに引き合いに出してみました。

実は、今後紹介していくタイトル群はおおむね決まっており、第2回目以降はもっとコアで痛快な映画たちを、テーマに沿って月イチのペースで配信していく計画を立てています。 刺激的なゲスト・クリエイターを招いた企画も、目下構想中です。

これからもどうぞご贔屓に!


・#01_ Screening List・

 ポール・バーホーベン『ロボコップ』(1987)
 ガス・ヴァン・サント『サイコ』(1998)
 ウェス・クレイヴン『スクリーム』(1996)
 メル・ギブソン『アポカリプト』(2006)
 ロジャー・ミッシェル『ノッティングヒルの恋人』(1999)
 K. S. ラヴィクマール『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)
 小津安二郎『秋刀魚の味』(1962)
 ギャスパー・ノエ『カルネ』(1994)
 カーティス・ハンソン『8マイル』(2003)
 ロバート・ゼメキス『バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3』(1990)
 チャック・ラッセル『マスク』(1994)
 石井聰亙『逆噴射家族』(1984)
 エドガー・ライト『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)
 ロイド・カウフマン『悪魔の毒々モンスター』(1984)
 ウォルフガング・ペーターゼン『ネバーエンディング・ストーリー』(1984)
 野島伸司『101回目のプロポーズ』(1991)
 ジョージ・ミラー『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(2015)

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OTAMIRAMS( オタミラムズ )
白玖ヨしひろと平岡佐知⌘Bからなるクリエイティブ・チーム。
映像作品では、短編アニメーション作品が「ロッテルダム国際映画祭 2010」、「香港国際映画祭 2010」などの国際映画祭にて招待上映を果たす。
また、平井 堅『ON AIR』、水曜日のカンパネラ『桃太郎』のMVなどを手掛ける。
http://otamirams.com/

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