OTAMIRAMSのクリエイターに効く映画学

Vol.3 サンダンス映画祭グランプリ作『そうして私たちはプールに金魚を、』を完全解剖!<後編> ゲスト:長久 允監督

解説+デザイン:白玖ヨしひろ(オタミラムズ)
イラストレーション:平岡佐知⌘B(オタミラムズ)
ゲスト:長久 允 フォトグラファー:服部健太郎 照明:松本大樹

アニメーション、デザイン、イラストレーション、音楽制作など、多方面で活躍するクリエイティブ・ユニット OTAMIRAMS(オタミラムズ)が、クリエイター視点で映画を読み解く連載コラム。映像作家のみならず、あらゆるクリエイターのインスピレーションを刺激します!

img_cinemastudies_header.png

シュールレアリスムの神を信じてるんです

img_cinemastudies_3_01.jpg

白玖(以下 ★ H)— さて、前編に引き続き、後編では長久監督にまつわるアレコレを伺っていきます。

まずは、どんな映画体験を通して映像監督に目覚めましたか?ちなみに僕は、"寺山修司"の『実験映像ワールド』とか、映画で言えば、"デヴィット・リンチ"の『イレイザーヘッド』を観て、「俺も撮りたい!」ってなりました。

長久(以下 ☆ N)— それは、何歳ぐらいの時ですか?

★ H — 17歳ぐらいです。

☆ N — 早いですね。 僕、遅くて。 ずっと、サックスを10年ぐらいやってたんです。テナー・サックスで、ジャズとかビック・バンドをやって、プロを目指してたんですけど、あるところまで行くと「上手くならねぇな」って。毎日、血が出るほど練習してたんです。 それで、「音楽と同じ気持ちでやれるものを強引に探そう」と思って、Tシャツ作ってみたりとか、写真やってみたりとか、色々とやってみたんですけど…。で、青学に通っていた二十歳の頃、隣にイメージフォーラムっていう映画館があって、そこで「新藤兼人特集」がやってて、「知らんけどジジイが撮った映画か…、どうなんかなぁ…」っていう感じで観たら、「ヤバい」ってなって。それで「映画かも…」って、自分に思い込ませるように、映像の方へ進んで、専門学校も行きました。 大学3、4回生でダブル・スク―ルして。

★ H — 大学では"シュールレアリスム"を論文テーマにしたとのことですが、長久監督作品群には常にその影響が見え隠れします。 何か一貫したテーマを持って演出しているのでしょうか?

☆ N — そうですね、ミュージシャンを目指してた頃も、"マイルス"とか"ジミヘン"と一緒に演ってたりした、"ギル・エヴァンス"っていう、カオスなビッグ・バンドみたいなのを演ってて。 だから「明快な起承転結」だったり、「テーマがない位相」にこそ、すごい美しいものとか、人間の心理みたいなものがあるんじゃないか、っていうのを、シュールレアリスムからもジャズからも学んできました。「理屈じゃ辿り着けないような瞬間」みたいなものを探しているっていうのは、常にテーマにとして考えていますね。シュールレアリスムの神様を信じてるんです。

★ H — アヴァンギャルドやシュールレアリスムとかって、偏った異質な観方をされがちじゃないですか? そうじゃなくて、その中には「美しさがあった」と。

☆ N — そうそう。 シュールレアリスムは「奇をてらったもの」とか、「強いパフォーマンスを狙ったもの」とかではなくて、本当の「哲学」とか「信仰」として、それが正しいことだと思ってるというか。映画に関しては、ストーリーよりそっちに優があるっていう思想で撮ったり観たりしてますね。でもそこに学問としてのロジックがあって、それを積み立てていく事で、「奇妙な美しさ」に到達したい。そんな思いが僕は非常に強いです。

★ H — 『そして私たちはプールに金魚を、(以下:プー金)』でも、ギミックが随所に散りばめられてるんですけど、ある種のポップ感が常に守られていて…。それが今の若い人たちにとっても、同世代の僕にとっても、すごいビビットな表現だなと感じました。それが「美しさ」に繋がってるんだな、と。

>>>

ヤフトピの一行の裏側を描きたかった

img_cinemastudies_3_02.jpg

★ H — ここから『プー金』の質問に入らせていただきます。総制作期間、撮影、編集日数を教えて下さい。また、監督は広告代理店のプランナーという本業を持ちながらの映画製作でしたが、スケジューリングの時間管理法などがあれば伺いたいです。

☆ N — この作品は基本的に撮影も準備も仕事の合間を縫って、有給休暇をいただいて撮ってます。 「ムーン・シネマ・プロジェクト」というコンペでグランプリをいただいて、「制作費を出資、サポートする代わり権利を持ちます」っていう条件制作を開始しました。制作期間は、半年ぐらいかな。シナリオは、第6稿ぐらいまで書いてるんですけど、結局なんか「弱くなっちゃったなぁ」ってなって、初稿に戻して。ほぼほぼ、初稿をそのまま撮ってます。撮影日数は全部で…役者さん周りで言うと、10日ぐらい。 シーンが多かったんで圧縮はできなくて。プラス素材撮りで、3、4日ぐらい撮ってるかな。編集は、事前にビデオ・コンテを組んでいたので、そんなに迷ったりはしなくて。とはいえ、オフライン作業4日、プラス予備日だからまる5日はかかってますね。

★ H — 僕の地元は、元々何もなかった場所を都市開発して作られたニュー・タウンで、「一時的には賑わっていたが、だんだん廃れていっている町…」っていう感じで。僕の中学校の先生がやらかした「感電遊び」っていう事件が起こったり、隣中学の同世代の学生が起こした「酒鬼薔薇聖斗事件」っていうのが起こったり。こうした事件は、地方における閉塞感が引き起こした節もあると、昔から思っていたんですね。今作は、地方都市に生きる人間の「地方で生きて死ぬ人々の閉塞感、虚無感や怠惰感」が引き起こすフラストレーションといった内面描写が、テーマとしてしっかりと描かれていました。このテーマと、実在した事件を結びつけられたプロセスを教えて下さい。どういう風に、シナリオに落とし込んでいったのですか?

☆ N — この事件、実は「女子中学生たちが、プールに金魚を投げました」の先のてん末まで事実なんですね。 供述で、「きれいだな、と思って」「でもプールは暗くて、よく見えませんでした」って言ってたっていう情報が、"NAVERまとめ"で「映画化キボンヌ!」みたいな感じでまとめられてたんですよ。

★ H — そこまでが実話だったんですね(笑)。

☆ N — このニュースがヤフトピに出た時に、「中三女子、金魚をプールに放つ。『きれいだと思って』」みたいになるじゃないですか。普段の仕事で、"Yahoo! トピックス"の1行に載せるための短いキャッチを考えている身としては、「きれいだと思って」ってなんとなく言っただけで、本当の理由じゃないんじゃないかなという気がして…。ものすごい勝手だけど、「彼女たちが本当は何を思っていたか」を救ってあげたいなって思ったんです。ネットではエモい話みたいにされてたから、もうちょっと繊細な部分とか地域や家庭の事情とかをちゃんと描きたいな、っていう想いがあって。

★ H — 直接、彼女たちに会って話したりはしたんですか?

☆ N — 色々調査して、彼女たちの友達ぐらいには行き着いたんですけど、シナリオをほぼ書いてたんで、会うと「影響されちゃいそうだな」と思って(笑)。自分の中で増幅された物語を世に出してみることにしました。

★ H — 本人たちは、観たんですかね?

☆ N — ね! ちょっと気になるんですよね。 観て欲しいです。本人たち、今年ハタチだと思うんです。 5年、経ってるんで…。

>>>

スーパーの店頭ビデオの効能

img_cinemastudies_3_03.jpg

★ H — 2007年に撮られていた長編映画『フロッグ』も内面描写を描いていましたが、今作は『フロッグ』に比べて、かなり洗礼された映像表現になっていました。やはりそれは、広告マンとしての経験の影響があったのでしょうか?

☆ N — 最近はCMで面白そうなものもやってるんですけど、本業では基本的にはスーパーの店頭ビデオを延々、7、8年作ってたりとか、後は化粧品の"How to Video"をずっと作ってたりとか、そういうのばっかやってて。

★ H — 僕もやっています(笑)。

☆ N — 基本的にはそうじゃないですか、広告の仕事って。表現者としてはキツいなって思ってたんですけど、今回映画を作る機会ができて、映像表現の筋力が上がってることにびっくりしたんです(笑)。店頭ビデオって、人が歩いていくのを立ち止まらせるような映像を作んなきゃいけないから、「ずっと興味を引き続ける」っていう意識をめちゃくちゃ研ぎ澄まさせながらシズル撮影しますよね? それがガンガンに「活きてるんだなぁ」って思いました。

★ H — 監督は高円寺出身とお訊きしましたが、何か地方に実体験はあったのでしょうか?

☆ N — ないですね。月島で育って、高円寺に移った生粋の"シティーボーイ"なんです。でも、想像の中ですけど、閉鎖感っていうのは、住んでいる地域よりも、置かれている環境に基づくものだと思っていて。学校でも会社でも、今の自分はここにいるべきじゃないのに、なぜかここに居なければならないって思って生きていたりします。僕のその環境や心情を、ローカルな話で描いてみたら、フィットしたっていう。

★ H — 人間として普遍的な悩みですかね? そこで、違う場所に置き換えてみた的な?

☆ N — そうですね。だから『プー金』は、会社辞めれない人の話でもあるし、引きこもりの人の話でもあるんです。 箱が違うだけで。だから、僕のことを知ってる人がこの作品を観ると「登場人物が、長久の代わりに喋ってるみたいで気持ち悪い」って言われます(笑)。

★ H — 脚本も映像も素晴らしい創りになっているのですが、すんなり創れたものなのでしょうか? アイデアの出し方や、ストック術などがあったら、教えて下さい。

☆ N — 先に言っちゃうと、すっごくすんなり完成しました。頭から思いつくままバ〜ってお尻まで書いて、ちょこちょこちょこって直した、って感じですね。これはストック術と近くて、携帯に10年ぐらい、映画を創る予定もないのに、思い付いたセリフとかを滅茶苦茶いっぱい書いてたんですよ。ネタを…。

img_cinemastudies_3_05.jpg img_cinemastudies_3_04.jpg

★ H — セリフを思い付いたら、メモってくみたいな?

☆ N — そうです。「全員ぺルホネン」とか…全然意味はないんですけど(笑)。「無差別恋愛」とか、「恋しさと せつなさと 後ろめたさと」とか、「渋谷でケバブを焼いている!」とか。こういうのが1000個ぐらいあります。今回の映画は、「人生で1回しか創れない映画かも」って思ってたから、この10年間で貯め込んだ良いセリフを厳選して、それをまず配置しきました。僕の中では声、言葉が先にあって音が一番心に入ってくる。その先に筋があるんですよね。

★ H — 僕の大学院の時の恩師である、"佐藤雅彦"さんも…。

☆ N — 音派で、音コンテ作りますよね。僕、雅彦さんの下で最初、広告作ってたりしました。 『バザールでござーる』のカレンダーとか。

★ H — このメモっていうのは、本業の方にも?

☆ N — ほぼ、活きないんですよね。さっき言ったみたいに、意味の説明できないものが、配置される余裕がないので。 たまに、ありますけど。 100本作って、1本ぐらいですね。

>>>

魂の戦士たちを集結させた

img_cinemastudies_3_06.jpg

★ H — コンペの賞金で製作されたとのことですが、予算やスタッフィング、機材などは、どういう風に決めていきました?

☆ N — ホントに「1回きりの映画」だと思ったんで、"ホドロフスキー"で言う、"魂の戦士たち"を集めたるわい! っていう気持ちで創りました(笑)。カメラマンは"水曜日のカンパネラ"とか撮ってる26歳の"武田浩明"くんに「初めまして。 映画撮るんですけど、やってもらって良いですか?」って声をかけました。照明もそんな風にして、"前島祐樹"くんにお願いしたりして。 そしたら音楽も「ネイチャー・デンジャー・ギャングっしょ」って。

★ H — 役者さんは映画には初出演の方も多かったと思いますが、どういった演出をされましたか?

☆ N — まず、配役は"山中 崇"さんや"黒田大輔"さん、"並木愛枝"さんといった、好きな役者さんはしっかり押さえつつ、主役の4人の女の子とか、ミュージシャンの"クリトリック・リス"さんとか、あんまり演技をされたことない人達も配分しています。この映画は、「エネルギーが出てればもうOK」って決めてたんで、極端な演出はしていません。あと元々、僕が書く原稿はセリフがちょっと変わってるので、「このスピード感でこのセリフを言っていれば、変な間にはならない」っていう自信はありました。

★ H — たまに、僕も予算ない時に本物の素人さんで映像を撮ることがあるんですけど、リアルに…難しくて。なので、本作を観てビックリしたんですよね。とても自然なリズムになってるなって。

☆ N — アドリブっぽい部分も実は全部セリフなんです。そのテンポ感を全部設定してあげて、ビートになっているっていう状態で渡しているので。「譜面通りビートを刻んでもらったら、音楽になってますよ」っていう感じと一緒です。 あと、プレイヤーとして元々、「熱いモノを持ってる人を選んでる」っていうのはありますね。元 "フジロッ久(仮)"の"高橋元希"くんとか。 この人が居さえすれば、「純粋さヤバい」っていう方を入れ込みました。

>>>

世界が埼玉の気持ちと同じだった

★ H — 次は賞の話題を。ズバり、サンダンスのグランプリを、何故獲れたと自己分析しますか?

img_cinemastudies_3_15.jpg

☆ N — よく言われたのは、狭山の物語が実はグローバルで、世界中が意外と「埼玉の気持ちと同じだった」と。 僕、経済は成長しなくてもいいというタイプなんで、地方からも無理してみんな出なくてもいいと思うんです。人生は、夢なんか持たなくてもいいっていうことを描きたいと思っているので、全然ディスってないんです、埼玉を。あとは、サンダンスに行ってみて、みんな撮り方は上手いんですけど、「この映像で殺すぞ!」みたいな気持ちで作ってる人、あんま居ないんですよ。僕には、人生で1回きりのチャンスだと思っていたので、ダサいぐらいのエモさみたいなのが外国人にも伝わったのかな、と思ってます。

★ H — あちらではテレビ出演などもされていましたが、サンダンス映画祭で印象に残ったエピソードはありますか?

☆ N — 見ず知らずのユタ州のお婆さまが「私の10代の頃の話、そのまま!」とか言われて…「いや、知らね〜よ」って(笑)。映画って、こんなに人に届くものなんだって思ってなかったんで、嬉しくてビックリしましたね。

>>>

ストIIで言うと"バルログ"的な生き方

img_cinemastudies_3_07.jpg

★ H — では、ざっくばらんな質問をいくつか。最近気になった映画、アートなどはありますか?

☆ N — 活動休止中のネイチャー・デンジャー・ギャングのメンバーが新しく組んだ、"g.a.g(ギャグ)"っていうユニットですかね。ただ、今育児をしてるので、積極的な摂取はしてないですね。

★ H — 子供からの影響を受けるものなどはありますか?

☆ N — 子供、面白いですよ、ワケ分からないこと言ったりするんで。 昨日も「"cero"、良いね」みたいなテンションで、「『ロンドン橋』って良い曲だよね」って、子供が言い出して(笑)。「なにそれ!思ったことね〜わ!」って。 子供の精神の自由さは、やっぱ面白いですよね。

★ H — 長久監督の特徴的な髪型は、何かこだわりがあってのことですか?

☆ N — 僕は、『ストⅡ』でいうと、"ケン"とか"リュウ"みたいなタイプじゃなくて、"バルログ"とか"ダルシム"がすごく好きなんですよ(笑)。サブ・キャラで立ってる奴らの方が。だから、「そっちですよ」って、ちゃんとやりたいから。 「俺、"バルログ"ですよ〜!」って、いうアピールです。

★ H — 広告業界だと、ナメられないように(独特の格好に)する人、多いじゃないですか? そういうのではなかったんですね(笑)。

☆ N — そうです。あと、三つ編み女の子が無性に好きで。三つ編みの方がかわいいし、スカートもフォルムがかわいいから、「女の子になってみたい」っていう気持ちもちょっとある。

★ H — 本作の少女4人は、それぞれキャラの立った人選でした。すでにご結婚されている監督自信の好みの女性像は、どういったタイプの方ですか?

☆ N — "あかねちゃん"っていう主人公のキャラは、自分とも重ねてますけど、すごいドライで、諦めているけどポジティブで、ユーモアもあって、エモーショナルもある。そんな女性がすごく好きですね。

★ H — 奥さんはそういう人なんですか?

☆ N — 違うんですよね、これが(笑)。そこが人生の面白いところで、学ぶものは大きいですよ。

>>>

人生は、夢なんか持たなくてもいい

img_cinemastudies_3_08.jpg

★ H — 最後に、僕の『プー金』の感想なんですけど、今日お話しするまでは、これは地方の若者に希望の光を与える映画だと思っていました。僕は10代の頃に、寺山修司の『家出のすすめ』を読み、地元を飛び出すことができました。僕が現代の若者だったら、この映画を観た影響で地元を飛び出したかもしれません…っていう締め括りにしたかったんですけど、実は地元に留まっても飛び出しても、どっちにでも受け取ってもらってよかった、ということなんですよね(笑)。

☆ N — どっちも別に良いです。 何処に生きていても。劇中で町から抜けた、"うみちゃん"は、糞詰まっちゃってて、ここを出ても、日本の中に居るから、枠からは出れなくて、それは世界に出たって同じです。結局、一番価値があるのは、「枠から出る、出ない」じゃなくて、その瞬間に金魚をプールに放った、「エモーショナルな強さ」や「心の動き」、「体の汗」があったか。その瞬間だけにしか価値がない、意味はないと思ってます。それさえあれば後は関係ないんですよ。町から出ることで、エモーショナルが自分に発生するのであれば、それは出るべきなんです。

★ H — 前編で「そんなことを思っていながらも、自分は映画という夢を叶えちゃったんだけどね」っておっしゃってた長久監督は、明らかに飛び出した側ですよね?

☆ N — ハハハ…。 僕、スピリチュアルじゃないですけど、人生を何回もやってるような気がするんです(笑)。だから自分の人生の成功とかは本当はどうでもよくて、「諦めた上でのポジティブさ」みたいなことを世の中に発信するっていうことに人生をかけるべき使命感を感じるんですよ。夢が叶う、叶わないはどっちだろうが関係なく、みんなそこに居て、それで良いっていうことを肯定するために僕の人生はあるんじゃないかと、勝手ながら感じている次第で…。『プー金』を撮ってみて、「やって良いんだな、この使命」って思いましたね。

★ H — 世代も近くて、同じものを観てきて、何かこの人は同じ風景を観てきた人だろうな、って思ってたんですけど、今日お話を聞いたら、全然考え方が違ってました(笑)。「とにかく地元を飛び出せ!」タイプの僕はそこまで、他人の人生とか価値観を救ってあげることまでは、作品に込めてなかったワケですよ。OTAMIRAMSのテイストがテイストですし。めっちゃ楽しんでもらうために、色んな要素を詰め込んでるのは同じだったんですけど、そういう精神とか、人の感情を救ってあげるところまでは切り込めてなかったな、と…今日は勉強になりました。

☆ N — 他人(ヒト)って言ってるけど、昔の自分とか、自分を救ってあげたいだけなのかもしれないですけどね。

★ H — 短編映画は日本ではあまりフィーチャーされるジャンルではないですが、映像技法的にも作品のテーマ的にも、より多くの映像関係者に観ていただきたい作品だと思いました。本日は長い時間、貴重なお話をありがとうございました。

img_cinemastudies_3_09.jpg

>>>

対談を終えて

長久監督と対談をして感じたことは、監督が自分のシナリオの観せ方について、"漢方マイスター"の如く、「このカットにはこの効果を…あのカットにはあの効果を…」といった具合に、広告業界で培った消費者への精神分析的ノウハウを調合(活か)した演出方法で、巧みにエンタメ映画を構築していったのだな、ということです。

これまでに、「映画人が創った映画」ではない「広告マンが創った映画」はいくつか挙げられる。国内では、石井克人『鮫肌男と桃尻女』佐藤雅彦『キノ』関口 現『サバイブ・スタイル 5+』中島哲也『下妻物語』。 国外では、スパイク・ジョーンズ『マルコヴィッチの穴』デヴィッド・フィンチャー『エイリアン 3』といった具合に、どの作品も"エンタメ性"の中に"危っかしさ"がつきまとう。表向きはヴィヴィッドな表現で、実は広告業界で用いられている特有のノウハウを緻密に転用しているこれらの映画たちは、「映画における広告表現論」的な切り口で、もっと掘り下げていっても面白そうです。

また、対談で出た長久監督の"パンチ・ライン"、「理屈じゃ辿り着けないような瞬間」、「殺人みたいなすごい動機が明記されるべきことも、きっかけは言葉にできないことなんじゃないか」、「一番価値があるのは(中略)その瞬間に金魚をプールに放った、『エモーショナルな強さ』っていうか、『心の動き』や『体の汗』があったか。その瞬間だけにしか価値がない」にあるように、長久作品は理論の再構築とモンタージュの連続性によって、物理的にカメラで撮影できないテーマや物事、そして情緒までをも、映像で描き切ろうとしていることも理解できた気がします。

今回の対談で、「"長久 允"がどのようにして、このような秀逸な短編映画を創り上げ、日本人で初の"サンダンス・グランプリ"を獲得できたのか?」の60%くらいの"思考回路"は、これでスケッチすることができたのではないでしょうか? 改めて、長久監督に感謝するとともに、このような才能の持ち主には映画を撮り続けられる環境を与えてくれる日本社会であって欲しい、と切に願う。

次回も、この連載"ならでは"なアプローチで、映像業界の活性化に貢献できればと切に願います。



img_cinemastudies_3_10.jpg img_cinemastudies_3_11.jpg img_cinemastudies_3_12.jpg

今回の撮影では、小型で最大GN60のクリップオンストロボ・ニッシンi60AとプロフォトのプロタングステンAirを使用しました。i60Aはオンカメラで使いましたが、NASコマンダー「Air1」の電波式レシーバーも内蔵しており、手軽にオフカメラストロボが可能です。光量も充分でした。定常光のプロタングステンAirはアクセサリーのバーンドアを装着して使っています。4枚の独立したバーンドアの開閉によって、光の広がりをコントロールすることが可能です。今回の撮影では、光を狭めてクリップオンストロボの光とミックスし、生っぽいライティングを作っています。
(服部健太郎)

img_cinemastudies_3_13.jpg

[ ニッシンi60A ]
http://www.nissin-japan.com/i60A.html

img_cinemastudies_3_14.jpg

[ プロフォト プロタングステンAir ]
https://profoto.com/jp/products/lights/continuous-lights/pro-air/

img_cinemastudies_footer.jpg
img_cinemastudies_director_img_otamirams.jpg
OTAMIRAMS( オタミラムズ )
白玖ヨしひろと平岡佐知⌘Bからなるクリエイティブ・チーム。
映像作品では、短編アニメーション作品が「ロッテルダム国際映画祭 2010」、「香港国際映画祭 2010」などの国際映画祭にて招待上映を果たす。
また、平井 堅『ON AIR』、水曜日のカンパネラ『桃太郎』のMVなどを手掛ける。
http://otamirams.com/
長久 允( ナガヒサ マコト )
1984年8月2日生まれ、東京都出身。青山学院大学/バンタンデザイン研究所卒業後、大手広告代理店にて、CMプランナー/ディレクターとして活躍中。
主な仕事はNTTdocomo『ドコモダケ』シリーズ、モンスト『戸愚呂(姉)』、TMRevolution『株式會社 突風』など。
映像・映画の監督作品は、バンタン卒業制作の長編映画『FROG』(2007年)、NATURE DANGER GANG『MUSCLE STEP』ほか。短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』が、「第33回 サンダンス映画祭」ショートフィルム部門のグランプリを受賞。
http://nagahisa.strikingly.com/

関連記事

powered by weblio