2015年04月02日
プロ向け動画セミナー最後の登壇者は、フォトグラファーの南雲暁彦氏。映像の仕事はデジタル一眼レフで動画が撮れるようになってから手掛けるようになったという南雲氏が、フォトグラファーとして積み重ねてきた技術と経験を活かしたムービー制作について語った。
(フォトグラファー)
こんにちは、凸版印刷の南雲暁彦と申します。今日は大勢の方にお集まりいただき、ありがとうございます。本セミナーでは、プロフォトグラファーがどんな意識で、「仕事としての映像」に取り組めばいいのかというテーマについて、私自身の経験をもとにお話ししたいと思います。
本題に入る前に自己紹介をかねて、これまでの経歴を説明させていただこうと思います。私は凸版印刷の社内クリエイターとして、コマーシャル系のスチル撮影を数多く担当してきました。その流れの中で、現在では映像の撮影や監督も行なっています。また、それらと同時に著作権や肖像権などに関わる仕事もしています。
主な仕事先としまして、まずはキヤノンを挙げておこうと思います。特に、新製品が発表されるのと同時に公開する、その機材で撮影されたオフィシャルフォトの撮影を数多く担当しています。キヤノンが世界中でカメラを販売する会社ということもあって、世界の各地のさまざまなシチュエーションで撮影を行なってきました。
また、早い段階からキヤノンの新型カメラを使いますので、『コマーシャル・フォト』などの誌面にカメラレビューを書くといった仕事もしています。
映像については、ここにいらっしゃる多くの皆さんと同じではないかと思うのですが、デジタル一眼レフで動画が撮れるようになってから手掛けるようになりました。
映像の仕事をいくつか紹介したいと思います。ひとつは「日産のカレンダー」です。日産では毎年、「アーティストと車」というテーマでカレンダーを作成しており、さまざまなタイプのアーティストが登場しているのですが、この年は、ニコライ・バーグマンというフラワーアーティストとのコラボレーションカレンダーでした。ここではカレンダーのスチル撮影をしながら、同時にメイキングムービーを撮っています。一本の仕事で静止画、動画と両方に携わったというわけです。
日産の2014年のカレンダーでは、スチルの撮影と、メイキングムービーの撮影を担当。
日産カレンダーの仕事では、新型「シーマ」のイメージムービーも撮影しました。作品に登場していただいたのは、ライブペインティングアーティストの神田サオリさんです。
この作品については、映像を「写真的な技法」で撮影しています。写真と映像とは違うものだと感じている方もいれば、そうでないと考えている方もいらっしゃるかと思いますが、この作品は、スチルでの経験をどう活かせばいいのか、ひとつの事例になるかと思いますので、あとであらためて触れたいと思います。
写真と動画
さて、ここからは本題に入りたいと思います。まずは「写真と動画」の違いを考えてみましょう。
写真はまず、「一枚ですべてを表現するもの」と言えるかと思います。そこにあるのは撮る者と見る者との対話です。シャッター速度にも幅がありますので、数千分の1秒というハイスピードシャッターで時間を切り取ることも、1時間単位の長い時間を写し込むこともできます。説明をするというよりは、見る側に考えさせる表現と言えるかと思います。
一方、動画は、写真とは対照的に、時間の流れの中での表現です。スローシャッターを切ろうにもコマの制限がありますので、光や時間の短縮の幅は小さい。そして「ストーリー」「セリフ」のよう説明的な要素が重要な役割を果たします。このように、写真と動画は表現方法に大きな違いがあります。
フォトグラファーとキャメラマン
写真と動画、それぞれを撮る立場に立つのが「フォトグラファー」と「キャメラマン」ですが、彼らがすることは、動画と写真の性質の違いを反映し、異なった部分が多くあります。
まず第一に、フォトグラファーにはやるべきことが多い。その仕事は構図の決定やライティング、さらには演出面にまで及びます。その立場をひと言で表すなら、「現場の執刀医」と言えるでしょう。フォトグラファーはその作品のすべてに責任を持つのです。
一方、キャメラマンは、分業が基本である映像撮影の中核的存在ということができます。フォトグラファーとは違って、照明を扱うことはありませんし、演出を行なうことなどはもちろん、ピントすら合わせないことが多い。そこまで分業が進んでいるのです。
ではその作品における執刀医、指揮者は誰かというと、それは「ディレクター」です。映像の現場は、ディレクターの指示のもとに、すべてが動いていきます。フォトグラファーとキャメラマンでは責任の範疇が大きく違うのです。
また、フォトグラファーもベテランになってくると、キャスティングやポージングといった演出、さらにはロケーションや撮影企画の立案といった仕事も手掛けるようになっていきます。そのことからもわかるとおり、フォトグラファーという仕事は、そもそもディレクター的な要素を含んだ仕事と言うことができるでしょう。
写真のスキルの使いこなし
では、スチル撮影のスキルは、映像の世界で役に立つのでしょうか。私はフォトグラファーの方は自信を持っていいと思います。例えばライティングのような、時間と手間をかけて習得した技術はもちろん、ディレクション的な能力も十分に活かすことができるからです。
フォトグラファーとして培った技術と経験は、動画の世界でも活かすことができる。
先ほどお見せした日産シーマの動画やシルフィーの動画について、「スチルの感覚で撮影した」とお話ししましたが、これがまさにその一例です。車のボディ上を動くハイライト。これは完全にフォトグラファーの目線、物撮りの応用で作り上げたものなんです。
動画の中のハイライトの繊細な動きは、フォトグラファーの目線と物撮りの応用で作り上げた。
車の撮影は、繭のような形をしたドーム型の白ホリスタジオで行ないます。意図しない写り込みを避けるためです。反射を使ってライトを当て、ハイライトを作る。通常、物撮りでやっていることに時間軸を与えたというわけです。
これはもちろん、普段からハイライトをコントロールしてきたからできることです。動画の世界の照明さんでもできることですが、撮影する人間が自分でその光を作ることができるのはひとつの大きな武器になると思います。実際にコントロールできるからこそ、構図から照明に至るまでイメージ通りのものを作ることができるし、スタッフともあうんの呼吸で仕事ができる。これはまさにフォトグラファーの武器だと思います。
ところで、フォトグラファーの方が動画を撮影する際に悩む部分として「機材」があるのではないでしょうか。ステディカムやレールといった機材を使わないといい動画が撮れないのではないかと思っている方も多いのではないかと思います。本当にそうでしょうか。
私としては、フォトグラファーとしての経験から、そんな特別な機材を使わなくとも、同じような、またはそれ以上の表現ができる場合もあると考えています。ここで私が動画に本格的に取り組む前に実験的に撮影をした作品を見ていただこうと思います。友人のデザイナーと、カスタムカーのプロモーション動画を作ったものです。
この動画を人に見せると、「レールを使ったんだね」と言われるんですが、そうではないんです。今お見せしたシーンでは画面がスライドしているように見えますが、EOS 5D Mark IIにサンニッパ(EF300mm F2.8L IS II USM)を付けて、三脚でパンしているだけです。300mmのような望遠レンズで距離をとって開放で撮ると、圧縮効果もあり、パンをしているだけでまるで平行移動しているように見えるんですね。
300mmのズームレンズを開放でパンすると、スライダーを使ったような効果が見える。
また、手ぶれ補正に関してもカメラやレンズに付いた手ぶれ補正や、ソフトウェアの補正が強力になってきていますので、使い方が難しく、機動力の落ちるステディカムを使わなくても、かなり対応できるようになってきていると思います。フォトグラファーとしての経験が活きる範囲で、十分にいい作品が撮れる。そう考えることができるのではないかと思います。
「演出」については明らかなアドバンテージがあると思います。経験を積んだフォトグラファーは、撮影の演出部分に携わるようになります。撮影中にモデルにポージングを付けるといったこともそうですし、キャスティングなどの企画の部分に携わるケースも増えてきます。映像の世界では、ディレクターが担当する仕事ですね。
私は、フォトグラファーが映像の世界に入っていくならば、こういったディレクションの分野に携わりながら撮影監督もする、いわゆる「シネマトグラファー」になるべきだと思っています。そうすることで初めて、これまでの経験が活きてくる。映像の世界では、新人がいきなりディレクターになるのは「飛び級」にあたると思いますが、フォトグラファーとしての経験が十分であれば、それが可能になってくるのです。
フォトグラファーとしての勝負の仕方
フォトグラファーとしての強みを活かした事例として、キヤノンの EOS 5D Mark IIIの動画を紹介します。こちらも日産の動画で紹介しました、神田サオリさんに登場していただきました。この作品では、撮影をはじめ、絵コンテ、セッティング、音楽と、ほぼすべてのことを自分でやっています。撮影では広角から望遠、マクロやシフトレンズと、さまざまなレンズを使っていますし、高感度撮影もしました。なぜそれができるかと言えば、やはり、70本もある交換レンズの中にどういうレンズがあって、それを使うとどういう表現ができるのかを経験として知っているからです。
写真の機材、テクニックにこだわる代わりに、特別な機器は何も使いませんでした。せいぜい三脚と脚立くらいのものです。スタッフロールを見ていただくとわかるとおり、関わった人数もスチルでは多いかもしれませんが、映像としては考えられないくらい少数です。写真制作のメソッドをそのまま持ち込んでいるからです。
自分で企画書を書き、プレゼンをするところから始めることも大事でしょう。企画を立てた人が撮ることと、企画に合った人を探すというのでは違う。やはり、フォトグラファーはできるだけ川上に行くべきだと思います。
ひとつ注意してほしいのは、これから動画制作を行なうにあたり、一から動画の作法を学び、そのやり方だけにシフトしていくということはやめたほうがいいという点です。膨大な時間がかかりますし、時間をかけたからと言って年季の入った動画のキャメラマンに勝つのは容易なことではありません。勉強は当然必要ではありますが、むしろ、スチルから動画に移ったとしても薄まらないくらいの写真的な個性を、動画に当てはめていくと考えるほうがいいと思います。
フォトグラファーが映像を始めるに当たってはどこで勝負するかを整理し、考えるべきだ。
そのためにはまずフィックスで勝負する。動かない画のことですね。そこはキャメラマンに勝てる部分だと思います。ライトやレンズを含めた表現の中で、勝負する。そして写真のコミュニケーション、言葉も何もない中で、1枚の写真の強さというような表現で勝負する。動画を、写真集を作るような感覚で作っていく。そうすることで強いものができると思います。
もうひとつが、「35ミリ一眼レフのシステム」を使うことですね。35ミリは、私達の手になじんだ、圧倒的なパワーがあるシステムです。自分の目を培ってきた道具でもあります。非常に小さく軽い。多くのフォトグラファーが積み上げてきた試み、ノウハウを動画で活かすべきです。
35mmカメラのシステムを活用することがフォトグラファーの強みに。
フォトグラファーに足りないもの
とはいえ、フォトグラファーが映像の世界に挑もうという時に、足りないものもあります。写真とは違う、時間の中での表現には、当然ながら難しい部分があります。ここではそれを挙げてみようと思います。
映像にはフォトグラファーのスキルでは足りないものがあることを意識することも重要だ。
まずは「シナリオや絵コンテ」の構成力です。フォトグラファーは「時間の中で何かを表現する」という訓練は受けていない。流れを決めるのはなかなか難しいかもしれません。
次に「箸休め」の感覚です。写真のように1枚のカットに集中していく感覚、例えば思いを注ぎ込むような姿勢を貫いてしまうと、映像の場合は強すぎてしまうんですね。これは例えば写真集を作ってみるとわかる感覚なのかもしれません。つなぎのちょっとしたカットや、間をとる工夫がないと、決まりすぎて、絵はがきを並べたスライドショーみたいなものになってしまう。余裕や間が大事なんですよね。
そして「音楽とセリフ」です。写真制作にはない要素ですよね。セリフは必要のない場合もありますが、音楽は重要な要素ですし、PVのように、音楽に合わせた演出が必要になる場合もあります。
4Kについて
ではどう動画を作ればいいのか、その話に進む前に、「4K」について触れておこうと思います。4Kの正体はというと800万画素の静止画が、秒30コマ撮影されたものです。FHDの4倍と、進化が一足飛びだったことも話題になった理由ですが、その一方で、写真はすでに3,000万画素、5,000万画素といった領域へと踏み出そうとしています。
確かに4Kになるとディティールの表現は凄いですし、シズル感は上がる。コミュニケーションレベルは上がりますから、「見る」から「感じる」という領域に入っていくでしょう。しかし、実際に大事なのは何をどう撮るかです。そう考えるとFHDでも今は十分にやるべきことはまだあるし、腕を上げるのが先かな、とも思います。落ちついて考えてもいいのではないでしょうか。
では「フォトグラファーはどう撮ればいいのか」という話に戻りましょう。簡単にいうと「得意分野で作った柱を足りないもので紡いでいく逆転の発想」です。自分の経験した写真の世界で、印象に残るもの。それを柱にするのがいい。そうすれば、例えば音楽についても、自分がどうすべきかが見えてくるのではないかと思います。
ちなみに、これまで経験した仕事の中には、いわゆる「映像ディレクター」のもとで、チームの一人として関わった作品もあるんですが、本音を言うと、どこか満足できない部分がありました。それはやはり、自分の作品とは言いにくく、自分らしさが希薄だから、ということになるかと思います。スチルでそうであるように責任を持って仕事をしたい。やってみると大変なのですが、やはり満足感が違います。フォトグラファーが満足できるのはこちらだと思います。
というわけで最後に、最近手掛けた2つの作品を見ていただこうかと思います。まずはキヤノンの新型ミラーレス「EOS M3」で撮影した映像です。
「EOS M3」はミラーレスながらAPS-Cの撮像素子を持っています。そのため、映像のクオリティもきちんと出る。手軽なカメラですが、それだけに日常をシズル感を込めて撮ることができると思います。作品もまさに、そのコンセプトのままに撮影をしました。フォトグラファーの力が活きる領域だと感じました。
http://cweb.canon.jp/eos/lineup/m3/samples/index.html
次にお見せするのはキヤノンの新しいレンズ「EF11-24mm F4L USM」のムービーです。ひと目ご覧いただければおわかりかと思いますが、この、恐ろしいほどにワイドで歪みのない、凄いレンズを活かすためにロケーションを最大限に重視して企画し、撮影を行ないました。とにかくもの凄い絵が撮れますので、演出よりも「フォトグラファーが撮っている」ことをそのまま表現する作品にしました。一眼レフを手持ちする以外に入ることのできない狭いところに入っていって撮影をしたり、こういった企画もフォトグラファーだからこそ発想でき、設計できたのではないかと思っています。
壁の向こうに
さて、最後に「壁の向こうに」と題して話のまとめとしたいと思います。スチルとムービーの間にあった垣根は、すでになくなっていると考えていいと思います。クライアントにも、スチルのノウハウやスタイルを大胆に取り込むような、大きな変化を求めているクライアントが増えてきている。クロスオーバーはすでに始まっています。そここそが、フォトグラファーが力を発揮できる場なのです。
こういった時代の中で、写真家はだんだんと写真家としての立ち位置を元に、映像作家にシフトしていくように思います。その中で自分の可能性を理解して、力を注ぐフィールドを考えてください。それは料理でも旅でもなんでもいいと思います。そして、自らの立ち位置を見失わないようにして、映像のディレクションに力を入れてほしい。大事なのは方法ではなく品質です。
スチルとムービーの間にあった垣根はすでになくなっている。その中で自分の立ち位置を見つけたい。
というわけで時間が来ました。今日はこれで終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。
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