2012年02月29日
2012年2月16日に開催された「デザイン エクストリーム セミナー 2012」のPhoto & Apps sessionでは、フォトグラファーの杉山宣嗣氏によるスマートフォンアプリ開発のセッションが行なわれた。フォトグラファーならではのアプリはどのような発想で作られたのか。アプリ開発を担当した株式会社ロクナナ 上田キミヒロ氏も登場し、開発秘話が披露された。
世界に発信できるスマートフォンアプリ
フォトグラファーの杉山です。最近コスプレの写真集を出したので「コスプレカメラマン」として有名になってしまいましたが(笑)、普段の仕事はファッションやタレントの撮影などが多くなっています。人物中心の広告や雑誌の仕事ですね。
僕の場合は何か新しいものを出す時っていうのは、「今の時代にそれが受け入れられて、だーんと花火が上がるか」、そんなことを考えています。そういうわけで、今回コスプレをテーマにしたスマートフォンアプリや写真集を出しました。では、最初にどんなアプリなのかを説明しようと思います。
この『COSPLAY SHOWCASE』は、簡単に言えばコスプレしている人たちのポートレート集アプリです。iOS版は222キャラクター、1,776枚の写真を収録していますが、今作っているAndroid版ではキャラクターを1つ追加しています。アプリの特徴としては、フリックにより横回転して8方向から写真を見ることができたり、ピンチイン/アウトによって縮小/拡大ができるようになっています。あとはキャラクター名や作品名で並べ替えたり、検索ができたり。好きな写真をお気に入りに登録したりできるという、結構マニアックなアプリになっています。また「合わせ機能」といって、お気に入りで登録した写真を自分が好きなように並べて表示して保存して遊べるという機能を搭載しました。日本語と英語の切り替えもできますね。実際のアプケーション制作以外は、全部杉山が発案して設計しているという形です。
「COSPLAY SHOWCASE」のAndroid版アプリの操作のムービーが会場内で披露された。iOS版はすでにリリースされており、現在Android版を開発中だ。
このアプリを作ろうと思ったきっかけは、iPadやAndroidのタブレット端末が出たことです。これは写真を見せるためのツールとして最高のデバイスであって、なおかつ写真を発表するメディアとして世界に対して発信でき、そしてお金儲けもできると思ったんですね(笑)。
コスプレイヤー撮影の現場
世界に向けて発信するなら、やっぱり日本のカルチャーをテーマにするのがいいなと思いました。いま、ゲームやマンガ、アニメなど日本のポップカルチャーが「クールジャパン」って言われていますけど、ある日どこかからささやく声が聞こえてきまして、「コスプレ」って聞こえたんですよ(笑)。
その時はコスプレについて全く知識がなかったんですが、調べてみますとコスプレは世界的に拡大していて、コスプレイヤーの人口もすごいんですね。パリのジャパン・ウィークなんていうのはコスプレイベントになっていますし、日本各地でもコスプレイベントは開かれています。名古屋で毎年行なわれている世界コスプレサミットでは、世界17カ国から人が集まってきていて、外務省と国土交通省が後援しています。役所までコスプレを後押ししているんですね。これは非常に可能性があるテーマだと思いました。
でも、アプリ制作なんてカメラマン1人でできることではない。じゃあ、制作のスタッフとかコスプレイヤーをどうやって集めたかというと、ツイッターで「こんな企画をやるよ」とつぶやいて、この企画に賛同してくれる人を募集したんです。ツイッター上ではいろんな会社の社長さんとか有名クリエイターなどいろんな方がいらっしゃて、その方をフォローしてつぶやけば、その人に直接話ができるんですね。そういう形で、スポンサーとか協力者をナンパするように集めました。
実際の撮影は、スタジオと大規模なコスプレイベント会場に、機材一式を持ち込んで撮影しました。僕はコスプレのことは詳しく知らないので、スタジオだけで撮影していると実際のコスプレがどういうものかわからないんです。でも、イベントに行けば1日2,000〜3,000人が参加していて、自分の目で見て「これ、すごいっ!」という人を見つけることができるんです。
カメラはライカ S2とキヤノンEOS-1Ds Mark Ⅲを使っています。(8方向の写真を見られるというアプリの特性上)1つのコスプレイヤーを方向を変えて8カット撮影するわけですが、写真のように大きな回転台の上にモデルを乗せて人力で回しています。足元の映り込みを作るために、下に黒いデコラを置いています。ファッションっぽく見せる要素としてはこれが大切なことです。
モデルの下に回転する板を置き、回してさまざまな方向からのカットを撮影する。撮影後全カット切り抜きの工程が入るため、グリーンバックで撮影した。「ROBUSKEY」というクロマキー処理ができるPhotoshopプラグインも利用している。
撮影は普段の仕事と同様、パソコンにカメラをつないでテザー撮影、つまり連結させています。普段はMacを使っていますが、今回のセミナーにあたってWindowsマシンを使ってみました。
今回お借りしたWindowsマシンはCPUが第2世代インテル Core i7 プロセッサー エクストリーム・エディション、それにプラスしてインテル製SSDをストライピングのレイドにして速さを追求したモデルだったので、連結撮影がすごく速い。また、最近のデジタルカメラはUSB3.0に対応したカメラが多くなってきていますが、Macはまだ対応していないんですよね。今回のマシンはUSB3.0のカードと、FireWire(IEEE 1394)のカードを両方搭載してもらったんですけど、オーダーメイドパソコンは必要なものを好きなだけ載せられるのがいいなあと思っています。
アプリを作っている時にこのマシンがあれば、撮影がものすごく楽だったろうなあと思います。
トップCGアーティストとのコラボレーション作品
このアプリの写真をまとめた写真集を、玄光社から1月26日に『COSPLAY SHOWCASE』として発売しました。ここでは、写真集のために撮り下ろした、有名CGアーティストとのコラボ写真を見てもらおうと思います。これは、CGアーティストの大槻昌平さんと「初音ミク」の「恋は戦争」というテーマをイメージして作成しました。背景はCGで全部作っているんですけど、すごいいい感じにできています。
「初音ミク」をテーマにした、大槻昌平氏(ヴォンズピクチャーズ)とのコラボレーション作品。
「ブラック★ロックシューター」という作品は、早野海兵さんと作りました。背景のほかに女の子が持っているでかい大砲、ロックキャノンというんですけど、これもCGで作っています。ぜひ、写真集でじっくり見ていただきたいです(笑)。
撮影自体はそんなに大変じゃないんですけど、CG画像との合成が前提なのでそれがむずかいしいところですね。例えば、これはCGアーティストの山岸純さんとコラボレーションした「魔法少女まどか☆マギカ」をテーマにした作品です。山岸さんはシミュレーションがすごく詳細で、撮影時のカメラの位置から角度、モデルの立ち位置まで1cm単位で細かく計算されているんです。撮影のためにそれらを指定をした図をもらって、僕はそれに合わせて撮っています。
山岸純氏とのコラボレーション作品、「魔法少女まどか☆マギカ」の撮影風景。ここでは、モノレールの影(手前のグレーの物体がCGのモノレールになる)を撮るために撮影している。影をCGで作るのは難しいという。
CGクリエイターの方は、はっきりいってみんなWindowsマシン。ほとんどの方がオートデスクの「3ds Max」という3DCG作成ソフトを使っていますが、これはWindows専用ですから。CGクリエイターの方に今回のセミナーで使うWindowsマシンを見せると、みんな「いいなー!」と言うんですね。CG作品は書き出しに1日とかかかるから、とにかく速く、なおかつ安く手に入れたいというのが課題のようです。
フィギュアのように見せるレタッチ術
次に、Photoshopの実際のレタッチを見ていただきたいと思います。フィギュアのように見せるために、あちこちを削ったり伸ばしたりしているんですが、それも1,800枚近くになると、いろいろ大変です。
Photoshopでは、モアレを消したり、髪の毛直したり、洋服の細かいところを直したりと、調整を加えています。1,800枚も画像があるのでアクションも組みましたが、このアクションも結構細かく組んでいます。顔の部分は変形をかけないで腰だけ細くするとか、足を引っ張って伸ばすとか 。用意していただいたWindowsマシンで、実際に2GBの画像データでこのアクションを使ってみましょう。 数秒、あっという間に処理が完了しましたね。僕のMacだと30秒くらいかかるんですが。あと、この「COSPLAY SHOWCASE」アプリでは1つのキャラクターで8カット必要なんですが、全部が全部いい角度ではない。そんな時は、Photoshopのパペットワープで直しています。これも結構時間がかかるはずなんですが、このマシンですとあっという間ですね。
撮影後の処理はかなりのレイヤー数になっているが、アクションを組んである程度自動化している。また、ほかの画像領域に影響を与えずに変形できるパペットワープ機能も活用されている。
さて、「COSPLAY SHOWCASE」のiOS版アプリはすでにリリースしているんですが、今Android版アプリを開発中です。そこで、Android版の開発をお願いしているロクナナの代表取締役、上田さんにお話を伺いたいと思います。上田さん、よろしくお願いします。
iOS版アプリとAndroid版アプリの制作の違い
(上田氏)ロクナナの上田キミヒロです。今作っているAndroid版アプリケーションのご説明をしたいと思っています。まず、簡単にどうやってAndroidアプリを作っているかをお話ししますね。Windows上に開発環境を作るんですが、Googleが配布している「Android SDK」をインストールします。そこに「Eclipse」という総合開発環境ソフトもインストールします。そうすると、Windowsの中に仮想環境でAndroid端末を動かすことができます。アンドロイド端末の画面がWindows上にアプリケーションとして立ち上がって、操作もできます。実機がなくてもこうやって開発が進められるわけです。
WindowsマシンにAndroid SDKとEclipseをインストールする。どちらもオープンソフトだ。これで、いわゆる普通のJava開発と同様になる。
今回、もともとiOS版アプリがあった上でAndroid版を作ろうという話だったので、その違いに戸惑うというか、お作法が違うので苦労するところがありました。例えば、基本的な概念として、Androidは戻るボタンがある。Webブラウザにある、「1個前に戻る」のようなイメージですね。あれがOSの概念としてある。でもiOSはない。また、Androidは端末の各社によって若干仕様が違ったりします。例えばスクリーンキャプチャのボタンがある機種もありますし、ない機種もあります。
それからこれが一番大きいんですけど、アプリの容量制限です。今はだいぶ緩くなりましたが、それでもAndroidは50MBの制限があります。1個のアプリが50MBを超えちゃいけませんよ、というルールです。一方iOSは、3G回線でダウンロードする時は約25MBまでという制限があります。ところが、Wi-Fi経由だったりiTunes Store経由でパソコンからインストールする場合は制限がなく、2GBでも3GBでもいけちゃいます。
この「COSPLAY SHOWCASE」のiOS版アプリは1GBジャストぐらいですね。(容量が大きいのは)全部の写真をアプリ内に持っているからです。Android版を作るにあたって大改造が必要な部分は、この容量の部分になります。どうやって解決したかというと、写真を表示するようにタップするとその時サーバに取得しに行くようにしています。小さな画像から中くらいの画像、そして拡大した時の大きな画像。それを何分割もして暗号化した状態で端末に落としてきて、端末上で展開して表示するということをやっています。
Android版「COSPLAY SHOWCASE」では、容量を押さえるためにデータをサーバに保存している。ユーザーが操作すると、サーバにアクセスして画像をダウンロードし、端末上で展開する。
また、iPadやiPhoneは今のところ画面サイズがそれぞれ1種類ですが、Androidは画面サイズはいっぱいあります。例えば、ARROWS Tab LETでは1280×800ピクセルですが、GALAXY Tabでは1024×600ピクセルだったりするわけです。ですので、マルチ解像度対応できるように、ソフトウェア側で「今どんなピクセル数で開かれているからどういうレイアウトにする」というのを動的に計算するようにしています。特に写真の場合は余白をどれくらいとるかというので見え方がだいぶ変わってしまうので、そこが難しいなあと思います。
今回お手伝いさせていただいたんですが、このアプリケーションは本当の意味での電子書籍アプリなんじゃないかなと思います。紙メディアを電子的に置き換えたものが第1世代としたら、インタラクティブなことができる、ネットワークにつながっているからこそできることをやっているコンテンツが本当の意味でのこれからの電子書籍コンテンツなのかもしれませんね。
(杉山氏)そうですね。これからもおもしろいことができると思います。そのためにも、業界的にはカメラマンも処理スピードが速くなくてはいけない。CGはもちろん、ムービーもエンコードに時間がかかりますから、マシンのスピードは重要です。本日はどうもありがとうございました。
取材:丸山陽子
会場写真:竹澤宏
杉山宣嗣 Nobutsugu Sugiyama
日本大学芸術学部在学中より、フリーランス・フォトグラファーとして活動し、1986年から5年間仕事の場をシドニーに移す。帰国後、人物・ファッションを中心とした広告・雑誌・写真集・写真展等で活躍。最近ではタレント広告も多い。テレビ・雑誌等でコメンテーターもつとめ、特別講師・講演会等もこなす。APA会員。2011年にコスプレ写真集アプリ「COSPLAY SHOWCASE」を発表、2012年には同タイトルのAndroid* 版アプリや紙の作品集もリリース。
http://www.nsp-jp.com/
上田キミヒロ Kimihiro Ueda
音楽制作、CD-ROM 制作、PC 系スクール講師などを経て、黎明期より インターネットコンテンツ制作に取り組む。フリーランス制作グループ 「ロクナナ」 発足後、2001年に法人化し代表取締役に就任。2003年より制作室を渋谷区神宮前に移転するとともに、Web 制作技術の学校 「ロクナナワークショップ」 を開講。アドビ認定トレーニングセンターとして独自の講座、執筆、イベントを積極的に展開。現在は、スマートフォン向けコンテンツやWeb 関連のコンサルティング、プロデュース、企画、制作を主体に、新規事業の立ち上げに従事。
http://rokunana.com/