CP+プロ向け動画セミナー 2019

映像ストーリーテリングのススメ

講師:酒井洋一(ディレクター/シネマトグラファー・株式会社HIGHLAND)

セリフ、ナレーション、テロップなどを使わず、映像と音だけでストーリーを伝えるための手法、それが映像ストーリーテリングです。映画やテレビのようなドラマチックな物語でなくても、撮影と編集で小さなストーリーを積み上げて、見る人の感情を揺り動かす。その手法について、ディレクター/シネマトグラファーの酒井洋一氏が、豊富な経験をもとに講義しました。

ウェディング撮影の面白さと難しさ

ナビゲーター 皆さん、こんにちは。ジャスティン・パターソンと申します。今日は酒井さんのお話をナビゲートする役を務めたいと思います。

img_event_cpplus2019_sakai_15.jpg ナビゲーター役のジャスティン・パターソン氏

今回のお話のテーマは「ストーリーテリング」。セリフ、ナレーション、テロップなどを使わず、映像と音だけでストーリーを伝えるための手法のことを言いますが、それがなぜ必要なのか、どう使うと効果的なのか、といった点を酒井さんにお話ししてもらい、途中に皆さんとの質疑応答、コミュニケーションの場を設けたいと思っています。それでは早速、酒井さんにマイクをお渡しします。

酒井 HIGHLANDの酒井洋一と申します。現在は主にウェディングの映像撮影、制作をしています。

本題に入る前に、まず簡単に自己紹介をしたいと思います。私は大学で英語を勉強した後、ハリウッドで映像制作を勉強し、帰国後はミュージックビデオプロダクションの制作会社であるSEPに入社、そこでひたすらミュージックビデオを作っていました。華やかな業界かと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、常に時間に追われる大変な仕事でした。

それがある時、大学の同級生のウェディングの映像を撮る機会がありまして、そこからハマってしまったんです。あ、こんなにも素敵な世界があるのか、と。

ミュージックビデオの撮影と、ウェディングの撮影では何が違うのでしょうか。ミュージックビデオはいわばフィクションの世界。ダメならもう1回撮ることができます。しかし、ウェディングはノンフィクションです。映像のために「もう1回キスしてくれ」とは言えません。私にとってはとても新鮮で、これまで経験したことのない面白さを感じたのです。そして独立後、そのウェディングの仕事に力を入れるようになりました。

img_event_cpplus2019_sakai_12a.jpgディレクター/シネマトグラファーの酒井洋一氏

どうすればお客様に感動してもらえるか

この仕事をしていて常に思うのは、クライアントであるカップルのお二人に、どのくらい満足、さらには感動してもらえるかです。ウェディングの撮影には10万円、20万円、時には30万円といったお金をいただくことになりますが、個人の方からそうした額をいただくのは特別なことです。自分の懐から出すお金としては特別に大きなお金だからです。ではどうすれば満足を超える感動が提供できるのか。

結婚式の当日には、さまざまなアクシデントが発生します。新郎新婦が予定とは違う扉から入ってきてしまったとか、急に大雨が降ってきたりとか、時に予想できないことも起こります。そうした不確定要素の多い中で、どうすれば感動していただけるものを提供できるか。その中で非常に重要な要素となるのが、本日のメインのテーマである「ストーリー」です。

ストーリーは見る人の心に伝えるための技術

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ストーリーは、映像に映っている人がどういう気持ちでそこにいるのかを、見る人の心に伝えるためのテクニック、と言うことができると思います。

ストーリーは特に映像制作に重要なテクニックです。写真は1枚で完結することも多いと思いますが、映像の場合は複数のカットでシーンを構成し、それを積み重ねて作品にしていきます。ですから、1つのシーンを構成する際にもストーリーを意識することが非常に重要になります。

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そう言うと難しそうだと感じる人もいらっしゃるでしょうが、人間はそもそも原始の時代から、壁画を描いてそこにストーリーを付け加えていました。そのことからもわかる通り、ストーリーを作るのは非常に得意なのです。難しく考える必要はないのです。

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では、 どうすればストーリーのある映像が撮れるのか。私は現場で常に2つのポイントを意識しています。まず1つは、撮っている自分が感動したシーンを見つけること。もう1つが、誰かの心が動いていると感じたシーンを探すことです。

後者はちょっとわかりにくいかもしれませんね。例えば結婚式でよく見かけるウェルカムボード。私には普通の、ありふれたボード見えました。しかしこれが新婦のお姉さんが手作りで、丹精込めて作ったものだとすればどうでしょうか。新婦の心は間違いなく動くはずです。

では、人の心が動くのはどういうタイミングでしょうか。そこにはやはり人間の喜怒哀楽があると思います。ただしウェディングの現場においては、それが「喜“美”哀楽」になります。怒りの代わりに美しいシーンに注目しようというわけです。

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このなかでちょっとわかりにくいのは「哀」のシーンですよね。哀という文字には“はかなく、長く続かない”といった意味があるそうです。ウェディングの現場では、例えばお父さんがヴァージンロードを歩く直前のシーンが挙げられると思います。こうしたシーンははかなく、見る人の心を動かします。

なお、「怒」のシーンも、会社案内ムービーなど、ケースによっては非常に効果的になると思いますので、そうした場合にはぜひ意識していただければと思います。

ウェディングにまつわるQ&A その1

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ナビゲーター 区切りのいいタイミングになりましたので、ここで皆さんから質問を募りたいと思います。ここまでの話で、またはこれからこんなことを聞きたいといったことでも結構です。どなたかいらっしゃいますか?

おお、結構手が上がっていますね。では、順にお伺いしていこうと思います。

Q 私も業務で映像を撮るのですが、ストーリーを作るというのはとても大事だなと思いましたが、その一方で必ず撮らないといけないシーンがあり、それら2つの要素を両立するのはとても難しいことではないかと感じます。どうしていますか?

酒井 私の場合は、撮影に際して2つのスイッチを意識しています。1つは事実をしっかりと撮影するという「押さえ」のスイッチ。もう1つがクリエイティブ、先ほどから申し上げている「ストーリー」のスイッチ。先ほどお話しした2つの感動のポイントを見つけつつも、「押さえの部分がしっかり撮れれば80点は取れるから大丈夫」くらいの心づもりで撮影をすると、自然とうまくいくのではないかと思います。

Q 私は中世音楽のコンサートの撮影をしているのですが、難しいのはコンサートという場の雰囲気を崩さずにどう撮影するかという点です。どう動けばいいかなど、撮影中に迷うことも多いです。

酒井 私は、音楽と言うとミュージックビデオの経験しかないのでわからない部分もあるのですが、例えばコンサートの場合などはディレクションと撮影を同時にやるようなことは避け、ご自身は演出に集中するのはどうでしょうか。雰囲気を汲み取ることを大事にしてディレクションをすることで、客観的に撮影ができるのではないかと思います。

Q 私もウェディングの撮影をしているのですが、カップルの2人のポーズ指導などはどうされていますか? 素人さんなので、緊張して不自然になることも多いです。

酒井 一般の方に、プロのようなポージングをしてもらうのは無理だと思います。いいポーズをしようとしてかえって不自然になってしまうことも少なくありません。ただし一般の方でも「アクション」はできる。歩いてもらう、カフェでお茶を飲む、アイスクリームを食べる…。こうしたアクションの中から、いい表情やポーズを見つけ出してみてはどうでしょう。私自身、過度な演出はできるだけ避け、自然な雰囲気で撮影することを心がけています。

Q 市場開拓みたいなことはどうされていますか?

酒井 弊社は現状、式場のプランナーさんから仕事をいただくようなことが多いのですが、ここに至るまでにしてきたのは、例えば作品をYouTubeやVimeoなどのサイトにマメにアップすることや、新しく仕事をした方に自分たちの過去の作品をお渡しして見ていただく、といったことです。いい仕事ができていれば、時間はかかるかもしれませんが、必ずいい結果に結びつくと思います。

ウェディング撮影の技術ポイント

ナビゲーター ありがとうございます。いろいろな質問が出たことで実践的な内容になったと思います。ここまではマインドの話も多かったので、ここからは技術的な部分のお話もしていただければと思います。

酒井 ではここからは、技術的なお話をしていきたいと思います。まず、ウェディングの撮影で私が特に意識しているのがカメラを置く位置、どこから映すのかという点です。

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撮影場所については写真でも重要だと思いますが、映像ならではのポイントもあります。例えば、おばあちゃんが孫に飴を渡すシーンを撮影するとします。写真ですと、2人の様子をワンカットで収めることを考えるのではないかと思いますが、映像の場合は違います。

まずおばあちゃんの顔を、次に孫の表情を、そして引きの状況説明のカットを撮影するというのが基本になります。少なくとも3カットで状況を説明するというわけです。こうした映像独特のカットの作り方も念頭に置き、それが最小限の労力で撮れる場所に、位置取る必要があります。

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さらに撮影では、じんわりカメラを動かすことを意識するといいと思います。例えば2人が歩いてるシーンを撮る際にも、いきなり2人を映すのではなく、カメラを草むらの中からスタートさせ、徐々に2人が映ってくるとか、あたかも小鳥の視線のように、2人の様子がだんだんと小さくなっていくといったシーンの作り方です。こうした動きには、視聴者を映像の中に誘導すると同時に、意識を「じらす」効果もあります。視聴者を飽きさせない工夫ですね。

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ストーリーの見つけ方

2つのテクニックを紹介しましたが、ここで役に立つのが…いよいよ話が本題に戻るのですが…「ストーリー」だというわけです。おばあちゃんと孫のやりとりのようなちょっとした物語が、映像を魅力的なものにします。

こうした小さなストーリー、ここでは「ミニストーリー」と呼びますが、その素材はウェディングの現場にはたくさんあるはずです。例えばお父さんがバージンロードちゃんと歩けるか、不安げな表情を浮かべて練習をしているシーン。新婦のお姉さんが一生懸命にウェルカムボードの仕上げをしているシーン。不要だと思っていたシーンが後から非常に重要だった、なんてこともあります。先ほども触れたとおり、自分の心が動いたら、または誰かの心が動くと感じたらカメラを向け、ストーリーを意識してください。こうしたちょっとしたミニストーリーを積み重ねていくことで、映像は魅力を増していきます。

ところで、こうしたミニストーリーを撮影し、映像に仕立てる際にぜひ知っておきたい手法があります。それは「倒置法」です。倒置法とは何か?と辞書を引いてみると、わかりやすい事例が出ていました。
「出た出た月が」。これが倒置法です。例えば新婦を撮影する際にも、いきなり新婦の表情を映すのではなく、まずはブーケを、次に口元を、その上で表情を映す。「月が」にあたるシーンを最後に持っていくことで、映像を見る人の関心を維持しようというわけです。

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映像を不自然に見せない編集術

さらにテクニックを紹介しましょう。1つはスローモーションです。日常生活の中では時間の動きを遅くすることはできません。スローの映像というのは新鮮に飽きずに見られる映像になると思います。ただし、もちろん使いすぎると飽きてしまうので、ここぞという箇所で使いましょう。

また、ミニストーリーを撮影・編集する際に意識したいのは、ストーリーが完結する前にカットしない、という点です。例えば、先ほどおばあちゃんが孫に飴を渡すシーンを挙げましたが、そのシーンが完結するのは飴を渡すところではなく、子どもがそれを食べて幸せそうな顔をするというところです。写真ですと、この後のシーンを想像させるということが大事になるかと思いますが、映像の場合はきちんと最後まで見せることを意識してほしいと思います。

なお、編集時には「まばたき」に注意してください。登場人物がまばたきをした瞬間にカットして次のシーンに行くと、見る側に強い違和感を残すことになります。ちょっとしたことですが、大きなポイントになることがありますから覚えておいてください。

編集時には、ミニストーリーの間に別のミニストーリーを差し込むケースがあるのですが、その際には観る側が忘れないうちにきちんと続きを見せるということを意識してください。例えば、ベールを上げてキスをするというミニストーリーがあったとします。その2つのシーンの間を30秒も空けてしまったら、見る人はそのつながりを忘れてしまいます。修飾関係は成り立たないと思ったほうがいいでしょう。なるべく短い時間のうちに、続きを見せることです。

同じように、会話のシーンで話している人を見せたら、必ず話しかけられた相手を映すということも大事です。これをしないと、見る側には放り投げられたような感覚が残ってしまいます。見る側が何を求めているのか、という点を常に意識してください。

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と、ここまで話がおおよそ終わったので、また質問を受け付けたいと思います。ジャスティン、よろしく。

ウェディングにまつわるQ&A その2

ナビゲーター 了解です。ではどなたか質問のある方はいらっしゃいますか? たくさんいらっしゃいますね。まずはこちら、写真と映像の会社を運営していらっしゃる方からの質問です。

Q 人材育成、教育をどういうふうに行なっていますか?

酒井 非常に大きなテーマですのでここでは簡潔に紹介しますが、私は3段階で育成を進めています。たくさんの映像を見せるのが最初の段階。その上で、私が現場で撮影しているところのモニターを見せる段階へと進みます。どこにフォーカスを当てるのかを見せるわけです。そして最後に、撮影しているモニターを私が見て指導をします。こうした流れを時間をかけて進めていきます。

Q BGMにはどんなもの使っているのか教えてください。

酒井 最近はネット上に素晴らしいBGM販売サイトが増えてきました。私もいくつかのサイトと年間契約をするなどして活用しています。なお、音楽は映像にとっても非常に重要です。コストも大事ですが、質が高く気に入ったものを利用するのが大事だと思います。何より、作品に合った楽曲を選ぶのはもちろんのこと、編集をする自分自身がその曲を好きだということが大切です。

Q 音声の収録はどうされていますか?

酒井 多くの方が利用しているSHUREやRODEのマイクを使用しています。ミニジャックで接続するタイプは接触不良などが怖いので、確実に接続できるキャノン端子を備えたものを利用するといいと思います。ただし、ウェディングの現場では音声のバックアップを確保した上で、取り回しを考え、ミニジャックのものを使用しています。

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Q 4K撮影はしますか?

酒井 ウェディングの場合は、まだ4K納品というのはないです。会場のプロジェクターもSDの場所がほとんどです。ミュージックビデオ撮影での経験上、4K/RAWなどで撮れば、クロップができたりカラーグレーディングの質を上げられるなどのメリットがあることは実感していますが、編集作業などの環境整備にコストがかかりすぎる点や、納品時に最終的にHDやSD書き出す時間なども考えると、4Kでの撮影はしていません。逆に時間や予算に多少余裕のあるMVや企業PVなどは4Kで撮影しています。

Q 私はレンズメーカーに勤めているのですが、ウェディングの撮影をしていてどんなレンズが欲しいと思いますか?

酒井 最近のレンズは高性能で収差も少なく、厳しい環境でも美しく撮影ができて大変ありがたいと思っています。ただその一方で、個性を強調できるレンズが欲しいなと思うこともあります。珍しい焦点距離とか、個性的な色が出るとか。僕はときどき、逆光でフレアの入るようなオールドレンズをあえて使うのですが、それはそうした理由からです。

Q 顧客へのヒアリングの際にどんなことを聞いていますか?

酒井 企業さんにしろカップルにしろ、映像制作に対してはわからない方が多いと思います。ですから、どんなシーンが欲しいかと尋ねても、なかなかいい回答は返ってこないと思います。むしろ「私たちにそんな素敵なストーリーがあるかわからない」と、謙遜する方も多いでしょう。ですからヒアリングよりも、こちらからきちんとした提案をすることに力を入れる方がいいのではないかと思います。

ナビゲーター そろそろお時間のようです。有意義な質問、どうもありがとうございました。最後に、酒井さんからもう1つ、大事な連絡があるんですよね。

酒井 ジャスティン、ありがとうございます(笑)。実は今日お話ししたような内容を1冊の本にまとめ、玄光社さんから出版させていただきました。それが『フィルムメイキング・ハンドブック』です。今日話しきれなかったことなども載っていますのでぜひ、ご覧いただければと思います。

それでは皆さん、どうもありがとうございました。

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関連情報

酒井洋一氏の著作「フィルムメイキング・ハンドブック」発売中。視聴者は映像作品に求めるのは「美しくかっこいい映像」ではなく、「心揺さぶれるストーリー」。映像で人を惹きつけるための手法を、実際の作品に秘められているテクニックから解き明かす。


価格は2,200円+税、電子書籍は2,100円+税。


2月28日開催・CP+プロ向け動画セミナー 2019 より
取材:小泉森弥

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