2015年11月15日
DSLRのムービー機能は目覚ましい進化を遂げ、今やスチールより動画撮影の比率が高いユーザーも多いだろう。そこで短期集中連載として、ニコンD810を中心とした撮影技法や周辺機器の導入、撮影後のファイルの取り扱い等を解説する。
今回D810で撮影した動画。柔らかで落ち着いたトーンを狙った。
素早く設定変更できる「 i ボタン」
ニコンD810は3635万画素というハイスペックを誇る、同社を代表する機種である。ニコンはこの機種よりムービー機能に一段と力を入れ、動画撮影においての性能と使いやすさを大幅に向上させた。今回は主にD810のムービー撮影時の注意点と使い勝手を中心に取り上げる。
全体のデザインや操作ボタンの配置に関しては、前機種であるD800とほぼ共通している。もっとも大きく異なるのは背面の「 i ボタン」の存在である。このボタンはムービー撮影時に親指でアクセスすることにより、素早く設定項目を呼び出すことができ、利便性を大幅に向上させている。
使用頻度の高い機能をすぐに呼び出せる「 i ボタン」(右の写真で「 i 」と書かれている丸いボタン)。メニューの階層構造をたどらなくても、i ボタンを押すだけで、使用頻度の高い設定項目にダイレクトアクセス可能。1分1秒を争う撮影現場では非常に重宝する。
特に撮影状況が変化するロケなどでは、この i ボタンは非常に有効だ。実戦的にムービー撮影を行なうプロカメラマンにとって、刻一刻と変化する撮影状況に素早く対応できる道具は何物にも代えがたい。ボディの小型化が優先され、設定メニューの操作が煩雑になっている他社機種も見かけるが、操作に手間取るうちにチャンスを逃すこともありえる。
その点、D810は使用者の立場からの使い勝手が熟考されている印象で、非常に好感が持てた。多忙で過酷な撮影現場を想定したこのような設計は、いかに同社が本気でムービー機能に取り組んでいるのかを伺わせる。
また、この機種の最大の特徴は、常用最低感度ISO64を搭載した点であろう。ニコンでは、明るい場所でもISO64に設定することで諧調の豊かな映像の撮影を可能にしたとしている。室内でのムービー撮影の場合、ある程度のベース光量が望めないと現実的には厳しい感度だが、それ以上に豊かな階調感を撮影可能としている点は、他社機種にはないD810の大きなアドバンテージだ。
階調の広いピクチャーコントロール「フラット」はお勧め
撮影メニューの「ピクチャーコントロール」で「フラット」を選んだところ。
動画の設定項目は多岐にわたり、きめ細かな画質設定ができるが、特にお勧めしたいのがD810から搭載されたピクチャーコントロール「フラット」だ。これはムービーカメラで言うところの「log」に近い特性を持つモードで、ニコンによればより広い諧調の収録が可能となっている。
実際に撮影した映像は一般的なデジタルシネカメラのlogファイルほど彩度が落ちる印象はない。どちらかと言えば撮影後のグレーディング作業前提のモードであるが、ハイからローまで階調を生かした映像はこのままでも充分美しい。
同時に、これも新たに搭載された「ハイライト表示」(ビデオカメラで言うところのゼブラ)をオンにしておけば、目視で白とびを回避することができる。ムービー撮影時には便利な機能だ。
よりシネマティックな映像を求めるなら、「輪郭強調」のパラメーターをゼロにする設定もお勧めだ。詳しくは下のカコミに譲るが、画面全体の印象をより柔らかに仕上げることができる。作品の求める方向性にもよるが、ぜひお勧めしたい設定だ。
輪郭強調をあえてオフにするテクニック
写真と違い、秒間数十コマの連続した画像を記録する動画撮影では、画面内で常に動いている被写体において輪郭のボケ(ブラー)が発生する。
これは生き生きとした躍動感を表現するには欠かせないものだが、見た目の解像感を損ねる一因にもなる(俗に言うぶれゴマ)。見た目の解像感を上げるには輪郭強調機能が有効ではあるが、上げすぎるとエッジが立ちすぎた映像になり、よく言う「生っぽい」印象になりがちだ。
そんな時は輪郭強調のパラメーターをあえて「オフ」にすることで、画面全体の印象をより柔らかに仕上げられる。
撮影時のフレームレートも1080/60PのフルHDに対応しているので、様々な用途が考えられる。24Pや30Pベースの作品内ではスローモーション効果も得られるので表現の幅が広がるだろう。
また基本中の基本ではあるが、DSLRムービーではスチールのようにRAWを選択できないため、色温度設定に関しては後から変更することができない。よって撮影場所と時間が変化する実際の撮影現場において、色温度設定は非常に重要だ。普段RAWでの撮影に慣れているフォトグラファーは注意が必要だろう。
D810の自然な描写力に満足
D810でのムービー撮影風景。右から2人目が筆者。
「valo」というアクセサリーのカタログ撮影のメイキング映像「valo - behind movie scenes」。
さて今回、筆者は女性アクセサリーのカタログ撮影現場に同行させてもらい、D810でメイキング映像を撮影した。柔らかで落ち着いたトーンを狙っていたので、ピクチャーコントロールはフラットを選び、コントラストは最弱、輪郭強調もゼロの設定で撮影した。
映像の第一印象としては、非常に自然な描写がされており、特に暗部の階調感が良好で、全体的に解像感を保ったままで柔らかい印象となったので、非常に満足のいく結果であった。D810はローパスフィルターがないので、ジャギーやモアレなどに留意する必要があるが、実際に撮影した印象では特に気にならなかった。この辺は高度な低減処理がなされた結果だろう。
このように動画撮影機能が格段に向上したD810は、今後本格的にムービー撮影にチャレンジしたいと考えているスチールのフォトグラファーにとって、有益な機種であることは間違いないだろう。
千葉孝 Takashi Chiba
1965年東京生まれ。ソニーPCLハイビジョン推進部にてハイビジョンカメラの研究開発に携わる。その後、撮影技術プロダクションを経て1998年〜2007年渡米。ニューヨークに本拠を構え、テレビ、映画、PVなど数々の作品に携わる。その後、チェコに移住。プラハでCMや映画の製作に参加。日本に帰国後はCMを中心にDP、DITとして活躍する。カメラマンとしてだけでなく、4K撮影とデジタルワークフローの構築を得意分野とし、多数の映画、ドラマなどのテクニカルアドバイザーを手がける傍ら、自らDaVinci Resolveを使用したカラリストとしても活躍する。ヘルメット株式会社所属。