2011年01月27日
トッパングループのプリンティングディレクター小島勉氏がナビゲーターを務める新連載「小島勉のカラーマネジメント放浪記」。前回に引き続いて、ロクナナのアートディレクター竹中祥人氏、フォトグラファー鞆岡隆史氏と共に、カラーマネージメント談義に花が咲く。今回の話題はモニターだけでなく、Webや印刷における色の問題や、仕事場の環境にまで広がっていく。
Webのカラーマネジメントはどうなっているか
小島:今日は、プリンタと印刷のカラーマネジメントについてお話ししたいと思いますが、ちょっとその前に、Web業界の事情についてお聞きしていいでしょうか。
竹中:はい、なんでしょう。
小島:Webを見るモニターは人によって違っていて、様々なモニターで見られているじゃないですか。モニターで見た色と実物の色の差について、クライアントから何か言われることはないですか。ちょっと色が違うよとか。
竹中:たまにしかないですね。ほとんどのクライアントさんは気にしてないと思います。
小島:僕は時々なんですが、「印刷で使った画像をWebでも使いたいので、Web用に作り直してほしい」って言われることがあるんです。それで、ちょっとWeb業界の人の意見を聞いてみたくて。
竹中:そういうときはどうしているんですか。
小島:印刷業界では、印刷物の色やモニターを見る時は5000Kの光源で見るというルールがありますが、Webを見るような一般的なモニターは色域がsRGBで、色温度が6500Kだと言われているじゃないですか。だからそういう時は、普段使っている広色域モニターをsRGBの設定に変えて、PhotoshopでCMYKからsRGBに変換しています。このとき単純にRGBに変換すると、墨版の影響で墨っぽくなってしまうので、シャドー側の階調がよく出るように調整しています。その上で、さらに印刷物と比べて違和感がないように、もう一回色を調整しています。
竹中:なるほど、それだと印刷物とWebの色がばっちり合ってそうですね。
小島:でも普通の人のモニターって、本当にsRGBの色域なのか、色温度は6500Kなのか、分からないじゃないですか。実際にはどう見えているのかが気になります。まあ、それを言い出したら、普通の人は5000Kで印刷物を見たりしませんから、同じことかもしれませんが 。
竹中:Webの世界では、いちおう画像はsRGBという決まりはあるんですが、カラープロファイルは埋め込んだ方がいいのか、埋め込まなくてもいいのか、明確なルールはないですね。Webブラウザによっても色が違って見えるので、我々もいろいろ実験しているところなんです。
小島:たしか、SafariとFireFoxはカラーマネジメントに対応していましたよね。
竹中:でも、肝心の、最もシェアの高いInternet Explorerがいまだに対応していないんです。
小島:それは困りますよね。
竹中:とはいえ、Internet Explorerも次のバージョン9から対応するという情報がありますし、ChromeもMac版だけですが、すでに対応していますから、少しずつ改善されてはいるんでしょうね。
小島:Webの色の問題でもう一つ言うと、広色域モニターでWebを見ると、彩度が上がってしまうことです。Webの画像はほとんどカラープロファイルが埋め込まれてないので、たとえWebブラウザがカラーマネジメント対応でも、広色域モニターでは正しい色で表示されないんです。
竹中:そういうことも含めて考えると、これからはむしろ、画像にsRGBのプロファイルを埋め込んだほうがいいんですかね。
小島:たぶん、そうでしょうね。Webのことをそんなに知らないので断言はできないんですが 。もう少し確信を持って言えるように、もっとWebを勉強しなきゃいけませんね(笑)。
印刷物の色はどうやって確認するのがよいのか
小島:では本題に戻りましょう。印刷物を制作するときはどのように進めていますか。
竹中:ColorEdgeを使っているので、写真についてはモニターで見た色が正しいという前提で進めています。紙ではどう見えるのかを確認する時は、インクジェットプリンタPX-5600とピクトリコのプルーフ用紙で出力しています。ピクトリコで配布しているICCプロファイルを使っているので、モニターとインクジェットの結果はほぼ一緒だと思います。これで間違っていないですよね?
小島:そうですね、いいと思います。色校正はどうしていますか。
竹中:色校正は予算的な制約があることが多いので、本紙校正ではなくデジタルコンセンサス、いわゆるデジコンです。ウチで印刷物を作るときは、あえてヴァンヌーボなどの風合いのある紙を使うようにしているんですが、デジコンではそういう紙に印刷したときの感じが出ないので、色はじっくり見ていません。どちらかというと、クライアントの確認用という意味合いが大きいですね。
小島:たしかにヴァンヌーボなどの場合は、その質感までは再現できないですからね。
竹中祥人氏 |
竹中:お客さんにデジコンを見せるときは、「デジコンでは鮮やかに色が出ていますが、ヴァンヌーボの本紙ではここまでは出ませんよ」と言っています。「でも、紙の風合いがいいので、冊子の雰囲気は絶対いいと思いますよ」とも言っています。最終的に出来上がったものに対しては、あまりクレームはないですね。
小島:なるほど。印刷物を作ることが最大の目的だったら、色はかなり重要な要素になるけれど、こちらの場合はまずWebサイトありきで、紙には別の役割があるということなんですね。
竹中:そうですね。色の再現性も大事だとは思うんですが、ウチで作る印刷物は紙の手触り感を大事にしています。
小島:校正とモニターは並べて見たりしませんか?
竹中:インクジェットのプリントとモニターは並べて比較しますが、デジコンの色は重視していないので、モニターとはほとんど比べていません。
小島:印刷会社に入稿したら、色は出たなりでオッケーということですか。
竹中:一度使ったことがある印刷用紙は他の仕事でもよく使うので、以前のデータをモニターに表示して、インクジェットの出力と、その印刷用紙で刷った印刷物を並べて見ます。それで大体の傾向をつかんだら、いま作業しているデータをモニターとインクジェットで見て、たぶん印刷ではこうなるだろうと見当をつけています。
小島:なるほど。デジコンについて誤解があるといけないので、一言付け加えますが、実際にはデジコンの色再現性は優れていて、元データの色をかなり忠実に再現してくれるんですよ。ですから、CMYKデータをモニターで見た時と、デジコンでの見え方はほぼ同じになります。
竹中:そうなんですか。じゃあ、デジコンの色は信頼できるんですね。
小島:はい、大丈夫です。いままでの平台校正機というのは原理的に色が安定しないんですが、デジコンは常に安定的に同じ色で出るので、むしろ安心して使えます。それから、印刷インキで再現できる色で出力されるので、印刷のシミュレーションとしても充分です。ただし、専用紙でしか出力できませんから、紙白の影響もあって、本紙での最終的な見え方と違うことはあります。
竹中:紙の表面の繊維が毛羽立っていたり、写真の色が浅くしか出ないような、風合いのある紙はどうですか?
小島:一般的な印刷本紙を使う場合はデジコンで問題ありませんが、そういう特徴のある印刷本紙の場合は本紙校正をおすすめします。
竹中:よく分かりました。
小島:ちょっと話が脱線してすいません。
印刷の川上と川下の両方でColorEdgeが色の基準になっている
小島:写真データをCMYKに変換するのは竹中さんがやってらっしゃるんですか。
竹中:そうですね。Japan Color 2001のプロファイルを使って変換しています。色が大きく転ばない限りは、そのまま入稿データにしています。
小島:Japan Color 2001はたしかによくできたプロファイルで、色変換の結果も悪くないとは思いますが、実は印刷用紙まで細かく規定されていているので、どんな紙でもこのプロファイルで大丈夫というわけではないんです。特にヴァンヌーボのような特徴のある紙は、なおさらだと思います。僕は、基本的にはデザイン側ではCMYK変換をしないほうがいいというか、印刷会社や製版会社に任せる方が良い結果が得られると思います。
竹中:今まではヴァンヌーボだから色はしょうがないとあきらめていたのですが、印刷会社でCMYK変換してもらうようにすれば、もう少し色が出ますかね。
小島:今よりも色を追い込めると思います。
鞆岡隆史氏 |
鞆岡:RGBデータで写真を入稿する場合、どうすればいいんでしょうか。
小島:写真画像はAdobe RGBで作って、プロファイルを埋め込んでもらい、インクジェットの色見本を付けてもらうのが理想的ですね。もちろんインクジェットの色がすべて印刷で出るわけではないんですが、色見本がある方がその写真の意図が分かります。でも、最近は色見本がついていないことも多いんですが 。
鞆岡:色見本がないときはどうするんですか。
小島:仮に色見本がついていなかったとしても、ColorEdgeで見ればほぼ色は分かります。印刷会社ではColorEdgeが一つの基準のようになっていますし、デザイナー、フォトグラファーの間にもかなり普及してきましたから、川上と川下で基準を共有できるようになり、ワークフロー全体がかなり安定してきたように思います。
竹中:印刷会社はみなさんColorEdgeを使っているんですか。
小島:凸版印刷ではColorEdgeが大量に入っています。InDesignやIllustratorで組版の作業をする部署はFlexScanや他社のモニターだったりするんですが、レタッチや製版の作業をする部署はColorEdgeを使っていますね。
竹中:色に関わる仕事をする部署はColorEdgeなんですね。そうすると、ウチでもColorEdgeを導入したのは正解だったわけですね。
小島:はい。
竹中:コストとの兼ね合いもありますが、これからはできるだけRGB入稿にしていきたいと思います。
モニターを見る環境光は意外と重要
ロクナナのオフィスの照明はすべて白熱灯となっている小島:ところで、ロクナナさんのオフィスの照明は白熱灯で統一されていますね。照明器具も紙と木でできていて、ちょっと提灯みたいな味わいがあっていいですね。
竹中:照明は僕のこだわりで、こういう感じ統一しています。
小島:気持ちが落ち着くのでこういう照明は好きなんですけど、でも、色を見る仕事には向かないかなぁという気がします。
竹中:さきほど印刷業界のルールで5000Kというお話がありましたが、やはりそこまで気を使わないとダメですか?
小島:厳密に言うとそうですね。でも、出版社やデザイン事務所の照明が5000Kかというと、そういう取り組みをしているところはまだまだ少ないというのが現実です。今日はそういう場合に役立つものを持ってきました。トルーライトという、色を見るための蛍光灯が入ったスタンドです。
竹中:そんな便利なものがあるんですか。
小島:トルーライトはアメリカ製なんですが、バイタライトという名前でも売られています。写真のプロショップなどでは、この蛍光灯とスタンドがセットになって1万5000円くらいで手に入ります。ちょっと点けてみましょうか。
竹中:わ、まったく色が違って見えますね。
鞆岡:スタンドひとつでこんなに違うんだ。
トルーライトについて説明する小島勉氏小島:トルーライトは僕も使っているんですが、i1 Proの環境光測定機能で測ったら、色温度はぴったり5000K。演色評価指数も97〜98くらいあったので、色を見るには申し分ないと思います。
竹中:その演色評価指数というのは何ですか。
小島:自然光を基準として、人工の光源がそれにどれだけ近いのかを示す値です。印刷会社で使用している色評価用蛍光灯はだいたい演色評価指数98くらいですかね。このトルーライトをデスクに置くだけでもだいぶ違いますよ。色校とインクジェットプリントを比較したり、さらにモニターも含めて、3つの色を比較できるようになります。
竹中:それはいいですね。実は、印刷の仕事で出力されたものを見るときは、ベランダに出て自然光で見るようにしているんです。夕方以降は光が変わるので色のチェックはしていませんけど 。でも、このスタンドがあったら、冬の寒いベランダに出なくてもいいわけですね(笑)。
小島:鞆岡さんの仕事場はどういう照明になっていますか。
鞆岡:写真の撮影をしている部屋は、竹中のいる部屋とは別なんですが、そこの照明も白熱灯です。ただ、モニターで写真を見るときは遮光しているので、真っ暗な中で作業しています。
小島:白熱灯よりはいいですが、真っ暗にしなくてもいいいと思いますよ。
鞆岡:さっきのトルーライトがあればいいですか。
小島:それでもいいですし、できたら部屋全体の照明を色評価用の蛍光灯にするのがいいと思います。それが難しければ、普通の蛍光灯でもいいので、「3波長型・昼白色」をおすすめします。3波長型は演色評価指数が80〜85くらいありますし、昼白色タイプは色温度が5000K前後ですから、まずまずの照明環境になります。
竹中:普通の会社みたいに長い蛍光灯を取り付ける器具はないんですが、電球形の蛍光灯だったらウチの照明器具でも使えるかもしれませんね。社長と予算を相談してみます(笑)。
鞆岡:せっかくなので、リクエストさせていただいてもいいですか。
小島:はい、なんでしょう。
鞆岡:実はインクジェットで作品のプリントをしているんですが、和紙などを使っているので、なかなか色がデータ通りには出ないんです。どうすればいいのか教えてもらってもいいでしょうか。
小島:わかりました。じゃあ、それは次回のテーマにしましょう。
鞆岡:よろしくお願いします。楽しみにしています。
写真:竹澤宏
今回の訪問先
株式会社ロクナナ
Webサイトの企画・制作・運営からマルチメディアコンテンツ、グラフィックデザインなどの制作部門、写真・映像の撮影部門、ロクナナワークショップを運営する教育部門、オンラインショップ「67store」を運営する販売部門など、様々な事業を手がける。
http://rokunana.com/
小島勉 Tsutomu Kojima
株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズ所属。インクジェットによるアートプリント制作(プリマグラフィ)のチーフディレクター。1987年、旧・株式会社トッパンプロセスGA部入社。サイテックス社の画像処理システムを使った商業印刷物をメインとしたレタッチに従事。1998年よりインクジェットによるアート製作(プリマグラフィ)を担当し現在に至る。イラスト、写真、CGなど、様々なジャンルのアート表現に携わっている。