小島勉のカラーマネジメント放浪記

iPhone/iPadのカラーマネジメント 〜写真家・岡田敦 ③

プリンティングディレクター・小島勉氏と写真家・岡田敦氏の対談の最終回は、iPhone/iPadアプリのためのカラーマネジメントについて。写真集のアプリをリリースした岡田氏の体験から話を始める。

img_coloredge_user_okada1_1.jpg ナビゲータ役の小島勉氏
img_coloredge_user_okada1_2.jpg 写真家の岡田敦氏

iPhone/iPadアプリの制作は写真の色で苦労する

小島:岡田さんは、写真集の「ataraxia」と同じタイトルでiPhone/iPadアプリも出していらっしゃいますね。僕は写真集のアプリに大変興味があるのですが、アプリを出すきっかけを教えていただけますか。

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iPhone/iPadアプリ「ataraxia [photo theater]」。開発元:Excite Japan 写真:岡田敦 音楽:守時タツミ。iTunes AppStoreで見る

岡田:2009年の暮れに音楽家の守時タツミさんから、一緒に何かアプリを作りませんかというお誘いをいただきました。その時ちょうど「ataraxia」の写真集を2ヵ月後に刊行する予定だったので、写真集とアプリを両方リリースすることで何か相乗効果を得ることはできないかなと思い、アプリの制作を決めました。

まず写真を守時さんに見ていただいて、そこから得たインスピレーションで曲を作ってもらって、私の方ではそれを聴いて写真の構成やトリミングをやり直しています。アプリは写真集とはまた別物なので、どういう見せ方がいいのかを話し合いながら進めていきました。

小島:アプリのユーザーインターフェイスが英文表記になっていますが、海外も意識しているということなんですか。

岡田:それはかなり意識しました。写真集の流通は基本的に国内だけで、初版2000部とか3000部というのが現実です。でもアプリという形態であれば、iPhoneやiPadを持ってる人に国を越えて作品を届けることができるので、写真集とはまた別の広がりや出会いがあるのが魅力かなと思います。小説などと違って写真や音楽には言葉の壁がないので、ワールドワイドに販売するアプリに向いていると思います。

iPad版に関していえば、まだ日本でiPadが発売されていない2010年4月にリリースしたので、そういう意味では先駆けでした。アプリを買ってくれた人の感想を直に聞きたかったので、アプリから私のホームページにリンクを貼ってもらったり、写真集をAmazonで買えるような仕掛けも作ったりしてたんですけど、そういう効果もあって、突然海外から「アプリ買ったよ」というメールが来たりします。読者からの反応は、海外と日本で半々ぐらいですかね。

小島:アプリの場合は、写真集とは違った意味で、色について試行錯誤されたのではないかと思いますが、いかがですか。

岡田:ポータルサイトのエキサイトさんからアプリを出してもらったのですが、日本でiPadが発売される前にアプリの制作をしていたので、肝心のiPadはエキサイトさんがアメリカで買ってきた1台だけしかなく、そのiPadに画像を入れてみないと実際にどう見えるのかわからない状態でした。私が作ったデータをそのまま表示すると、色が派手めになってしまったので、それが一番難しかったというか、データを作る上で気をつけなければいけないところでした。

アプリの制作者はプログラミングの技術は持っていますが、写真や色に関してプロフェッショナルではないので、データ作りは私が全部責任を持ってやりました。iPadで見ると写真集よりも彩度が強くなるから抑えめにしておこうといった具合に、手作業というか勘で作っていましたね。

小島:そうすると、かなり手探りの状態だったわけですね。

岡田:前例がなかったので、技術的なことを相談できる人もいなくて、本当に手探りでした。印刷物とiPadを同じ色にするのは限界があるので、iPadできれいに見えるように調整しました。違う表現媒体なので、いい意味で割り切って作りましたね。写真集よりも色彩がはっきりしているかも知れません。

小島:なるほど。Webでも同じようなことがあって、見る人のモニター環境によって色が違ってしまうのですが、iPhone/iPadアプリの場合はデバイスが決まっているじゃないですか。そういう意味ではWebよりも、色を管理したいというニーズはあるんじゃないか思います。

岡田:そうですよね。Webだと見る人のモニターが全部違うので諦めがつきますが、iPhoneやiPad用のカラーマネジメントができるようになってほしい。

小島:ためしに紙の写真集の画像データをiPadで表示させてみましょうか。

img_coloredge_user_okada3_2.jpg 左側のiPadは「ataraxia」のアプリの画面。右側のiPadは、写真集用の画像を表示した状態。手前は写真集「ataraxia」。

小島:ヒガンバナの赤がかなり違いますね。写真集ではどちらかというとマゼンタに見えるんですけど、iPadのほうは朱色になっています。

岡田:グリーンの色も全然違いますね。かなり沈んでしまいます。

小島:写真集と比べると、シャドウ側の見え方が違いますね。白い雪景色の写真も、白というよりグレーっぽい感じがします。

岡田:こんな感じでColorEdgeや写真集との見え方が違うので、iPad用のデータ作りでは結構苦労しました。

iPhone/iPadの表示をエミュレーションするためのツール

小島:先ほど、アプリは写真集とは別の表現媒体だとおっしゃっていましたが、そうはいっても、iPadでも本来の表現意図はできるだけ伝わったほうがいいわけですよね。

岡田:はい、もちろん。

小島:実はいまナナオさんが、iPhone/iPadの表示をエミュレーションできるツールを開発しているんですよ。iPadの液晶パネルの特性を計測してプロファイルを作り、それをColorEdgeに反映させるというものです。

岡田:それはすごいですね。もう完成しているんですか?

小島:一応動くんですが、まだ開発途中で、今はWindowsでしか動きません。最終的には単体のソフトではなくて、ColorNavigatorに組み込まれる予定なので、Macでも使えるようになるそうです。

岡田:iPadのカラーマネジメントってやっぱり要望が多いんですかね。

小島:聞いたところによると、もともとiPad専用というわけではなくて、タブレットPC、スマートフォン全体を視野に入れているそうですが、実際にユーザーが多いのはiPad、iPhoneなので、その2つを優先的に開発しているそうです。僕はちょうど今、その開発中のソフトを試させてもらっているところです。

img_coloredge_user_okada3_3.jpg iPadには専用のカラーパッチを読み込ませておく。

こちらのiPadにはあらかじめカラーパッチの画像が入れてあって、それぞれのパッチをキャリブレーションセンサーで測ります。パッチの種類は、現状RGBの各原色と、白、黒、それから7種類の中間調の合計12枚。いまのところ、このソフトからiPadをコントロールできないので、パッチは一つ一つ手でスクロールさせながら計ります。

岡田:面白いですね。

img_coloredge_user_okada3_4.jpg パソコンにつないだキャリブレーションセンサーでiPadの液晶パネルを計測。

小島:計測が終わったらプロファイルに名前をつけて保存。これをColorNavigatorのインポート機能で読み込みます。そして、これを調整目標に選んで、あらためてモニターキャリブレーションを実行します。

岡田:モニターキャリブレーションが終わると、iPadと同じモニター環境になるわけですね。

img_coloredge_user_okada3_5.jpg ColorNavigatorでColorEdgeをキャリブレーションする。

小島:そうです。…さあ、キャリブレーションが終わりました。

岡田:いま、モニターの色が変わりましたね。たしかにiPadの画面に近くなりました。

小島:このソフトで計ったところによると、iPadの色温度は大体7000K〜7200K。色再現域はsRGBよりも狭くて、輝度がすこし高めです。

岡田:赤と緑の発色はわりとiPadに近いですね。

小島:青は今ひとつ合っていませんね。このあたりは測色するパッチの数を増やせば精度が高くなるのではないかと思います。

岡田:いま、このモニターはiPadに合わせた色になっていますが、元の色と比較するには、もう1台ColorEdgeがないといけないわけですか。

小島:そうですね。どうしてもモニターは2台必要になります。

岡田:でも、このiPadのプロファイルをPhotoshopでも使えたら、モニターは1台で済みますよね。

小島:そうですね、それは大丈夫です。Photoshopの「色の校正」機能を使えば、元の色とiPadの見え方を比較しながら作業ができると思います。もっと簡単にやろうとすれば、Mac OS Xの「プレビュー」でも同じことができます。

岡田:「プレビュー」でもできるんですか。それは便利ですね。

小島:ちょっとやってみましょうか。まずColorNavigator Agentでモニタープロファイルを選び直して、モニターを普段の状態に戻します。この状態で「プレビュー」を起動して、ツールメニューから「プロファイルを割り当てる」を選んで、iPadのプロファイルを指定します。

岡田:あ、iPadにかなり近いですね。

img_coloredge_user_okada3_6.jpg Mac OS Xの「プレビュー」でiPadのプロファイルを割り当てると、iPadの表示に近くなる。

小島:複数の画像を「プレビュー」で開いているときは、1枚ごとにプロファイルを当て直す必要があるので、そこは少々面倒くさいのですが、けっこう使えると思います。

岡田:本当ですね。これがあったら「ataraxia」のアプリも楽だったのになあ。いやあ、素晴らしいですね。

小島:この機能がColorEdgeに搭載されるようになったら、写真集アプリも違ったステージで取り組むことができますよね。

電子書籍・アプリではこれからカラーマネジメントが重要になる

岡田:小島さんも仕事で写真集アプリを作ったりするんですか。

小島:いえ、いまはまだ研究しているところですね。紙の写真集よりは制作コストがかからないと思うので、今後そういうニーズは大きくなると思っています。どうやってコストを回収するかという問題は残りますが…。

岡田:写真集の企画を持ち込むと、「アプリだったらいいよ」っていう会社はありますね。でも紙の写真集をそのまま移植しても面白くないので、アプリでしかできないことを考えていく必要はあります。「ataraxia」のアプリを出してくれたエキサイトさんは、もともと写真と音楽のコラボレーションによるフォトシアターというジャンルを確立したいということで、私のアプリはその第2弾でした。

小島:それは面白い試みですね。アプリというのはそういう新しい表現を生み出すのと同時に、日本の写真家を海外に紹介するための足がかりとしてすごくいい媒体だと思います。

岡田:日本の写真家というカテゴリーで捉えてもらえるようになれば、もっと海外からのダウンロードが増えるようになるんじゃないかなと思います。

img_coloredge_user_okada3_7.jpg 電子書籍の未来について語り合う小島氏(左)と岡田氏(右)。

小島:岡田さんのように作家活動中心でやってきた写真家の方はこれまでフィルムで撮影することが多かったと思うんですけど、今後のメディア環境を念頭に入れると、作品をデジタルカメラで撮ったり、アプリを作ったりすることが増えるんじゃないですか。

岡田:そうですね。私の周りでも、アプリを作りたいと言っている人は結構たくさんいます。というのも、いま出版業界の状況が厳しくて、流通に乗りやすい作品でないと写真集を出せないという現実があるんです。写真自体の評価とは別の所で写真集を出せるかどうかが決まってくる。少部数を自費出版するという選択肢もありますが、それよりはアプリを作って世界に向けて発信したいという人も増えてくるかも知れません。

小島:いま印刷業界全体で電子書籍の技術を確立しようと頑張っていますが、僕は個人的には、タブレットPCやスマートフォンのカラーマネジメントや画像品質の向上についてきちんと取り組みたいと思っています。今のようなデバイスありきの状況だと、品質もデバイスに依存するしかないのですが、ナナオさんが開発している新しいツールはその状況を変えていく突破口となるんじゃないかと思います。

岡田:早くiPadでカラーマネジメントができるようになってほしいですね。そのうち、トッパンさんにお願いすれば、紙の写真集もアプリも、きちんと色が合うようになるんでしょうね。

小島:そのようにしたいと思いますし、またそうせざるを得ないという状況でしょうね。紙媒体、印刷のマーケットが縮小している中では、写真家も印刷会社も新しいチャレンジをしていくしかないですし、なかでも色の問題は重要だと思っています。

岡田:がんばってください。私も期待しています。

今回のゲスト

岡田敦

写真家。1979年、北海道稚内生まれ、札幌出身。2003年、大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業。大学在学中の2002年に、富士フォトサロン新人賞を受賞。2008年、東京工芸大学大学院芸術学研究科博士後期課程修了、博士号取得(芸術学)。2008年、第33回木村伊兵衛写真賞を写真集「I am」で受賞。これまでに出版した写真集は、2003年「Platibe」(窓社)、2003年「Cord」(窓社)、2007年「I am」(赤々舎)、2010年「ataraxia」(伊津野重美との共著、青幻舎)。
岡田敦オフィシャルサイト http://www2.odn.ne.jp/~cec48450/

写真:小島勉

小島勉 Tsutomu Kojima

株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズ所属。インクジェットによるアートプリント制作(プリマグラフィ)のチーフディレクター。1987年、旧・株式会社トッパンプロセスGA部入社。サイテックス社の画像処理システムを使った商業印刷物をメインとしたレタッチに従事。1998年よりインクジェットによるアート製作(プリマグラフィ)を担当し現在に至る。イラスト、写真、CGなど、様々なジャンルのアート表現に携わっている。

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