2011年11月15日
HPの大判プリンタDesignjet Zシリーズは、他社に先駆けて新しいテクノロジーを搭載しているプリンタである。Zシリーズの最新機種であるZ6200を中心に、そのラインナップを紹介しよう。
HP Designjet Zシリーズ
全モデルでi1センサーを内蔵、PANTONE認証を取得
作品制作で使用するプリンタのポイントとなるのは、色域、解像度、スピード、保存性などである。現在発売されているプロ用大判プリンタはこれらの性能を十分にクリアしており、どのメーカーのプリンタを使っても納得の作品づくりができるだろう。
HPの大判プリンタDesignjetは近年、少しおとなしくなってしまった印象があるが、詳しく見てみると他社にはない存在感を放っている。Designjetシリーズは大きく分けてCADなどテクニカル分野向けのTシリーズ、グラフィック分野向けのZシリーズに分かれているが、今回はZシリーズを中心に紹介したい。
Z2100 Photo
Z3200
Z5200PS
Z6200
HP Designjet Zシリーズは、2006年の初登場以降、独自の思想にもとづき、他社に先駆けた新しいテクノロジーを搭載したプリンタとして知られている。2011年11月現在、Z2100 Photo、Z3200、Z5200PS、Z6200の4モデルがラインナップされているが、数字の大きい方がインクの数も多いといったネーミング上の法則性はなく、また同じ型番であってもサイズ違いの機種が存在するなど、ラインナップの構成は少々分りにくいところがある。
インクはすべて顔料インクだが、2010年に新たに開発されたHP Vivid フォトインクと、従来からのHP Vivera 顔料インクの2種類がある。前者のHP Vivid フォトインクはZ6200で初めて採用されたインクで、その名のとおり写真作品の表現力を高めるために開発された。カラーの広色域化だけでなく、ブラックインクの濃度も向上している。この新しいインクの性能については詳しく後述する。
一方のHP Vivera 顔料インクは耐光性と耐水性に優れたインクで、Z2100 Photo、Z3200、Z5200PSに採用されている。8色インクと12色インクがあるが、特筆すべきはZ3200に搭載されている12色インクである。12色の内訳はCMYKインクのほかに、RGBインク、モノクロ系インクが4色(マットブラック、フォトブラック、グレー、ライトグレー)、さらに光沢感を出すためのグロスエンハンサ。筆者が見たところによると、特に赤系の表現力が印象深かった。夕景や濃紺などディープシャドウへとつながる表現力は12色インクならではの特徴だ。
HP Designjet Zシリーズは、この他にも先進的なテクノロジーが採用されている。たとえばZシリーズの全モデルに搭載されている内蔵分光測光器i1。プリンタの状態を安定化させたり、用紙に合わせたプロファイルの作成が行えるたり、RIPとの組み合わせで適正な認証範囲になっているか検証することもできる。HPはプリントヘッドをユーザーレベルで交換できる唯一のメーカーだが、新品ヘッドに交換した際はやはりきちんとした調整を行なわなければならない。その作業においても内蔵センサーは威力を発揮する。
エプソンもオプションでi1の自動測色器を用意しているが、プリンタの本体にキャリブレーショセンサーを初めて内蔵したのは何と言ってもHPである。そのほか、現在コンシューマ機のトレンドとなっている、プリント・スキャン・コピーの一体型複合機、無線LAN内蔵、iPhoneからのワイヤレスプリントなども、実はすべてHPが一番最初に始めたもので、このあたりにプリンタメーカーとしての先進性が見て取れる。
プリンタの性能を客観的に裏付けるものとして、PANTONEやDICなど色見本帳メーカーの認証制度がある。エプソン、キヤノンは一部のプリンタでこれらの認証を取得しているが、HP Designjet Zシリーズは全ての機種でPANTONE認証を取得している。認証を受けた製品は特色対応の色校正を出力できることを意味する。作品制作から印刷プルーフ(校正)まで、プリントにまつわる様々な用途に対応できるシリーズと言えるだろう。
注目の機種・新開発インクを搭載したZ6200
HP Designjet Z6200は2010年11月の発売で、Zシリーズの中では最新機種となる。前述の通り新開発のHP Vividフォトインクを採用しており、サイズはB0と60インチの2タイプがある。
Z6200
他社も含めて通常の8色インクは、CMYKの他にライトシアン、ライトマゼンタ、グレーなどで構成されるが、HP Vividフォトインクにはシアンがなく、その代わりにクロムレッドという赤系のインクを搭載している。ライトシアンはあるがシアンはないということで、深いブルー系の発色はどうなのだろうかという気がするが、実際に出力されたプリントを見ると、ドライバソフトのLUTの作り込みが非常に良くチューンされていて、シアン非搭載を感じさせない作りだ。
このインクでは速乾性がさらに向上されたため、結果的に高品質を維持しながら高速印刷を実現している。メーカーによると、A1判(420mm × 594mm)でなんと1分程度。実際にプリントしてみたところ、クオリティをしっかり維持しながら表現しているのには正直驚いた。いままでの高速印刷の常識を大きく変えるものと言える。
ここまでの高速印刷となると、用紙送りのズレ、用紙自体の伸び、ゆがみなどによりバンディング(ヘッドの幅=バンドごとに出る縞模様)が発生してしまう。このようなプリント精度の低下を防ぐテクノロジーが、HP OMAS(オプティカル メディア アドバンスセンサー)である。これは、用紙の裏面をセンサーが常に読み取りながら、紙の送り精度を柔軟にコントロールするというもの。まるで産業用ロボットのような最先端技術である。
このHP OMASは、テクニカル分野向けモデルのフラッグシップであるHP Designjet T7100、サインディスプレイ系モデルのL25500/L26500、そしてグラフィックモデルではこのZ6200でしか採用されていないという。
ラテックスインク搭載の最新モデルL26500
作品制作においてはインクの耐久性と色域がポイントだ。一般的には顔料インクを使うことになるのだが、HPでは独自のラテックスインクを搭載したモデルを投入している。ラテックスインクというのは聞き慣れないかもしれないが、インクに有害物質を含まない安全性の高いインクとして知られている。サインディスプレイ業界では安全性の高いこのインクを使う機会が多くなりつつあるとのことだ。インク自体は水性で、色材の粒子とラテックス粒子を、プリンタ本体に内蔵されたヒーターが熱を加えることによって乾燥・定着させる仕組みだ。プリント直後から既に乾いているため乾燥時間が必要ない。
L26500
プリントしてすぐに加工できるため、例えば、ブライダル用途の出力物などをその場で作ってプレゼントすることもできてしまう。ラテックスインクは耐候性とメディアへの追従性が高く、折り曲げてもインクがはがれ落ちることがない。インクジェット専用メディアだけでなく、幅広いメディアに対応できるのも大きな特徴だ。
つい先日発表されたL26500は、従来機種のL25500と比較してカラーインクの広色域化、およびブラックの濃度向上、両面印刷を可能とする巻き取り装置の新たなデザインにより、柔らかいテキスタイルメディアへの対応などが向上している。テキスタイルを意識したバージョンアップは、用紙幅が61インチとなったことでも感じることができる。61インチというのはテキスタイルの業界では一般的なサイズだという。
さて、インクの色域はメーカーの言う通り、伸びが感じられる。L25500と比較すると彩度と透明感がアップしたと言える。解像度は同じ1200dpiだが、階調性が以前よりも明らかに滑らかになっている。クセのないトーンはストレスを感じることなく作品作りに集中できるはずだ。ラテックスインクは高温を与えてメディアへ固定するため、メディアの対応力には一定の注意が必要だが、作品制作のイマジネーションを大きく広げてくれるだろう。
大判スキャナを内蔵したT2300 eMFP
HPは建築図面等、CADデータを出力できるソリューションでも多くの実績がある。作品制作とは少々ズレるかもしれないが、変り種のプリンタとして紹介したい。
T2300 eMFP
この機種は上部にA0判まで対応するスキャナを装備している。コンシューマモデルではすっかりお馴染みの複合機というカテゴリになる。スキャナを搭載した大判複合機というだけでもなかなか面白いと思っていたが、このプリンタは本体からHPのクラウドサービス「HP ePrint & Share」に接続できる機能を併せ持っている。要するにPCレスでクラウドデータをやりとりできてしまうのだ。建築図面の頻繁な変更をより効率させるものとしてユーザーからの評価も高いという。
筆者はこれを印刷業務の校正(プルーフ)にも応用できるのではないかと考えている。大判スキャナでデジタル化したデータをやりとりすることで、これまでの校正のスタイルを大きく変えることなく、ITの利便性を活用できるはずだ。
小島勉 Tsutomu Kojima
株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズ所属。インクジェットによるアートプリント制作(プリマグラフィ)のチーフディレクター。1987年、旧・株式会社トッパンプロセスGA部入社。サイテックス社の画像処理システムを使った商業印刷物をメインとしたレタッチに従事。1998年よりインクジェットによるアート製作(プリマグラフィ)を担当し現在に至る。イラスト、写真、CGなど、様々なジャンルのアート表現に携わっている。