2011年09月14日
Lab.751は次世代のクリエイティブニーズに対応すべく設立された、ハイブリッドなビジュアルデザインラボ。Autodesk Smoke For Mac OS Xが導入されたラボは、クリエイターのアイディアの幅を広げ、より緻密にディテールを追求するための空間だ。チーフ・テクノロジー・オフィサーにしてエディターの本間研次氏と、プロデューサーの丸山智樹氏に話を聞いた。
クリエイター達のアイディアを形にするための設備がそろう。スチールのフォトグラファーなどグラフィック系の人々からも注目されている。
日本のポスプロにしばられない自由な映像を作るための工房
― 2010年12月に発足したばかりだそうですが、どんなことをやっている会社ですか。
丸山 Lab.751はいわゆるポストプロダクションではなく、企画から最終的なフィニッシュワークまでを一貫して行なうための会社です。いま広告業界の環境は激しく変化していますが、いろんなクリエイターのみなさんと一緒に、アイディアを実現するための実験をしたり、フィニッシュまでのお手伝いをすることで、今後の広告業界に貢献できるのではないかと考えています。
エディターの本間研次氏。
― 小さなポスプロというわけではないんですか。
本間 ポスプロという意識はまったくないんですよ。私は20年以上フリーのエディターとしてやってきましたから、ポスプロについてはよくわかっています。いまさら新しいポスプロを立ち上げてコマーシャルを中心に仕事をしても、「一社また増えたな」というだけの話になってしまう。こんな新しい機材があるのでこんな作業ができますというだけではなく、企画の一番最初のところから関わって広告や映像制作の考え方そのものを変えていかないと、時代の流れについていけなくなるんじゃないかと思っています。もちろんコマーシャルの仕事の依頼があれば、やりますけれど。
― 本間さんの経歴を教えて下さい。
本間 1982年にテレビドラマの会社に入り、5年間ドラマの編集をやっていました。その会社でクォンテル社のデジタル編集システム「ハリー」の操作を覚えて、91年からフリーランスです。当時はまだフリーのエディターはあまりいなくて、ノンリニアでCMを編集する人も少なかったと思います。それから20年以上、フリーでやってきました。私自身はずっとポスプロにこだわらない、ポスプロにしばられない仕事をやってきたつもりで、そういうエディターが増えればいいなと思ってやってきたんですが、今はなかなかそういう人は現れませんね。Lab.751に参加したのは、そういう流れを変えたいという気持ちからです。
プロデューサーの丸山智樹氏。
― 丸山さんは、CMプロダクションでプロデューサーをされていたんですか。
丸山 そうですね、1995年ぐらいにCMプロダクションに入り、12年そこに在籍しました。それから別のプロダクションに2年在籍して、昨年秋にフリーランスになりました。その頃あるCMで本間と一緒に仕事をして、合宿のようにポスプロに1ヵ月こもったことがあったんですが、2人でいろんな話をするなかで「ポスプロではなく、ラボという形でやると面白いことができそうだ」と意気投合しました。
― Lab.751の構想は本間さんが考えたんですか。
本間 ずっと頭の片隅にはあったんですが、結構漠然としていましたね。私の知り合いに宮坂和幸というディレクターがいて、彼とはよく「日本のディレクターやエディターは、海外に進出していかないと難しい時代になる」という話をしていました。これから海外に進出するにはどうすればいいか。上海あたりに新しい会社を作るよりも、日本のどこかの雑居ビルにでも入って、映像の工房のようなことをやったほうがいいんじゃないか。その場所には常にいろんなクリエイターが行き来をしていて、海外にもネットワークがあって、そこから世界に向けて映像が作られていくと面白いんじゃないか、そういう話をしていたんです。
そうしたら、たまたま宮坂の後輩に、中国で上海千鶴という制作会社をやっている木村靖夫がいて、同じような考え方を持っていることが分かった。それで一度3人で会ってみようという話になったんですが、そこからは早かったですね、目指してるものが一緒でしたから。木村は木村で、いまLab.751の代表をやっている山口晋や、アゲハスプリングス、ANSWRなどと人脈がつながっていて、似たようなことをやろうとしていた。そこに私が加わったので、フィニッシュワークまでできるラボとしてLab.751を立ち上げることになったんです。山口は別にknockonwoodという映像制作会社を持っていましたし、アゲハスプリングスは音楽業界、ANSWRはインタラクティブ、上海千鶴は中国という具合に、それぞれ専門性を持っていて、Lab.751はそのネットワークの中に位置しているというわけです。
クリエイターが集まってくる映像制作のためのラボを目指す
― 丸山さんもプロデューサーとして最初から参加されたんですか。
丸山 私は6月からの参加ですが、ほかにもプロデューサーは何人かいます。Lab.751の強みは名前のとおりラボラトリーであること、研究所や実験室のような場所であることが一番の強みです。今までの映像の作り方だと、ある決まった作業工程を経ないと仕上がりを確認できませんが、ここでは企画の立ち上がりの時点で、全ての工程をある程度イメージしやすい形でみんなで共有できます。「こういうことをやってみたいんだけど」と言われたら、その場で「こうすればできますよ」と見せられるのが一番セールスポイントですかね。企画を立ち上げていくための場所として利用してもらえればと思います。
― 営業のやり方も変わりますか。
丸山 そうですね。さきほど本間が言ったように、いわゆるポスプロワークで営業をかけても という部分はあります。広告会社だけでなく、直接クライアントに働きかけてもいいと思いますし、もっと言えば、演出をやりたい人や、撮影をやっている人など、クリエイターにアプローチしてもいいのかなと思います。
― お客さんの反応はどうですか。
丸山 ディレクターさんで言えば、Final Cut Proで編集したデータやAfter Effectsで合成してみたデータを持ち込んで、本間とディスカッションしながら共同作業をしている人がいます。人によってはそれを持ち帰ったり、そのままこちらでやり続けたり。そういうことができるのがいいと言ってくださる方は多いですね。
― ディレクター以外の方はどうですか。
丸山 たとえばスチールのフォトグラファーで、ムービーに進出したいんだけれど、やっぱり別の畑なので戸惑っている人がたくさんいると思います。フォトグラファーの方はライティングもできるし、フレーミングもできる。でも、動画を撮るための技術や人材がわからなかったり、フィニッシングでどうしたらいいかわからない。そういう人に、こちらに来てもらって、実際に何ができるかを見てもらったりしています。
― 実際にグラフィック系の方がこちらで映像を作ったこともあるんですか。
丸山 ありましたね。fumikaの「アオイトリ」というミュージックビデオです。たまたま知り合いで、ヨーロッパで活躍しているセルビア人の女性ファッション・フォトグラファーの方がいたので、ためしに声をかけてみたら、ぜひやりたいという返事があって。彼女は初めてEOS 5D Mark IIでムービーを回したそうですが、この部屋でグレーディングまでやっていましたね。
若いエディターがSmokeを使うことでチャンスを得られるようにしたい
― こちらで導入されている機材やソフトについて教えて下さい。
丸山 Autodesk Smoke 2011 For Mac OS XをインストールしたMac Proが1台、それからFinal Cut StudioをインストールしたMac Proが1台です。所属しているエディターとしては本間だけですが、フリーのエディターのみなさんにもよく利用していただいています。
本間 フリーでSmokeを操作できる人はあまりいませんが、Final Cut Proだけでもフィニュッシュできるわけだし、今までのようなオフライン編集とオンライン編集の区切りはあまり意味がなくなりつつありますね。私がここにいるときは、フリーのエディターがFinal Cut Proで編集をして、Smokeとの間で行ったり来たりということはよくしていますし、私がいない時はSmokeをさわってもらってもいいと思います。
Autodesk Smoke 2011 For Mac OS XをインストールしたMac Pro。主に本間氏が使用している。写真には写っていないが、この左側に、Final Cut StudioをインストールしたMac Proがもう1台置かれている。
― 本間さんは以前からSmokeを使われていたんですか。
本間 いいえ、私はずっとFlameやInfernoで仕事をしていまして、SmokeだけはAutodeskの製品の中でさわったことがなかったんですね。これまでにも何度か「Smokeでやってほしい」という問い合わせはあったんですが、その時は自信がなかったからお断りをしていました。でもLab.751の機材を検討する時に、コスト的にFlameはちょっと難しいそうだなと判断して、Smokeを勉強してみようと思ったんです。
― Smoke For Mac OS Xならシステム全体の価格が抑えられますからね。
本間 Macでどういうふうに動くのかを知りたかったので、Autodeskでデモを見せてもらったのですが、全く問題ないと思いました。Flameなどで染み付いた感覚と比べても遅くはなかったですね。バッチの機能がないので、トライ&エラーがちょっと多くなったり、これまでより1〜2割ぐらい時間がかかるかもしれないけど、充分行けると思いました。私はあんまりスペックにはこだわっていません。行き着く先が明確であれば、少しくらい機能が足りなくても、時間がかかってもなんとかできるはず。なにせ私は、ハリーの時代からこの仕事をやっていますから(笑)。それからもう一つSmokeを選んだ理由があって、私はここで人材を育てたいと思っているんですよ。
― と、言いますと。
本間 Smokeは安くても性能がいいので、若いエディターにいろんな経験を積ませることができると思うんですよ。これまではあまりにも高価なシステムだったので、導入できるところは限られているし、若い人はなかなか経験を積むことができなかった。でもSmokeを使えば、いきなり映画の編集をやってみたり、いきなりCMの編集をやってみたり、そういうことができるような気がするんです。いま世界中を見渡してみると、若い人が新しい機材でどんどんチャンスを得ている。日本だけがそういう感じにになっていないのは残念です。
― むしろ若い人に、Lab.751にどんどん来てほしい、と。
本間 私はLab.751に所属しているからここにいますが、隣に来る人達は本当にばらばら。毎日違う人が来ますからね。Final Cut ProとSmokeが並んでいる環境なので、今までのように「オフラインが終りました。テープが来てEDLもらいました。はい、オンラインです」というやり方はしていません。Final Cut ProとSmokeをずっと並行して作業しています。
― オフラインとオンラインが同時進行なんですか。
本間 はい、その方が多いですね。CMみたいに30秒だったり、MVみたいに5分だったりすると、同時並行で進められます。そうするとオフラインの作業をやっている人が、「オンラインではあんな風になるんだな」というのが見えるので、つなぎの編集が変わるかもしれないし、むしろそう考えてほしいなと思います。オフラインしかやったことがない人でも、Smokeが横にあると、さわってみたくてしょうがないと思います。みんな、やってみればいいんですよ。
― 今までだと、オフラインのエディターとオンラインのエディターが会って話すことはなかったんですか。
丸山 ある程度出来上がったところでの打ち合わせはありましたが、同じ場所で同時にできるというのは理想的な環境だと思いますね。
本間 Smokeの本当の良さはタイムラインがあって、つなぎの編集ができることなんですが、私自身がまだそこまで手をつけられていません。これから勉強しなければと思っています。そこまで1人で全部できるようになると、本当にオフラインとオンラインの区別なんか意味がなくなってしまいますよね。
― Final Cut ProとSmokeだけでフィニッシュする仕事もあるんですか。
本間 ありますね。ここにはMAの設備がないから、それはどこか別の場所でやりますが、映像だけならここでフィニッシュします。
― どれぐらいの割合なんですか。
丸山 ほとんどの仕事が、こちらで完パケまで行きます。
本間 映像が8割がた仕上がったら監督を呼んで見てもらって、その後、音が入ったらまたチェックしてもらうという工程が入ります。この部屋で監督が1日中べったりなんていうことはあまりないですよ。そのやり方はあまりにも非効率だし、監督も他のことをやりたいだろうから。その逆に、自分自身で細かいところまでやりたいから、ずっとこの部屋にいたいという人もいますね。ここにいる間にColorの操作を覚えてしまったり、Motionをさわってみたりとか。カラーグレーディング一つをとっても、ポスプロではなくこの部屋でできるわけですから、いろいろとやりたい人にとってはものすごく面白いはずです。
― 時間単位で使用料金が発生するポスプロの体系とは、そういうところでも違いますね。
2人のクリエイティブに対する考え方は共通。ポスプロにこだわらない作品制作・人作りをしてゆきたいと言う。
ネットワークの活用で日本にいながら海外の仕事もこなす
― Lab.751に参加したことで、仕事にどんな影響が出ましたか。
本間 めちゃくちゃ影響がありますね。まず付き合う人たちが変わった。自分の持っていない人脈が得られるようになりました。
― 業種を飛び越えたネットワークのメリットはありますか。
丸山 相互作用のメリットはたくさんあります。たとえばknockonwoodはちょっと長めの60秒CMの受注が多いんですが、アゲハスプリングスに長尺用の音楽を発注できますし、アゲハスプリングスであれば、knockonwoodのプロデューサーを立てることでミュージックビデオのクオリティを上げられる。ANSWRはWebの動画制作やUstreamの配信作業をやっていますが、本間が加わることでオンラインのレベルまで品質が向上する。InfernoやFlameを使用する予算がない場合でも、Smokeを利用することでよりいいものを仕上げられます。中国の上海千鶴については、テープ媒体や人の行き来がなくても、SkypeやiChat AVなどのインターネットテレビ電話、FireStrageなどのオンラインストレージを利用することで、日本のクオリティを中国のテレビCMに生かせるようになっています。
― 日本にいながら、中国向けのCMを編集しているんですか?
本間 上海千鶴を通じて仕事が入ってくると、私が中国に行って撮影に立ち会って、日本に戻って仕上げるという感じです。演出家が日本人なら、中国に行かなくてもいい場合もあります。実際、中国では日本人の演出家を起用するケースが結構あるんです。日本人の仕事のいいところは、細かいところの丁寧さですね。特に自動車とコスメの2つに関しては、現地の演出家ではなかなか対応できないと思います。日本国内でもやはりそうですから。
― ここで完パケを作って、音まで入れたものを中国にファイルで送るわけですか。
本間 そうですね。さすがに文字は分からないから、向こうでやってもらいますけど。
丸山 中国のネット環境が遅くて、ファイルのやりとりに丸一日かかったりはしますね。最初はこんなに時間がかかるのかと思いましたが、今は慣れたので、「今晩アップロードしておくから明日の朝にダウンロードしてください」みたいな感じです。中国と日本は時差があまりないので、生活リズムを変えなくても、夜をうまく使えば対応できます。
Smoke For Mac OS Xによる仕事の例 ①
SUNTORY 利趣拿鉄「瓶中精霊」篇
MITSUBISHI MOTORS OUTLANDER「另一面」篇
― 具体的にはどんな仕事をやっているんですか。
丸山 サントリーの利趣拿鉄、三菱のアウトランダーなど、中国向けのCMはすでに何本かやっています。
本間 まず利趣拿鉄は、演出が佐久間晶子さんで、彼女とはすでに3本くらい一緒にやっていてレギュラー化している仕事でした。ちょうどLab.751にSmokeを導入したので、せっかくならSmokeで仕上げましょうという話になったんですね。このCMには毎回CGの牛が登場するんですが、いつもは福岡のCG会社に作ってもらっていました。最新作となる今回はセルビアのCG会社。私の知り合いの知り合いがセルビアでCG会社のコーディネートをやっていたので、それを使ってみようっていう話になったんです。だから毎日、中国、日本、セルビアの3者でSkypeですよ。
― 仕事の進行はいかがでしたか。
本間 私は英語はしゃべれませんが、意見はバンバン言うわけですよ。通訳を介してというよりは、手振り身振りで見せちゃったほうが早い。Skypeなら「こうやって、こういうふうに」っていうジェスチャーがそのまま見られますから。結構なカット数があって大変でしたが、SmokeでもFlameと同じ品質で合成作業ができましたね。いきなりセルビアの会社と仕事をして大丈夫かと思いましたが、なんとかなるもんですね(笑)。
― アウトランダーのほうはいかがですか。
本間 これも監督が日本人でした。中国でのスタジオ撮影には私も立ち会っていて、人物まわりはほとんどがグリーンバックでの撮影。本当はロケの方がいいシーンもたくさんあったと思いますが、それも全部スタジオで撮っています。
― かなり合成が多かったんですか。
本間 車のマスクを切る作業を一人でやり始めて、最後の方に合成するCGがやっと出来上がってくるんですが、そうすると作業がすごく重くなってくるわけですよ。車の仕事は、企画が始まってから終るまでの時間がやたらと長いんです。だから、Flameでやった方が速いとか、Smokeだとこれだけ時間がかかった、っていうのはそんなに感じなかったですね。ただ、車をどう格好よく見せるかについては、日本と同じ感覚でやってもダメでしたね。日本でも、四駆の車とスポーティな車では仕上げが違うのに、まして中国の場合はどこまでやればいいのか分らないので、手探りしながらやっていました。
― 日本のCMはどうですか。
丸山 もちろん中国だけでなく、日本のCMもやっています。住宅メーカーのクレバリーホーム、化学品メーカーのTOKUYAMA、三菱電機の人工衛星など、本数としてはこちらの方が多いですね。
Smoke For Mac OS Xによる仕事の例 ②
クレバリーホーム 古いアルバム篇 | TOKUYAMA 煙突篇 |
三菱電機 人工衛星 ひまわり・みちびき篇 | ariola Japan fumika「アオイトリ」MV |
― 今後さらに活動範囲が広がりそうですね。
本間 仕事というのはいきなり来るわけじゃないし、まず実績を作らないと誰も信じてくれません。今までとはここが違いますとか、本間というエディターがやってますとか、周りにこういうネットワークがありますとか言うと、たしかに「ああ面白そうだね」とは言ってくれると思いますが、でもやっぱり不安もあったりするわけじゃないですか。だから今は、実績を一つずつ積み重ねて、ベース作りをしている段階です。
丸山 映像制作の技術やビジネスの変化は本当にめまぐるしいので、もっといろいろな人にLab.751を知ってもらって、遊びに来てもらいたいと思います。企画の最初の段階で、あるいは具体的な企画が固まっていなくてもいいんですが、「こういう映像を作りたいんだけど、どうすればばいいのか?」という相談をしてもらえば、最初から最後までクリエイティブのお手伝いをすることができると思います。
写真:竹澤宏
今回の訪問先
Lab.751
企画から最終的なフィニッシュワークまでを一貫して行なう、従来のポスプロから一歩進んだラボラトリー。音楽、インタラクティブ、海外と、それぞれの専門性に特化したネットワークを持つ。
http://www.lab751.com/
関連情報
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