産業の歩み

写真資材商の出発

第一章 1839-1845 ①

フランスからアメリカへ

1839年8月19日、フランス学会においてダゲールが世界初の実用的な写真術「ダゲレオタイプ・プロセス」を公表した一月後、ニューヨークの新聞にその詳細が掲載され「ダゲレオタイプ・プロセス」は海を越えたアメリカでも知られるところとなり、ダゲレオタイプは瞬く間にアメリカ東海岸に広まって行きました。

アメリカのスコビルが銀板市場に参入

このダゲレオタイプには銀板が必須でしたが、初期の銀板は、コイル状に巻きつけた銀板をダゲレオタイプ用に切り出して使用していました。1839年、この銀板市場に参入したのはスコビル(J.M.L.and W.H.Scovill)です。コネチカット州ウィーターバレーにあったスコビルは、二人兄弟ジェームス(James Mitchell Lamson)とウイリアム(William Henry)のパートナーシップによって運営され、19世紀はじめは銅製品の製造でよく知られていたと同時に、銀板を含むメタルプレートを製造していました。

しかし当初、スコビルの銀板のための精錬とコイル技術は非常に貧しく、満足行くコイルを製造することができなかったため、スコビルは、顧客から銀板の注文を受けるとフランスにオーダーをかける、という方法をとっていました。ちなみに、モールス(Samuel Finley Breese Morse)も、実験用の銀板を大量にオーダーしていたスコビルの上顧客の一人です。

スコビルはまた、銀板を出荷の際、薄紙を間に挟み二枚の銀板の表面を抱き合わせにするなどさまざまな改良点をフランスの工場に指示し、均一な製品を作るための技術的なアドバイスも惜しみませんでした。その甲斐あって、その後数年間にわたりスコビルの銀板はアメリカ中に広まることになります。1840年代スコビルは材料をイギリスから輸入し、女性労働者をフランスから呼び寄せ雇用していました。また、それまでは代理店を通じた卸売りを行っていましたが、1841年からはダゲレオタイピストたちへの小売も開始しています。

市場競争による品質の向上と価格の安定

1840年代半ばのアメリカの銀板市場はフランス製を追従するスコビルと、その他の国産品を扱う非常に小さな数社で成り立っていましたが、銀板の精錬とコイル技術が急速に広まったために、価格は1840年代フランス製で1枚2ドル、その一年後にアメリカ製で1枚1.35ドルとなり、1845年には12枚で3.5ドルまで下落しました。

銀板と同時に必要だった薬品は、1840年代半ばまで個人であっても商社から購入していました。当時、ダゲレオタイプ用の薬品の入手経路は、パリとフィラデルフィアの二箇所にあり、フィラデルフィアではRosengarten&Denisがそのオーダーを一手に引き受けほぼ独占状態であったために、どの薬品商社もその調合法を知りたがっていました。

光学・機材の発展

さて、もう一つ、ダゲレオタイプが紹介されてすぐに、傷つきやすいダゲレオタイプを収めるためのケースが作られるようになりました。当初は宝石箱や小さな細密画を入れるためのケースを代用していましたが、その製作者の一人にモールスの弟子であった宝石店に勤めるマシュー・ブレディー(Mathew Brady)がいます。彼は1843年から二年間ニューヨークでケースを製造していました。しかし、1840年代、彼以外のこの業種への参入者はほんのわずかにとどまっています。

光学と機材に関してはニューヨークのHenry Fitz and John Roachがもっとも優れたカメラとレンズを生み出し、ベニスの光学商Voigtlander&Sonの製品もエージェントを通じてアメリカに持ち込まれ、Gouraud、Chevalier、Lereboursなどのフランス製も手に入れることができました。

ニューヨークのWilliam and William H. Lewisはカメラ・ボックス、カメラ・スタンド、ヘッドレスト、フードホルダーなど高いクオリティの商品を製造するとともに低価格で提供し、賞賛を浴びていました。

1845年以前、こうしたカメラ資材の製造は副業として本業のかたわらに製造されていましたが、以降、専門業として特化される動きがはじまりました。現在のベンチャー産業、あるいは異業種同士が手を結ぶジョイントベンチャーと言ったところでしょうか。中でも、化学薬品と金属化工業が手を結び、写真産業のインフラを加速しました。

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安友志乃 Shino Yasutomo

文筆家。著書に「撮る人へ」「写真家へ」「あなたの写真を拝見します」(窓社刊)、「写真のはじまり物語 ダゲレオ・アンブロ・ティンタイプ」(雷鳥社刊)がある。アメリカ在住。

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