2017年08月23日
写真専門額屋「フレームマン」の代表・奈須田一志氏。写真展には欠かせない額装はもちろん、展示全体の設営まで写真家の目線でサポートしてきた。写真家には身近な存在だが、実はあまり知られていない新規サービスや計画まで、フレームマンの仕事内容に迫っていく。
デジタル化に伴って大判サイズの出力にも対応
───両国駅から徒歩5分。大通りから少し入ると、今まさにビルの一階からトラックに大型のパネルが搬入される一方で、作品を手から提げた写真家らしき人物を中央に、数名の人たちがビルに入っていく。業界でも老舗の写真専門額屋「フレームマン」の社屋ビルだ。忠臣蔵で名高い旧吉良邸の跡地内にあるというビル一棟すべて社屋で、事務所、作業場、倉庫が入っている。
奈須田 もとは額縁屋から出発しましたが、現在はアルミフレーム、大型木製額縁、その他写真加工全般、そして搬入から施行、展示、ライティング、撤収、倉庫保管、作品の廃棄まで、写真展示にまつわるあらゆることをトータルで請け負います。裏方ですが塗装と電気工事以外はすべて自社工場でやっているので、急ぎの変更なども対応できます。そういったことをお客様にお話していたら、是非社内を見学してみたいというご要望が徐々に増えてきましたので、会社案内をYouTubeに載せました。いろいろ手の内を明かしているようですが、職人集団なので、同じようにやっても決して同じようなものは出来ないですよ。
───「フレームマン」の額縁の種類の豊富さと品質は折り紙付きだ。
奈須田 うちのフレームは頑丈で、20年使っても壊れません。昔は写真の展示といえば木パネルやスチール製のフレームに入れるのが主流でしたが、昨今はアルミに貼る展示も増えてきました。フォトアクリル加工やアルポリック加工、また趣向を変えて、ゲーターボードなどで壁から浮かすというパターンも人気です。他にも、裏打用の非常に薄い(0.8ミリ)「FMプレート」という、フレームマンのオリジナルのプレートなどもあります。
───現場の打ち合せは写真家と綿密に行なう。初めてアクセスする写真家や愛好家でも、個別に疑問点がある場合は、フレームマンのサイト「お問い合わせコーナー」で、すぐに返事をもらうことが可能だ。
奈須田 写真家の先生方と担当者が膝を交えて、見せ方と予算とを照らし合わせながら打ち合せして、ご相談させていただきます。作品、作風によって、会場構成から、壁の建て方、壁面の色、ライティングも含めてみなさん違いますから、ご要望をいただいて、作家さんのご意向を第一にご相談させていただきます。
作品の裏打ちへのこだわり
───数多ある額屋の中でも、フレームマンの技が冴えるのは、額装の「肝」と言っても良い「裏打ち」だ。作品の上にアクリル板を重ねて額装すると、作品を鑑賞する際、アクリル板に鑑賞者自身の姿が鏡のように反射して写り込んでしまう。それを避けるために、アクリル板をはずし、作品が直に見られるようにすることが多い。しかし写真作品は直接外気に触れてしまうと、紙の為伸縮してしまう。そのため、額屋は、作品の裏面に薄いプレートを貼って平面性を保つ処理を施すのだ。この処理を「裏打ち」と呼ぶ。
奈須田 裏打ちは、フレームマンの「命」です。主役である作品がより綺麗に展示されるために必要な作業です。美術館は湿度も温度も一定に保たれていますが、空調が完全ではないギャラリーなどの場合は、開館時、閉館時の空調のオンオフによる温度差や、作品に当たる照明のオンオフ、また雨の日だったら靴の裏や洋服に水がついている状態でお客様が来場することにより、湿度が上がるなど、日や時間によってもひとつのギャラリー内で環境に大きな変化が出てしまいます。それは会場が悪いわけではなく、仕方のないことです。しかし、そういった環境変化の中で作品が直接外気に触れてしまうと、どうしてもオーバーマットの台紙は乾燥によって1ミリ2ミリ縮みます。それもマドの抜けているほうに縮みますから、写真がきっちり押さえられていないと、台紙が縮んだことによって、写真が波打ってきてしまうのです。また、裏打の素材自体が平面性の良くないものでは、作品に裏打ちすると、表面がボコボコしてしまい、その凸凹に全部写り込んでしまいます。このように、裏打ちがしっかりできていないと、展示期間中に写真が反ったり膨らんだり、気泡が入ったりしてしまいます。
しかし、うちで裏打ちした作品にはまずそういうことはありません。弊社では特別に開発した大きなローラー機を使って、しっかりした圧力で、一定に圧着していきます。塵ひとつ入ってもぷつんと膨らみが出てしまうので、完全に塵がない状態で貼っていく。これらをどれかひとつでも損なうと、展示期間中に残念なことが起きてしまうんです。そういう意味で、裏打ちは本当に大事な作業なのです。
ただ、このようにご説明しても、ご予算の都合で「そこまでかけられない」ということで裏打ちをしなかったり、裏打ちをしても安い素材でご依頼いただくことになったりして、展覧会が始まって飾った翌日、一晩おいてオープンすると、お昼くらいには波打っていた、ということが起きたこともあります。それで急遽「何とかなりますか?」というご相談を受けて、初日の夕方6時に終わった後、一斉に出動して、スタッフ4、5人で作品をトラックで会社に持って帰ってきて、夜中までみんなで裏打ちを仕上げて、翌朝会場のオープン30分前までに掛け直して、2日目からピシッとなっている、ということもありました。
───この職人技はもちろん、一朝一夕で出来るようになるものではない。
奈須田 私がいつもうちのスタッフに言っているのは「フレームマンから生まれるものは、すべて同じクオリティでなくてはならない」ということです。今日はこの人が休んでいるから品質が落ちる、というのではいけません。職人はそれぞれ得意分野、持ち場の担当はありますが、マットの窓も貼れて、裏打ちもやれるようになって と、ひとつの技術だけに特化するばかりではなく、ひととおりの仕事を身につけてもらわなくてはならない。これらすべての仕事の技術が身に付いて、ある程度全部一人前にやれるようになるのに、5~10年かかります。なかには、私よりずっと先輩の、年配の制作スタッフもいて、父の代から技術を引き継いでくれています。通常勤務が厳しくなっても、そこに居るだけで、指導してくれるだけでも違いますから。うちは定年はありません。
───フレームマンは、現在の代表取締役社長、奈須田一志氏の父、奈須田恒雄氏が昭和33年に創業した。当時、写真専門の額縁屋はあまりなかったという。
奈須田 私の父は絵が好きで、東京に出てきて、まず住み込みで額縁屋さんで働き始めたんです。そこで額縁の修業をして、それから、いまでも神田にあります優美堂さんで額縁の販売を学んで、それから、2人の先輩と3人で独立したんです。
ただその際、お世話になった会社さんに砂を掛けてはいけないと思ったそうです。絵や書の世界は決まった会社がいくつかあって固定していましたし、営業してもぶつかってしまいます。それで競合しないジャンルだった写真に特化した額縁屋をやることにしたのです。当初は法人化せずに「額装社」という名前でスタートしました。
土門拳先生、木村伊兵衛先生、林忠彦先生といった名だたる写真家と直にお仕事をさせていただきながら、何も分らないところから吸収していきました。
そしてしばらくして、カメラメーカーさん、フィルムメーカーさんがギャラリーを作って写真展を企画するという流れができてきました。そして富士フイルムさんとお取引きをすることになった折に、株式会社でなければという話になり、フレームを作る男たち、ということで、「フレームマン」という会社名を3人で話し合って決めたそうです。○○屋とか、○○堂という呼び方の、漢字名が多い時代に、珍しかったみたいですね。ですから、当時の台紙屋さんから箱屋さんも含めて、うちは五十数年のお付き合いをさせていただいています。しかし私はひとり息子で、それまでまったく違う会社を経営していました。ところが突然父が倒れて、右も左もわからないこの業界を、30代のあたまで継ぐことになったのです。うちの父は家庭を省みない仕事人間でしたので、私は父の仕事をまったく知らないまま社会人になって、出社するその日まで会社に足を踏み入れたことすらありませんでした。
もし私が中学を卒業して会社に入って、職人として制作加工部で修業して、友達が高校を卒業して就職という時に営業にデビューして というコースを辿っていたら、全く違う考え方をしていたかもしれません。既に20年選手ですが、当時、私は完全に真っ新な状態でこの会社に飛び込んだので、最初はほんとうに戸惑いました。なにせそれまで、父の仕事は単なる額縁屋だと思っていたくらいでしたから。加工の機械がこんなにたくさんあることすら全然知らなくて。そんな状況で入ったもんですから、いろいろ勉強し、さらに改善しながら、施行もやろう、ギャラリーの改装もやろう、と、仕事の幅を広げていった感じです。
現在、制作スタッフのうち半分は、現場に出動して展示もします。完全内勤の者が半分です。現場仕事もうちでは毎日あります。また、メーカーギャラリーさんの新設・改装工事もしています。細かい釘打のオーダーや、ビスで切らない限り、釘を売って再生できるような特殊な防炎織物クロスを作り、壁面に隠し蝶番で扉をつけたり、リフォーム業者さんでは対応できないような、写真に特化した施行をさせていただいています。
集合写真。後列背広の方が奈須田社長。
デジタル時代への対応
───そして近年の大きな変化として、デジタルカメラの普及は、あらゆる面でフレームマンの仕事にも大きな影響を与えている。プリントをする愛好家が減ったことから、愛好家の額装の需要は減ったものの、デジタル時代を迎えて新たな展開も生まれた。
奈須田 インクジェットは水が使えませんから、従来の水を使う袋貼りの作業ができません。つまり木パネルはローラーの機械に入れられませんから、手のローラーで貼っていくわけです。そうすると工程が増えるので、お値段が高くなりますが、仕上がりはもちろん遜色ありません。そしてもう一点、デジタル化に伴う大きな変化として、大きく出力することが可能になったので、大きなサイズの作品のオファーが増えました。
我が社では、壁面から浮かせて掛ける「アルポリック」を写真展で展示する大型展示としておすすめしています。これも弊社の強みとして、従来は1200×2400が最大でしたが、1500×4000というサイズを弊社オリジナルで作りしました。これは間違いなく現状、日本一だと思います。
超大型作品をオリジナルアルミ複合板(シルバー)1500×4000mmに素材の地肌を出して圧着中。───そういった大きな作品になると、保管も難しくなってくる。しかし、フレームマンでは作品の大小問わず、展示が終わった作品を保管する倉庫業務も請負っている。
奈須田 うちは23℃で作品を保管する倉庫も供えています。全部付帯業務として行ないますので、お値段は単体で頼まれるよりもお安くなっていると思います。また巡回展がある方の場合は、うちのスタッフが配送もします。また廃棄の場合も、専属の産廃屋さんに来てもらっています。
───写真家の裏方業務を完全な体制でバックアップしてくれるフレームマン。近年、なんと銀座にギャラリーも開設した。プロの写真家でも従来より安価に個展を開けるスペースと、また愛好家を中心とした展示スペースも用意している。もうこれ以上やれることがあるのかと思ってしまうが、まだまだ奈須田社長の野心的な火は燃えている。
奈須田 先日、パリフォトに初めて行ったんです。その際、パリ郊外にある有名なフレーム専門工房を見学する機会があったのですが、うちと同じような機械で、同じような素材で、同じようなやり方でやっていたんです。先方のほうが写真の本場ですからスケールも大きいですが、この工房を見て、うちは日本一の技術で頑張れているという自負ができました。ただ、これまでうちでは手で測ってやっていたマドを抜く作業に関して、そこでは機械でやっていたので、帰国してアメリカ製の機械を導入しました。また、これまで4mの作品を作っていましたが、そのまま切れる機械はなかったので、4mを切れる機械(超大型パネルソー)も導入しました。世界に負けない体制ができたところです。あとは少しでもこれを広めていきたいですね。日本の写真業界が世界に負けないものになる、そのお手伝いができたらと思っています。
日本最大、幅2600mmの超大型ローラー機を導入。1600×4000mmまでの作品の加工も行なえる。