2017年09月20日
自ら海外の出版社との販売ルートを開拓し、恵比寿で書店「POST」を営んでいるリムアートの中島佑介氏。独自のネットワークで、日本でここにしかない本を数多く扱う書店として本好きの注目を集めているPOST。本を通じてお客さんと話すのが楽しいという中島氏が店としてこだわっている点はなにか。話を聞いた。
リアルなコミュニケーションのできる本屋にしたい
───東京・恵比寿に、海外の出版物の新刊と、稀少な古書の写真集や美術書を扱う書店「POST」がある。他に例のないこの書店は、どのようにして生まれ、どのようにして人を惹きつけているのか。これまでの道のりとこれからの展望を肩の力の抜けた様子で話す1981年生まれの中島佑介氏の働き方とは。
中島 僕が中学生の頃、東京に住んでいる姉がフリーマーケットに参加して、僕も呼んでくれたことがありました。自分でお店に立って勧めたものをお客さんが買ってくれることがすごく嬉しかった。自分が紹介したことが人の価値感を変えられるって面白いなと感じて、「将来はお店をやりたい」と考えるようになりました。
その後大学に入って、洋服が好きだったので洋服屋をやろうかなと思って、大学に行きながらパターンの勉強をしました。でもファッションの世界は思っていたのと違いました。一方で美術や写真や小説といった文化的なもの全般に興味があったので、本ならばそういうものを包括的に扱えるだろうという、結構ミーハーな感覚で「本屋をやろう」と決めました。
当時、洋書に対する憧れもあって、ちょうど外苑前の「Shelf」でアルバイトしていた先輩が、「洋書を扱いたいんだったらShelfでアルバイトしてみたら?」と言ってくれたんです。でもお店に行ったら、なかなか言い出せる雰囲気じゃなかった(笑)。それで帰りにShelfの隣にある「On Sundays」に寄ったら、偶然《スタッフ募集》の貼り紙があったんです。そんな縁で、「On Sundays」で大学2年の夏から2年半ほどアルバイトをしました。ここでいろんな洋書を知ることができました。
特に70年代とか80年代のアーティストが自分で作った本にすごく興味を引かれた。海外に行けば日本で紹介されていないようなものがたくさんあるんじゃないかなと思って、そういうものをメインで扱う本屋を作りたいと考えるようになりました。
オランダの芸術文化との出会い
───大学時代から早稲田のアートスペース「ラ・ガルリ・ナカムラ」のオーナーと知り合いになり、2002年に2週間だけ場所を借りて洋書の古書店を開く。これが好評を得て、展示が入っていないときだけ開店するスタイルで「リムアート」をオープンした。その後、2005年に常設の店として恵比寿に店舗を構えることとなる。
中島 当初から、古書とはいえ日本にあまり入ってきていない人を紹介したかったので、海外で買い付けた本を並べるスタイルでした。初めての買い付けでドイツ、デンマーク、スウェーデン、イギリス、フランス、オランダへ1ヵ月かけて回って、その時出会ったいろんな人にディーラーみたいな人を紹介してもらって、自分で開拓していきました。
特にオランダでは、その後に繋がる良い出会いもありました。オランダには1950~60年代に活躍していた、ヨハン・ファンデル・クーケンという好きな写真家がいたり、デヨングっていう印刷会社がクライアント向けに作っていたすごく面白いPR誌があって、もともと興味があったんですが、実際行ってみると、60・70年代の、日本で全然知られていない写真家も結構いて、オランダの芸術文化はすごく肌に合った。
またオランダは「デザインとは何か」ということに対する理解がすごく深い。デザインというものが単に表象的なものではなく、コンセプトや問題意識があったうえでそれを解決するものという意識が一般レベルでも浸透している。だから良いデザインが生まれやすいんだと思います。日本では編集者やディレクターが担う役割をオランダではデザイナーが担っていて、写真集も、写真家が直接デザイナーとやりとりをしているケースが多い。デザイナーが経営している出版社も多いですね。
───中島氏は恵比寿では古書を扱う「リムアート」を営業しながら、2011年11月に代々木「VILLAGE」内のショップとして、“出版社ごと"に新刊を扱う「POST」をオープン。そして2013年、「リムアート」と「POST」を統合するかたちで、新刊と古書を扱う「POST」として恵比寿にリニューアルオープンし、現在に至る。
中島 ある程度ブレないことと、価値観を広げていくことのバランスが大切だと思っています。次第に古書だけでなく新刊を扱いたいなと思いはじめたのもそういう想いがあった。いろんなものを扱える本屋のほうがより価値があるんじゃないかと思いました。しかも、自分のチョイスだけじゃなくて、自分個人としてはその作家に興味がなくても出版社という括りの中で一緒に見せることによって、棚に広がりが生まれる。僕自身、この店で知らなかったことを知ることは多いです。
───海外の出版社は会社ごとのカラーがはっきりしており、日本のような大規模な総合出版社はあまりない。特色ある出版社が多いため、この「出版社ごと」に扱うスタイルの棚づくりが毎回バラエティ豊かなものになる。
中島 出版社のサイクルは約2ヵ月単位で入れ替えています。国によって傾向はありますが、たとえばオランダはインディペンデントな出版社が多い。出版社の規模はまちまちで、一人二人のところもあれば多くても30人くらい。
映画にもなったシュタイデル(「世界一美しい本を作る男~シュタイデル~」)は多いほうで年間200冊作っていますが、編集だけでなく印刷、製版、流通、セールスの機能全部持っていて、それでも30~40人です。少数精鋭だと判断が速く、テイストの一貫性が保てるんだと思います。
今まで出版社って自分たちが表に立つことがなく、書店の中ではあくまで著者が表に出ていたので、作り手として紹介されるということに出版社も共感してくれました。紹介の仕方もただ単にフェアとして展開するだけではなく、印刷物を作ったり、特設サイトも見せ方を工夫するなどを続けていった結果、うちで扱って欲しいという出版社が増えてきました。
「POST」は今年の11月で丸4年ですが、このスタイルで今後も継続していきたいと思っています。先に名前があがった「シュタイデル」はセールスとしても非常に良く、「POST」が日本の中でのオフィシャルブックストアという形でもやらせてもらえるようになったので、今後は「シュタイデル」を日本に広める役割にも力を入れてやっていきたいと思っています。
自分のやりたいことを追求する
───妥協のない店舗運営はそれゆえに価値も高まるが、一方でお客さんを限定し、結果お店が続かなくなるケースが多いような先入観を持ってしまう。だが、リムアートは早稲田でのオープンから現在まで、運営面で困ったことはないという。
中島 最初、古書を取り扱ったときに日本で見たことのないものが多かったので、デザイナーの人が資料としてまとめて買ってくださったりして、それを口コミで広げていただいたんですね。そういう意味では最初からすごく恵まれていました。「日々の売り上げどうしよう」みたいなことは一度も考えたことがないんです。比較的安定してずっとキープできていると思います。僕は、自分がその活動が社会にとって意義のあるものだと心から信じて全力でやっていたら売り上げは後からついてくると思っています。「これだけ売り上げを上げなくてはいけない」という動機から出発するのではなく、自分が本当にやりたいことを追求する方が向いている。
お客さんを自分から見つけ出そうと動いたことはなくて、来てくださった人たちに対して真摯に向き合うことを通じて広めていくしかないのではないかと思っています。徐々に積み重ねてきたという感じです。最初から出版社単位で店をやろうといってもできなかったと思うんです。古書を扱っていく中である程度「『リムアート』で扱う本は面白いな」という人が増えてきたので、新しいことをやっても興味を持ってくれる人がいたのではないでしょうか。
うちのように小さな書店の場合、お客さんはお店に来て店員と話して買うというリアルな体験にお金を払ってくれていると感じます。
お客さんが実際に僕たちと話をする行為自体に「お買いもの」という形で返してくれている感じはする。今後、リアルなコミュニケーションや出会いは本屋の中で大きいものになってくるんじゃないでしょうか。単に本を買うというよりは、洋服を買ったり、美容院で髪を切るのと体験としては近いように思います。
お客さんとのやりとりは、単なるお客さんと店主というよりも知っている方に話をしているという感じが強いです。自分が好きなものについて価値観を共有する感覚で、話すこと自体を楽しみに来てくださるお客さんが多い。
改めて僕は接客スタイルのお店がやりたかったんだなと思います。そう考えると、当時は知らなかったんですが、僕が大学生当時、おそらく唯一といっていい、接客するスタイルの本屋が「On Sundays」だったんです。なので「On Sundays」のスタイルがひとつ自分の基礎にはなっていますね。
20代後半から30代で僕と同じような考えの人はここ2、3年で徐々に増えてきていると思います。本でいうと出版社が、「そもそも本って何なのか」「本でないと表現できないものって何だろう」ということを改めて考え直し始めているんじゃないでしょうか。インターネットも発達してきて、本じゃなくても良いものも結構ある。でも本じゃないと伝わらないものもある。ではそれを伝えるにはどうしたらいいのかというのを意識している出版社が増えていると思います。
海外の書店は出版社とダイレクトに繋がっています。書店は書店で非常にリスクをもって本を選ぶ。日本の出版社は取次が扱ってくれないと流通できないので、本のデザインに制約も多いです。だから日本の写真家の本も海外で出すと全然別物になることが多いですね。ただ最近は日本でもインディペンデントな出版社が増えてきていて、出版社と直接取引する書店も増えてきているので、出版社も書店も過渡期にあって、昔の体質がほころび始めているように感じます。
今後は、面白いものが見られる環境を自分の店だけじゃなくていくつか作れたらと思います。すでにあるお店に僕が棚を作らせてもらうのもひとつの手ですし、まったく違う形で誰かと一緒に場所を作るのでもいい。先日、代官山のフォトフェアに「シュタイデル」のブースを作ったんですが、「POST」のお客さんとは層も反応も違った。自分たちがやっているスタイルが全てだと思っちゃいけないなと思いました。シチュエーションに適した形で本を見られる状況を作れたらと思います。
老舗といわれているお店にしても、継続して世界に認められるものって、時代にフィットしたかたちで提案している。軸を持ちながらいかに変化していくかがすごく大事だと思っています。