2013年02月08日
ライティングキット 〜路地裏の不気味な影を撮るためには
必要な物は以下のとおり。
- できれば古びた、適当な大きさの斧で、何らかの液体をしたたらせているもの
- 路地裏をうろつく男が着ているような、オーバーサイズの黒いコート(私には路地裏をうろついた経験もそのための知識もありません)
- フロアスタンドに取り付けたSB-900の前に立って、どうにかして映画「悪魔のいけにえ」から抜け出てきたような影を投影してくれる、もの凄くいい人で世界一気心の知れた素晴らしいアシスタント
- おびえた表情の、かよわく見える美人バレリーナ
- 緑と暖色のジェルをセットしたSB-900ユニット(2台)
- Lastolite EzyBoxホットシューソフトボックス
- SU-800コマンダーユニット
- SC-29調光コード(2本)
- 24-70mmレンズを装着したデジタル一眼レフカメラ(今回はD3)
これらをぜんぶ合わせれば、ホラー映画のスチル写真の出来上がりです。紙の上ではこんな配置です。
「路地裏は暗くなければいけません。元々かなりいい雰囲気がある現場だとしても、そのままの状態で撮影してはダメです」
今回はi-TTLテクノロジーが非常にうまく機能しました。最初にすることは、環境を整え、路地の不要な光を抑えて、輪郭のはっきりした影を壁に投影できるようにすることです。光をブレンドするのが仕事です。簡単なやり方は、元々面白いシーンにうまくフラッシュを取り入れることです。しかし、今回みたいな状況では、そんな小賢しい手口はやめておきましょう。
何しろ影を投影したいのですから、映画のように、路地裏は暗くなければいけません。元々かなりいい雰囲気がある現場だとしても、そのままの状態で撮影してはダメです。F5.6、1/8秒で試してみましょう(下の写真)。悪くはありません。ふつうのポートレート撮影だったら、このまま行くでしょう。
でも私は影だけでなく色も独自のものを投影したいのです。今回の場合は、重苦しい緑、ステロイドを飲んだ蛍光灯のような色です。そこで、カメラをマニュアル露出モードにし、シャッター速度を1/250秒に設定しました。こうすることで、路地をうろつく環境光は引き倒され、喉元を踏みつけられて息の根を止められ、死骸をゴミ箱にブチこまれることになります(分かりましたか?失踪、つまり抹殺されたのです。何だかホラー映画の惨劇っぽい感じが出てきました。この調子です)。
さて、影ができました。緑の影です。上の写真のとおり、緑の光は絶体絶命のおびえる乙女ハンナをかすめて路地の奥まで伸びています。壁に影を映しているSB-900は地面にセットし、濃い緑のジェルを2枚使ってリアルな緑色が出るようにしました。
芝居がかった劇的な色を出したい場合の意外な秘訣を知っていますか?過ぎたるは及ばざるがごとし、です。とにかく出力を上げようとするのが、カメラマンの本能です。色が十分出ない?出力を上げろ!
隊長!お気は確かですか!?そんなことしたらフラッシュが持ちません!
そんな無茶をする必要はないのです。色をもっと強く出そうとしてフラッシュの出力を上げても、実際は逆に色が薄まってしまうだけです。赤いジェルに大量の光を通すと、出てくる光はピンク色です。さらにもの凄い量の光を通せば最終的には白になるはずですが、今のところその実験はしていません。
もっといい色を出すには?出力を下げる。控えめにする。通過する白い光をジェルがうまく料理して、豊かで濃厚な色にしてくれます。もっと強烈な色が欲しい場合、とにかく劇的で彩度の高いものを求めている場合、私は単純にジェルの数を倍にすることがよくあります。ジェルを二重にして、出力を下げると、彩度が劇的に上がるはずです。もう一つ気をつけてほしいのは、他でも言っているように、ジェルをフラッシュに密着させることです。
つまり、ライトの表面を隙間無くしっかりとジェルがカバーするようにします。白い光が漏れていると、つまりジェルを通していない光がフラッシュから出ていると、それがジェルを通した光と混ざり合って色の彩度を弱めてしまいます。気をつけてください。テープを使ってぴったりとジェルをフラッシュに密着させましょう。白い光を一筋も漏らさないこと!
「もっといい色を出すには?出力を下げる。控えめにする。通過する白い光をジェルがうまく料理して、豊かで濃厚な色にしてくれます」
最終的に、1/125秒、F5.6、ISO 400での光の具合が気に入りました。このシャッター速度/F値の組み合わせには2つの利点があります。路地の影を制御するのに十分な暗さとなり、また、フレームの後方までシャープネスとディテールがしっかり残るくらいの深度が得られたことです。
男の影をちょうどいい位置に持ってきたら、実によくできたシーンになりました。ただし、これがまた思ったより大変なのです。動いては微調整しなければなりません。特に影を作る光源が壁に対して直角の位置にない場合は複雑です。壁に対して斜めの位置に光源がある場合、つまり今回がそうですが、被写体に対しての位置を決めるのに格闘しなければなりません。斜めから照らされると、影がゆがみ、そのゆがみ方が必ずしも見て気持ちのいいものではないのです。でも今回、見て気持ちがいい必要はまったくありません。不気味で不吉であることを目指していたので、このゆがみは好都合でした。
後は、絶体絶命のハンナにEzyBoxホットシューソフトボックスで光を当てるだけです。EzyBoxはこういうときに最適のツールです。指向性とパンチがあるのに、街灯やストレートフラッシュほど光が硬くありません。ハンナのかよわさをアピールしてB級ホラー映画のテイストを完成させるために、その顔の愛らしい曲線とあどけなさを強調します。
さて、これで役者は揃いました。あとは舞台上でうまく使いこなすだけです。SU-800をセットします。SBスピードライトが離れた位置にあるときに最適な起動装置です。指向性と出力の高い信号が出せますが、的確な位置に置けるかどうかが重要です。ホットシューに取り付けることはできませんでした。カメラの右側にEzyBoxがあるため、そのSB-900は問題なく起動できますが、予備発光がボックスで遮られて路地のライトに届かなくなるからです。解決策として、SU-800を2本のSC-29コードで延長してカメラから離し、信号が両方のスピードライトに届く位置に配置しました。こうして両方のフラッシュを発光させられるようになると、それぞれの出力の割合をカメラで直接確認できて、何度も路地を往復する手間を省くことができます。
路地の奥に行きたくなかったんです。だって斧を持った男が待ち構えているんですよ。
※この記事は「ホットシューダイアリー」から抜粋しています。
ホットシューダイアリー
世界的フォトジャーナリストにして「光の魔術師」のジョー・マクナリーがつづった「光」にまつわる撮影日記。本書の1/3は、1つのスピードライトだけで美しい写真を撮る方法について割かれており、そのほか複数のライトを組み合わせた方法についても詳しい解説がある。
発行:ピアソン桐原 3,465円・税込
スケッチングライト
「今までもそうであったように、ライトはいつでも、どこでも、あらゆる写真家の言語であり続けます」と前書きにあるように、光で写真を自在に描くためのテクニックが詰まった1冊。1つか2つのスピードライトという最小限の機材で、最大限の効果を生み出す秘訣を披露する。
発行:ピアソン桐原 3,990円・税込
ジョー・マクナリー Joe Mcnally
タイム、スポーツ・イラストレイテッド、ナショナル・ジオグラフィック、ライフなど世界的に著名な雑誌で活躍するフォトグラファー。ナショナル・ジオグラフィック誌では、同誌史上初めて、全ての写真をデジタルカメラで撮影した特集「The Future of Flying」を発表。32ページにわたる同特集はその価値が認められ、米国議会図書館に収蔵されている。
・インタビュー ニコンイメージングジャパン 世界の写真家たち Vol.08
・公式サイト JOE MCNALLY PHOTOGRAPHY