写真で食べていく方法

写真家でプリンターという選択肢

文:清田麻衣子

写真で食べていく方法は人それぞれ。この連載では「写真が好きで仕事にしている」という人に、これまでの経緯やこだわり、仕事の内容を聞いていく。第1回は写真家として活躍する一方、プリンターとしても活動するエリック氏。無名時代の彼を育てた東伏見の写真屋さん、西村カメラで話を聞いた。

西村カメラと写真家エリック

───一人の写真家の誕生と、町の写真屋さんの生き残りが息を合わせた稀有な例がある。香港生まれの写真家エリックと、東京の郊外、西東京市東伏見の家族経営の写真屋さん、西村カメラだ。互いにこの先を模索するタイミングで出会い、助け合いながら歩み出した結果、両者は困難といわれる道を切り拓いた。エリックは写真家として認められ、生活していくこと。西村カメラは〝町の写真屋さん〟でありながら、フィルム衰退期にあってフィルムのお客さんを獲得し続けること。二者の出会いは、西村カメラの次男、康さんとエリックの、カメラを介した素朴な友情から始まった。エリックは康さんを親しみと尊敬を込めて「先輩」と呼ぶ。

img_special_earning01_01.jpg 左から西村康氏とエリック氏。エリックは康さんのことを「先輩」と呼ぶ。兄弟のような、親友のような間柄だ。

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出会いは友人関係から

西村 エリックが1995年に日本に旅行に来たとき、共通の友人に紹介されて知り合いました。うちの店は父と兄がやっていて、その頃僕は家業にコンプレックスがあって、写真とは関係ない仕事をしていました。ところがその友人が3ヵ月香港に滞在した時に遊びに行って、友人に撮られた自分の写真を見て初めて、写真ってこんなに面白いんだって俄然興味が湧いたんです。そしてもう一度香港に行った時、エリックと再会して一緒に写真を撮って遊びました。

エリック その時、先輩がオリンパスのハーフカメラをお土産にくれたんですよ。36枚の2倍撮れるカメラです。騙されたー。カメラをくれて、「日本に来なよ」みたいな感じだよね(笑)。

西村 そのカメラでエリックが撮った写真が自由奔放ですごく面白かったんです。

エリック その時は遊び感覚で撮ってましたが、初めてカメラってこういうものなんだって思いました。

西村 僕は日本に帰ってそれまでの仕事を辞めてうちの店でアルバイトみたいな形で働きながら、東京総合写真専門学校に通い始めました。事務室に居た先生に「うちの学校は職業カメラマンとかなれないよ。でも何年かして自分の作品が作れるようになりたいっていう人にはいいかもね」って。これは行くしかないなと(笑)。すごく面白かったです。そしたら今度はエリックが日本に来るという話になって。

───1997年、香港返還直前。多くの香港人が将来に不安を抱き、香港と関係の深いカナダやイギリスに渡る富裕層や有名人は多かった。エリック、20歳。康さん、27歳。2人は手探り状態で歩み出す。

エリック 僕の家はお金持ちではないけど、一度香港を出てみたいと思った時、日本に興味が湧きました。でもこの時は写真を撮ろうという考えはなくて、日本語学校に通って旅行ガイドになろうと考えていました。でも学校を卒業しても返還後の香港は日本人の観光客が減って仕事がなかった。それでもう少し日本に滞在しようと思って、西村カメラの近所に住みながらお店の掃除とか、手伝いを始めたんです。

───2人がアルバイトを始めた西村さんの実家「西村カメラ」は、康さんの父、司さんが、西武新宿線東伏見駅に1968年に開業した。閑静な住宅地でありながら、東伏見稲荷神社、早稲田大学東伏見キャンパス、アイスリンクなどの利用者もいる。長男の隆さんも店で働き始める。90年代なかば、現像とプリントが同時に仕上がる、安価で粗悪な「0円プリント」が出没し始める中、それを抑えるように西村カメラは最盛期には駅周辺に4店舗を構えた。2人も繁忙期の店で力を付けていく。

西村 僕は専門学校に通いながら店を手伝っていたんですが、エリックも僕がやってる作業に影響を受けた感じでした。

エリック お店の3畳くらいの暗室に、社長(司氏)が撮ったモノクロの証明写真のプリントが、いろんな機材と並んで干してあるんです。そういうのを見ていたらフィルムに興味が湧きました。それで、写真学校の中でもいちばん通いやすかったビジュアルアーツに通うことにしました。入学金はお祝いとして社長が20万出してくれて、学費も借りて、南口の店舗の2階に居候しながらお店で働いて返していきました。

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インド全土を2年に渡り撮影したエリックの写真集『Eye of the Vortex』より。ericolour.com

img_special_earning01_03.jpg 写真集『Eye of the Vortex』。群衆の写真の連続は群れとしての人間を発見する。

プリンター、写真家としての修行

エリック 朝5時に撮影に行って昼11時に帰ってくるんです。それから作業して、午後3時には朝撮った写真がプリントで見られる。「ストロボをたけば良かったな」と思ったら、夜10時まで仕事してまた翌朝5時に行って試す。

そうやって結果をすぐ確認できる環境で撮影を繰り返していたら、すごく早くいろんなものが見えてきました。普通は撮影して現像に出して、翌日か翌々日に店にとりに行く。するとプリントが見られるまで4日くらいかかるんです。僕の作品撮りやプリントも、お店の勉強になると思ってもらっている感じで専務(隆氏)は全然口を出しませんでした。仕事はちゃんとやっていたので。

西村 フィルムを使っている人が全盛で、デジカメのお客さんは1〜2割でした。

エリック 駅前の店舗は朝7時〜夜10時まで年中無休でした。入学式とか運動会とか、行事の写真がすごく多かった。あと工事の写真。7時開店は、工事現場の人が朝フィルムを出しにくる時間に合わせたんです。すごい枚数でした。

西村 エリックは日本語を習得するのも早かったし、2、3人分の労働力がありました。写真家だからか、いろんな物事が整理されていて、ちゃんと見えてる。

エリック 段取りは予想してたから。でもほんとうに忙しかったです。接客して現像して、プリントも時間内に間に合わさないといけない。でもプリントの能力はなかったと思う。専務に24枚プリントを21枚くらいやり直しさせられました。専務は完璧主義だから「これでも直すの?」って思いながら、専務に合わせていった感じです(笑)。しかも45分とか30分とか時間内に仕上げないといけなくて、何も考えずひたすらやるうちに、プリントが上手くなりました。

───しかし2000年代初頭、一般ユーザーもフィルムからデジタルに比重が移った。デジタルカメラは、撮った画像をパソコンに保存してプリントに出さないことも多く、写真屋さんに現像に出すお客さんが減った。西村カメラも1999年には3店舗に整理、2008年には2店舗に統合。

西村 注文が一日100本いくかいかないかだったのが、少ない時だと10本くらいまで落ち込みました。現像液ってフィルムを入れると液が循環して新しい液を補充できるんですけど、回さないと液が酸化して発色が落ちてしまうんです。その最低ラインが一日10〜15本くらい。いろんなお店がフィルム現像をやめていきました。そうやって町に一軒だった写真屋さんがなくなることで、それまでフィルムを使っていた方もデジカメでいいか、と、フィルム離れが加速していく感じでした。

写真家となった今でもプリンターを続けていきたい

───一方エリックは2001年、コニカフォトプレミオ大賞を受賞。同年ビジュアルアーツを卒業し、西村カメラで働きながら写真家として歩み始める。その後も数々の賞を受賞し、写真集の出版と活躍し、エリックと西村カメラは次のステージに進む。

西村 エリックが認められてくると上の世代の写真家の方とも繋がりができて、フィルムの需要は落ちていく中で、エリックの紹介でうちの店にプリントを出す写真家の人が増えてきたんです。

エリック その頃ギャラリーPlace M主催の写真家・瀬戸正人さんの夜間の写真教室の生徒さんが、昼間働いていてフィルムを出す時間がないことを知りました。そこで土曜の授業の後、フィルムを回収して翌週土曜に上がりを届けるサービスを始めました。そうすれば生徒さんもすぐに先生に見せられるんです。僕は単純に自分がフィルムで撮っていて「西村カメラの現像環境がなくなったら困る」という考えで動いたんだと思います。それからは口コミで広がりました。

西村 常連さんでは浅田政志さん、名越啓介さん、松岡一哲さん、山内悠さん、野村恵子さんなども出していただいています。

───康さんは現在、2008年にできた店舗『写真工房+』を任されている。お客さんとじっくりコミュニケーションしたいという考えから店内は広々としている。だが写真家専門ではなく、ファミリー向けの雰囲気だ。

img_special_earning01_06.jpg 「写真工房+」の店内壁面。西村カメラでプリントした写真家の写真集が並ぶ。浅田政志、名越啓介、松岡一哲、山内悠などは常連だ。

img_special_earning01_07.jpg エリックの手焼きプリントが原稿になった浅田政志写真集「NEW LIFE」「卒業写真の宿題」。そのプリントは写真家だけでなく編集者からも支持されている。

西村 写真家さんと同じように一般のお客さんも大事。一般の方が使わなくなるとフィルムの需要全体が減ってしまいます。いまフィルムで撮る方は、写真が「趣味」の方が多いので、店作りにはそういう層を意識しました。この店舗は、以前は9割が一般のお客さん、1割が写真家さんでしたが、いまは4割が一般のお客さん、6割が写真家さんです。でも基本的に一般のお客さんと写真家さんとの区別はありません。希望があれば、うちの店は画面を見ながら指示を出せる。普通のDPE屋さんではできないことです。また大きい店だと何人も介さないと意図が伝わらないこともありますが、僕たちは1人が全部対応してるので話が早いです。

エリック たとえばスキー場の雪の色とか、そういった細かい色が身に付いてるからどの色と言われても答えられる自信はあります。たぶん他の店では存在しない色まで僕たちはどっかの引き出しにある。

西村 接客時間は長いと思います。

エリック ただ、僕は仕事や作品撮りが忙しくなって2006年くらいからお店に立つことはなくなりました。

西村 でも久しぶりに来ていきなり核心を突く。今でもアドバイザー的な存在です。

エリック ひとりで暗室入るようになっても、「この色はこういうふうに見るんだよ」という専務の言葉が出てきます。

───取材中、専務の隆さんが荷物を運びにきた。そしてひとこと言わせてください、と、「エリックは僕が知ってるなかで一番優秀なプリンターです。頭がいいし、切れるし。今まで会った中で一番です」。日本と香港という文化を超えて、固い信頼で守られた西村カメラのフィルムプリントは、東伏見の地で生き続けるだろう。

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「写真工房+」の店内。写真初心者でもわかりやすく色合やサイズの指示を相談できるように工夫が施されている。
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img_special_earning01_11.jpg カウンター後ろにはプリント出力機など。お客さんはモニターを見て仕上がりを相談できる満足のサービス。

店舗情報

西村カメラ
 東京都西東京市富士町4丁目18-6
 Tel:042-467-8167
 営業時間:朝8時〜夜9時
 定休日:なし

写真工房+
 東京都西東京市東伏見2-6-3
 ランジェロ101
 Tel:042-469-9075
 営業時間:午前9時〜午後9時まで
 定休日:木曜

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