写真で食べていく方法

大判カメラを修理してまた使えるようにするという選択肢

文:清田麻衣子

TOYOカメラサービスの儀同正勝(ぎどうまさかつ)氏。大判カメラからカメラスタンド、露出計などの修理、リクエストに応えたオリジナル製品の制作など、カメラ周りの様々な「困った」を一手に解決している。玄光社のすぐ近くに広告フォトグラファーの強い味方がいたとは! 儀同氏に話を聞いた。

ニーズに対応して1点からオリジナル製品を制作

───4×5判の大判カメラは、写真の迫力、味わいと、マニュアル操作を好む人々の間でプロアマ問わず今も人気が高い。とはいえクラシックカメラというと、故障して修理をしようとしても技術的に無理だとか、交換する部品そのものがもう製造されていないという事態もよく起こるのが困りもの。だが、大判カメラにおけるそんな不安を一手に引き受け解決する、「大判カメラよろず相談所」であり、「駆け込み寺」ともいうべき存在の場所がある。

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TOYOカメラサービス代表の儀同正勝氏。
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「TOYOカメラサービス」は、西は浜松から北は北海道まで、有名総合写真商社などに出された大判カメラ修理依頼のなかでも、修理が困難なもの、部品交換で対応できないものがすべて集まってくる。取り扱うメーカーは、TOYOをはじめてとして、Linhof、Sinar、HORSEMAN、タチハラ、ALPAなど。わずか10平米ほどのスペースに、三脚に据えられた大判カメラがところ狭しと並ぶ。しかもこの会社の従業員は、代表を務める儀同正勝氏ただひとり。つまり儀同氏は、東日本エリアの大判カメラの難しい修理を引き受ける、たった一人の職人、ということになる。

儀同 機械式のやつじゃなきゃ直せないんですけどね(笑)。あと木製だったら切ったり貼ったりできるからほとんど直せるけど、電子機械が入ってるのはちょっと苦手(笑)。基本的にTOYOの部品は今もずっと作っているのでそれを流用したりとか、似ていればそれを改良してオリジナルで使ったりすることもあります。新しく変わった部品でも、古い部品でなんとか対応できますよ。マニュアルカメラの良いところは、落として割れても修理に出せば元の格好に戻って帰って来るところ。

お客さんは、プロもアマチュアの方もいらっしゃいます。このあいだは、プロの広告フォトグラファーの方で、砂漠に撮影に行ってシャッターの中に細かい砂がいっぱい入ってしまったカメラを修理しました。大判カメラのシャッターって隙間だらけなんで、すぐ砂が入る。海の砂はすぐ取れるんですが、砂漠の砂は細かいから一回払ってもまた出てくる。全部一度分解してアルコールで拭くので、なかなか大変な作業でした(笑)。

───社名にもある「TOYO」とは、日本国内の大判カメラシェア率No.1を誇る名器「TOYOビューカメラ」から。

TOYOビューカメラは、大阪の豊中市にある「酒井カメラ修理工作所」(のちの「酒井特殊カメラ製作所」、現「SAKAIマシンツール」)で1959年、創業社長、酒井勇次郎が「豊中市」の「トヨ」と、「東洋一になりたい」という意を込めて誕生した。儀同氏はもともと、この酒井特殊カメラ製作所の東京営業所の所長の任に就いていた。

様々な加工・修理に対応

img_special_earning10_03.jpg大判カメラ周りのあらゆる修理に対応。

儀同 アマチュアのお客さんも多いですが、相対的にアマチュアの方はあんまり壊さない。比較的扱いに慣れてなくて三脚が倒れてカメラが壊れたという修理はありますけど。プロの場合は頻度も多いし酷使するので壊れることが多いんです。

修理を依頼されるのは、大判レンズのシャッターなど様々な加工と修理依頼が圧倒的に多いです。なかでも、昔はシャッター修理って絞りなんかが多かったんですが、今は70%がシャッターチャージが壊れる。フィルムじゃなくてデジタルで使うようになってからショット数が10倍から20倍に増えた。でも、もともとそういう風に設計されていないから今までに壊れなかったところが壊れるんです。それも、シャッターチャージのなかのバネが折れる。昔はこれが折れるということはなかったので、交換できるように作られていない。だから一度シャッターを全部外さないと修理できないんです。以前はシャッターが3万円くらいだったので全部交換していたんですが、今はメーカーがシャッターを作るのをやめてしまって10万円くらいする。だから一回全部外して、バネを取り替えています。これを全部やり直すのに2時間くらいかかる(笑)。

ただもうひとつの問題は、このバネを国内ではもう売ってないので、うちは今、ドイツのシュナイダーというメーカーから購入しているんです。ただ、100個単位でしか売ってくれないので、それはそれで大変なんですが(笑)。

img_special_earning10_04.jpg デジタル化に伴いシャッターの修理依頼が急増した。

───とはいえもちろん大判カメラ自体の売り上げは減少傾向にあるし、修理を必要とする人だってそう頻繁にあるわけではない。しかしフィルムからデジタルに移り変わった現在、増えた需要がある。特大のカメラスタンドだ。

儀同 高さ3メートル、重さ100キロあるんです。大きな柱にデジカメが乗っかっている。背面に柱と同じ板バネというのが入っていて、それが大体10年くらいで切れる。これを修理するために出張で行くんです。最初に日本全国にこのスタンドが広まったきっかけとして、埋蔵物文化財センターの存在が大きいんです。土器が見つかったりするとその撮影をするときにこのスタンドを使う。もともとそのニーズに合わせて作ったものでした。だからその修理をいまだにやっています。それに公官庁もたくさん導入してくれますね。

最近の発注元は通販会社が多いですね。布団とか家具を撮る時に俯瞰を撮るために使うんです。これがデジカメになって発注が増えました。多いところで15本持っているんです。昔、スタンドの行商をした東北や新潟のスタジオに、今はそれを直して回ってる(笑)。4、5年おきに3本ずつぐらいのペースで修理しています。

───フィルムからデジタルへの移行やメーカーの製造中止など、大判カメラを大切に使いたくても、次々と襲う荒波。儀同氏は、そんな荒波をかいくぐり、愛好者とカメラを繋ぐべく奔走してきた。しかし、この奔走こそ、「TOYOカメラサービス」の存在価値でもある。失われた既存の製品に対応していくということは、個々のニーズに対応するということ。「TOYOカメラサービス」がさらにすごいのは、そこからさらに進化して、修理時に耐久性のある部品に交換してくれたり、オリジナル商品を開発するなど、もう一歩進んだ細かいニーズに対応している点だ。

img_special_earning10_05.jpg 超ワイドレンズを使う際に必要になる凹みボードもオリジナルで制作。レンズの大きさや角度に合わせたピント調整レバーを作成してくれる。

儀同 たとえば、大判カメラの最大の特徴でもある蛇腹は、合成ビニール製の場合、蛇腹の角の尖った部分に小さな穴が空いてしまうことが多いんです。だから穴のあかない本革のものに変えたりすることもあります。また、ワイド系を使うときは焦点距離が短いので蛇腹を縮ませた状態で動かすんですが、そうすると縮んだところに負荷がかかるので、蛇腹が痛む。だから大判カメラでワイドを使う場合は、袋蛇腹を使うんですが、フィールド(持ち運び用)で使う場合は、折りたたみにする関係上、袋蛇腹を使えない。だからうちではフィールドでのワイド使用のために通常の蛇腹の先端に袋蛇腹を取り付けた特注品を開発しています。

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大判カメラボディの革張り加工もユーザーに人気だ。

───1952年生まれの儀同氏。TOYOとともに人生を歩んできたのかと思いきや、意外にもTOYOに入社したのは20年ほど前だという。しかし、それ以前も写真にまつわるあらゆる仕事を経験し、日本の写真産業の勃興と歩みを共にしてきた。

儀同 写真の専門学校を卒業して、最初の職場は暗室マンでした。ここでやったことはとてもためになりましたね。いい社長がいて、自分たちで撮影したフィルム代とか現像代は、勉強になるからということで一切お金をとらなかった。それで写真のことをいろいろ覚えました。カメラもどんどん新しい機械が出た。ニコンでいうと「F2」が出る頃で、僕も給料三ヵ月分で買いました(笑)。その後販売店で10年間勤務して、35のフィルムカメラを売る仕事をした後、カメラマンになりました。バブル期に差し掛かり、建築現場の竣工写真を撮っていました。カメラマンは「1ヵ月のうち一週間仕事すると食っていける」と言われた時代だったんです。何もしなくてもバンバン仕事が入ってきたんですが、カメラマンはツテの世界でしたらから得意先の担当者が異動になったりするとパタリと仕事が途切れてしまう。ちょうど知り合いのカメラマンがカメラを作る仕事を始めたので、それを手伝って、そこから製造をやるようになりました。それまではプラモデルを作っていた程度ですよ(笑)。

───長い写真人生の経験の蓄積が、現在の目配りの効いた仕事に繋がっている。まさにアナログカメラの隆盛とともに歩んだ人生だ。

儀同 うちはセコニックの露出計の点検や修理もやっています。昔から、セコニックにユーザー側のニーズを説明しに行っていたんですが、市ヶ谷にあったセコニックのサービスセンターがなくなって、安曇野工場まで修理に出さなきゃならなくなった。それで、僕が安曇野工場まで研修に行って、向こうにある機械をここに持ってきて、僕が点検修理までやるようになったんです。

───また、TOYOカメラサービスで見逃せないのが、カメラアクセサリー類のオリジナル商品の数々だ。ユーザー目線の細かいニーズに実によく対応している。

img_special_earning10_08.jpg オリジナルのレリーズ。通常は入り口と出口だけなのだが、全てバネが入っているのでストロークが引っかからないのが特徴。

儀同 よく売れているのは伸びるズームシェードです。アクセサリーのところに取り付けられるようになっています。大判の場合は煽りを使うので、長いレンズだとシェードが届かず、長さを調節して届くようにした。また、建築を撮っている会社から、キヤノン製の17ミリのシフトレンズを使うときにレンズをぶつけてしまうのが怖いということで、専用のフードを作ったりとか、お客さんからの要望に応えて作ることもあります。

大体カメラマンのニーズを聞いて対応しています。

仕事がなくて困ったということはありませんね。どんなに忙しくても手は2本しかないですから(笑)。不思議と仕事が来る時って重なるんですけど。

img_special_earning10_09.jpg キヤノン製の17ミリシフトレンズ専用のプロテクターフード。オリジナル商品は顧客の要望で生まれることが多い。

───愛され続ける大判カメラだが、寂しいニュースはやはり絶えない。この「TOYOカメラサービス」が事務局を務め、普及に務めてきた「大中判カメラ普及協会」という団体も、2015年の夏で終了した。20社ほどの協賛会社が集まり、毎年2、3回、撮影旅行を開催してきたのだが、パタパタと会社自体が終わりになってしまったという。

儀同 最後は5社になってしまいました。愛好者自体は減ってないんです。でも皆さんだいぶ高齢になってしまわれて、亡くなる方もいらしてちょっと寂しいですね。

───「僕も視力が持つまでかな」と笑う儀同氏だが、作業場にところ狭しと並ぶ修理待ちのクラシックカメラたちが、じっと時間の流れを止めようとしているかのように見えた。

TOYOカメラサービス
住所:千代田区飯田橋2-3-1 東京フジビル402
TEL:03-3262-8488
営業時間:10:00~17:00
定休日:土・日・祝日
URL:toyocamera.web.fc2.com

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