光の魔術師ジョー・マクナリーの極意

風に光を

解説:ジョー・マクナリー

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タイム、ライフ、ナショナル・ジオグラフィック等の雑誌で活躍する写真家ジョー・マクナリーは、光の魔術師とも呼ばれ、彼の撮影技法書は海外で人気が高いという。その日本語版「ホットシューダイアリー」「スケッチングライト」(発行:ピアソン桐原)の一部を、Shuffle読者のために特別公開する。

風に光を

風に光を当てるのはとても難しいものです。ほとんどの撮影で、風は歓迎される来訪者とは言い難いでしょう。風はライトスタンドを倒し、念入りに整えられたモデルの髪を乱し、ゴミや砂をセンサーのなかに吹き込んできます。また、かなり強い風は、無意味に攻撃してきて、考えていた過程をめちゃくちゃにしてしまいます。選択肢も狭めます。そよ風の中においても、1.9メートル(74インチ)のOctaソフトボックスを立てようと試みたことはありますか?

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しかし、風がものすごいファッションをはためかせ始め、たまたまモーゼに似た人が一緒にいたとしたら、どんなに難しくてもやってみるべきです。私がニューメキシコの空に嵐が集まっているのを見て、風が私たちのいるところで地上で起きたパーフェクストームのでき始めのような音をたてるのを感じたとき、私はありがたいことに親友のドナルドと一緒で、彼に小型トラックの荷台に私と一緒に立ってくれるよう頼みました。

img_tech_mcnally07_02.jpg Garrett Garms

ここでは高さが重要なのです。被写体を地面から離すほど、その地面が写真に写る量は減り、空の量が増えるのです。彼の背後の景色はただ暗い、ごちゃごちゃしたガラクタの集まりです。空こそ、物語のあるところです。雲は嵐の形を描いています。幸運にも、私たちには手ごろな小型トラックがありました。

(なぜ写真撮影とは、こんなにもいろいろな状況で最も不合理なことをさせるのでしょう。風があなたをボウリングのピンのように倒そうとするときは、知恵を働かせて風を除けられる場所を探すか、最低でもしゃがむでしょう。しかしそれどころか、私たちは何か高いものの上に登ることでより風にさらされようとします。もし屋根があったのなら、私は屋根に登っていたでしょう。写真制作とは、賢明なことでもなければ、注意深く考えて臨んだ結果でもありません。多くの場合、最高の写真は最も非論理的な行動の結果であることが多いのです。)

今回も向こう見ずで思慮が足りない面はありましたが、それでもきまぐれなことをしてはだめだと思う神経が少しは働いていました。風は強まり、嵐は迫っていました。そこで、私がカメラを手にしながら何度も自らに言い聞かせました。とにかく、簡単にいこう! 1つの、そしてそこでは特別大きくもない照明を使おう。

写真制作とは、賢明なことでもなければ、注意深く考えて臨んだ結果でもありません。多くの場合、最高の写真は最も非論理的な行動の結果であることが多いのです。

幸運なことに、ワイルドで賢いドナルドは、1つの照明で撮る絶好の顔つきをしています。でこぼこで聖書に出てくるような、生命の筋が彼の顔つきに力強く刻まれていました。このしわは彼が得たもので、一見の価値があり、それを最高に見せる方法はそれを光と影で形取ることです。もし無差別に大量の光を当てたら、しわの深さ、得難い特徴、そして言うまでもなく高潔さを奪ってしまいます。

ドナルドの顔は、1つの照明で撮るのにふさわしい典型と言えます。このときは私は、小型ながら強力な(400W)フラッシュ出力が定評のElinchrom Quadraを選びました。このフラッシュのヘッドは小さいながらも、アダプターをつければ、とても素晴らしいライトシェーパーに入ります。今回私は、質の良い強い光を必要としました。拡散しつつも指向性があり、集中している光が必要でした。この風では、大きなものは使えません。小さい2.5x7.6センチメートル(1x3インチ)ストリップライトが役に立ちました。

(私はいつもドナルドを1つの照明で撮影していたように思います。下にある別の写真は、TriGripディフューザーを通してSB-900で撮ったものです。このような顔を見ていて飽きることはないでしょう。)

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この小さなストリップライトは、いたずらにあちこちを照らすことはしません。その光は美しく指向性があり、近くで使うと素晴らしく減衰して影をつくります。その光は被写体に強く、そして同時に柔らかく当たります。

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Garrett Garms

言い換えれば、ドナルドに完璧に合っているのです。Quadraライトをこのように使うと、いろいろなコントロールができるようになります。私は光量を最大の400Wsに上げ、できる限り彼の顔に近づけました。(このソフトボックスは私のフレームの右端2.5センチメートル(1インチ)の距離に浮いています。)D3Xによるこのショットのフラッシュ/周囲の設定は、F20で1/8秒、ISO 100です。うわぉ!

なぜF20なのでしょう? F値が多すぎるように思えます。それはそのとおりで、被写界深度をより下げた状態であれば、長いシャッタースピードにしていたでしょう。シャッタースピードを遅くする、写真撮影の俗語で言えばシャッターを引きずることで、もっとも難しい仕事、風を写真に収めることができるようになります。

最低でも風の影響を捕らえられるでしょう。私はカメラを手に持ったまま、かなり長めのシャッタースピードを使い、ぐらつく足場の上で、嵐に吹き飛ばされそうになりながらマイクに向かって誰にも聞こえない実況中継をしているウェザーチャンネルのリポーターのような状況でした。再び、私は明る過ぎず、数段調整したレベルで、1段か2段、手持ちでは不可能なシャッタースピードで大切なシャープさを犠牲にするリスクをおかしながらそこにいました。

私が安全に行動していたら、撮影は1/60秒ぐらいの「通常の」シャッタースピードで行なわれ、すべての動きが止まり、この写真での風がかき回す効果を半減させていたでしょう。

でもいつものように、フラッシュが助けてくれます。彼の顔に当てたフラッシュは、シャッターを引きずってもシャープさを失わないレベルで、ドナルドのふさふさとした細い髪の毛を空中に舞わせることができます。私はここで、偶然の出来事を期待していました。その幸運な出来事によって、彼の髪の毛がさらにもっと風に舞い、この1枚が風によって効果を倍加したポートレートになるのを期待していました。私が安全に行動していたら、撮影は1/60秒ぐらいの「通常の」シャッタースピードで行なわれ、すべての動きが止まり、この写真での風がかき回す効果を半減させていたでしょう。そんなやり方をするのだとしたら、すべてがもっと快適に運ぶ室内に彼を連れていけばよいのです。

ここがポイントです。安全に撮らないこと。常に少しばかりの違い、少しの動き、光、色、講堂、ジェスチャーなどを探すことです。「これが別の表情を持つポートレート」といったカテゴリの写真を撮るために、その写真をより良いものにできるものを探すのです。それが風と戦う理由です。それが中に行かない理由です。


※この記事は「スケッチングライト」から抜粋しています。

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写真:ホットシューダイアリー

ホットシューダイアリー

世界的フォトジャーナリストにして「光の魔術師」のジョー・マクナリーがつづった「光」にまつわる撮影日記。本書の1/3は、1つのスピードライトだけで美しい写真を撮る方法について割かれており、そのほか複数のライトを組み合わせた方法についても詳しい解説がある。

発行:ピアソン桐原 3,465円・税込

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「今までもそうであったように、ライトはいつでも、どこでも、あらゆる写真家の言語であり続けます」と前書きにあるように、光で写真を自在に描くためのテクニックが詰まった1冊。1つか2つのスピードライトという最小限の機材で、最大限の効果を生み出す秘訣を披露する。

発行:ピアソン桐原 3,990円・税込

ジョー・マクナリー Joe Mcnally

タイム、スポーツ・イラストレイテッド、ナショナル・ジオグラフィック、ライフなど世界的に著名な雑誌で活躍するフォトグラファー。ナショナル・ジオグラフィック誌では、同誌史上初めて、全ての写真をデジタルカメラで撮影した特集「The Future of Flying」を発表。32ページにわたる同特集はその価値が認められ、米国議会図書館に収蔵されている。
・インタビュー ニコンイメージングジャパン 世界の写真家たち Vol.08
・公式サイト JOE MCNALLY PHOTOGRAPHY

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