2008年12月02日
第5回まではキャリブレーションの重要性や、モニターやタブレットなど、画像処理をする上で望ましい外部環境を中心にお話ししてきました。第6回となる今回は、内部環境ともいうべき画像データについて触れたいと思います。
私自身が画像処理に携わるようになってから、広告写真の主流は、ポジフィルムからデータへとあっという間に移行していきました。デジタルデータをピクセル単位で観察せざるを得ない環境で、毎日仕事をしていますと、それぞれのCCDやレンズ、現像ソフトの持つ特性や雰囲気のようなものを感じるようになります。
硬質で強い質感や、クリアな印象が欲しいときにはPhase Oneが向いているようですし、中間調からハイライトまでの豊かな階調表現があり、肌のディティールを繊細にとらえるImacon(Hasselblad)、第一印象は優しいけれどカーブの掛け方で様々な表情を見せてくれるLeafなど、人間と同じような個性が、各社のデジタルバックにもあります。撮影の条件や被写体(人物か静物かなど)の種類、最大原稿サイズなどによっては、レタッチャーからフォトグラファーへ使用機材についてのお願いをさせていただくこともよくあります。
左からPhase One、Hasselblad、Leafのデジタルバック。いずれも広告写真でよく使用されているので、
それぞれの絵作りの違いを知っておくこともレタッチャーの重要なスキルの一つと言える。
起業した当初は、フォトグラファーが現像したTIFFデータをいただいて作業するだけでしたが、次第にRAWデータをいただいて、自分たちで現像をするようになりました。その最大の理由は『仕上がりのイメージとして現像されたデータと、レタッチをするためのデータは別である』というものです。
以前ビューティのお仕事の際に、フォトグラファーからいただいたTIFFデータのまま進めていったのですが、納品寸前でハイライトの部分にもっとテクスチャーを出してほしいというオーダーが入りました。しかしそのオーダーに応えられるだけの質感はそこには残っていませんでした。結局他のカットから似たような素材を移植してその場は解決しましたが、冷や汗をかいたのを覚えています。
フォトグラファーの手による仕上がりイメージはもちろん大切です。それが印刷までの制作スタッフの共通イメージとなるわけですから。しかし見た目の良いデータと、その後の変更にも耐えられるレタッチに向いたデータとでは、現像段階で大切にするものの優先順位が変わります。最終的な完成データが、撮影現場で確認した印象に限りなく近かったとしても、レタッチのベースとなるデータにはレタッチャーとしてのこだわりが隠されているのです。
ですから現像を行なう段階でも、カラーチャートのみに頼るのではなく、最終のバックグラウンドや絵の方向性、雰囲気などを予想して現像を行ないます。『今回のデータは柔らかめだけど、被写体は硬質な商品だから、現像ソフトの組み合わせを変えて、硬めに現像しておいた方が仕上がりはいいと思うな』とか、『ほんわりとした雰囲気をもとめられているから現像はあえてこれでしよう』といった具合です。つまり現像の段階ですでに完成データの骨子は出来上がっているのです。
現場でフォトグラファーと話し合い、その方のテイストを大切にした上で、その絵のために相応しいデシタルデータを下準備する、それもレタッチャーの重要な役割の一つだと思います。こびとのくつがレタッチする上で心がけているのは、表現についての中心点はぶらさずに、ただしより良くなるための広がりと膨らみ、遊びの部分は殺さないということです。そういった見た目の大切さへの感受性を大切にしつつも、データの品質については厳重なチェックを行ないます。
同じRAWデータから2つの現像ソフトを使って現像した例。デジタルバックと現像ソフトの組み合わせによって色や階調が異なるので、こびとのくつでは最適な組み合わせを考えて現像を行なっている。
特に現像時の黒の表現や、ハイライトの表現、質感(硬質か軟質か)などは、モニターの見え方によるところが大きい部分です。いくらプリンタの色がモニターとマッチングしていたとしても、いちいち現像データをプリントするわけにはいきませんから、このときばかりはモニターの表現性能がデータのクオリティにダイレクトに影響してきます。デジタルバックの表現力の急速な進化があっても、そのRAWデータを現像するときに見ているモニター性能が十分でなければ、データの中にちりばめられた宝石のような「豊かで神秘的な階調」たちは、あなたの目に触れることなく眠ったままになるのです。
わたしたちレタッチャーは、イメージを専門的技術によってデータに昇華させる、いわば画像の翻訳者です。イマジネーションとデータの内包するものは豊かに、しかしその意味や伝えたいところは外さずに、正確で誠実な翻訳ができれば、レタッチャー冥利に尽きるというものです。
工藤美樹(こびとのくつ) Miki Kudo
7歳より油画・水彩・陶芸・書道を学ぶ。株式会社アマナを経て、こびとのくつ株式会社を設立。精密さと早さを重視した職人集団、こびとのくつの現代表取締役。
http://www.kobito.co.jp/
主な仕事:花王『AUBE』『GRACE SOFINA』、NTT DoCoMo『Anser』、サントリー『DAKARA』『角』、東京ディズニーランド『20周年記念』、TOYOTA『LEXUS』『COROLLA ALTIS』など。