こびとのくつやの道具箱

最終回 ていねいなしごとの先に見えるもの

解説:工藤美樹(こびとのくつ)

いよいよこの連載も最終回となりました。これまで半年以上にわたって、弊社「こびとのくつ」を例に引きながらグラフィック広告の制作環境について述べてきましたが、つたない内容ながらも最後までおつきあいいただき、たくさんの反響もいただき感謝しております。私たちレタッチャーの仕事は、多くのプロフェッショナルの方々とプロユースの機材環境に支えられて成立しているのだということを、この連載執筆を通じて改めて実感しました。

写真や画像製作のプロフェッショナルにとって、表現活動や仕事をする上で、機材の変化や進歩を抜きに語ることはできません。フォトグラファーにとっては、フィルムやスキャナー、ライトやスタジオ、そしてカメラなどがそれにあたるでしょうし、レタッチャーにとっては、MacやPhotoshop、タブレットやプリンタ、そしてモニターがそれにあたります。

卵が先か鶏が先かはわかりませんが、厳しいプロフェッショナルの要求によって、モニターなどの機材環境は高度に進化し、また進化した機材環境によって、プロフェッショナルの能力や技術、ワークフローが変化し、現在もまたその進化は続いているのだと思います。


こびとのくつのミーティングルーム。アートディレクターやフォトグラファーがくつろげるように、
室内のインテリアはシンプルな美しさとホスピタリティを重視している。

しかしそれにも増して最近強く感じるのは、機材よりも人材そのものが大きく変化しつつあるのではないか? ということです。

ここ数年レタッチャーの活動領域が急速に広がっているので、弊社でも頻繁に人材募集を行なっているのですが、面接試験にやってくる若い人たちの考え方や性格的な傾向、そのベースにあるデジタルスキルの変化には驚かされます。まず特徴的なのは、レッタチャーの仕事を、デザイナーやアーティストと同列で考えているという意識の変化です。

いまの学生にとっては、Photoshopを使いこなせることは普通であり、そのスキルを使って何をしたいのかということの方が大事になっています。機械としての面白さや、ソフトの機能を駆使することは既に重要ではありません。また、ネットで世界中の知識に簡単にアクセスできる環境では、覚えていることや所有していることよりも、必要なときにアクセスできること、コラボレーションできることの方が、重要になってきている気がします。E・フロムの言葉を借りるならば『持つこと』よりも『あること』の時代が到来していると言えるでしょう。

企業経営で言うならば、立派な自社ビルに設備投資する企業よりも、その中で働く人材が個々の持てる能力を存分に発揮できる環境を用意し、様々な知識と技能にアプローチできたり、豊富な選択肢として持っている企業の方が、時代には合っていると感じています。ダイバーシティーと呼ばれる概念がそれにあたるでしょう。

こういった時代背景のなかで、レタッチャーという職業がどう変化していくのかは未知数ですが、それでも確実に言えることは、技術だけの時代は既に終わっているということです。

新しい技術の模倣と陳腐化は、情報伝達が発達した現代では想像以上の早さで起こります。『簡単に手に入るものは、簡単に失われる』とも言えるでしょう。むしろその技術がもたらすことの真の変化と意味を捉えて、ほんとうに大切なことは何かを見つめ直す視点が重要です。『時間がかかっても身につけなければならない真実の力とはなにか』ということを、表面的な激しい変化のさなかにおいても見失ってはいけないのです。


こびとのくつのロゴと、ロゴ入りの社封筒。このようなアイテムにも「ホスピタリティ」が込められている。

こびとのくつがその真実の一つと考えているのが、ホスピタリティです。日本語でいう、おもてなしの心です。いまだ十分ではなく、反省するべき点も多くありますが、それでもスタッフ全員が考えていることは『相手のことを自分のこととして考える』『思いやりと気遣い』という、とてもシンプルな事柄です。私たちの仕事の原点は『自分たちが持てる能力で、誰かのために働くことができ、それで喜んでもらえて、生活ができたら素晴らしい』ということに尽きます。売上至上主義でも、マーケット至上主義でも、株主至上主義でもなく、会社で働く人たちと、彼らの持つ才能を必要としている人の、お互いの喜びのために仕事を通してつながることが、私たちがいちばん望んでいる、レタッチャーとしての生き方です。

これからクリエイティブの世界を目指す若い人たちは、みなさんのそれぞれの立場で、いちばん大切なことは何かを問い続け、それから離れないようにしてください。クリエイターを志した方のほとんどは、仕事が生活の大部分を占めます。仕事が人生で一番重要な位置を占めている人も多いでしょう。しかし、人生をいかに豊かに過ごすかは、あなた自身の自由な選択にかかってます。あなたの人生はあなた自身がクリエイティブするものです。人生そのものが大きな作品なのかもしれません。

デジタルという環境と高度に進化した機材やツールを土台にして、もっと内面的な、人間としてどう生きたいのかという、自己表現としてのアウトプットに、エネルギーと時間を集中して、新しい表現世界に向かっていってほしいと思います。

最後に、連載の執筆に協力をしてくれた、こびとのくつのスタッフに心から感謝いたします。ありがとうございました。

写真:工藤美樹(こびとのくつ)

工藤美樹(こびとのくつ) Miki Kudo

7歳より油画・水彩・陶芸・書道を学ぶ。株式会社アマナを経て、こびとのくつ株式会社を設立。精密さと早さを重視した職人集団、こびとのくつの現代表取締役。
http://www.kobito.co.jp/
主な仕事:花王『AUBE』『GRACE SOFINA』、NTT DoCoMo『Anser』、サントリー『DAKARA』『角』、東京ディズニーランド『20周年記念』、TOYOTA『LEXUS』『COROLLA ALTIS』など。

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