2021年06月07日
様々な研究者を集めた“知識”プラットフォーム企業である株式会社リバネス。執行役員CKOの長谷川さんが「吉田さんと話すならディープな人材を!」と連れてきたのは、ユニークな研究者集団の中でもかなりマニアックとお墨付きの「材料工学」の阿久津 伸さん。「世界は材料から変わる」、この言葉の意味とは?
知られざる「材料」の世界
吉田 そもそも材料工学って何かをもう少し詳しく聞かせてください。
阿久津 NASAの長官が以前、「軌道エレベーターを作りたい」という若者に対し、「軌道エレベーターを作るにはまだ何百年もかかるでしょう。だけど、今の段階でそれに関わる仕事がしたいなら材料をやりなさい」と言ったことがあって、まさにそういうことなんです。インターネットが世界を変えたと言いますけど、僕らはそうは考えていません。世界を変えたのは半導体や通信デバイスの中の「材料」。シリコンから半導体ができたおかげでインターネットができた。ITだけでワープする宇宙船は絶対に作れない。それを作るなら材料を作るしかないんです。
吉田 なるほど! ITも何らかの材料に基づいているように、ワープも材料の上にしか成り立ちませんもんね。
阿久津 ITやインターネットは誰かがやったことを広範囲に広げた。でも、突き抜けてやるとしたら新しい材料を作るしかない。
長谷川 だから材料は面白いんです。モノを作りたいとなったら普通は自動車とか飛行機に行く。その材料を作りたいと思う時点で、若干ズレているんですよね(笑)。そこが面白い。材料工学をやる人は興味や妄想の種類が違うというか。
ワープできる
宇宙船を作るなら
材料を作るしかない
吉田 子どものころに棒切れとか使って電車や飛行機を作る子がいたけど、同時に砂場で延々と変な色の水を作っていた子もいた。そっちに近いですよね?
阿久津 それです、それ! 泥水を混ぜて色の違いを試しているように、材料も新しい何かを作れる可能性がある。
吉田 料理やっている人のセンスは材料を作り出す人に近いですね。
阿久津 ものすごく近いです! 今まで材料を合成するときにレシピというかちゃんとした手順書がなかったんです。どうやって作ったかと言えば、「勘と経験」。こんな風にやってきたという経験の蓄積で。
吉田 え!!そうなんですか!! 科学の世界なのに、「老舗」の技の継承の仕方みたいな形でやってきたわけですね。
阿久津 材料に関する面白い話があって。インドに謎の鉄柱というのがありまして。明らかに鉄なのはわかっているんだけど、これが錆びない。なぜ錆びないかと言うと鉄の純度が高いんです。でも、色も違うし、鉄っぽくない(最近の研究では高純度かつ絶妙な量のリンが入っているからという説が有力。東北大学発の超純鉄は錆びなくて色も鉄っぽくない)。
吉田 むしろ成分的には、色が違うそっちのほうが鉄なのに。
「錆びないインドの鉄柱」
オーパーツ的な
響きがたまりません
阿久津 そう。つまり、我々が知っている鉄は鉄じゃない。鉄にちょっと酸素や炭素がくっついていたりするものを鉄だと思っている。そこで問われるのは「モノとは何か」ということ。鉄が鉄であるための本質が「単結晶」で。材料が本質的にどんなものかを突き詰めて、物質として存在するための最少単位が単結晶になる。
吉田 純粋な鉄として、この世界に存在させるためには、ただのFe(元素記号)ではダメってことですか?
阿久津 Feがキレイに整列していないとダメで。純度と並び方が重要なんです。
長谷川 大切なのは定規みたいなものですね。その材料を正確に表現するための定規。で、その単結晶という定規を作るのが、これまでは勘と経験でやっていたわけです。それを変えようっていうところに、阿久津さんのすごさがあって。
阿久津 定規を作るのに勘と経験で作っていたらみんなが作れない。ならば、勘と経験がなくても作れるようなシステムを作ったんです。1つの材料作るのに、勘と経験でやっていると数十年かかってしまう。技術者ならだれでも作れるシステムを提供しようというのが、うちでやっていることです。
吉田 言ってみれば、セントラルキッチン(複数のレストランに提供する食材を調理する施設)ですね。そこで、インドの鉄柱はどうやってできたかをレシピ化することができたら、それはものすごい武器になると。
阿久津 そうです。だから、今後非常に大きなマーケットになるのは明白なんです。
長谷川 今の半導体はシリコンだけど、もしもっとすごいのができたら、通信速度が速くなったり、何かが革新的に変わって僕らの想像もつかないようなことになり得るわけです。世の中を変えるインパクトや可能性がいろんな部分に秘められているわけです。
阿久津 例えば、パソコンのACアダプター。これをうんと小さくすることもうちの材料を使えばできるらしい。世の中は材料から変わるんです。LEDもナイロンも開発したのは日本人で、日本は今までずっとそれを先導してきたんですよね。
マニアックすぎる
「材料」の世界。
世の中を変える
インパクトある
フロンティア
長谷川 もうひとつ阿久津さんのアイデアを説明すると、「るつぼ」の話があります。
阿久津 これまでは単結晶を「るつぼ」に入れて溶かして作っていたんです。でも、そうなると、るつぼ自体が溶けてしまって、どうしても不純なものが混ざってしまう。今までの技術はそういうものだったんですけど、うちはるつぼを使わないで、より純粋な単結晶を作る技術を生み出した。
吉田 それって鍋を使わずに調理をする方法みたいなことですよね? マジシャンみたい! いったいどうやるのか、種明かししてもらいたいです。
阿久津 非常にざっくりと言えば、その材料自体をるつぼにしてしまえばいいんです。その材料そのものの固体の上の方だけを溶かせば、純度の高い、キレイに並んだ単結晶を作ることができる。
吉田 なるほど!! すごい発想の転換!
阿久津 うちはレシピは作れない。鍋のかわりに鍋なしで料理を作る新しい方法を開発したので、その方法を用いた新しい料理はつぎの人たちが発明してください、という状態です。僕がどれだけ頑張ってもワープエンジンは作れない。でも、その根幹の部分となる材料を作り、それを使って誰かがワープエンジンを作り出すかもしれない。材料の面白さはそこです。
吉田 自分が作っているものが何の役に立つかわからない。でも、その面白さがあるってことですね。いや〜材料も単結晶もまるでわからなかったですが、すべてのベースにそれがあるというのは理解できた気がします。あと、個人的にはインドの鉄柱の話、オーパーツ(なぜそこに存在するのか解明されない物質)みたいで刺さりました(笑)。
1975年12月12日東京生まれ。ニッポン放送アナウンサー。第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞授賞。「マンガ大賞」発起人。2021年4月から『ミューコミVR』(日曜23時30分から生放送)、『辛坊治郎ズーム』の留守番パーソナリティを担当。最新刊『元コミュ障アナウンサーが考案した会話がしんどい人のための話し方、聞き方の教科書』(アスコム)ほか著書多数。
はせがわ・かずひろ
株式会社リバネス 執行役員CKO リアルテック分野のシードアクセラレーションプログラム「TechPlanter」を立ち上げ、数多くのマニアックな研究者の事業化支援を行う。また、墨田区の町工場3,500社を仲間とともに自転車で訪問するなど、多数の町工場ネットワークも有している。
あくつ・しん
株式会社アドバンスト・キー・テクノロジー研究所 代表取締役CEO 博士(工学)。電気工学志望から材料に魅せられて専攻をシフト。民間企業での研究開発の後に基礎科学から日本の製造業の再興に貢献したいとの思いで独立起業。TechPlanterメンバー。ユーグレナ賞を受賞。
※この記事は、コマーシャル・フォト2017年8月号から転載しています。