吉田尚記のあさっての話

昔話とウェルビーイングの関係を教えてください|石川善樹

最近、よく耳にするようになってきた「ウェルビーイング」という言葉。その本質に迫っているのが、2022年1月に刊行された『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』(KADOKAWA刊)という本。これは予防医学研究者である石川善樹さんとよっぴーの最新の共著。ウェルビーイングを研究する石川善樹さんが気づいた、日本昔話に内包されているウェルビーイングな部分とはなんなのか。「なんでもない人たちの話に耳を傾ける」ことがウェルビーイングにもつながるのはなぜか。大事なことを見失いがちな現代人に、改めて何が大事かを気づかせてくれる特別対談です。

20220418_asatte_1.jpg吉田尚記

吉田 1月に石川さんと僕の共著が出ました。AmazonのPodcastで僕と石川さんが話している内容を配信(「第3回 JAPAN PODCAST AWARDSウェルビーイング賞」をノミネート)していて、それを本にまとめたものです。ほぼ雑談のような形で「最近、何に興味ありますか」という問いに石川さんが「昔話」と答えたことで広がっていきました。「喋る」という行為への世の中の見られ方は、わりとto doな感じがあって。書店でも「最強の交渉術」とか「人に好かれるための話し方」など、話すという部分ではそういう本が主流になってしまう。でも、もしかしたら雑談そのものがものすごくウェルビーイングなことなんじゃないかなと。

20220418_asatte_2.jpg石川善樹

石川 僕が思うに「お互いに話すことがなくなってからが本当の雑談」。例えば、誰かと旅に出る。そうなると、その人のことを30分くらい他己紹介できるぐらいになって帰ってくるんですよ。「こんなところにこんな人がいてね」という昔話みたいなフォーマットだと興味を持って聞いてくれる。これ、まさにウェルビーイングだなと。僕はこれまで「ヒト」よりも「コト」に興味が向かっていたので、新鮮だなっていうのがあって。

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そもそも雑談って
とっても
ウェルビーイングなこと
なんじゃないかなと思った

吉田 普通に社会人になるような生活を送っていると、ずっと「Being」ではなく「Doing」が求められるんですよね。受験勉強して、合格して、単位を取って、就職活動してと。でも、僕の場合、その後に、非常に特殊な曲がり角が一個あって、社会人になって、なんでもない普通の街のおじちゃんやおばちゃんに会って話を聞いてくるという経験があった。そこでは「Doing」は関係ない。一緒にいて「これ、旨いですね」と話したほうが確実に何かがわかり合える感覚で。ウェルビーイングで語られる、人間の面白さってそういうことのような気がします。石川さんの昔話ブームはまだ続いているんですか?

石川 続いています。この間、またすごい昔話を見つけちゃって。「宝の大釜」という話なんですけど。僕ね、義務教育はもはやこの1本だけでいいのではないかと思ったぐらいで。是非、吉田さんにも見てもらいたい。生まれた時から家にでっかい釜があり、それを守れと言われて生きてきた五作。それが家宝と思い込んでいるので、仕事をしていても寝ている時も盗まれないかと気が気ではない。あるとき、その釜が盗まれるんです。実はその釜の置いてあった床の下に宝が隠されていたんです。それに気が付かずに釜が宝だと思っていた五作は「自分はなんと知恵がないのかと歯ぎしりする。しかし、釜がなくなったことで心配事がなくなり、よく眠れて仕事にも精を出すことができるようになり、のびのび幸せに暮らすことができるようになったという話。

吉田 いい話ですね。最後の「よく眠れるようになりました」がすごい。宝よりよく寝られることが大事だと。

石川 こういう展開は昔話でもなかなかない。宝がなくなるとか、家族がなくなるとか、失ったことに対して徐々に受容していくプロセスが多くなる。でも、この話は、失った後、落ち込むけどすぐ立ち直っていて。人生で何か起きた時、この話を知っている人生と知らない人生とでは全然違うと。こういう話が世の中にはたくさんあるはず。でも、吉田さんの言う通り、世の中に流通するのは「お宝の手に入れ方」とかそういうものばかりで。今って、例えるなら「大釜を大事に抱えて生きている」、そんな時代なんじゃないかなって思う。

吉田 ウェルビーイングと昔話のつながりは初めから明解だったんですか?

石川 探っていたところはありますね。誰でもない人の話が好きでいろんな人に話を聞いているんですけど、昔話もそれに通じる。なんでもない大学生が小学生のときに事故にあったというネガティブな体験がじつは今、本人の原動力になっていて、結果、人生イキイキ生きているとか。今の話なんだけど、数百年後には昔話になっていそうな話を僕はせっせと集めているんです。名もなき人たちの、なんてことのない話に触れているのが不思議と楽しい。これがウェルビーイングって感じなのかなと。そういう話をしている時はお互いに同じ立場にあるんですよね。肩書とか経験とか、そういうことじゃない。あと、ノンフィクション作家の上原 隆による『友がみな、我よりえらく見える日は』という本があって、そこには普通の人たちが人生にちょっと躓いたとき、そこからどう立ち上がるのかがいろいろ掲載されている。この本を読んだくらいから、世の中の人たちが僕の中ですごく多様に見えてきた。一人一人いろんな人生があるんだろうなという、当たり前のことに改めて気づいて。

吉田 あ、なんかつながりましたね。僕が商店街のおじちゃんたちから聞いていた話とものすごく近い気がします。ウェルビーイングって、うまい重心を見つけるとその感覚がわかるんじゃないかなと。

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ウェルビーイングは
幸せでいるための知恵
幸せに“なる”というより
幸せで“いる”のほうが
しっくりくる

石川 ウェルビーイングは幸せになるというより、幸せでいるための知恵という気がします。日本昔話で驚くのは多様性なんですよ。西洋の話はあまり多様性に見えない。座右の銘ぐらいの感覚で、好きな昔話を1人1人が持てるようになればいいなと。

吉田 ウェルビーイング的な昔話って、世界中に広げるべきなんですか?

石川 そうだと思いますよ。「あの人がいくら儲かりました」って話は多いですけど、宝の大釜みたいな話は世の中に全然存在しないじゃないですか。

吉田 日本人以外にもあの感覚は通用しますかね? 日本人はギリギリ通じそうだなと思うんですけど。

石川 今の時代ならいけるんじゃないですかね。ポップカルチャーを研究している人がいて。その先生が「小津安二郎の東京物語を昔のアメリカの学生は理解できなかったんだけど、今のアメリカの学生はあれを見て泣く。日本に追いついてきてるよ」と言われたんです。もう何かを得ていくというフェーズではなくて、なんのために成長するのかが問われているんだと思います。

吉田 昔話には多様性があって、先はどうなるかわからない。まさに人生そのものですよね。多くの人に、そういう見方を取り戻してほしいですよね。

石川 自分の人生のコンセプトは「みんなが見ているものを、みんなが見ていないように見たい」というのがあって。誰もが知っているものをこういう風に見たら違った見方できませんかって。昔話も結局、そんな感じがします。

よしだ・ひさのり
1975年12月12日東京生まれ。ニッポン放送アナウンサー。第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。「マンガ大賞」発起人。現在、『ミューコミVR』と週10本前後のPodcastを担当。最新刊は石川善樹氏との共著『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』(KADOKAWA)。ほか著書多数。

いしかわ・よしき
予防医学研究者。医学博士。東京大学医学部を経て、米国ハーバード大学公衆衛生大学院修了。専門は予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は、『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)など。


※この記事はコマーシャル・フォト2022年3月号から転載しています。


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