2019年10月08日
最終回となる今回は100年前に作られたバイオリンの美しい木目をストリップLEDでライティング。1億画素機「富士フイルムGFX100」を使用し、大きく後ろ姿を撮影した。
2s f11 ISO100
撮影協力:中島孟世(THS) / 一山菜菜海(THS) / 松谷亮志
ロゴデザイン:井元友香(凸版印刷)
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バイオリンというのは非常にフォトジェニックな楽器だ。独特で繊細かつグラマラスな形状と美しい木目は、音を出さずとも人を魅了するもので、工芸品と言われるのも良くわかる。良いものは古い個体が多いので、傷やひび割れたニスの跡など年輪を刻んでおり、形を含め良く見るとひとつひとつがとても個性的で、同じものはふたつと無い。今回はそんなバイオリンの美しい木目をメインに撮影していく。
バイオリンは、音を響かせる役割をもつ表板にはスプルース(松)を使用し、美しいメイプル(楓)の木目のある部分はネックと側面と背面である。つまり美しい木目を大きく撮影しようとすると後ろ姿の撮影ということになるのだ。
今回の個体はおよそ100年前のチェコスロバキア製の楽器である。虎杢のものが多いのだが、ちょっと変わり種のバーズアイを選んでみた。この後ろ姿を撮影してみよう。
ライティング図
【使用機材】
カメラ&レンズ(富士フイルム)
GFX100
[1]
GF120mmF4 LM OIS WR Macro
[2]
LED(fotodiox〈アガイ商事取扱製品〉+DEDOLIGHT〈ライトアップ取扱製品〉)
C-308AS
[3]
DLED4.1-BI
[4]
撮影の流れ
今回のビジュアルをどのように撮影するのか順を追って説明していく。前出のライティング図と合わせて見ていこう。
1. メインライトのセッティング
バイオリン全体の輪郭にライティングしやすいように、ネックを柔らかい布で包んだバーでホールドして浮かせる。下は卵を落としても割れないぐらいにクッションを敷き詰める。実は今回バイオリンに当てるライトは1灯。この1灯で美しい木目と輪郭を描き出すのだ。
ストリップタイプのLEDを使用
バイオリンの背というのは柔らかく隆起していて、ライトを入れた側はきれいに木目を浮かび上がらせ、反対側は暗く落ちていく。輪郭はぐるっと一周、縁が微妙にもち上がった形状になっているので、そこにギリギリ光を感じさせるようにライトを持っていく。そうすると右側にもシャドーの中に輪郭が浮かび上がり、縁取りライトと木目を美しく出すライトが1灯で仕上がる。1mm単位のセッティングである。
メインライトを当てた状態
2. 背景のライティング
背景にはムラのある布を垂らしている。奥行きのある表情を出すのには直接順光で光を当てるのではなく、後ろからライトを当てて透過光で明るくしていくと良い。物と背景の間にライトを置くより位置決めの自由度も格段に高くなる。ライトを直当てした状態
布の後ろから透過光にした状態
3. 光源による表現力の差
今回使用したライトは幅7cm、長さが40cmという細長い光源をもつストリップLEDというものなのだが、通常の丸いタイプのLEDライトを同じ場所から当ててその表現力を比較してみた。
ストリップLEDは細長い光源の形状からハイライトを綺麗に作っていくのが得意で、今回のようなバイオリンの輪郭をぐるっときれいに出すには都合の良い光源だった。バーンドアも付いているので微妙な照射角の調整も可能。ただし、光の芯が細長いのでコントラストの高い絵にはなりづらい。
対して丸い光源のLEDライトは1灯できれいに輪郭を出すのは難しく、ハイライトが点としてうるさく入ってしまう。代わりに明確な光の芯があるので木目の奥の方まで、光が入り込むようなコントラストの高い画作りが可能。
ストリップLED
ストリップタイプのLEDを当てた状態。光源が長いのでバイオリン全体の輪郭もでて
くる、直射のため発色も良い
丸型LED
通常のLEDを当てた状態。光の芯があるため、よりコントラストが高く木目の色の違
いまではっきりと浮かび上がる
今回はシンプルなライトできれいに輪郭を出したかったのでストリップLEDを使用した。このライトはおそらく複数のLEDが並んでいると思うのだが、それをひとつずつコントロールできるようになると芯も作れるようになるのでは、と期待している。
Tips
fotodiox C-308AS & C-1080 ASV今回メインライトとして使用したC-308ASは出力30W、照度140lux/1m。fotodioxのEDGEライトシリーズの中でも小型のタイプで重量は820gと1kgを切る軽量、バッテリーで駆動する非常に取り回しの良いツールだ。色温度と光量を調整するダイヤルが各々ついており、独立して制御することが可能。
大きい方のC-1080ASVは約1.2mの長さの光源を持つ。それでも重量4.8kgと軽量で、出力100W、照度1037lux/1mとなる。どちらもバーンドアがついていてさらに細長い光を作ることができるのだが、人物で使ってみても面白そうだ。
富士フイルム GFX100言わずと知れた話題の国産最強解像度を誇る1億画素機GFX100。正式には有効画素数約1億200万画素、43.8×32.9mmのベイヤーCMOSを搭載したミドルフォーマット機である。このスペックでこの小ささ、しかも5軸のボディ内手ぶれ補正まで実装しているのだから驚きだ。カメラの佇まいは大げさにならずにとてもクール。奇をてらわずに撮影に臨むことができる。今回撮影したバイオリンは時間に磨かれたどこまでも深いディテールを持っており、どこまでそれを捉え切れるか楽しみであったが、流石の描写力。 連載の最終回に相応しいカメラであった。これから面白いレンズがどんどん出てくることを期待したい。特にシフトレンズがあればStill Life Imagingの世界でも、もっと使用用途は広がっていくだろう。
バリエーション
セットやライティングを活かして別パターンの撮影。アレンジアイデアのひとつとしてチェックしておこう。
30s f16 ISO100 ※画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示
この撮影中に見学にきた何人かが、なんで後ろを撮影しているんですか?と訪ねてきた。そりゃあ、木目の撮影なんだから決まっているだろと思いつつ、まあ、そんなものかとも思った。僕は少年時代に10年ほどバイオリンを習っていた。美しいのは背面の虎杢というのは当たり前で、逆に正面は辛い練習の思い出が染み付いた景色だった。
実際、正面が仕事場で(鳴っているのは正面の色気のない松)、背面は工芸品(音にはあまり関係ないが美しい虎杢やバーズアイ)みたいな節がある。そんなこともあり、仕事場に向き合ったカットをバリエーションに選んだ。背面に比べると、何度も位置を調整されたブリッジの跡やニスのヒビなど、僕には戦場の風景にしか見えない。そんなところを浮き彫りにするようなアングルにしてみた。バイオリニストになれなかった自分へのオマージュみたいなカットである。
※この記事はコマーシャル・フォト2019年10月号から転載しています。
関連情報
当連載の筆者・南雲暁彦氏の著作「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意」。格好良い、美しい、面白いブツ撮影の世界をコンセプトに、広告撮影のプロによる、被写体の魅力を引き出すライティングテクニックや、画作りのアイデアが盛りだくさんの内容となっている。
価格は2,300円+税。
南雲暁彦 Akihiko Nagumo
凸版印刷 ビジュアルクリエイティブ部 チーフフォトグラファー
1970年神奈川県生まれ。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。世界約300都市以上での撮影実績を持つ。日本広告写真家協会(APA)会員。多摩美術大学、長岡造形大学非常勤講師。
- 第17回 専門誌のキービジュアルを想定してバイオリンを撮る
- 第16回 メーカーのイメージビジュアルを想定してバイクを撮る
- 第15回 飲料水のイメージビジュアルを想定してシズルカットを撮る
- 第14回 ブランド広告を想定して香水瓶を撮る
- 第13回 Photo Worksとしてアンモナイトの化石を撮る
- 第12回 カタログのイメージカットを想定してコーヒー器具を撮る
- 第11回 広告媒体のキービジュアルを想定してスニーカーを撮る
- 第10回 Photo Worksとしてパウダーが舞う瞬間を撮る
- 第9回 Photo Worksとして水面の煌めきを撮る
- 第8回 専門誌のグラビアページを想定してミニチュアカーを撮る
- 第7回 モーターサイクルイベントの大型ポスターを想定してヘルメットを撮る
- 第6回 ファッションブランドのルックブックを想定して洋服を撮る
- 第5回 キッチンツールフェアのキービジュアルを想定してメタリックツールを撮る
- 第3回 デジタルサイネージを想定してハーバリウムを撮る
- 第2回 雑誌広告を想定してブランドバッグを撮る
- 第1回 商品カタログを想定してアンティークカメラを撮る