2019年01月23日
今回はリアルに再現されたマセラティ300S LMのミニチュアカーを撮影。専門誌のグラビアページを想定し、実車の魅力や雰囲気を感じるようなビジュアルを目指してみた。
1/80s f14 ISO200
撮影協力:中島孟世(THS)
スタイリング:鈴木俊哉(BOOK.INC)
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精巧に作られたミニチュアモデルというのは、作り手側はその実物が持っている魅力をできるだけリアルに再現することに力を注ぎ、手に入れる者はそれを手中に収める満足感を得るために相当の対価を支払うという代物だと思う。
今回撮影したミニチュアカーは量産品としては最も精巧にできた高価な物で、1958年のルマン24時間レースに出場したマセラティ300S LMという滑らかなフェンダーラインを持つ美しい車だ。実際には手に入れることが難しい希少価値の高い車である。撮影する側としても作り手の心意気を買い、実車の魅力や雰囲気を感じるようなビジュアルを目指して撮影を行なった。難しいのは空気感を感じさせるフォーカスの深さとアングル調整、鉄板に表情をだす微細なライティングだ。ミニチュアカーを飾る棚の上に額装したこの写真を飾れば、さらに想像力を膨らませることができるだろう。
ライティング図
【使用機材】
カメラ&レンズ(Canon)
EOS R
[1]
TS-E90mm F2.8L マクロ
[2]
アダプター:EF-EOS R
[3]
ストロボ(broncolor〈アガイ商事取扱製品〉)
ピコライト
[4]
(ジェネレーター:スコロ1600 S)
撮影の流れ
今回のビジュアルをどのように撮影するのか順を追って説明していく。前出のライティング図と合わせて見ていこう。
1. アングルを決める
まずはベストアングルを探す。部分的には色々と特徴的で魅力的なところが見つかるが、1カットで車全体を見せつつ「ここだ」という見せ場を盛り込むのは結構悩ましい作業だ。今回は最初のインスピレーション通り、リアフェンダーの盛り上がりを中心にしたアングルに決定。
手持ちでベストアングルを探っている様子
スポーツカーの後ろ姿が印象的な美しさを持っているのは、抜き去った車にその後ろ姿を見せつけるためだと聞いたことがある。実写ではなかなか難しい俯瞰気味のアングルを簡単に作れるのはミニチュアの良いところだ。実車の重厚感を感じられるようにアングルを上げ過ぎず、車全体を見渡せるように下げ過ぎずと丁寧に調整を行なう。フォーカスは空気感を感じさせるようにフェンダーの前後は緩やかにボケるよう設定。大きくボケるようなアングルや絞りではミニチュア感が出過ぎてしまう。
2. メインライトを打つ
奥の白ホリゾントにライトを当てて大きなメイン光源を作る。車の先に広がる空を想定している。この光で見せ場となるフェンダーアーチにもハイライトを乗せ、立体感を強調するライトと白ホリとの距離や高さで影の出方なども含め全体の雰囲気のベースを決めていく。メインライトはディフューズ越しではなく、この巨大な面光源で、少し曇った空の下にガレージから出て行くようなイメージで作ったものだ。
メインライトは奥の白ホリに照射
メインライトを当てた状態
Tips
EOS R
新鋭キヤノンEOS R! 画質は最早折り紙つきだが、やはりスタジオでも軽いのは有難い。TS-Eを組み合わせてのブツ撮影は快適だ。
ピコライト
ストロボは小型軽量のピコライトを使用。小さな被写体でもきめ細かくライティングできるアクセサリーの充実度が良い。アダプターを介せばブロンカラー定番ヘッド、パルソG用のリフレクターやアクセサリーも使用できるため多様な被写体に対し柔軟に対応できる。
3. ディフューズを組む
トップにアクリル板を曲げてディフューズを組む。車のサイドパネルに映ったスタジオ機材などの映り込みを消し、白っぽくなり過ぎていた車後部の映り込みを弱くすることでしっとりとした赤を出して行く。これでリアフェンダーの艶っぽい立体感が増すのだ。
セットの上でアクリル板を曲げてドーム状にする
このアクリル板を曲げる角度や位置もかなり微妙で、被せ過ぎるとせっかく入れたリアフェンダーのハイライトを切ってしまうし、上げすぎるとアクリルの端が車に映ってしまう。車への映り込みを良く見ながら調整していく。
ディフューズ無しの状態 映り込みが大きく全体が白っぽくなり過ぎており、また車の右サイドにスタジオ機材が映り込んでいる。
ディフューズありの状態 リアフェンダー部を中心に映りこみが抑えられ、赤がはっきりと出てくる。右側面の写り込みが消え、タイヤホイールが明るく質感も出てくる。
4. トップライトで鉄板の質感を出す
黒ケント紙に穴を開けて枠に貼ったマスクを作り、その上からトップライトを落としてランダムな光をフラットなリアトランク部分に当てる。木漏れ日の表現に使うやり方の応用だが、今回は鉄板のわずかな歪みを感じるようなアクセントライトとして使った。
黒ケント紙を切り抜いたマスク
ミニチュアの車は鉄板が自重で歪むような事は無いのでフラットになりがちだが、このような演出をすることで実車の大きさを感じさせることができる。トップのディフューズで写り込みを締めた部分なので微妙なライトを効かせることができるのだ。
鉄板の質感を出した状態
5. ライティングセットの完成
光沢面が強く曲線の多い被写体なので、曲面の端など最後にもう一度映り込みをチェックし、ライトの位置や強さも最終確認を行なう。被写体が小さいだけにディフューズやトップのアクセントライトは微妙な動きでも大きく影響するのだ。面白いもので、実車だと思ってみるとミニチュアに見え、ミニチュアだと思ってみると実車のように見える。
完成したライティングセット
バリエーション
セットやライティングを活かして別パターンの撮影。アレンジアイデアのひとつとしてチェックしておこう。
メインカットのセットで使用したトップのアクリルドームはそのまま活かして、背景を落としバックを黒に変更。レンズを90mmから135mmに変更してパースを減らした。これで画面奥にあるタイヤが手前側のタイヤの内側に顔を出す量も抑えられ、またタイヤも真円に近づくため、端正なプロフィールを得ることができる。
ライティングは両サイドからエッジを舐めるように2発のグリッドライトを当ててシャドーに浮かび上がる赤いボディが印象的なカットに仕立て上げた。プロフィール、フロント見せ、リア見せと3つのバリエーションを撮影。この3カットの追加でマニアの購買意欲も倍増するはずである。
フロント見せ 1/80s f22 ISO1600 ※画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示
プロフィール 1/80s f14 ISO400 ※画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示
リア見せ 1/80s f22 ISO1600 ※画像をクリックすると別ウィンドウで拡大表示
ミニチュアカーは自重が軽いためタイヤが全く潰れない、それがミニチュアらしさを出してしまう要因でもあるので画像処理で極々微妙にタイヤの地面との接地面を潰し、少しでも実車の雰囲気を出すようにした。
このミニチュアカー、実はボンネットを開けると精巧に作られた直列6気筒エンジンが格納されている。ボンネットは革ベルトで留っていて、それを開けるためのピンセットがついていた。ただし一度開けると閉めるのが大変でほとんど人は壊してしまうらしく開けない人がほとんどなのだそうだ。私は我慢できずに開けてエンジンを見たのだが、やはり閉じるのに強烈に苦戦した。リアフードを開けるとスペアタイヤとアルミの燃料タンクもあるらしいのだがそれを拝むのはまたの機会にしたい。
※この記事はコマーシャル・フォト2019年1月号から転載しています。
関連情報
当連載の筆者・南雲暁彦氏の著作「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意」。格好良い、美しい、面白いブツ撮影の世界をコンセプトに、広告撮影のプロによる、被写体の魅力を引き出すライティングテクニックや、画作りのアイデアが盛りだくさんの内容となっている。
価格は2,300円+税。
南雲暁彦 Akihiko Nagumo
凸版印刷 ビジュアルクリエイティブ部 チーフフォトグラファー
1970年神奈川県生まれ。幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。世界約300都市以上での撮影実績を持つ。日本広告写真家協会(APA)会員。多摩美術大学、長岡造形大学非常勤講師。
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